第52話~海、そしてイカ~
オングスで一泊した後、朝早くに街を出る。ホラビル側に出れば先程の街よりもいっそう聖職者の数が多いように思えた。それでもちらほらと冒険者とパートナーである魔獣の姿も見かける。
まずは海辺に出るために今歩いている森を抜けなければならない。といっても地図で確認すれば広大な森というわけではないので、そこまで時間がかかることは無いだろう。早くて今日中、遅くても明日には森を抜ける予定である。
「ピ?」
「どうした、ロル?」
森の中を歩いていると、ロルが何かに気づいたように顔を上げた。そして何やら匂いを嗅ぐように頭を振りつつ、不思議そうに首を捻る。
一体ロルは何を気にしているのだろう。そう変わった匂いも風景も無いように思う。
少し気になって真似をするように匂いを嗅ぐも、鼻孔をくすぐるのは森独特の澄んだ空気が肺一杯に広がる。澄んだ空気に少しすっきりとはするが、何も変化は無い。
一度気になれば些細なことでも気になるものである。
どうしてロルがそんなことをしていたのか。何かしら魔獣の気配を感じるわけでもない。では何を気にしていたのか。
そんなことを考えていると、視線の向こうに小さな光が見え始めた。それと同時に風に乗って懐かしさを覚える独特の匂いが鼻を掠める。
風に乗って鼻をくすぐったのは塩と、微かに混じる水の匂いだ。それだけで近くに何があるのか分かる。間違いない、海だ。ロルはこの塩の匂いに反応していたのかもしれない。
謎が解けて少しすっきりしながら歩いていくと、光で見え辛かった視界が開けると共に森をとうとう抜けた。
「ピィッ! ピピッ!」
「海なんて久しぶりに見た気がするなぁ。やっぱり凄い」
森を抜けた先に広がる光景に、ロルと共に少し浮かれたように言葉を漏らす。
開けた視界の手前には草原が広がり、草花は風に揺れていた。長閑なその平原の向こうには目に痛いほど白い砂浜、そしてどこまでも青い海が広がっている。先程よりも強く香る塩の匂いがより海に来たのだと実感させた。
街道は途中で右にそれており、この道を行けばホラビル側の中継地点である街に辿り着く。
それにしても、と視線を街道から海へと戻す。隣では今だにロルは目を輝かせている。
ここまで綺麗で広いのであれば人がいてもおかしくは無い。けれど人の姿が一人たりとも見当たらないのだ。それどころか船でさえ見かけられない。
海水浴云々は時期だからなのか。漁も時間帯や時期があるのだろう。漁については詳しくないのでこればっかりは断言出来ない。
「ピィイイッ!」
「あ、おい、ロル!」
微かな引っかかりを覚えながらもそんなことを考えていると、興奮したロルが海に向かって一直線に駆け寄っていく。
呼び止める言葉をかけてもその足は止まることがなく、むしろ急く気持ちのままさらにロルはスピードを上げて海へと向かって行った。
ちょ、速い、速いって!そこまではしゃぐとは思っていなかったよ!どれだけ海が物珍しいんだよ。
内心そうロルにツッコミを入れながらも、大慌てでロルの後を追う。
けれどスタートが遅かったため、ロルは既に砂浜へと辿り着いていた。
興奮した鳴き声を上げながらロルは白い砂浜の上で足踏みをする。陽光に照らされたせいで熱いからということもあるだろうが、いつもの地面より柔らかい砂浜がロルにとって新しい感触なのだろう。
追いついたと思った瞬間、ロルは足踏みを止めて今度は海へと走りだした。早く海へと辿り着きたいのか羽をばたつかせながら走っている。
もうこうなれば止めることなど出来ない。ロルも見慣れない海で興奮しているのだし、ここは少し遊ばせるなりしてもいいだろう。
予定がそこまで押しているわけでもない。むしろ予想以上に早く森を抜けたために余裕がある程だった。多少なりともこの海で時間を過ごしても何の問題も無い。
何より、楽しそうなロルの興が冷めるようなことはしたくないのだ。
それにしても砂浜の砂が熱い。靴を履いていても分かるほどのその熱さは靴越しにじわりと足に熱を伝えてくる。
「あっつ!」
少しばかり俺も浮かれていたのだろう。興味本位で白い砂浜を触ってみれば肌を焼くのではと思えるほど熱く、思わず声を荒げながら飛び退いてしまった。ここまで熱いのかよ……。
視線を足元から前へと向ける。真正面から受ける日の光を遮るように手をかざせば、眩しさが緩和されて見やすくなった。
そんな視界に寄せては返す波にびくびくしながらも興味を示しているロルの様子が映る。
くちばしで波をつついては首を捻り、寄せてきた波が足に触れれば慌てて飛び退っていた。それでも興味は尽きないのか引いていく波を追いかけている。
その様子を微笑ましく見守っていれば、何やら海が盛り上がったような錯覚を覚えた。
いや、海が盛り上がるって何だよ、陸地なら分かるけど。でかい波か何かだろ……って、ん?
