閑話~勇者、そして早瀬~
秋人がシーソイの街を出立した頃、天ヶ上達ハーレム組はホラビル神聖国の首都であるホリービアまであと少しといったところまで来ていた。
このままのペースで進めばおそらく明日には到着するだろう。もっとも、警備の打ち合わせを含めれば十分に遅れていると言えるのだが、それでも彼らの足取りに焦りは見られない。遅れているということなど最初から考えていないとでもいうようなスピードだ。
花で有名な町を十分に楽しんだ彼らの中に樹沢とキシェル達の姿は無い。樹沢とキシェルの二人は既にホリービアへと辿り着いており、警備の打ち合わせを行っていた。そんな彼らが中々来ない天ヶ上達に微かな苛立ちを感じているのを天ヶ上達は知らない。
ただただ続く森の光景に半ば辟易としながらも、かかさず女性陣は天ヶ上にアピールをするように話しかける。
一人が話し終えれば少ししてもう一人が話しかける。そんな光景を繰り返していると、小峰がピクリと真由を動かして足を止めた。表情を険しいものへと変えた彼女は強く杖を握る。
彼女の異変に最初に気付いたのは天ヶ上だった。
小峰に続くように足を止めれば、険しい顔つきの小峰へと振り返る。
「どうかしたか、理沙?」
「ちょっと待ってください……何かがおかしいです」
そう言って小峰は杖を握っていない方の手で何かを操作するような動作を始める。魔法名を呟いていないあたり、おそらく今彼女がしているのはスキルの一つなのだろうと天ヶ上はあたりをつけた。
他の女性陣は半信半疑で小峰を見つめている。ただ注意を惹きたいだけじゃないのか、そんな非難の思いとこんな冗談を言うわけが無いという思いがせめぎあっていた。
しかし少しずつ小峰の言っていることが何なのか分かってきたのだろう、警戒の色を滲ませて周囲を警戒する。
「これは……!」
そんな中、小峰が驚愕の呟きを漏らした。自然と注目を集めることになった彼女だが、そんな視線を気にすることなく天ヶ上の元へと駆け寄った。その表情は先程の険しさに加え、焦燥の色も見ることが出来る。
「近くに大規模の魔獣の群れがいる……! このままじゃあ他の街や街道に行きます、どうしましょう、先輩……!」
小峰の必死な形相に天ヶ上は軽く上体を反らして言葉が詰まる。けれどすぐさま少し考えこむように俯いた。
正直言うのであれば、戦いたくない。
勇者であり、誰よりも重要度の高い自分がそうぽんぽんと戦いに赴いていいものではないはずだ。樹沢よりも勇者らしい自分が死ぬことは、何より大きな損失だ。そのはずなのだ。
そこで思考を区切り、けれどもと天ヶ上は再度考える。
勇者としての自分の力は最高だし、自分の考えは間違っていない。けれどもそのまま見捨てては最近株が上がっている樹沢に馬鹿にされるかもしれない。たとえ自分の方が真の勇者であっても、それはそれで不快だ。
それならば魔獣を討伐したほうがいい。そうすればより多くの人が勇者であると考えてくれるだろう。
そう結論を出すと、天ヶ上は至極明るい表情を作りながら顔を上げた。
「倒そう、僕は勇者だから。このまま放っておけば出るかもしれない被害を防ぐためにも」
彼の心情を聞いていなければきっと勇者らしい発言だと思っただろう。その証拠に周りの女性陣は尊敬の目で天ヶ上を見ていた。もっとも、先程天ヶ上が考えていたことを知ったとしても、彼女達はそんな彼を肯定するだろう。
そんな彼らハーレム組は次の行動を決めようと天ヶ上の傍へと集った。
「理沙、規模は大きいんだよね?」
「はい、かなりの規模かと……」
「そうか、かなりの規模なら固まって動いても意味が無いかもしれないな。それなら二人一組で事にあたるとしよう。僕達の実力ならまず不安は無いだろうしね」
天ヶ上が笑顔でそう言えば、周りの女性陣は肯定の意を示す。しかし天ヶ上の傍にいた橘は肯定の意を示すも、すぐ後に不安そうな表情を浮かべて顔を俯かせた。
