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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第三章
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閑話~謎の影、そしてゲート~

 生える草花、伸びる木々のどれもがどこか禍々しい色をなしている土地であるカリオ魔国の首都は昼時ということもあり賑わっていた。アグレナス王国の王都やオブリナント大帝国の帝都のように人々が行き交い、整備された大通りには活気が満ちている。

 一つ違う点といえば、道行く人々のほとんどが魔族であることだろう。

 下半身が蜘蛛のアラクネやコウモリの翼と先が鉤のようになった尻尾を持つインキュバス、黒いコートに身を包んだどこか高貴そうながらも肌の青白い吸血鬼などその種類は様々だ。

 人間の姿はある。けれどそのほとんどが冒険者であった。

 人が圧倒的に少なく、ほぼ全てが魔族で構成されているこのカリオ魔国の首都だが、そこにも冒険者ギルドがある。といっても所属する冒険者の九割近くが魔族だ。

 広いギルド内にも魔族はいる。昼間から酒を飲んだり、依頼を吟味したりと思い思いに過ごしていた。

 むしろ人間がいれば浮いてしまいそうなその空間。そんなギルドのカウンターにフードを目深にかぶった人物がカウンター越しに狼男のギルド職員と話していた。


「それでは第一から第四へのパスをご希望ですね?」

「ハイ。宜シクオ願イシマス」


 フードで顔があまり見えないがただ爛々と光る赤い目が知らず知らずのうちにギルド職員に恐怖を抱かせる。

 全体の形を見れば人の形に似ているだろう。魔族にも吸血鬼や巨人族といった人に似た骨格を持っている者もいる。そこは違和感が無い。

 けれどフードの隙間からかろうじて見える体は到底人の形を為していなかった。同じ魔族であるならば相手がどれほど人離れした姿形でも嫌悪感を抱かない。けれども人に似た形のナニカである目の前の相手はどうにも嫌悪感が拭えない。

 魔族に似た(・・)雰囲気だ。けれど魔族とは思えない(・・・・)。そんな印象をギルド職員は作業しながらも抱く。

 手続きの最中もじっと手元を見られ、ギルド職員はどこか落ち着きが無いまま仕事を続けた。抱く感情とは裏腹に、もう体に染み付いてしまった作業は何の問題も無くスムーズにこなされていく。

 もっともその速さに相手の気味悪さが混じっていないかと聞かれれば、ギルド職員の男性は図星で目が泳ぐだろう。


「……これで完了です。以降はゲートを使って各世界に行くことができます」

「ソウデスカ。アリガトウゴザイマスネ」


 手早く作業を済ませた狼男のギルド職員はどうにか笑みを浮かべながらそう言う。それに対してフードの人物は嬉しそうに答えた。

 笑みを浮かべているのだろう。その証拠に赤く輝く瞳がスッと細められた。

 どこかその笑みにぞっとしながらも、ギルド職員は「ご利用、ありがとうございました」と言いながら一礼する。

 フードの人物はそれに構うこと無く、くるりと踵を返すとギルドを出て行った。丈の長いローブの裾、その隙間からイカやタコのような軟体生物の足らしいものがちらりと覗いている。

 狼男の職員はフードの人物が出るのを見送った。そして彼がギルドを出て姿が見えなくなると、小さく息を吐きながら強張っていた肩を落とす。

 疲れた様子の彼に、隣のカウンターで仕事をしていたゴーレムがどこかからかうような口調で話しかけた。


「オヤオヤ、どうしたのです? 疲れた顔、してますねぇ?」

「るっせ。何とも言いようの無い客と出会っただけだ。ほら、次の客だ。きちんと対応しろよ」

「言われずとも」


 親しい者同士の会話を切り上げ、ゴーレムと狼男のギルド職員はカウンターへと向かってくる客へと視線を向ける。

 随分と気味の悪い客だった。そんな感想は仕事へと切り替えられた頭の中から追い出される。

 そうしてギルドは日常へと戻っていった。



     □     □



「案外、スンナリ通ッタナァ」


 カリオ魔国首都のギルドを出たフードの人物は、小さく口の端を笑みで歪めながらそう呟く。

 自身のこと(・・・・・)を考えるとそう簡単にパスをもらえるとは思っていなかった。けれど試してみれば、思いのほかあっさりともらうことが出来たのである。

 あっけなかったことに対しての驚きと疑わない従業員への嘲笑が浮かび、ただただおかしくてケタケタと笑ってしまう。


「イヤ、コンナ所デソモソモツマズク訳ニハイカナイ」


 生まれた小さな油断を振り払うように、フードの人物は小さく首を横に振りながら呟く。

 順調に事は進んでいる。世間は『第五遊技場』の主へと意識を向けており、こちらの行動はあまり目立っていない。

 それはフードの人物にとって、とても好都合と言えた。


「前段階ハ済マセテアル。アトハ……」


 気味の悪い笑みを浮かべながら、フードの人物はギルドのある広場に設置された転移のゲートへと視線をやった。

 行き交う人はいても、その笑みはフードに隠れて窺うことが出来ない。ただただ爛々と輝く赤い瞳が薄気味悪そうに細められている。

 フードの人物は体を小さく震わせると人の流れに乗ってゲートへと向かっていく。

 辺りは日常の光景ながら、彼の周りだけがどこか不穏な空気が流れていた。



     □    □



 秋人がアグレナス王国に到着した頃、勇者一行は王都を既に離れ一路ホラビル神聖国の首都であるホリービアへと向かっていく予定だった(・・・)

