第51話~出立、そしてホラビルとカリオ~
9/23(水):図書館について、次点として魔法学園という記述をエルフの里の大図書館に変えました。
アグレナス王国王都に来てから数日が経つ。
あれから分かったことといえば最近の勇者についての評価が随分と変わったことである。俺が王都を出るまで、といってもそこまで滞在していたわけではないが、その時は天ヶ上達勇者の評価は高かったように思える。
けれど後日、酒場やら色々と回って情報を集めたところその勇者の評価が下がっているようなのだ。ただこの勇者の枠組みに樹沢だけが入っていない。むしろ彼の評価は上がっているのである。
ルルアラやオルブフの件、その時に天ヶ上は醜態を人々に晒している。シェルマを筆頭に王国の上層部がどうにかもみ消そうとした痕跡は見られたが、人の口に戸は立てられない。その日の出来事は消されること無く今も人の中で話されている。
それでも噂の数が比較的少ない辺り、さすが王国の上層部といった所なのだろう。
どちらにしても今回の出来事はこちらの意図したところではないが、天ヶ上達の評判に傷をつけたようである。
そして俺を除く四人の主なのだが、その勢力バランスも大なり小なり変わっていた。
どの主も多少の差はあれど勢力差としては表向き、まず均衡であったのだ。けれど今回の出来事でそれが多少なりとも変わる。事態に関わっていた『第二図書館」の主と『第四工房」の主、その二人の立場が以前より確かではなくなっているのだ。
彼らからしてみれば練った作戦が失敗し、勇者の評価を下げる手助けをしたようなものである。考えれば同然であった。
そのためかどうかははっきりと言えないが、第二と第四の主の二人は活発に動いていないようである。急いて失敗などすればさらに立場が悪くなるのだ。それを考えると動きづらいのだろう。
「ひとまず王都ではめぼしい情報を集めた、か」
宿屋の一室で成果をまとめ終えると、ベッドの上に置いていたバックパックを担ぐ。隣では既に用意を終えているロルがこちらをまだかとばかりに見ていた。まぁ、ロルに荷物は無いから用意も何も無いか。
さてと、それじゃあ行くか。そう思って部屋の扉に向かおうとすると微かな違和感を覚える。一体何かとそちらに目をやればロルだ。
何に違和感を覚えたのだろう。特に変わったところなんて……あれ?
「ロル、お前少し体大きくなっていないか? それに体毛も少し青みが混じった……ような?」
「ピ? ピィニョォ……ピピィ」
俺の言葉に暫く自分の体をしげしげと眺めていたロルだが、最後には何処も変わっていないとばかりに不思議そうな瞳をこちらへと向けた。
ロルに自覚が無いなら俺の気のせいだったのだろうか。困ったことが起きているわけではないので放って置いても大丈夫だろう。
それじゃあ、とっとと宿を後にするか。
「ロル、それじゃ行こう……って、痛い! 尻をつつくな! 出るから、今から出るから!」
扉を開けようとした瞬間、早くしろとでも言うようにロルが尻をくちばしでつついてくる。だから痛いのだ、やめて欲しい。
何度も後ろのロルにやめて欲しいと訴えるも、それでもロルは止めない。ようやく止めたのは一階に降りたときだった。
食堂になっている一階は朝時ということもありそこそこ人が入っている。ふんわりと食堂内に漂うパンの焼けた匂いが朝食を食べていない空きっ腹を刺激した。
隣でロルの羨ましそうな声を聞きながら、カウンターにいる恰幅の良い女性に声をかけた。
「すみません」
「お、なんだい、お客さん」
「今日で宿を出るので鍵を返そうと」
そう言いながら女性に鍵を渡すと、女性はそれを受け取りながら残念そうな顔をした。
「もう少し泊まっていけばいいのにねぇ。自負ってわけじゃあないけど王都を楽しむなら一週間じゃあ足りないよ」
「あはは、王都には用事があって来たので。それも終わりましたし、次の街に行かないと」
「あんた、あたしよりも若いのに忙しいんだねぇ。それなら……朝食はまだかい?」
「え、はい」
女性の問いに少し不思議に思いながらも頷く。一体なんだろうか。
一方の女性はというと快活な笑みを浮かべたまま、棚から紙を取り出してきた。これは……メニュー表か?