「ん、大丈夫かなぁ……」
そう呟いた橘に天ヶ上は振り向くと、安心させるように笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ、真由の実力は僕が保障するよ。そうだ、そんなに不安なら僕と真由がコンビを組めばいい」
「え、本当に!? いいの!?」
「あぁ、不安な真由を一人にしておくなんて僕には出来ないからね」
そう締めくくった天ヶ上は残りのメンバーを二人一組に振り分けようと視線を橘から外す。一方の橘は頬を薄っすらと紅色に染め、隠そうともしない嬉しさを漂わせていた。惚れている天ヶ上と一緒に行動できるのだと、夢のような現実に思わず口角が微かに上がってしまっている。
それを周りの女性陣が面白がるはずも無く、天ヶ上には悟られないように橘を鋭く睨みつけていた。けれども橘はその視線に怯えることなく、勝ち誇ったような薄い笑みを向ける。
女性陣の空気が張り詰めたものになる中、あまりにも鈍すぎる天ヶ上は視線を戻して自分が決めた組分けを発表し始めた。
組分けはまず天ヶ上と橘である。そして小峰と緋之宮、そしてシェルマとミレイアとなった。
もちろん女性陣としては天ヶ上と一緒の組になりたいため、さりげなくアピールをする。しかし橘の妨害もあるが、何より天ヶ上の鈍さで組分けが変更されることは無くそのまま進むこととなった。
「それじゃあ皆、また後で」
笑顔で告げられた天ヶ上の言葉に三組はそれぞれバラバラの方向へと突き進む。
天ヶ上と一緒の橘は笑顔で、それ以外のメンバーは不機嫌さを隠すことも無く目的である魔獣の群れへと向かって行った。
□ □
ホラビル神聖国の首都、ホリービアの中央近くにはこの街のシンボルでもあり政治の中枢でもある大聖堂がそびえている。
城と見紛う程高く荘厳なその大聖堂は一階部分は一般の人にも開放されているものの、それより上は会議場などもあり関係者しか入ることが出来ない。司祭といった代表的な人物の部屋だけではなく、他国の貴族や王族といった丁重にもてなさなければならない人物が泊まる部屋も備わっている。
そんな部屋の一室は街の穏やかな空気とは異なった焦燥と緊迫感で満たされる空間となっていた。
「魔獣の群れだと!」
一見して高いと分かるソファから荒々しく立ち上がりながら、少年――樹沢は声を荒げた。彼のように声を荒げてはいないものの、隣に座るキシェルも眉間に皺を寄せて焦燥感を隠すことの無い表情をしている。
彼らの視線の先にいるのは樹沢達の護衛を兼ねて同行したアグレナス王国の兵士だ。茶髪をスポーツ少年のような髪型にしている彼としても突然の事態で驚いているのだろう、眉根を寄せて深刻な表情で俯いていた。
しかし若い兵士の目にあるのは悲壮感だけではない。何があろうとも樹沢、そして彼の仲間であるキシェルを守るという意思だ。
樹沢は勇者である。しかし彼だけではなく天ヶ上だって勇者だ。むしろ国として後押ししているために天ヶ上のほうがよりアグレナス王国の勇者として認知度が高いだろう。
しかしそれは認知度という話だけだ。兵士にとっては勇者として慕うならどちらかと聞かれれば、迷い無く樹沢だと答えるほど樹沢の方を勇者としてみている。話に聞けばガイゼル団長も慕っているとのことだ。ただこれは憶測の域を出ないし、団長であることも考えて彼は明言していない。
兵士も立場上口には出していないが、樹沢を真の勇者だと考えている。
そうであるなら樹沢を守るのが彼より弱い自分達の役割であり、兵士達を気にかけてくれる恩を返すことだとも思っていた。もっとも、余程のことが無ければ死ぬ気などさらさら無い。
そんな思考を中断すると、アグレナス王国の兵士は真っ直ぐ樹沢達を見据える。
「いかがいたしましょうか。天ヶ上様達がこちらに向かっているのであれば事態に遭遇、もしくは察知しているのではないかと」