「何だ、ありゃ?」
馬鹿らしいと常識で否定したはずの違和感は消えることなく、むしろさらに増した。
確かに海が盛り上がっているのだ。いや、海が盛り上がっているのではない。海中から何か白い三角形のものが突き出している。
目を凝らして見ていると、その白い三角形は少しずつ上がりながらこちらへと近づいてきていた。
白い三角形は完全に姿を表すも全体が見えない。下にまだ体が隠れているのだ。
少しずつせり上がってくる白い何かは光を受けて独特の光沢を放つ。それは金属というよりも生物的な滑らかさを感じさせた。
そしてそれを挟むようにして両サイドから一本、二本と触手が海中から姿を現す。それは数を増やしながら右に左にゆらゆらと揺れていた。
その白い何かは一体なんなのか、それはここまで来れば分かるものである。
「イカ……だよな? というかでかい……」
呆然としながらもそれだけをただ呟く。放たれた呟きは海を掻き分ける音で消されてしまう。
実際、驚くほど大きいのだ。見上げているために首が痛くなるほどに。
波を掻き分けこちらへと進んでくるその様子は、さながら島が移動しているかのようである。今もこうして上へ上へと姿を露にしており、全長がどれほどまでなのか想像がつかない。
驚いているのはロルも同じようで、鳴き声を上げることも無く巨大イカを見上げている。先程まで怯んでいた波が足に当たっても気にしていないほど、意識をそちらへと取られているのだろう。
巨大イカを解析してみれば、種族名の欄にはクラーキアと書かれている。クラーケンとかじゃないのか、予想が外れた。
巨大イカ、もといクラーキアは入り江の近くまで近寄ると進行を止めた。天を目指してそびえる塔のように高く、感情の読みにくい巨大な瞳はこちらを睥睨していた。
シンプルなイカの姿である。
だがシンプルだからこそ、その巨体の異様さが顕著になっている。
先手を打ってきたのはクラーキアだった。
「っ! ロル!」
海中から弾丸のように素早く伸ばされた二本の触腕。その触腕の先には突っ立ったままのロルがいた。
大丈夫だと分かっていても、思わず悲鳴に近い声が飛び出してしまう。
≪駿影≫に手をかけ一足飛びに向かって迎撃しようとすると、視界にロルが翼を素早く一振りするのが見えた。
瞬間、バチンという大きな音が砂浜中に響き渡る。
「ピィッ!」
「ヴオオオオオオオッ!?」
ロルの声からすぐにクラーキアが驚愕の声を漏らす。
何も難しい出来事が起こったわけではない。実に単純なことだ。体格差で不利なロルが触腕による攻撃を弾いたのである。
ロルは驚愕の声を上げ動揺しているクラーキアをただじっと見ている。動じないその様はクラーキアよりも自身のほうが強いのだと無言で語っていた。
……いや、よく見ればくちばしの端から涎が垂れていやがる。食いたいのか、涎が出るほどにクラーキアを食いたいのか。
ロルの成長ぶりにちょっと感動していたが、涎を見た瞬間にその思いは小さくなる。
いや、おいしそうなものに対して食欲がわくのは今も昔も変わっていないか。
少し呆れ混じりの視線をロルへと向けていたが、その場合ではない。弾かれて軌道が変わった触腕がこちらへと向かってきているのだ。
向かってくる触腕を見て≪駿影≫から手を離す。
「それ」
小さくそう呟きながら向かってきた二本の触腕を片手で捕まえる。太い二本の触腕を片手で抑えられるほど握れば何の問題も無かった。
まったく、危ないなぁ。根元から切ろうか、それとも結んでやろうか。
じっと掴んだ触腕を見つめながらそんなことを考えていると、先程よりも触腕の動きが鈍くなったように感じる。先程まで抵抗するようにばたばたと動いていた先端はすっかりくたびれたように地面へと項垂れるようにして向けられていた。
どうかしたのかと思いクラーキアのほうを見れば、巨体を心なしか小さくしながらプルプルと震えている。そして止めてくれと言わんばかりに頭を振っていた。
「命乞い、かなぁ」
そう呟きを漏らせば、言葉を理解しているかのようにクラーキアはそうだとばかりに頷いてみせる。
「何もしていないんだけどなぁ。なぁ、ロル」
「ピッ? ピピィ」
俺の問いにはっとしてロルは我に返ると頷いてみせる。しかしすぐさま視線はクラーキアへと向けられ、再びくちばしの端から涎が垂れ始めた。
前言撤回だ、ロルのほうはしている。食いたいとばかりに涎を垂らしながら見ることは、食われる側にとってただの脅しでしかない。
