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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第三章
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第49話~出発、そして小さな噂~

 オルブフとルルアラを『アトレナス』へと連れて行った上級神を追い出して数日後。早朝独特の澄んだ空気が流れる中、俺とロル、そしてジェラルドさんは館の扉前にいた。

 背中のバックパックを背負い直し、ローブを整える。動きに合わせて腰のベルトにさした≪駿影≫が小さな音を立てた。

 そして隣で少し張り切ったロルと共にジェラルドさんへと視線を向けた。対するジェラルドさんは心配そうな面持ちをこちらに見せている。


「秋人様、やはりアトレナスに……」

「えぇ、今必要なことでしょうし。何より話し合いでそう決まりましたから」


 不安を含んだ声音のジェラルドさんに、それを拭うように言葉を返した。

 例の上級神を追い出してから、話し合いで『アトレナス』に行くことが決定したのである。行く目的は情報収集だ。

 今回、ヴィレンドーさんから教えてもらったものの、その情報の中に上級神が勇者に味方をしたというものは無かった。

 おそらくヴィレンドーさんがこちらに来た後の出来事か、それとも伝わらないようにしたかのどちらかだろう。伝えようという意思が無ければ周りに伝わる可能性は低い。

 『第五遊技場』に長いこといたために何も知らなかった、持っている情報が少なすぎた。

 今も少ない。『アトレナス』で今、何が起こっているのか。天ヶ上達の動きはどうなっているのか。残り四人の主の動向は今のところどうなのか。

 圧倒的に少ない、少なすぎる。そこで直接『アトレナス』に赴いて情報を集めようと決まったのだ。

 ちなみに人選は少数、かつ前回の反省を踏まえて俺とロルになった。


「それもそうですな……。信頼、しなければならないのに、申し訳ありません」


 苦笑を浮かべてそう言ったジェラルドさんは深く、扉の前で一礼した。


「どうかお気をつけて」

「はい、では行ってきます」

「ピィーッ!」


 俺の言葉に続いてロルも元気良く答えると、共に館を後にする。

 後ろではずっとジェラルドさんが扉の前に立ち、見送るようにこちらに視線を向けていた。

 



 館の前に広がる林を抜け、上級神のエリアをロルと共に歩いていく。

 まだ朝早いということもあり、他に動く姿は見当たらない。客が来ないということも関係があるのだろう。今はまだ遊技場は休みの状態で、楽しむのは従業員ぐらいしかいない。

 いつもならばスピーカーから流れる陽気な音楽も鳴りを潜め、あるのは時折聞こえる鳥のさえずりと家を兼ねたアトラクションから聞こえる朝食の匂いぐらいだ。

 上級神エリアの大きな広場を過ぎ、すっかり慣れてしまった白亜の壁を通れば今度は下級神エリアである。

 上級神エリアとは一風変わったアトラクションの間を通り抜けると、入場ゲートからまっすぐ続くお土産屋などが並ぶ通りだ。

 俺とロルの足音が静かな通りに響いている。雨よけのための屋根がついているため、余計に響いているように感じた。


「それじゃあロル、そろそろゲートだ。用意はいいな?」

「ピニョッ!」


 入場ゲートは目前まで近づいている。隣のロルをちらりと見やりながらそう声をかけると、威勢の良い鳴き声と共に羽をばさばさとばたつかせた。

 その様子を微笑ましく思っていると、入場ゲート前までたどり着く。閉め切ったゲートを関係者用の鍵で開け、もう一度閉め直して転移のゲートに向う。

 このゲートを使うのはなんだか久しく思えてくるなぁ。あの事件の時は使えなかったし、それ以降も使っていない。別の国にでも転移するために魔力の節約も兼ねて使うわけだが、今回はまず最初どこへ行こうか。

 アグレナス王国は……さすがについ最近騒動が起こったところだし今どうなっているか分からない以上安易に行くことは出来ない。それならばオブリナントか魔法学園なのだが……どちらにせよ、主はいるのかぁ。