「朝食はここで食っていきな。今日出立なら特別に少しだけ値段、割り引いてあげるよ」
「え、いいんですか?」
「構わないさ! 出立日にここで飯を食っていく奴にはそうしているからね。さぁ、選びな。隣の魔獣も選ぶといいよ」
「ありがとうございます!」
「ピニョピ!」
ロルと共に礼を言うとメニュー表を見てそれぞれ料理を注文する。値引きされた値段を女性に渡し、俺とロルは食堂の席へと向かった。
□ □
「ありがとうね! また今度王都に来たら是非うちの宿屋をよろしくお願いするよ!」
「えぇ、機会があれば是非」
朝食を終えて宿屋を後にする際そう女性に声をかけられ、外に出ながらも答える。隣ではロルが満腹だとばかりに腹を撫でながら満足そうに一声鳴いた。
ああいうサービスがあると何だか良いことがあるように思えるから不思議だ。第五でも……いや、やりづらいか。遊具でそういうのは聞いたことが無い。
そんなことを考えながらも王都を出るため、門へと向かう。ホラビル神聖国の領土内に入ったことが無いため、こうして徒歩で向かうしかないがそれは仕方が無いことだ。
少しずつ増え始めた行き交う人の間を縫うようにして進み、門へとたどり着く。ハイデラやバリエレイアにも門はあったのだが、それとは比較にならないほど大きく、そして見かける兵士の数も多かった。アグレナス王国の首都と考えれば当然のことなのだろうが、見慣れていない身としては少し新鮮に感じる。
こうしている間にも門は王都へ入る人と王都から出る人で分けられ、門兵のチェックを受けていた。
急いでロルと共に王都から出る人の列に並び、自分の番を待つ。やはり第五の主を探しているのだろう、いつも以上にチェックに時間がかかっているように感じる。
……少し緊張してきた。容姿はくすんだ金髪に青い瞳に偽装、出来ているな。ロルも……よし、出来ている。
ロルと自分の分の偽装を確認していると、目の前の人のチェックが終わった。いよいよ俺達の番である。
「ステータスの開示をお願いします」
「はい」
事務的な門兵の言葉に答えながら、開いたステータスを門兵へと見せる。門兵の視線は名前、犯罪暦、職業と上から順に移っていった。そして時々こちらの顔を確認するように見てくる。
す、少し気まずいから早くチェックが終わらないだろうか……。
「……はい、大丈夫です。通って大丈夫ですよ」
二度ほど再チェックした門兵のその言葉を聞いて小さく礼をしながらロルと共にその場を後にする。チェックは厳しくなっているようだが、どうやら上手く誤魔化せているようだ。いやぁ、良かった。
ほっとしながら門から伸びる街道を道なりに進んでいく。すると街道は途中で三本に別れていた。地図で確認するか。
「えっと……次はっと」
街道の端に寄り、ナップザックから地図を取り出してしげしげと眺める。事前に決めておいた道順だと、二つほど街を経由してからホラビル神聖国に向かう予定だ。
ホラビル神聖国は海に近い国で、平和を重視とした宗教の信仰者が多くいる国でもある。もっとも、平和重視とは言うが魔族を敵対視しているなど、平和とは言い難い部分もある。
「国境近くの街で一泊して、次の街はホラビル側の海近くの街だな。となるとここを右か。よし、ロル行こうか」
「ピィッ!」
確認を終えて地図をナップザックへとしまいながらそう声をかけると、ロルは元気よく返事をした。
街道には馬車はもちろんのこと、冒険者といった人々も行き交っている。そんな人達を横目に見ながら右、つまり東へと向かう街道を歩いていく。