小さな捕食者と大きな被捕食者の様子を交互に眺めていたが、小さくため息を吐いてクラーキアのほうへと視線をやる。
「お前、言葉は理解出来ているみたいだな」
希望でも見出したのか、クラーキアはこちらを心なしか輝いた瞳で見つめながら俺の言葉に頷いた。
他種族の言葉が理解できるとなると知性は高い方なのか。喋ることが出来ないのはイカだし仕方が無いといえば仕方が無い。
「俺達を殺すつもりで攻撃を仕掛けてきたのか?」
そう問うとクラーキアは勢いよく頭を横に振った。大きさもあってか鈍い風を切る音が響く。
こいつ、嘘がつけない正直者か。人間だと長所であり短所だぞ、それ。魔獣で良かったな。
そんな関係ないことを考えながらも、クラーキアへの質問を続ける。
「死にたくないか?」
その問いが口から出た瞬間、今度は大きく頷くクラーキア。あまりの激しさで大きな波が出来てしまい、ロルが小さく驚いていた。
先程の言葉が嘘かどうか解析を使うも、どうやら本心からの言葉のようである。
どうして俺達を攻撃してきたのかは分からない。けれど少なくとも殺意が無いという言葉に偽りはなさそうだし、人を殺した数もチェックすればゼロと魔獣にしてはありえない数だった。
放って置いても大丈夫だろうと判断する。
「なら、とりあえずお前をここに放っておくから攻撃するな。分かるな?」
放っておくという言葉に何やらショックを受けたようにクラーキアはブルリと体を震わせる。一方で攻撃するなという言葉には強く頷いて見せた。
ま、とりあえずはこれでいいだろう。何よりロルがクラーキアを食べて腹を壊すなんてことがあってはいけない。ただのイカにも見えるが正体は魔獣である。食えなかったりするのかもしれない。
そう考えながら握っていた触腕を離す。
強く握っていたつもりではなかったのだが、触腕の握っていた部分は手の形にへこんでいる。クラーキアは痛そうにその痕を見つめていた。
「ロル、そろそろ行くぞ」
「ピィ? ピィピ……」
俺の言葉にロルは渋々ながらも頷き、傍へと戻ってくる。それでも心残りなのだろう、ロルは横目に捕食者の視線をクラーキアへと向けた。びくりとクラーキアは恐怖で体を硬直させる。
それじゃあ街に向かおうか。そう思い立って砂浜を街に向かって歩き始めるもすぐに立ち止まる。
眉間に寄った皺を直すことなく、俺はゆっくりと海の方へ顔を向けた。
「……さっき、言ったよな?」
威圧と共にそう言葉を放つと、こちらに触腕を伸ばそうとしていたクラーキアはびくりと体を震わせた。もしクラーキアが汗をかくことが出来るのならば、今頃冷や汗をかいているだろう。
約束を破ることがどういう意味を持つのか、言外にそのことを匂わせるとさらにクラーキアは萎縮する。
隣のロルは食べる機会が来たとばかりに輝いた目をこちらへと向けた。
「ロル、はやるな」
「ピィ……」
拗ねたようにロルは地面をいじくり始める。小さくピィピィと鳴きながら鉤爪で地面を引っかいていた。いつ教わったのかは知らないが何やらへのへのもへじを描いているようである。
その様子に少々申し訳なく思うもクラーキアと向き合う。
「攻撃か?」
短いその言葉にクラーキアは必死に否定の意思をこちらに示してきた。それならば先程の触腕は一体何なのか。
「じゃあさっきの行動は何だったんだ?」
生まれつきのジト目をさらに細めて不機嫌な声で尋ねる。理由によってはここで切ろう、イカリングにしよう。
小さく決心している俺をよそにクラーキアは視線をロルへと向ける。
他の触腕の動きもあまり元気なものではなく、元気の無いクラーキアはそれでも視線をロルから外そうとしなかった。
羨望と少しの諦念。イカ相手にはっきりとは言えないがそのように見える。少なくとも約束を破るほど攻撃的な様子に見えないというのは確かだった。
「攻撃じゃないなら一体何なんだ……」
ぼやき混じりにそう言えば、今度は触腕で自分を指した。そして次にロルを指して、最後に俺を指す。
一体何が言いたいのか。さっぱりと分からない俺に痺れを切らしたのかクラーキアはゆっくりと一本の触腕を伸ばしてくる。咄嗟に身構えかけるもそのスピードは遅く、敵意が無い。
暫く様子を見守っていると、触腕は俺の左手に触れる手前で動きを止めた。ゆらゆらと動くその様子は握手を誘っているかのようである。
いや、もしかして握手を求めているのか?