 あ、それならば別の街に行けばいいのか。となるとバリエレイアかハイデラなのだが、ここはバリエレイアにしよう。バリエレイアより王都から離れている分、気休めだが少しは安心できるだろう……多分。


「ロル、一旦バリエレイアに転移するぞ」

「ピ?」

「ほら、お前がまだ小さかった頃にルルアラとリリアラと一緒に休暇で行った場所だよ。あそこなら主はいないだろうし」

「ピッ! ピニョ」


 思い出したとでも言うように一際大きく声を上げると、了承するように大きく頷きながらロルは鳴いた。

 よし、それならばバリエレイアに向かうか。

 視線をロルから外して転移のゲートへと向ける。下が埋まった額縁のようなそれを見上げ、気合いを入れるように小さく息を吐く。隣では同じように、ロルがふんすと気合いを入れているのが感じ取れた。


「っと、その前に」


 その言葉に続いて無言でロルと俺にヴィジョンの魔法をかける。

 ロルの場合、普通のホロホルではいざというときに持てだのなんだのと言われるため、鳥型の魔獣であるコッコというものにした。人の腰ほどの高さがあるニワトリ型の魔獣である。

 一方の俺はくすんだ金髪に青い瞳といったように髪と目の色を変えた。異世界の人間の目印といったら黒、もしくはそれに近い色で黒い瞳が多い。こうすれば他人の空似と思われる。

 姿を帰ると再び視線をゲートへと向けた。


「よし、行くぞ」


 その言葉と共に俺、そして後に続くようにしてロルがゲートを潜る。

 瞬間、浮遊感と共に目の前の景色は馴染みのある『第五遊技場』のそれではなく、懐かしさを感じる朝時のバリエレイアへと変わっていた。





 バリエレイアは早朝、ということもあって昼時よりも人は少ない。冒険者や仕事場へと向かう人といった姿がちらほらと見える。同じように転移のゲートを使う人もちらほらと見かけた。

 俺と同じようにゲートから出てくる者もいれば俯いたまませかせかと足を動かしてゲートをくぐって姿を消す者もいる。

 このままここに突っ立っていては邪魔になる。すぐさまロルを連れてゲートから離れ、近くのベンチに腰を下ろした。

 時折すれ違う人がロルのほうへと視線を向ける。まぁ、ヴィジョンで見せている姿はホロホルからコッコへと変えたのだから、周りの反応が変わるのも当然か。

 ホロホルの時でもこちらを見る視線が無かったわけではない。けれど向けられる視線は食用だろうか、とかペットだろうかという類のものだった。

 けれど今は魔獣なのだと、少しびくりとする人もいる。すぐに傍に俺がいることに気づき、野良ではないと分かるのだが。


「ピィ……」


 どこか居心地が悪そうにロルがか細い鳴き声を上げながら身をよじる。今まで晒されてきた視線とは異なるものだし、仕方が無いだろう。


「すまんな、ロル。少し我慢してくれ」

「ピッ」


 力強い、とまではいかないまでもこっくりと一つ頷きながらロルは鳴いた。

 さて、これから何処に向かおうか。一応集める情報は『アトレナス』の現状、天ヶ上達勇者の動向、そして主の動向の三つに大まかには分けている。

 といっても『アトレナス』の現状は他二つと並行して調べることが出来るだろう。今まで行ったことのない街や国に行くことになるかもしれないが。


「となると、残り二つだよなぁ」


 ぼそりと、考えをまとめるように空に向かって呟く。深く椅子の背に体を預けた隣では、ロルがぶるりと体を震わせて毛づくろいをはじめていた。

 天ヶ上達勇者の動向、そして主の動向、どちらを先に調べようか。主を先に……いや、あまり主を先にするのは止めたほうがいいか。

 『第五遊技場』に来ることが出来る神を利用しよう、という案は勇者が関わる前に出た話である。それなら提案したのはヴィレンドーさんの話からするに第二か第四、おそらく第二だろう。