「聞くだけ野暮、だろう?」
兵士の言葉に樹沢は口の端を吊り上げるようにして笑みを形作ると、自身の得物である長剣を手に取った。言葉には出さないがキシェルも既に用意を終えており、その手には長杖を握っている。
天ヶ上がいるから戦わない、のではない。人々の希望である勇者を名乗るならば、人々を守るためにも動かなければならない。悲劇はまだ起こっていないのかもしれない。それでもその先に被害が出る可能性があるのであれば、それを防ぐのが勇者だ。
少なくとも樹沢はそう考えている。
「人々を守るのが勇者だ。それなら出向かない理由も無いだろう?」
「分かりました」
「早速向かう。同行する兵士には俺から声をかけておく。後で来てくれ」
「はっ!」
そう言って敬礼する兵士に、よろしく頼むと言って樹沢は部屋を後にする。キシェルも樹沢の後を追うように歩き出すが、兵士の前で一旦その歩みを止めた。
「よろしくね、私もサポート頑張るから」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
兵士の言葉に無言で笑みを返すと、キシェルは樹沢の後を追って行った。
パタンと静かな室内に扉の閉まる音が響く。それと同時に敬礼を解いた兵士は小さく息を吐いた。
「これから大変だ」
頭の中にあるのはこれからホラビル側へとどう言おうかといったものだ。
いくら勇者といえども、樹沢達はアグレナス王国に所属している。他国に所属している彼らがホラビル内にて無断で戦闘行為を行うのはあまりよろしくない。下手をすれば誤解を受け、もしくはこれをチャンスとばかりに難癖をつけられるかもしれないのだ。
では何故樹沢を止めなかったのか。
自嘲するように兵士は苦笑を浮かべた。
「勇者様達にはこんなことを気にせず、人々のために戦って欲しいものな」
樹沢達に全てを負わせるわけにはいかない。彼らが存分に勇者としての役割を果たすのであれば、それを邪魔することが出来ないよう裏でサポートをしたいのだ。これが天ヶ上であったのならばこんな気持ちにはならないだろうが、相手は勇者として慕う樹沢だ。
「それじゃあまずは代表者に会いに行きましょうか」
若い兵士はそう言って部屋を後にする。ガイゼル団長が王都にいるためここにいない今、部隊を率いている自分が動かなければならない。
(俺、もうここまで来ちゃいましたよ、秋人さん。城を抜け出した貴方が第五の主なんて驚きましたけど、貴方がいた頃よりも樹沢さんは勇者として頑張っていますよ)
思い浮かべるのは樹沢が酷かった頃、追い出されてしまった秋人の後ろ姿だ。
当時は樹沢に対して良い感情を抱いていなかった。けれど今は彼の姿を見て支えていこうと考えている。
人は何があるか分からないものだ。そう考えて若い兵士――クロルは小さく笑みを浮かべた。
□ □
クロルがホラビル側に事態を伝えて少し経った頃、『第一闘技場』はいつもとは違った喧騒に包まれていた。
いつもならば闘技場で開かれる大会での剣戟音や魔獣の鳴き声が響いているのだが、その闘技場も今日に限ってはそれらが響いていない。代わりに響いているのは『第一闘技場』を管理する人々の叫びと慌しい足音だ。
「おい、事態は今どうなっている!」
「こっちの調査では――」
「今日は闘技場を開かないのかとの苦情が来て――」
阿鼻叫喚といった様子の中、『第一闘技場』の主である早瀬はキシャーンを引き連れて廊下を歩いていた。早足気味の彼女は表情が険しく、後ろに控えているキシャーンの顔にも笑みは浮かんでいない。
「キシャーン、事態はどうなってんの?」
「『第一闘技場』の魔獣が多数『アトレナス』に転移された模様です。場所はホリービアから少し離れた森とのことです。現在、判明しているところではアグレナス王国の勇者である樹沢様が対処なさっているとのことでした」