はっきりと言えないまでも左手を小さく前に出す。
するとクラーキアはおずおずと触腕を俺の手に擦り付け、握手の形をとった。互いに黙りあい、沈黙が海辺の砂浜に落ちる。
「仲良くしたい、ということか?」
沈黙を破るようにそう尋ねれば、クラーキアは大げさなほどに頷いて肯定の意思を示してくる。
その様子を見ながら、こちらはこちらで戸惑っていた。
仲良くしたいのは分かった。それならば引き止めるような行動をする必要があるのだろうか。かなり親しいわけでもないが、別れる時点で和解は済んでいるはずである。
うんうん唸っていればクラーキアは触腕を外し、今度はロルを指す。
仲良くしたい、そしてロル。ロルと仲良くしたい……のであればロルに握手を求めるか。それともロルのように仲良くしたいという意味か。その場合ならば仲良くしたいという対象は俺になる。
「ロルと仲良くしたいのか? それともロルのように仲良くしたいのか?」
そう尋ねれば前者は否定し、後者では頷いて肯定の意を示してくる。
ロルのように仲良くしたい、引き止める、この二つで考えられることといったら何だろうか。人間と仲良くしたい、とかか?
「人間と仲良くしたいのか?」
今度はその問いに対して少し考える様子を見せた後、クラーキアは再度触腕で俺を指した。
「俺と仲良くしたいのか?」
質問を少し変えてみると、クラーキアはその通りだというように頷く。なるほど、仲良くしたいのは俺だったのか。
それにしてもロルのように俺と仲良くしたい、というのはつまりパートナーという意味で良いのだろうか。それともこの海にいる友人という意味なのか。
……イカと友人とは少し違和感を覚えるが、まぁ、この際それは置いておこう。
「ここから離れたくはないよな?」
パートナーという意味ではないよなと含ませながら問うと、クラーキアは強く否定の意思を示してくる。その様子は必死で、どれほどこの海にいたくないのかを窺わせた。
「じゃあ、パートナーとして着いて行きたいとか?」
恐る恐るそう聞けば、クラーキアはようやく自分の意思が届いたとばかりに喜び、そして頷いてみせた。
一方の俺は頭を抱えたい気分である。いや、だってクラーキアは巨大イカなのだ。
ロルは初めて出会った時まだ雛だった。加えて現在、ロルは空中と陸地を行動できるために支障はきたさない。けれどクラーキアは解析時に幼体などとはかかれていなかった。きちんと成体と書かれていた。
慌てたりする姿には愛嬌を少しばかり感じるが、それでもその巨大さが連れて行くのを躊躇わせる。
「いや、本当どうしよう……」
頭を抱えながらちらりとクラーキアを見やる。クラーキアはこちらの心情を知ることなく、期待で輝いた瞳を向けていた。
そっとクラーキアから離れようと移動すれば、それにあわせてクラーキアも海中を移動する。
振り切ってもいいのだが、あまりに純粋な瞳を向けてくるから躊躇われるなぁ。
――――いや、もう覚悟を決めたほうが良いのかもしれない。
「ついて、くるか……?」
「ヴオオオオオオッ!」
おずおずとそういえばクラーキアは歓喜の声を空に向けて轟かせる。可愛らしいとは程遠いその野太い雄叫びは腹の底を震わせるようで、あまりの大きさに海面が波立った。
「ピィ~」
一方のロルは責めるような、呆れたような視線をこちらへと向けてくる。
「そ、そんな目で見ないでくれ。ちょっと今もこれでいいのかもやもやしているんだから」
「ピィ……」
「や、やめてくれ……」
それでも止めないロルの視線にさらされて、さらに体を縮める。街に到着したら何か奢ることにしよう、そうしよう。
そう思い立てばふと気づく。クラーキアをこの後どうするかだ。
パートナーとなることは決めたものの、クラーキアの巨体では行動に支障をきたす。いつも海の傍を歩くわけではないのだ。時には先程のように森を突っ切ることだってある。