今のところ平原だが街道の先を見れば森が広がっていた。けれどこちらの方の森はそこまで広がっているわけではなく、地図で確認すると半日もあれば抜けることのできるぐらいの広さである。そして森を抜けた先にある街、オングスで一泊する予定だ。
そんなことを考えながら歩いていると隣で歩くロルが俺の服の裾をクイと引っ張った。一体何だろうか。
「どうした、ロル?」
「ピ、ピィニョ~」
「何か気になるものでも……って、あぁ、あれか」
俺の言葉にロルは気になるものへと視線を向ける。その視線を辿っていくと、前を歩いているある冒険者へと向かっていた。
いや、正確に言えば冒険者にではない。その隣を歩いている魔獣だ。よく見てみればすれ違う人は誰もがその魔獣へと驚愕の視線を向け、そしてそれを手懐けているであろう冒険者に感嘆している。
冒険者の隣を歩いているのは一見して黒い豹の魔獣だ。けれどただの豹ではない。背中にはドラゴンの翼が生え、尻尾の先端は鎌のような形になっている。光で反射するその刃部分が飾りではないことを周囲に知らしめていた。
通称ドラグパンサー。最低でもレベル百八十はある高レベルの魔獣だ。あの様子だと冒険者と長い間共にいるようだから二百近くに行っているのかもしれない。
「気になるのも分かるよ、何せ高レベル魔獣のドラグパンサーだもんな。姿もかっこいいし」
「ピッ!?」
小さく言葉をこぼした瞬間、ロルがショックだと言わんばかりの鳴き声を上げた。そして自分はとばかりに羽を動かしていた。嫉妬かそれともライバル心か、どちらにせよパートナーだよねと慌てているようだ。
「俺のパートナーはロルだよ、慌てるな」
「……ピィ~」
苦笑しながら言うと、ロルは暫くこちらをじっと見つめていたが何やら納得したように視線を前へと戻す。機嫌が良くなったのなら、良いか。
そう考えて同じように前へと視線をやると、ドラグパンサーとその主である冒険者が街道のすぐ横で休憩していた。
平原に腰掛けて水を飲む冒険者はいいのだが、ドラグパンサーがものすごい目つきで街道を行く人々を睨みつけている。時折、遠くからでも聞き取れるほどの唸り声も聞こえてきた。傍に主である冒険者がいるからまだ皆大丈夫と考えているのだが、中には怯えている人もいる。
ドラグパンサーに限った話なのかどうかは分からない。けれど少なくとも街中で見かける魔獣は種類に関わらず、相手を睨みつけることをしてはいなかったと思うが……。
あぁ、それともあのドラグパンサーが主をものすごく慕っているとかなのかもしれない。だからあそこまで警戒しているのかもしれないな。
そんなことを考えている間にも俺達とドラグパンサーの距離は縮まっていく。
人の流れに乗って俺達がドラグパンサーの前を通過しようとしたその時だった。
「グォウガァッ!」
街道にドラグパンサーの唸り声が轟く。思いのほか大きいそれに俺はもちろんのこと道行く人も引き攣った顔をそちらへと向けた。そしてその視線は自然と主である冒険者へと向けられる。
「おう、何か面白いものでも見つけたかぁ?」
しかし当の冒険者は笑みを浮かべながらそのことだけを言うと水を飲む。じっと自身の魔獣であるドラグパンサーへと送る視線に諌める色は見られず、むしろ楽しむような色を持っていた。いや、実際楽しいのだろう。口の端に抑え切れなかった笑みが浮かんでいる。
魔獣同士のバトルとでも思っているのか? どちらにしてもここはそんな競技を開くところではないし、周りには通行人がいる。ドラグパンサーを相手にして戦える冒険者もいるだろうが、それ以上に商人、中には小さな子供とドラグパンサーに対抗出来ない人だっている。
その状況で楽しむというのは、あまりにも駄目なんじゃないか?