 初っ端から主達を刺激するような真似はしたくない。となると先に天ヶ上達勇者の動向について調べるのが妥当だろうか。

 それに何より、現状の地点からアグレナス王国が近い。


「まぁ、後は臨機応変に、だな」


 そう呟いて足をパンッと叩きながらベンチから勢いよく立ち上がる。音に気づいた周囲の人間が数人こちらにちらりと視線をやるがすぐに戻した。

 隣で毛づくろいをしていたロルは音で気づいたようにこちらを見上げると、ベンチから降りて出発するのかというような視線を投げかける。


「ロル、ひとまずアグレナス王国の王都に向かうぞ」

「ピニョッ」


 微かに笑みを浮かべたままロルにそう声をかけると、片方の羽を挙手するようにしてロルは答える。

 その様子に一つ頷きながらゲートを背に歩き出した。目指すは街の外へと出る門である。





「すまない、ステータスを開いてくれないか」


 街の外へと繋がる門へと向かうと、案の定門兵の男性に呼び止められる。

 念のためにと名前もいじっておいた偽装済みのステータスを門兵に見せたのだが、思いのほか時間が長い。今までも長いとは思っていたのだが、それまでよりも長いのだ。

 一体何処を見ているのだろうと門兵の視線を追う。すると職業の欄の次に名前やらを何度も確認していた。

 ロルの場合は魔獣ということである程度は調べている。けれど俺よりもチェックは早く終わっていた。

 険しい顔つきで暫く見ていた門兵だが、その顔つきのままこちらへと視線を向ける。動きに合わせて手に持つ槍や装備した鎧が金属独特の音を立てた。


「神楽嶋秋人、という人物を見ていないか? シュウト・カグラシマと名乗っているかもしれないが」

「……いいえ、ありませんね」


 思わず言葉が詰まってしまうも、思い出すようなふりをしてどうにか誤魔化す。そうして答えると門兵は再び口を開いた。


「はっきりと言おう。我々兵士に伝えられた第五の主と顔が似ている。魔法による誤魔化しなど、していないな?」

「していませんよ、そんなこと。元からです」


 心臓が先程よりも強くばくばくと音を立てる。あらぬ嫌疑をかけられた人物を演じるように意識しながらも、背中は冷や汗が出ているような気がした。


「そうか……、まぁ、ステータスまで偽装する魔法なんて聞いたことがない。ステータスに書かれているのは別人の名前だし、異世界出身らしいものも見当たらない」


 すみません、ステータス、偽装しています。ひくついてしまいそうな口元を押さえながら内心で謝罪の言葉を呟いた。

 そんな俺を他所に門兵は眉間に寄せていた皺を解き、笑顔になる。


「……よし、行ってもいいぞ。あぁ、それと第五の主を見かけたらまっすぐに兵士か役人に報せてくれ。それじゃあ」

「はい、分かりました。それでは」


 曖昧な笑みを浮かべて不自然にならない程度に早足でその場を去る。

 俺が『第五遊技場』の主だとばれたことは知っているのだが……人相書きでも出回っているのだろうか。少し複雑だなぁ。


「ピニョ?」

「いや、なんでもない」


 街の外へと出る門から随分と離れ、平原に出来た道をロルと共に歩く。