 そう、当初の予定ではまっすぐホリービアへと向かう予定だったのだ。


「はぁ……」


 勇者として参加している樹沢は小さくため息を吐きながら、目の前の光景を呆れ混じりの目で見つめる。 今、樹沢達はホリービアへと向かう道を少し外れた場所にある街へと来ていた。本来ここに立ち寄る予定など無かったのである。

 ならばどうして立ち寄ったのか。それは樹沢が見ている目の前の光景が原因だった。


「ねぇ、勇気! この花は私に似合わない?」

「勇気様、こちらの花は私に似合うでしょうか?」

「どちらも二人に似合っているよ」


 街の一角にある花屋の前で橘とシェルマがそれぞれ種類の異なる花を胸に抱きながら尋ねると、勇気は柔らかな笑みを浮かべながら言った。その言葉に二人は頬を薄紅色に染めると、照れを隠すように小さく顔を俯かせる。

 周りにいる小峰や緋之宮、ミレイアはそれが面白いと思うわけがなく、一瞬整った容姿を微かに歪めた。すぐにその表情を消した三人だが、すぐさま橘やシェルマと同じように種類の違う花を手に取るとアピールを始める。

 そんな光景に再び樹沢はため息を吐いてしまう。同時に隣からもはぁ、とため息が聞こえてきた。そちらへ樹沢が視線をやれば、似た表情をしたキシェルが口をへの字に曲げている。


「……あの人達、私達が何処に何のために向かっているのか、理解しているの?」

「理解していると思うぜ……多分」


 呆れしか含まないキシェルの小言に樹沢は苦笑いを浮かべながら答えるしかない。

 樹沢達が今立ち寄っている街は花を売りにしている街で、街のあちらこちらには花屋が通常よりも多く見かけられる。街の外にはそんじょそこらでは見られないほど規模が大きい花畑が広がっていた。花の種類は百近くほどにも及び、それが咲き乱れているのだから商売と共に観光としても目玉となっている。

 そしてそんな花を売りにしている街に来るのは子連れの家族はもちろんだが、女性が多い。さらに付け足すのであれば、カップルが多かった。

 カップルが多く来るロマンチックな花畑。その単語を道中に聞いた天ヶ上率いるハーレム組は聞き逃すはずもなく、急遽この街へと立ち寄ることになったのである。

 もちろんその提案に誰もが賛成したわけではない。樹沢やキシェルを筆頭にちらほらとホリービアへと向かうべきではないかという言葉が出ていた。ただの観光やらそこまで重要な案件でなければ良いのだが、今回は主達による会議の警備という重要なものである。そんな声が出るのも当然といえた。

 しかしそんな声も現勇者である天ヶ上に加えて第一王女であるシェルマが強く「行く」と言えば、反対する者はその口を閉じた。

 樹沢とキシェルはそれでもと言っていたが、ほとんどが押し黙ってしまえば後は押し切られる形となったのだった。


「はぁ……」


 再び吐かれたため息が二つ。樹沢とキシェルはほぼ同時に肩を落としながら深くため息を吐いた。

 そんな二人を他所に、天ヶ上達は一見して楽しげに花を見ている。外から見れば美少女に囲まれた顔の整った少年と言った光景で、周りの男性からはちらちらと羨ましげな視線が送られていた。そんな視線を気にすることもなく、彼らは花屋の前で談笑している。


「これまた楽しそうで……いや、何だか変じゃねぇか?」

「確かに変」


 天ヶ上達を呆れた目で見ていた樹沢は何かに気づいたように目を凝らす。隣に立つキシェルも察したように樹沢の言葉に同意を示した。

 二人の視線の先、一見して楽しげなハーレムの様子は楽しいというには少し疑問符が浮かぶような状態であった。決して険悪というわけではない。樹沢はいつも通り女性に優しくし、周りの面々は自分をアピールしている。その中でただ一つ違うのは小峰と緋之宮の会話だった。


「緋之宮先輩の花、緋之宮先輩には合わないと思います……」

「あら、言うじゃない、小峰さん。けれどね、勇気君は似合うと言ってくれているわよ」

「勇気先輩は優しいですから」


 緋之宮の言葉を小峰はばっさりと切る。遠目で見ても分かるほどに緋之宮の頬がぴくりと引き攣った。けれどそんな場面を二人は天ヶ上に見せたくないのか、二人の様子は天ヶ上からは窺い知ることが出来ない。