自然と眉間に皺が寄っていく。その間にもドラグパンサーはロルに対して何度も吠え、少しずつその距離を近づけている。そのたびに街道の人々はどうにかドラグパンサーから離れようと迂回していた。
一方のロルは涼しい顔である。本来、コッコとドラグパンサーであるなら後者の方が強く、コッコは怯えるものだ。けれど周りから見たらコッコであるロルは一切そのことを気にしていない。そよ風程度にしか思っていないような風である。
いや、それよりもだ。ドラグパンサーをどうにかしなければ。そう思い立って飼い主である冒険者の方へ言葉を投げかけた。
「このドラグパンサー、あなたの魔獣ですよね?」
「あ? おうよ、そいつは俺のドラグパンサーだ。どうだい、強そうだし毛並みも揃っている。最高だろ?」
「そ、それはいいとして……ドラグパンサー、どうにかしてくれませんか。街道を通る人が怯えますし」
視界の端に、街道を行く人々が同意するように頷くのを入れつつそう言うと冒険者は眉をしかめた。そして不機嫌そうな声音と共にこちらを睨んでくる。
「あ? 何でそんな面倒なことをしなきゃいけねぇんだよ? 怖いなら避けて通ればいいだけの話じゃねぇか。何でこっちが合わさなきゃいけねぇんだよ」
憮然とした態度で告げられたそれに眉間の皺が増える。周りの人々からも非難の視線が彼に向けられていた。中にはこんな人には関わり合いにならないほうが良いとばかりにそそくさと立ち去る人、余計なことを言ってくれやがってとこちらに視線を向けてくる人もいる。
けれど明らかにドラグパンサーの視線はロルに注がれているのだ。コッコだから獲物として見ているのかもしれないが、自身のパートナーである魔獣の命を狙われているのかもと考えればこちらだって憤るものがある。
素知らぬ顔で再び水を飲み始めた冒険者を思わず睨んでいると、耳にドラグパンサーの唸り声と地を蹴る音が届いた。
「は?」
慌ててそちらへ視線を向ければドラグパンサーがロル目掛けて一直線で走っている。足音を消し、翼を折り畳んで低い視線で疾走するその様は明らかに狩猟の体勢だ。冒険者は笑顔で狩りの様子を楽しんでいるようだが、対象がロルであるだけにこちらは肝が冷える。
ロルは一切警戒していなかったのか、威嚇の姿勢も無いままじっとドラグパンサーを見つめていた。静かに見つめるその様はコッコとしては異様だが、一見すれば混乱して立ち止まっているように見える。
注意を促そうとロルに言葉を投げかけようとした瞬間、事態は動いた。
ロルがドラグパンサーを一睨みしたのである。
先程までの温厚さを瞬時に消し、ドラグパンサーを上回る敵意がこもった視線をロルは相手に叩きつける。見開かれた瞳はいつもの穏やかさは消えて敵意が宿り、口の端は威嚇で震えていた。より自身を大きく見せようと全身の羽毛は逆立ち、微かに揺れている。
ドラグパンサーのものとは比較にならないほどの威圧。それを直接叩きつけられた当の本人であるドラグパンサーはただで済むはずもなかった。
「キャンッ」
先程の威勢は何処へやら、何とも頼りの無い悲鳴をあげるとドラグパンサーは姿勢を低くしたまま後ずさりを始める。威圧感を放っていた鎌のような尻尾を股の間に挟み、耳はぺたんと伏せられていた。
どこからどう見ても怯えている。たった一声でロルとドラグパンサーの立場が逆転したのだ。
「ちょっと、どうしてコッコにドラグパンサーが怯えているのよ」
「知らないよ、そんなの。あのコッコ、本当はコッコじゃない、とか?」
「でもどこをどう見てもコッコだろうよ。つかドラグパンサーを一睨みで無力化させるコッコを持つ飼い主ってどんなだよ」
これを見ているのはもちろん俺以外にもいるわけで、周りの人々は信じられないものを見たとでもいうようにその光景から目を離していない。ひそひそと囁かれる言葉がちくちくと体を刺してくるようである。
ドラグパンサーの飼い主である冒険者は恥ずかしいやら驚いたやらで顔を真っ赤にしたり口をパクパクと開閉させていた。
いや、周囲の状況を見ている場合ではない。先程までの空気は霧散して、今ではロルと俺に向かって好奇の視線が向けられている。何だかとんでもない事態にまで進んでいるような……。
これはもうあれだ、逃げるが勝ちだ。
「ロル、行くぞ!」
「ピ? ピピッ」
ロルにそう呼びかけてダッシュでその場を去る。
街道を走りながらちらりと後ろを振り返れば混乱したままこちらを見つめる人々、そしてドラグパンサーを叱る冒険者とそれでも怯えたままのドラグパンサーがいた。
