第57話~秋人、そして藤二~
「それではこれにて会議を終わります」
そんな少年の言葉が大聖堂内の会議場に響く。
今日一日で随分と聞き慣れてしまった少年――『第四工房』の主の言葉に続いて、他の三人の主が小さく頭を下げるのが遠目からでも見て取れた。
頭上から見ているので彼らの表情をそこまで詳しく見て取ることが出来ない。けれど無言の礼は明らかに形だけのものだというのははっきりと分かった。
(会議が終わったからって何か話すわけでもない、か……)
ぼんやりとそんなことを考えながら、会議終了後の彼らを見やる。
あぁ、それにしても欠伸が口から漏れてしまいそうだ。どうにか漏れそうだった欠伸を噛み殺しながらそう考える。天井近くで陽の光が直接届いていないとはいえ、この暖かさは居眠りを誘うものだ。
そんな中で見下ろす彼らの様子は会議終了ということもあって比較的空気が緩くなっている。ただ比較的というだけで、傍から見ればまだピリリとした緊張感が四人の主の間に漂っているように見えた。
これで空気が緩んだと考えるほどには、先程までの会議はそれ以上だったと内心でぼやく。
いや、それはいい。大切なのは会議のことだ。
(とりあえず、第四の主はまだ何か考えているというのは分かった。あといけ好かない性格でもある)
会議を通して第四の主である少年の態度はあまり良いものとはいえない。よくもまぁ、あそこまで人を挑発しようとして出来たものだ。今までもそれであったのなら、彼もそれなりに考えて行動しているということなのだろうが。
いや、でもあれはねぇよ。周りからものすごい視線、送られていたじゃないか。
最初から彼にはルルアラとオルブフの件もあり、良い印象を抱いていない。それがさらに悪くなるくらいには、彼の態度は良いものではなかった。
(開催国が自分の国じゃなければからかうことが出来たのに、とか考えていそうだなぁ)
いや、それは考えすぎだろうか。そう思って浮かんだ考えを緩く頭を振ることで追い出す。
どちらにせよ、彼のことについては気をつけなければならない。
もう一つ、気になることといえば『第二図書館』の主についてだ。
(てっきり第二も同じようなもんだと思っていたのに)
思い出されるのは先程、眼下で述べられた謝罪の言葉だ。あれをまるっきり信じるのは難しい話である。けれど第四と比べれば、確かに言葉に謝罪の気持ちが込められていた。
あの言葉を丸ごと信じることはしない。けれど第二の主について、少しばかり印象を上方修正しても良いのではないかと思う。
彼がしたことを許すことはこれからも無いのだろう。けれど少なくとも以前よりはマシになっているのだろう。
あぁ、それにしてもと小さく溜息を吐く。
既に会議場内に人はいない。誰も俺の溜息を聞くことなど出来ない。
(どちらにせよ、第四の主がいるこの国には長居しないほうが良いだろうなぁ)
あの第四の主に関して次に何を企んでいるのか、はっきりとは分からない。ただ俺達『第五遊技場』の優先順位が下がり、何かがその上に来たのではないか。先程の彼を見て、そう思えるのだ。
そんなことを考えていればクイクイッと服の裾を引っ張られる感覚を覚える。そちらへと視線を向ければくちばしで服の裾を挟んだロルがこちらへと視線を送っていた。引っ張るのは構わないがずっとくちばしで挟まないでほしいなぁ。
けれどロルが言いたいことは分かる。とっととこの場から離れようというものだろう。
そう考えてもう一度会議場を見渡した。その場に人の気配はとうに無い。既に会議は終わっているのだからそれも当然だ。
ロルの言う通りだ、もうこの場から去ろう。
口を開くことなくちらりとロルへ視線をやれば、俺の考えを理解したようにロルは一つ頷いた。
俺が先導するようにして会議場の外へと透けた体で壁から出る。
昼時ならば目を眇めていたのだろうが、太陽は既に山へと隠れようとしており、空は夕暮れのそれへと変わっていた。
何処に降りようかと辺りを見回す。
人の目が無い場所はもちろんだ。ではそうなると……うん、あそこの路地がいい。
視界に入った花屋にちらりと視線を向けるも、すぐさま前へと戻す。<レーダー>で確認をしてみればやはり着地地点である路地に人はいない。確認を終えれば<レーダー>を閉じ、夕暮れの中をロルと共に路地へと降りはじめる。
下を見れば誰もが何もおかしなことなど無いとでも言うように通りを歩いている。街の上空を飛ぶ人間と魔獣というのは魔法がある世界でも十分視線を寄越すような出来事だ。それなのに何も変わらない人々を見るのは少しばかりおかしかった。
大きな通りを横切り、人の気配も無い路地に着地する。念のためにと再度開いた<レーダー>にも近くにいる人影は映し出されていなかった。
それを確認すれば、|俺とロルにかけていた魔法を解く(・・・・・・・・・・・・・・・)。姿を消したままではいけないだろうし、これでいいだろう。