 先程の複雑な思いが表情に出ていたのか、ロルが歩きながらも不思議そうな顔をこちらへと向けた。そんなロルに大丈夫だと言って苦笑を浮かべる。

 まぁ、こればっかりは仕方が無い。今更どうだなんだと考えてもきりが無いな。

 気持ちを切り替えて前を向く。道の続く平原の向こうには覚えのある森が広がっていた。休暇の際、リリアラとルルアラ、そしてまだ幼かったロルと共に歩いてきた道である。

 平原には以前見たような花などは見当たらない。まだ時期ではなく、もう少し暖かくなれば咲いてくるだろう。

 そんな平原をロルと共に、一路アグレナス王国へと向けて歩いて行った。



     □      □



 静かな森の中に一人と一匹の土を踏む音が響く。見渡しても似たような光景の森は、整備された道が無ければ地図でもない限り迷うかもしれない。

 そんな森の中の道をローブをはためかせながらロルと共に進んでいた。

 バリエレイアに到着してから時間が経ち、今は昼ももう過ぎたころだろう。道中、荷馬車や冒険者などとすれ違った。

 そのたびにちらりと向けられる視線の先にいるのは魔獣のロルである。ロル自身はそんなことを気にせず少し軽い足取りで俺の隣を歩いていた。

 傍から見ればニワトリのように歩いているように見えるだろう。しかし実際は鉤爪も使って歩いており、四足歩行のように見えた。

 本当、くちばしなどが無ければ鳥とは思えないなぁ。

 そのまま隣のロルに意識をやって横目で見る。気づけば体長も俺の身長を超えており、以前は乗りかかられると目の前にあった顔が今では頭の上におかれる始末だ。

 最初はそれが楽しかったのか、時折甘えるようにしてロルは乗りかかってきた。こっちとしてはもうここまで成長していたのかと感慨深く思えるのだがな。


「お、そろそろ森を抜けるか」


 暫く歩いていると視線の先に平原らしきものが見えた。思わず口をついて出た言葉に隣のロルも反応し、首をそちらへと小さく伸ばしている。

 暫く歩いているとくっきりと平原が見えてきた。それと同時に続いていた木々の群れが途絶え、底から先は森が続いていないと示している。

 森を抜けた先には平原、そして平原の向こうにバリエレイアよりも小さいながらもハイデラの街が存在していた。

 道はハイデラの街へと向かっているもの、そしてその奥にまた広がる森へと続いている二つと分かれている。森へと続いているのは方角からして王都にでも続いているのだろう。

 ハイデラの街に一旦寄るか、それとも寄らずにこのまま王都へと向かうか。いや、今のまま王都に向かえば到着するのは夜も遅い中途半端な時間になってしまう。


「ハイデラで一泊して、明日の朝に王都に出発するか」

「ピッ!? ピィピニョ!」

「ど、どうした?」


 呟きに大きく反応したロルに思わず驚く。視線をロルへと向けてみれば目を輝かせていた。

 一体どうしたのかとこちらが慌てているのを他所に、ロルは鉤爪を服の端に引っ掛けてぐいぐいとハイデラの街へと引っ張っていく。


「ピッ! ピピッ!」

「お、落ち着けって!」


 分かったから、と繰り返しながら急かすロルをどうにかなだめようとする。けれど何故か興奮した様子のロルはその言葉に耳を貸さず、必死にハイデラへと連れて行こうとしていた。