とにかく逃げようとだけしか考えず走っていると、辺りの風景は平原から森へと変わっていった。振り返れば見えたこちらを見つめる人々の姿は木々が邪魔で見えず、周りに人の姿は無い。
忙しなく動かしていた足を止め、小さく息を吐きながら後ろを振り返った。
「はぁ……。勢いで走ったけどあれでいいのやらか」
「ピィ~……」
「やめてくれ、ロル。責める視線は止めて、お願い」
ぼやいた俺にロルは何故逃げたというような視線を送ってくる。責めるようなそれに俺はただ体を縮ませるしかない。
いや、こちらから攻撃を仕掛けたわけではないし唸り声を上げたわけでもない。あくまでロルはドラグパンサーを睨んだだけである。以前高ランクの熊型魔獣を倒してきたりその力は見た目から想像したものではないと分かっているものの……何処までロルは進化するというのか。鳥じゃなくなるんじゃないか、そのうち。
ロルを見つめながら想像できない将来を考えていれば、ロルは不思議そうな顔でこちらを見返してくる。まぁ、考えても仕方ないか。
「とりあえず少し休んだら進むか」
「ピッ!」
俺の言葉にロルは無邪気にそう返す。本当にあの時威圧を放っていた空気はどこにも見えないなぁ。
そんなことを考えながらも適当な切り株を見つけ、水を飲んだり干し肉をロルにあげながら少しの間休憩をとった。
□ □
休憩を終えて俺達は森の中を突っ切るようにして伸びる街道を進んでいる。最初の目的地であるオングスは街道を道なりに進めばよいので、念のために地図を片手に歩いているが迷うことは無い。
木漏れ日の中、街道を一緒に進んでいると暫くして森が開ける。そこまで広くない平原の中央には防壁に囲まれた街、オングスがあった。
王都はもちろんバリエレイアといった今までの街よりは規模が小さい街である。しかし国境近くというためだろう、ヒビの見当たらない防壁は手入れが行き届いているのだと分かった。
検閲を済ませ、街の門をくぐって中に入れば家々が建ち並ぶ光景が目に入る。食堂や宿屋といった店舗も見えるがそこまで数は多くなく、規模の小ささが窺える。それでも屋台が数軒あるあたりはやはり街といったところだろう。
けれど街並みとは別に、他の街とは違う点もある。
「ぱっと見、聖職者が多いのか?」
「ピ?」
「ゴシック……って言って分かるわけないか。えっと、あのちょっと他の服より意匠が凝っているというか、派手というか他の人と少し違った服を着ている人達がいるだろ? あの人達のことだよ」
「ピ~……、ピピッ」
ロルにも分かるように説明すると、暫く道行く人を見ていたロルは理解したように鳴いた。
白を基調としたゴシック服のようなその衣服はそこまで華美な装飾が施されているわけではないものの、他の衣服よりも意匠が凝っている。特別目立つわけではないものの、少し目を引くその衣服はホラビル神聖国において多くの信徒を有する宗教の衣服である。
やっぱりホラビルに近くなると聖職者も多くなるわけか。王都でも見かけなかったわけではないが、それの比ではない。
そんなことを考えていると小さな腹の音が隣から聞こえてくる。横目でちらりと確認してみると、自身の腹を抑えながら辺りを見回しているロルの姿があった。
気づけば日も真上を通り過ぎ少し傾いている。小休憩は取ったものの本格的な昼はまだ食べていない状況であり、腹が空くのも道理と言えた。そう考えれば自分の腹も何だか空いているように感じ、挙句の果てに同じように鳴ってしまう。
ロルと互いに顔を見合わせる。どちらともなく苦笑が漏れた。
「屋台で何か買って食べるか」
「ピッ」
ロルは小さく頷くと屋台の物色を始め、そのすぐ後ろを俺がついていく。屋台はそれほど多いというわけではなく、街も広いわけではないので土産屋は少ない。大半が片手間に食べることが出来る串焼き、そして旅に必要な干し肉や地図、ローブといったものを売っている。
「ピッ! ピピッピ!」
「お、目当ての屋台でも見つけたか」
人を避けつつ歩いていると、ロルがある一方を翼で指し示しながらこちらを振り向いた。声をかければその通りだとばかりに頷く。
そんなロルの隣を聖職者か信徒らしき人が顔をしかめて通って行った。心なしか通るときに上体をそらしていたようにも思える。よく見ればホラビル神聖国の主な宗教における関係者が同じような対応をとっていた。気にしすぎだろうか?彼らがただ魔獣嫌いなだけだろうか?