「さて、と……ロル、すまないが少し頭の中を整理したい。だから少しばかりここにいることになるが、ちょっと待っていてくれ」
「ピニョッ!」
「すぐに終わらせるから」
俺の言葉にロルは了承したとばかりに一つ頷く。すまない、と小さくもう一度謝った。
路地の端、雑多に置かれた木箱に腰掛ける。さて、とりあえず最初は、『アトレナス』では五大祭のようなイベントがないというところからだろうか。
まぁ、それはこちらとしてもありがたい。時期が被ってしまえば、そちらの対処もしなければならない。
次は魔獣騒動の件だが、ギルドではなく第一の主本人から『第一闘技場』の魔獣が『アトレナス』へ来たということが確認できた。ギルドで掲示板に貼られていた紙を見たとはいえ、やはり本人の口からのほうが信頼性が高い。
加えて『アトレナス』へと魔獣を連れてきたのは第一の主ではなく、どうやら魔族のような犯人のようだ。
連携としては第一、第二、第三の間では取れていたのではないだろうか。
ただ、第四の主がそこから省かれているあたり、第四の主である彼が他三人の主からどう思われているのか言葉にせずとも窺い知ることが出来る。
「あと少し気になるのは対処が出来た、とか言っていたところだよな」
ぼそりと呟きながら頭の中に思い出されるのは、第四の主がいやらしい笑みを浮かべながら言った言葉である。あの時彼はホラビルと勇者で対処できたということ、そしてあと一歩間違えれば悲惨な事態を招いたと言っていたのだ。
裏を返せば対処が完璧だと、悲惨な事態を何とか防ぐことが出来たのだといっているようなものである。
その対処にはギルドに貼られてあった紙も入るのだろうか。もし入るのだとすればだ。それは俺の遭遇した魔獣の群れを把握していなかった、ということになる。
俺が遭遇した魔獣の群れと同じように、『第一闘技場』からやってきた魔獣の群れを見過ごしている可能性。それが高くなってくる。手引きした人物がいるというのもその可能性を高めた。
「それにしてもその後の二人、笑顔で会話していたけれど仲が悪すぎだろ……」
思わず小さな溜息と共に言葉が漏れてしまう。それもそうだろう。あの二人、第三と第四の姿を見たのなら溜息の一つも吐きたくなるのだ。
ホラビル神聖国とカリオ魔国は仲が悪く、二国間には緊張が走っていることは知っている。所属国の関係がそのまま主に反映しているなんてことは考えてもいたけれど、あそこまで如実に反映されているのだと正直驚いた。
それでもあれでは、本当にホラビルとカリオで争いが起きるのではと思えてしまう。
(まさかカリオ関連がホラビルにとっての最優先事項か……?)
これは噂話を聞く以上に信憑性が高くなってきた。あまり高くなってほしくはないものだが。
「ピィ?」
「あ、すまん。大丈夫だ」
思わずしかめ面になっていたのを気にしたのだろう。路地でのんびりとしていたロルがこちらの顔を覗き込むようにしてきた。
突然顔を覗き込まれ、思わず驚いて体をわずかに反らす。それでもロルと分かったら、すぐに安心させるような言葉を言った。
「どちらにしても、近々この国から出るとするか」
「ピィッ!? ピニョッ」
「嬉しそうだなぁ。まぁ、当然といえば当然か」
漏れた呟きに思いのほか大きな反応を示したロルは、次には嬉しそうに俺の周りを跳んだ。腰を上げ、宿屋に戻ろうと移動し始めたからどうにも歩きづらい。
いまだに跳びはねるロルに苦笑を浮かべつつ眺めながらも、次の行き先を考える。
次は一体何処に行こうか。
「そうだなぁ、次の目的地はエルフの里にするか。大図書館があるし」
「ピ?」
俺の言葉にロルが不安そうな目を向ける。
大方、次の目的地であるエルフの里について不安でも抱いているのだろう。ホラビルと同じなのか、そもそもその場所が安心できる場所なのか。それはロルにとっては重要なことだ。
「大丈夫だ。エルフの里は確かカリオ魔国の領土内にあったはずだから。カリオは魔族がほとんどだし、パートナーになっている魔獣に対しての偏見はないはずだ」
「ピニョピィ〜」
それを聞いて安心したようにロルは間延びした鳴き声を上げた。確かにこちらでの扱いはあまり良くない以上、次の目的地を不安に思うのは仕方がない。
ただ、次の不安は俺だ。次の目的であるカリオ魔国が人間よりも魔族が多い以上、ホラビルとは逆のことが起こりかねない。その対策も考えていかないと。いや、もしかしたらそこまで気にしなくてもいいかもしれない。
そんなことを考えながらも宿へ戻ろうと再び止めていた足を動かす。あの角を曲がる前に、魔法をかけなおしたほうがいいな。
考えながら行動していたからかもしれない。
事前に<レーダー>でも見ていればよかったのだろうが、気が緩んでいたのかもしれない。少なくともかけていた魔法を消したのは悪手だった。
そんな後悔をしても、ただ後の祭りとしかいえない。
「……神楽嶋?」
聞きなれた声が耳朶を打つ。