 こちらの世界に来たとき、二人の仲はそこまで変わっていなかった。二人の仲が良いというわけではない。ただ天ヶ上という共通の思い人がいる為に関わっていた、というぐらいである。それが今では口に出しては言わないものの、相手が勝手に脱落してくれないだろうかといった眼差しがちらほらと見え始めたのだ。

 こちらの世界に来てから少しずつ女性陣の仲は多少変わった。それはシェルマを筆頭にこちらの世界でライバルが増えたことが原因でもあるだろう。誰もが天ヶ上一人を思い、出来るなら自分を見て欲しいと考えている。仲が変わるのは当然とも言えた。

 けれども、と樹沢は不思議に思う。


「キシェル、あんなに小峰は攻撃的だったか?」

「私はそこまで彼女のことを知るわけではないわ。でも、もっと引っ込み思案だったような気がする」

「そう、だよなぁ。緋之宮先輩はもっとおしとやかというか、年上って感じがしてたんだけどなぁ」


 樹沢はそう言いながら再度、小峰と緋之宮へ視線を送った。天ヶ上には見えないように繰り広げられている二人の会話はまだ続いている。よくよく見れば他の女性陣も天ヶ上の前では笑顔でアピールをしているが、邪魔をされれば眉間に皺を寄せ、少し離れれば笑顔が消えてしまっていた。

 少し複雑な心境になる樹沢はポツリと言葉を漏らす。


「俺も男だしさ、ハーレムとか憧れてたんだけど……。これを見たら、何だかなぁ、遠慮しちまうわ」

「あの勇者が特別だからだと私は思うけど。というか、トウジ、ハーレムに興味があるんだね」

「へ? え、いや、そりゃあ、俺だって男だし」

「まぁ、そっちの世界がどうか知らないけどこっちの世界では十分出来ることなんじゃない?」

「え、あ、キ、キシェル……?」


 途中からキシェルの様子がおかしいことに気づいた樹沢はおそるおそると隣に立つ仲間の顔を窺った。しかしキシェルは小さく唇を尖らせて顔を背けてしまい、よく見ることは出来ない。けれど彼女の膨れた頬で機嫌が悪いのだと分かる。

 ハーレムのことが駄目だったのだろうか。そう思い立った樹沢はなだめるようにキシェルに話し掛けた。


「あ、えっと、もしかしてハーレムとかそういうのが嫌いとか? だったら悪い」

「別にそうじゃないわよ。ここじゃあ少なくない例だもの。そうじゃなくて……」


 キシェルはそこで言葉を切ると、背けていた顔を少しばかり樹沢へと向ける。おろおろと戸惑ったような表情でこちらを窺う樹沢にキシェルは小さく笑みを浮かべた。少なくともこうして戸惑うくらいには、キシェルという存在が樹沢の中にあるということなのだ。そう考えると先程まで少し波立っていたキシェル自身の心も落ち着く。

 何とも難しい性格をしているとは、キシェル自身も分かっている。少しでも素直になれればとも考えてはいるのだ。それでもこんなことに嬉しさを感じてしまう程度には、キシェルの樹沢への思いもまた変わっていた。

 一体何なのかと疑問符を頭に浮かべる樹沢に、キシェルは真正面から向かい合う。


「本当に何でもないわ。さぁ、これからの予定を宿で組み直しましょう? このままじゃあどう考えたって遅れてしまうわ」

「え、あ、それもそう、だな? えっと、本当にいいのか?」

「大丈夫よ、私が勝手に不機嫌になっただけ。今はもう戻ったから」


 笑みと共に樹沢へとそう言うキシェル。我慢している色も見えないその笑みに、樹沢は「そうか」と答えながらも女心は分からないと胸中でぼやいた。

 全く変わることもないまま女性に笑顔と甘い言葉を振りまく天ヶ上。来た当初よりも少し険悪になりはじめた女性陣。そんな彼らを後ろに、樹沢とキシェルは宿へと向けて足を動かした。




 見直しの結果、天ヶ上と取り巻きである女性陣はそのまま数日街に滞在することになる。話し合いに出た彼らが一歩たりとも譲歩することがなく、頑としてこの街に数日留まると主張したためであった。

 けれど樹沢やキシェル、兵士といった他の面々は予定の遅れを取り戻すためにも早々に街を出発することになっている。

 風呂や洗面台が備わった高価な宿の一室で、樹沢とキシェルは出立の準備をしていた。最悪、天ヶ上達が会議に遅れるのではと予想はしつつも、そんなことは無いと信じてはいる。しかし、もしものことが脳裏を掠め、ちらりと焦燥が沸き立つ。

 そんな焦燥を押さえ込むように、二人は干し肉や衣服といった品を手に取り、準備を進めていった。

 

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