「一旦第五に連れて行くか」
俺の呟きにクラーキアは不思議そうな顔をした。あぁ、こいつは何も知らないのか。
「さすがに海の中しかいけないというのは今後きついからな。家、というかまぁそんなところにこれから連れて行くんだよ。いいか?」
「ヴオオ」
クラーキアはよく理解していないようだったが、それでも分かったというように頷きながら鳴いた。まぁ、少しずつでも理解していくだろう。
あぁ、それともう一つやらなければいけないことがある。
「種族はクラーキアだし、見た目はクラーケンみたいだから……ラーケでいいかなぁ」
「ピィピ……」
「呆れた目を向けるんじゃない、ロル。ネーミングセンスが無いのは自覚があるんだから」
呆れた視線を向けるロルに層返しながらクラーキア――ラーケへと視線を向ける。
「ネーミングセンスは置いといて、とりあえずこれからお前のことをラーケって呼ぶから。いいか?」
「ヴォオオッ!」
そう尋ねるとラーケは嬉しそうに首肯しながら声を轟かせた。
これで後は本当にラーケを『第五遊技場』に連れて行くだけだ。そうなればと≪ヴォルカス≫を引き抜く。
攻撃されると思ったのだろう。驚いた声を上げてぎょっとしたようにラーケは上体を反らした。
「あぁ、大丈夫だ。攻撃するわけじゃないから」
「ヴォ? ヴォォ……」
そう言われてラーケはおずおずといった様子ながらも反らしていた上体を戻す。こうしてみれば本当に愛嬌のある動きをするなぁ。
ぼんやりとそんなことを頭の片隅で思いつつ、転移の対象を俺とロル、そしてラーケと指定する。転移する場所はラーケがいるし……遊技場外の広大な海でいいか。
転移の場所を決めて、引き金を引く。
瞬間、目の前の海や砂浜が歪んだかと思えば次には見慣れた『第五遊技場』の光景が広がっていた。
遠目に見れば遊技場が見えるここは園外に広がる広大な海だ。実のところ、あるとは知っていても来ることは滅多に無かった。
白い砂浜から青い海へと視線を向ければ、水平線が緩やかなカーブを描いている。『アトレナス』の砂浜とはどこか違っているように思えた。海沿いに歩いても街があるわけではない。それを考えれば少し寂しいようにも思える。
川とは違った塩の匂いと打ち寄せる波の中、ラーケは混乱したように辺りを見回しながら波を遮るようにして波間に佇んでいた。
「とりあえず、ラーケの住処はここでいいか。大きさ的にも丁度いいだろうし。ラーケ、狭いか?」
「ヴォ? ヴォオオォオ! ヴォォッ!」
「あぁ、うん、嬉しいのは分かったから暴れないでくれ! 飛沫がこっちまで飛んでくる!」
慌てた俺の言葉にラーケは頭をプルプルと震わせながらも先程より動きを抑える。柔らかいためなのか揺れている上部はさながらメトロノームのように動いている。
その様子に噴き出してしまいそうになるのを堪えつつ、連絡用の水晶を取り出す。このことを他のメンバーに知らせるためだ。
「それにしてもこうなるとはなぁ」
「ピィピピッ」
連絡が繋がるまでの間、呟いた言葉にロルも同意するように鳴く。
少しばかり脱力している空間の中、ただラーケだけがはしゃいだように辺りを見回すなど忙しなく動いていた。
ジェラルドさん達に伝えたところ、海での生息を許されたラーケは今まで以上にはしゃいだ。こちらとしてもさすがに園内に住処を作るわけにも行かないのでほっとしている。
とにもかくにも『第五遊技場』に新しくクラーキアのラーケが加わった。この世界に慣れるために時間が必要かもしれないが、それもすぐのことだろう。
予想外の展開に驚きながらも、俺とロルはラーケを『第五遊技場』に残して再び『アトレナス』のあの浜辺へと戻ったのだった。