 暴走というわけではない。どちらかといえばハイデラに何か目的のものがあるといった様子である。

 一体ロルはハイデラに何の用があるというのか。そんな疑問が浮かんでいると遠くから男性の張り上げた声が耳に届く。


「おい、大丈夫か少年!」

「ちょっと、危ないわよ、あの子!」


 引っ張るロルから声のした方へと視線をやると、そこには冒険者が二人ほどいた。

 剣を腰のベルトにある鞘へと入れている男性の冒険者、そしてゆったりとした服を着た長杖を持つ女性の冒険者の二人組である。

 慌てたような声を上げた二人はそれぞれの得物を片手に殺気を放って近づいてきた。殺気が向けられているのは……あぁ、ロルか。

 確かに他人から見れば今の状態は魔獣に襲われているようにも見えるだろう。


「待ってろ、今助ける!」


 冒険者の男性はそう言うと勢いをつけるように駆け始める。剣を鞘から抜いたまま、大上段に構えていた。


「ま、待ってください!」


 このままじゃあロルが攻撃されてしまう。慌ててそう言いながら止まるようにとジェスチャーも加えて男性に呼びかけた。


「へ?」


 男性は呆けたような声を上げるも勢いは止まらない。危ないからという思いが残っていたためなのか、大上段に構えられていた剣は風を切りながら振り下ろされていく。

 くっそ、受け止めるしかないか。

 すぐさま≪駿影≫を手に取り、相手の剣の軌道に合わせて防御する。一拍置いて平原には金属同士のぶつかる音が思いのほか大きく響いた。


「待ってくださいって!」

「す、すまん……」


 ぶつかる剣越しに再度言う俺と呆けたようにしながらも返事をする冒険者の男性。平原に吹く風の音が妙にむなしさを駆り立てる。

 重なった剣越しにそう言う二人の姿は、きっと他所から見れば間抜けに映るだろうことは何となく感じていた。

 呆けた顔の男性は表情を申し訳なさそうなそれへと変え、打ち合っていた剣を下ろして鞘へと収める。


「申し訳ない、魔獣に襲われていると思って」

「ごめんなさいね」


 男性冒険者の言葉に続いて駆け寄ってきた女性冒険者も謝る。そしてペコリとこちらに頭を下げた。

 いや、あの光景は他人から見れば魔獣に襲われていると思われても仕方が無い。目の前の二人は関わりあいになりたくないからと避けたのではなく、冒険者として助けに来てくれたのだ。

 

「き、気にしないで下さい。俺はこの通り、大丈夫ですから」

「そうか、それならば良かった……」

「本当にね。今回は良かったけれど、今後は街の外に出るときは気をつけてね? 最近きな臭い噂も出ていることだし……」

「きな臭い噂?」


 女性冒険者の言葉に思わずおうむ返しで尋ねてしまう。貴重かどうかなんて分からない。けれど情報ならば手に入れておいたほうが損ではないだろう。

 女性冒険者は俺の言葉に少し驚いた表情をすると、すぐさま何やら納得したようなものへと変える。何だろうか?


「もしかして村から出たの? この噂って結構街では話されているし」

「えっと……実はそうなんです。それで、噂って?」


 本当は村の出身ではないのだが……。内心で謝りつつも村の出身だと誤魔化し、すぐに尋ねる。

 

「そう急かさなくても教えるわよ。最近魔獣の動向がおかしいの」

「魔獣の動向がおかしい?」


 女性冒険者の言葉に少し疑問を浮かべる。

 魔獣の動向がおかしいという話は何も最近聞いたことではない。五大祭が開かれる前からあちらこちらでちらほらと耳にしていた。


「魔獣の動向がおかしいというのは五大祭の前にも噂されていましたよね」


 疑問に思いそう尋ねてみると、女性冒険者は相槌を打つように一つ頷いた。そして再び言葉を紡ぐ。


「そうね、でも今度は魔獣による誘拐が行われているって話よ。まぁ、人間を餌にしたりとそういう話は今まで無かった話ではないし、特段そこまで取り上げられているわけではないけれど」