そんな疑問を頭の片隅に抱えつつ、ロルに追いつく。ロルは早く行こうとばかりにこちらの服の裾を引っ張ってきたので、少し歩幅を大きくしてロルが見つけた屋台へと向かった。
その屋台は串焼きを売っており、串に刺された肉を焼いてはそれを質素な壺に入ったタレに浸す。そしてタレに浸された肉を再び焼いていた。ふわりと壺や串焼きから漂うタレの匂いは空いた腹を刺激し、腹が鳴るのを堪え切ることは出来ない。
音に気づいたのか屋台の男性がこちらに視線を寄越した。
「おう、串焼きがいるのかい?」
「はい、えっと串焼きを……」
「ピィピ!」
注文をしようとするとロルが何かを訴えるように服の裾を強く引っ張ってきた。一体何だろうかと視線を落とせば地面に一本線を五本、鉤爪で描いている。もしかして五本いるということだろうか。
「ロルは五本か?」
「ピ!」
「分かった、それじゃあ十本お願いします」
「あいよ、十本な」
自分の分も合わせて言うと、屋台の店主である男性は快活な笑みを浮かべながら作業を始める。少し待てば串焼きの入った袋が二つ手渡された。中は……うん、五本ずつ入っているな。確認を終えた袋の一つをロルへと渡した。
「ありがとうございます、それじゃあお代は……銀貨一枚ですね。どうぞ」
「ありがとよ」
屋台の台に掲げられた木製の看板を見て串焼き十本分の料金を渡す。店主はそれを受け取ると視線をロルへと向けた。一方のロルは気にすることなく袋を輝いた瞳で見つめている。
一体何だろうか……もしやロルを串焼きにとか考えてないよな? 見た目コッコだし。
「……うちのロルはあげませんよ?」
「そんなこと考えてるわけ無いだろう!? ったく、親ばかかいあんたは……」
「小さい頃から育てていますし、えぇ」
少し疑わしげに店主を見ながら言うと彼は慌てて否定し、呆れた視線を投げかけてくる。いや、これでも雛から育てているから。パートナーであり家族だから、ロルは。
けど勘違いしたこちらが悪いか。羞恥心やら申し訳なさやらが湧き上がってくる。
「すみません……」
「いや、それだけ大切に思われているんだったらそこのコッコも嬉しいだろうよ。なぁ?」
「ピィニョォ!」
店主は俺の言葉にからからと笑いながらそう返すと、ロルに同意を求めるように尋ねる。ロルはその通りだとばかりに体をブルリと震わせながら一声鳴いた。
話がそれたが、と店主は視線をこちらへと戻す。そして真剣な顔つきになるとひそひそ声で話し始めた。
「お前さん、王都側の門から来たけどもしかしてホラビルに向かう予定かい?」
「え、あ、はい」
「そうか。そこのコッコに対して親ばかを発揮するぐらいなら大丈夫だとは思うけれどよ、もしホラビル神聖国に入ったらなるべくパートナーの魔獣と離れないようにな」
「へ? 離れないように、ですか?」
唐突に何を言っているのだろう。そんな疑問を込めてそう尋ねると、店主は驚いたような顔を浮かべるがすぐに何か納得したようなそれへと変わる。
「もしかしてホラビルに行ったことが無いとか、かい? ホラビル近くの街とかは? この街みたいによ」