「樹沢、か。樹沢なら大丈夫だとは思うけどね。天ヶ上は?」
「話では天ヶ上様達はホリービアで開かれる会議の護衛に出るため、ホリービアへと向かっていたとのことです。時間を考えるならばおそらく遭遇しているほうが確率は高いかと」
「あっそ。まぁ、彼はいいわよ。あんまり好きじゃないもん。これで動いていなかったらさらに嫌いになるけど」
廊下へと吐き捨てるように呟かれた言葉に、後ろを歩くキシャーンは無言ながらも胸中で同意する。早瀬に同行して何度か天ヶ上に会ったことはあるが、キシャーンとしても良い感情を抱くような相手ではなかった。
深刻な面持ちで会話をする二人は廊下の角を曲がる。時折慌しく人が通る廊下をこのまま真っ直ぐ進めば目的の部署だ。
「もう一度確認するけど、『第一闘技場』にある転移用のゲートは使われていないのよね?」
「はい。そうなると転移の魔法を使える何者かが魔獣を『アトレナス』へ転移させているということになるのですが」
「そうね。……っと、着いたわよ」
そう言って早瀬が扉の前で立ち止まると、キシャーンは半歩後ろの位置で同じように立ち止まった。
木製の扉はシンプルなもので『魔獣対策室』と書かれた小さなプレートが貼り付けてあるぐらいである。『第一闘技場』の魔獣は『アトレナス』の魔獣よりも強いため、管理が必要なのだ。闘技場で使われる魔獣の管理等もこの部署で扱っていた。
扉を開けばこの部署も他所と同じく喧騒に包まれている。そんな部屋の中を早瀬は誰かを探すように見回していたが、見つけたのかそちらへと歩み寄っていった。
「主任、結果は分かったの?」
「はい、主様」
話しかけられた白衣姿の男はそれでも戸惑うことなくそう答える。全体的にくたびれた雰囲気をしているがそれは今回の事態もあるのだろう。眼鏡の奥の瞳には疲労の色が滲んでいた。
主任と呼ばれたその男は手元の書類へと視線を落とした。
「転移のゲートを魔獣がくぐったという痕跡はありませんでした。代わりに街の外れ、森の深い辺りで空間魔法が行使された形跡がありました」
「どこら辺?」
「ここです」
そう言って主任は持っていた紙束から一枚抜き出し早瀬へと渡す。無言で受け取った早瀬がその紙を見てみれば、そこには『第一闘技場』にある唯一の街を中心に周辺の森が描かれている地図だった。その森の街からかなり離れたあたりにバツ印がしてある。
「ここ?」
「はい。おそらくそこに第一の魔獣を『アトレナス』へと送っている原因がいるかと」
「ふ〜ん、そう。ここにねぇ……」
可愛らしい顔を少しばかり歪ませて早瀬は呟いた。
今回の出来事は『第一闘技場』にとって痛い出来事だ。『アトレナス』の魔獣ならまだしも、『第一闘技場』の魔獣は『アトレナス』のそれよりも強い。今勇者が動いているが、下手をすれば人々に被害が出てしまう。
そうこうしている今も、『第一闘技場』から『アトレナス』へと魔獣が転移しているのだ。
「……私が行く」
「早瀬様自ら、ですか?」
キシャーンの問いに早瀬は無言で頷いた。一方、キシャーンの目には引き止めたいという気持ちが表れている。早瀬は『第一闘技場』の主であり、万が一などということがあってはいけないのだ。
けれども早瀬の顔をちらりと見てキシャーンは口から出そうだったその考えを飲み込む。
「ほんっとうに冗談じゃないわ」
踵を返すようにして早瀬は部屋を後にする。薄っすらと笑みを浮かべてはいるがその目は笑っていない。
「『第一闘技場』の全て、傷つけることなんて許さないんだから」
魔獣とて『第一闘技場』という世界の一部だ。加えて『第一闘技場』の名を傷つけることは主として看過出来ない。
『第一闘技場』の主として第一の全てを守る。
小さく拳を握ったまま、早瀬は無言で廊下を歩いていく。いつもならば明るい雰囲気は消え、鋭く細められた目は目前の光景でなく異変が起こっているであろう場所を見据えていた。