「頻度が多くなったって話だ。注意するには越したことがないのさ」


 女性の言葉を引き継ぐように男性はそう締めくくった。

 魔獣にとって人はもちろん、他の魔獣も餌になる。冒険者の言うとおり、森を歩いていて人が襲われた、誘拐されたなんて話が無いわけではないのだ。

 だからこそ、魔獣を事前に討伐といったことをする冒険者がいるわけなのである。

 それにしても魔獣による人の誘拐か。確かに今まで聞かなかった話ではないが、頻度も多いと言っているし手に入れてよかったものだろう。

 そう考える俺を他所に冒険者の二人は少し眉間に皺を寄せて真剣な顔になると、注意を促すように口を開く。


「だからこそ、これからは気をつけてね?」

「いいな?」

「あ、はい、分かりました」


 二人の注意にそう返す。冒険者の二人は絶対だからね、と念を押すように言いながらハイデラの街へと戻っていった。


「ピィ……」


 冒険者二人の後ろ姿を見送っていると小さな鳴き声が耳に届く。

 空気を読んでいたのかそれまで黙っていたロルが申し訳なさそうにこちらを見上げていた。そして見上げていたかと思うと反省するように頭を垂れる。


「大丈夫だ、ロル。それにしても、ハイデラの街に何か用があったんだろ?」

「ピ? ピニョ!」


 そうだとばかりに大きく頷くロル。先程までの元気の良さは無いが、それでも少しは気分が晴れたようだった。


「さっきの話もあったし、何よりロルがこの街に用があるならハイデラで一泊は決定だな」

「ピッ!」


 苦笑混じりの声にロルが元気良く答える。それを微笑ましく思いながらもハイデラへと歩を進めた。隣を歩くロルはスキップでもしそうなほどで、時折ハミングのつもりなのかリズムを刻むように鳴き声を上げている。

 そうだなぁ、ついでに昼飯もハイデラのどこかで食べればいいなぁ。昼過ぎということもありそんなことを考えながらロルと一緒に歩く。

 先に腹ごしらえをして、それからロルの行きたいところにでも行くか。そんなことを考えながらハイデラへと続く道を一匹と一人で歩いていった。




「ロル、お前の用ってこれだったのか」

「ピィッ!」


 ハイデラの街にある一軒のレストラン、そこでロルは元気良く問いに答えた。

 魔獣が入っても構わないこの店は、周りを見渡すとちらほらと魔獣連れの人の姿が見てとれる。魔獣単体では恐怖だが、傍に飼い主であろう人がいることで周囲の人々は少し緊張を解いていた。

 といっても強い魔獣にいたっては周囲の人間が少しびくびくとしているのだが。

 一方のロルにいたっては周りからコッコという魔獣に見られている。ホロホルより強い魔獣といえどやはり弱い部類に入るということもあり、周りはそこまでの緊張は見られなかった。

 半ば現実逃避するようにほのかな灯りに照らされたレストランを見渡していたが、ロルのほうを向いて現実に戻る。


「……ロル、おいしいか?」

「ピニョ!」


 口の端が引き攣るのを感じつつもそう尋ねると、ロルは大きく頷きながら答えた。

 そうか、それならいいんだ、それなら……。食べているの、ホロホルの定食セットだけど。


(とうとう共食いなのかぁ……)


 何ともいえない気持ちになりながら、頼んだサンドイッチを頬張る。

 挟まれたレタスはしゃきしゃきと音を立て、新鮮なのだと言わずとも分かった。ベーコンは程よく焼かれており噛むたびに肉の旨みが口に広がり、食欲をそそる匂いが鼻をくすぐっている。

 手軽に食べられるということもあり、サンドイッチへと伸びる手は止まらなかった。

 一方、目の前でロルが食べているものはホロホルの定食だ。ホロホルの卵を使った目玉焼きに焼いたホロホルの肉、そして野菜とスープが添えられている。

 店に入ってメニューを開いた瞬間、ロルはこれが食べたいと主張したのだ。もしかしてと思いハイデラに行こうとしていた理由はこれかと尋ねると、明るい顔のまま元気良く頷かれた。

 目の前で調理済みとはいえ同類、いや元同類か、それを食べる様は見ているこちらを何とも言えない気持ちにさせる。


(まぁ、姿が変わって雑食に変わっているのは分かっていたけれど……何だこの気持ち)


 少し遠い目をしながらロルを見つめる。そんな俺の気持ちを知る由も無く、ロルはおいしそうによく焼けたホロホルの肉を頬張った。


「ピニョ~」


 そして嬉しそうな声を再び上げるロル。周りではコッコが肉を食べている、と少し意外そうな顔でひそひそと囁きあっていた。

 そんなレストランの中、何とも複雑な気持ちになりながらおいしそうにホロホルの定食を平らげていくロルを見ながらもう一つ、サンドイッチへと手を伸ばした。

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