「ホラビルには行ったことが無いんです。ホラビル近くの街もこの街が始めてで」
「そりゃあ知らなくても当然だ。ホラビル側の国境に近い街じゃなきゃ分からないけどよ、ホラビルじゃあたとえ冒険者のパートナーであろうと魔獣はどれも良い目では見られない」
「冒険者のパートナーでも、ですか」
「おう。なんなら今のホラビルについてちと情報を教えてやろうか? つっても俺が教えることが出来る範囲だが」
「是非。……じゃあもう十本程、串焼きを頼みましょうかね」
「お、まいど」
笑顔で告げた言葉に店主も口の端に笑みを浮かべると、串焼きを焼き始める。そして少し落ち着いてくると再び口を開いた。
「魔獣がホラビルでは良い目で見られないってことを知らないってなると……一応聞くが、ホラビルの主宗教はどんなものか分かるよな?」
「平和主義だけれど魔族を敵対視している、というぐらいしか」
「基礎知識は入っているというわけだ。ならホラビルは主宗教の性質上、カリオと元来仲が悪いのは知っているよな」
「えぇ、それは」
タレに浸した串焼きを再び網の上に乗せる店主を見やりながら頷く。
カリオ魔国は住人のほとんどをリリアラやルルアラと同じ魔族が占める国だ。行き交う人は吸血鬼やアラクネといった魔族で、周囲の環境も黒い木々や森、赤い池などアグレナスやオブリナントのような人の住む国とは明らかに違う。
魔族がほとんどを占める国と魔族を敵対視する国、仲が悪いのも当然と言えた。
「まぁ、それはかなり前からあったことだ。けれどよ、どちらの国も今じゃあ主を一人抱えている状態だ」
「ホラビルは第四でしたから、カリオは……第三ですね。しかし仲が悪い国同士が力を持っているとなると、さらに関係がギスギスしていそうだ」
「その通りなんだよ。最近はホラビル側もちょこちょこ不穏な動きをしているらしいし、こりゃあホラビルとカリオで一発争いが起きるんじゃねぇかって随分前にホラビル側の商人達が話していたらしい。もっとも、そんな噂がされてから随分と経つし、何も起こらないあたりその話の信憑性は低いけどな」
「カリオとホラビルで争い、ですか……」
店主の言葉に呟きながら考えこむ。
ホラビル側に第四の主がいるということは五大祭で知った。第三の主だけはどこにいるか分からなかったが、今回のではっきりとした。第三の主はどうやらカリオ魔国に所属しているらしい。
けれど主を有する国のうちの二つは仲が悪いとは……主が抑止力になるか、それとも促進剤になってしまうのか。話を聞く限りだと後者みたいだが、これはホラビルの後にカリオ魔国に寄ってみることにしようか。
方針を考えていると店主は作業の手を止めることなく快活な笑みを漏らした。
「魔王が出てきたならホラビルも我が意を得たりとばかりにカリオに攻めるんだろうけどな。そんなおとぎ話にしか出てこないものなんざ出てくるわけはないし、他の国にも主だっていて止めるだろうよ」
「へ、魔、魔王?」
店主の言葉が終わるやいなやすぐにそう尋ねてしまう。いや、だって魔王なんて本当にいるのかよ。いや、さっきおとぎ話って言ってたから絵本の中にいるような架空の存在なのか?