氷を服の中に落とされたかのような冷たさを背中に感じた。驚きで動きが止まり、そばでこちらを不思議そうにロルが見つめているのが分かる。
ぎしぎしと軋む音を上げているかのように、ゆっくりとぎこちなく首を声のした方へとめぐらせた。
あぁ、やっぱり。
その声を聞いたのはいつ振りだろうか。確か俺が城を飛び出して以来のはずだ。アグレナスでの騒ぎの時に姿は無くて、城を出て以来姿を見ることは無かった。
「……っ」
言葉に詰まり、相手を凝視するだけで終わってしまう。
勇者の一人、樹沢藤二その人がきょとんと驚いた顔を俺へと向けていたのだ。
□ □
既に会議は終わった夕方頃、夕日の光を受ける大聖堂を横目に樹沢とキシェルは大通りを歩いていた。
先程、樹沢の提案から花屋へと行くことが決まった。
一体どの花を買えばいいのか、そんなことを話しながら二人は花屋へと向かっているのである。
「確かこっち、だよな?」
道に詳しいのは樹沢ではなくキシェルだ。任せていれば大丈夫なのだろうが、どうしても不安は湧き出てしまうものであった。
樹沢の問いにキシェルは不満を抱いた様子を見せず、コクリと一回頷いた。
それを皮切りに少しばかりの間、静かな時間が二人を包む。けれどそれは、そういえばというキシェルの言葉によってすぐに破られた。
「クロルさん、出かけるときに何か言っていた?」
そう問うたキシェルの脳裏に蘇るのは、こうして花屋へと向かう前の出来事だ。
仕事が終わり、樹沢は許可もなく出てはいけないと言うことでクロルに出かける旨を話していたはずである。何やら二人で暫く話していたようだが、それは一体何だろうかと今更ながら気になった。
ほんの少しの好奇心。何とも無いそれを言葉に出して問うてみれば、先程まで普通に隣を歩いていた樹沢の様子が少しばかり変わった。
「えっと……」
「どうしたの?」
伝えようかと戸惑う様子の樹沢にキシェルは問う。彼女の目つきが胡乱なものになっているのは、視線をそらしている樹沢でも分かった。
伝えようか、それとも伝えまいか。いや、伝えるのは少々きついものがある。顔に出ないよう心のうちで葛藤を繰り広げる樹沢であったが、引き攣った口元は明らかに何か隠しているのだと物語っていた。
胡乱な視線にさらされながらも、樹沢は歩く足を止めない。それでも考えていた花のことは頭の片隅へと追いやられ、代わりに先程のやり取りが思い出されていた。
会議が終わり、四人の主は会議場から出てくる。一言も言葉が交わされていない静かな空気に、護衛として扉の傍で立っていた樹沢とキシェルも自然と押し黙った。
各主がそれぞれ会議場のあるフロアを去っていく中、樹沢は一つ下の階から上がってきたクロルの元へと駆け寄った。
「ちょっといいかな」
そう樹沢が呼びかければ、クロルは小さく肩を跳ね上げた。そして少しばかり驚いたような表情を浮かべて樹沢へと視線を向けた。
視界に樹沢の姿が入った瞬間、あなたかといったような表情が小さな笑みと共にクロルの顔に浮かぶ。
「どうしたのですか?」
「この後ちょっとキシェルと一緒に花屋に言ってくる。用事が終わり次第すぐ戻るし、帰りが遅くなることは無いから」
問うたクロルに樹沢がそう返す。
クロルは少しばかり目を丸くした後、にまにまとした笑みを浮かべた。決して悪意あるものではない。けれど人をからかうような笑みだ。
あ、これは嫌な予感がする。そう感じながら目の前でクロルがにまにまと浮かべる笑みを見て、樹沢は小さく口の端を痙攣させた。
樹沢にクロルは良い笑顔を浮かべて口を開く。
「了解しました……ごゆっくりと」
あいまいなものではない。明らかにからかうようなクロルの言葉。樹沢は最初ぽかんとその言葉をどうにか飲み込もうとしていたが、飲み込めばすぐに顔を赤くした。
「い、いや、別にそういうわけでは!」
大げさに首を横に振ったり、手を動かして樹沢は否定する。焦りのせいだろう、否定の言葉は思いのほか早口になってしまう。
けれども一向にクロルの表情は変わらない。
大丈夫、分かっているといわんばかりのその表情に、たらりと樹沢のこめかみを冷や汗が伝った。口の端が震えるのも止められない。
そんな樹沢とは対照的に、クロルはうんうんと頷きながら再び口を開いた。
「大丈夫ですよ、残る仕事は俺達王国兵だけでも出来ますから。何かあればお呼びいたしますし」
あぁ、これは誤解が解けていない。これはいけない。ヒクリと頬が一度、引き攣るのを樹沢は感じた。
けれどここで止めては誤解が解けない。そう思いなおし再度、口を開いた。
「いや、だから……!」
「では、失礼します」
どう否定しようかと一瞬言葉に詰まった樹沢の隙を逃さず、クロルはそう言って去っていく。
樹沢はただただ呆然と彼の後ろ姿を見つめるしかなかった。呼び止めようと伸ばした手が空をかく。
一拍の後、樹沢は顔を真っ赤にしたまま小さく囁いた。
「だから、だから違うって……!」
けれどその囁きは、誰の耳にも届くことなど無かった。
(後で会ったら文句言ってやる……!)