そんな疑問が頭を渦巻いている俺に店主はからかうような笑みを向けた。
「魔王を信じているくちなのかい? 史実にも出てこない絵本の中での存在を信じているなんざ、親に言い含められたんだろうなぁ」
「違いますよ。えっと……むしろその魔王が出てくる絵本とか読んでいなかったので」
「おっと、そりゃ失礼。まぁ、魔王が出てくる絵本なんざ少ないしなぁ。子供に好かれる勇者の話にちらっと出てくるだけで、後は勇者がドラゴンを倒しただのお姫様と結婚しただのって内容だし」
「そ、そうなんですよねぇ」
一人納得するように言う店主に口の端が引き攣りそうになりながらも適当に相槌を打つ。
いや、だってそんな絵本読んだことないし。読んだとしたら前の世界の絵本だし、絵本といえば鬼やら昔話やらだ。魔王なんて出てくることはないし、出てくるとしたらファンタジー小説ぐらいである。
いや、それにしてもだ。
「魔王なんているんですかねぇ」
「いねぇだろうよ。年寄りの中には魔王がいるって話している人もいるらしいが、史実にそんな話なんて載ってないしな。ここ数百年の歴史を振り返っても、魔王が誕生したなんて話は無いだろうよ。もし気になるんだったら図書館にでも行けばいい」
「図書館というと、『第二図書館』ですね」
「おうよ。一回行ってみたけどよ、あそこにゃありとあらゆる本がある。一見の価値ありだぜ。まぁ、客の話じゃあ次点としてエルフの里の大図書館らしいがな」
「へぇ、そうなんですか」
そう言われれば少し寄ってみたい気もする。問題は『第二図書館』は第二の主のテリトリーであることだが、そこは次点のエルフの里でも良いように思えるな。どっちか、と言われれば安全を取るならエルフの里、量を取るなら『第二図書館』になる。
とりあえずホラビルで会議を聞いてから、行動の指針の一つとして入れておこう。
そんなことを相槌を打ちながら考えていると、前方からよしという声が聞こえてきた。何なのかと意識を戻せば追加で注文した十本の串焼きを袋へと入れているところだった。
「ま、俺の知っている話はそれぐらいだな。少なくてすまんな」
「いえいえ、十分ですよ」
「そう言ってもらえればこっちも教えた甲斐があるというもんだ。とりあえず、ホラビルじゃあパートナーの魔獣と離れんほうがいい。いくら使役されている存在でも、傍に主がいなければ下手をすりゃあ殺されかねん」
「忠告、ありがとうございます」
そう返しながらお代を渡すと、店主はありがとよと答えながら引き換えに袋を手渡してきた。これで計二十本の串焼きを買ったことになるが、処理しきれるだろうか……。
小さな不安に苛まれていると服の裾を引っ張る感覚を覚え、横を見る。そこには空っぽの袋を主張するように上下しながら、俺の手元を期待の眼差しで見つめるロルの姿があった。
「もう食ったのか、お前。いや、五本程度だし食いきるほど話し込んでいたのか」
「おっとそこまで話していたか。パートナーも待っていることだし、早くもう一袋あげな」
「そうします。それじゃあ」
「おう、じゃあな」
ロルにもう一袋渡しつつ店主の言葉にそう返しながら別れを告げると、店主は手を小さく振って答えてくれた。そんな彼にこちらも小さく振り向きながら手を振り返す。視界の端に真似するように翼を振るロルの姿が映った。
それにしてもホラビルでの魔獣の扱いを知ることが出来てよかった。何も知らなければどうなっていたか分からない。加えてカリオとホラビルの関係も益になる情報と言えた。二国の間で元来燻っていた火種から主という存在で小火になりかけている。
今回の騒動で第二の立場は主の中で悪くなったことを考えると、攻めるか攻めないかだと後者の方が強いように思う。そこからそのまま消えるか、それとも大きくなるかは何とも判別し難いが、どちらにしても気にしておいて損はない。
「ピィ……」
考え込んでいると横から何かを訴えるような鳴き声が聞こえてきた。そちらに視線をやればロルが串焼きの袋をこちらにかざしながらじっと見つめてきている。
「……食い終えたのか」
「ピ」
空になった袋を見つめつつそう言うと、ロルは短く答える。
さっき渡したばかりだ。渡したばかりのはずなのに食べるのが速い。というかこの目はもう一袋くれと言わんばかりの目である。
「はぁ……。もう駄目だ。これ以上食べたら夕食が無くなるぞ」
「ピ!? ピ、ピィ~……」
小さくため息を吐きながら空の袋を受け取りつつそう言うと、体をビクリと震わせながらロルはそれでも食べるかどうか悩むように俯いた。いや、悩むのかよ。ずっと悩み続けるロルに再び小さくため息を吐く。 夕暮れの近い街の通りを、ロルと連れ立って宿屋を探すために歩いていった。