先程思い出していたことに再び顔を赤くしながら、樹沢は心のうちで呟く。違うといったのに、どうして聞いてくれないかと内心でぼやいた。
クロルからすれば顔を赤くして必死に否定している時点で勘ぐってもおかしくはない。そう考え付かないのは樹沢自身、クロルの言葉でキシェルを意識していることもあった。
そんな樹沢をキシェルは訝しげな瞳で見つめる。
突然慌てだしたかと思えば顔を真っ赤にする。そして怒ったように口を曲げているのだ。訝しげな視線を送らないほうがおかしい。
「どうしたの、トウジ?」
大丈夫?とは言わないまでも、キシェルはそう尋ねる。
しかし没頭していた樹沢にとっては驚くのに十分なことだった。
「ひゃいっ!?」
間抜けな声を上げると同時に肩をびくつかせる。一体どうしたのかとキシェルの瞳に訝しさだけでなく心配の色も浮かび始めた。
「な、なんでもない! ほ、本当に!」
「そ、そう」
心配するキシェルを他所に言葉を放る樹沢に、キシェルは若干体を引きながらもどうにか答えた。
明らかに何かある。けれどこれ以上つついても面倒な気がする。
態度のおかしい樹沢にキシェルは胡乱な目つきのままそう結論付けていると、樹沢がおかしくなった空気をどうにかしようと口を開いた。
「あ、あまり時間はかけられないから、少し近道をしようか」
そう言えば、樹沢はぎこちない足取りで歩き始める。ギクシャクとしたその動きはさながらロボットのようで、ますますキシェルを戸惑わせた。
「わ、分かった」
触れて欲しくはないのだろうと、キシェルは戸惑いながらも頷く。それでもギクシャクとした動きのまま先を行く樹沢には、さすがに彼女も胡乱な目つきを止めることが出来なかった。
背中にジットリとした視線を受けながら、ぎこちなさの抜けない樹沢は近道である路地に入る。大通りとは違い極端に人の少ないその通りに入れば、少しばかりバクバクとうるさかった心臓も落ち着いてきた。
「この角を左に曲がって、もう一つ次の角を右に曲がれば花屋だから」
後ろから聞こえたキシェルの言葉に、樹沢は分かったと短く答える。
あとはキシェルの指示に従って路地を突き進んでいくだけだ。先程の焦りもどうにか落ち着き、樹沢はぎこちなさの消えた足取りで歩いていく。
さて、この角を左に曲がるのだったか。先程の指示を思い起こしながら角を曲がる。
曲がった瞬間、樹沢はピタリと足を止めた。角の先へと固定された瞳は、驚きで見開かれている。隣ではどうしたのかと不思議そうに尋ねるキシェルの言葉に反応できないほどだ。
まさかこんなところで会うことになるとは思わなかった。ただその驚きが胸中を占める。
そんな驚きが思わず口をついて飛び出した。
「……神楽嶋?」
ポツリと放たれた言葉が路地に反響する。ピクリと目前の彼が肩を小さく跳ねさせるのが見て取れた。
歩き出そうとしていた足が止まる。錆びついたロボットのように目の前の彼がゆっくりとこちらへ顔を向けた。特徴的なジト目が今では驚きで見開かれている。
視線が合う。
嘘ではないと、現実が教えてくる。
確かに今目の前にいるのは、『第五遊技場』の主である神楽嶋秋人であった。




