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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第三章
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第48話~帰還、そして再び~

 オルブフとルルアラを連れて『第五遊技場』に戻り、館に帰ると居残り組から盛大な歓迎を受けた。リリアラにいたっては扉を開けた瞬間、泣きはらした顔でルルアラに飛びついたぐらいである。

 リアナはオルブフに油断のしすぎだと小言をいいながらも、微かに上を向いた口の端から戻ってきたことが嬉しいのだと分かった。

 そんな皆の姿を微笑ましい思いで見つめる。こうも嬉しそうにしていると、不思議なものでこちらも嬉しくなってくる。いやぁ、助けてよかった。

 

 こうして今回の件は無事終えることが出来た、そう思っていたのだ。



「ちょっと、聞いているの! 神楽嶋秋人!」


 二人を連れ出してから二日目、昼下がりの午後、そろそろ春が近いということを示すように浴びる日の光は暖かい。おそらくこれから寒くなったり暖かくなったりと気温が変わり、春になるのだろう。

 いつもの通りに園内の見回りをしていたのだが、今回後ろをついてきているのはロルだけではない。


「聞いてるのってこっちが尋ねてんのよ、答えなさいよ!」


 後ろでキンキンと甲高い声で喚いているのはツインテールの少女。

 そう、ルルアラとオルブフを『アトレナス』へと連れて行った上級神である。

 二人を連れ出したその翌日から、この少女は必死の形相でこうやって喚いている。内容といえば私について『アトレナス』に来い、天ヶ上のいるアグレナス王国に所属しろなどだ。

 この人は一体何を考えているのだろうか、あまりにもしつこすぎる。昨日もこれ以上はやめるようにと忠告したが一向に聞こうとしない。むしろ酷くなっている気がする。

 

「ギィ……」


 うるさくてかなわないとばかりにすぐ横を歩くロルが、ちらりと後ろを見ながら鳴いた。

 その声は苛立っており、いつぞやの暴走時を彷彿とさせる目つきである。まぁ、気持ちは分からなくも無い。

 最初はそこまで、と思っていたがここまでくると他の人にも迷惑だ。


「こっち向きなさいよ、神楽嶋秋人!」


 それにしても先程から名前を呼ばれている辺り、ルルアラとオルブフを助けに行った時にばれたのだろう。感情が優先していたこともあったし、冷静になっていなかった。

 それでも、二人の心底嫌そうな声があの時強く響いてきたのだ。 

 いや、今はいいとしよう。それよりも後ろの上級神だ。

 ちなみに幸か不幸か周りに客の姿は無い。

 この時期は従業員達の長期休暇となっているのだ。だからちらほらと見かける人影はどれもが従業員のものである。ちなみにこの時期の間でも俺の魔力を使って常に遊具を使用できる状態だ。だから従業員が遊具で遊ぶことも出来る。

 ということはだ。この上級神は園内へと不法侵入したわけである。……これってもう追放、だよな。

 

「聞けってば、神楽嶋!」


 これ以上は営業妨害である。先程の様子からして反省の色も見えない。


「ねぇ、いい加減にしなさいよ。聞こえてるんでしょ?」


 こちらの考えを知らず、上級神の少女は同じ言葉を吐き続けている。天ヶ上のためなのか、大見得を張って連れて来るとでも言ったのか、どちらにせよ諦める様子を見せない。

 もう駄目だ、これは駄目だ。

 決心するように息を吐く。それと同時に昼を報せる鐘の音が遊技場内に響き渡った。

 先程まで少女の方を向かずに歩いていたが、立ち止まるとくるりと方向転換して少女の方を向く。近くには白亜の壁がそびえ、食堂やレストラン、お土産屋といった店が広場を囲むようにして並んでいた。

 辺りに行き交うのはいつもなら従業員として働いている人達である。ちらちらとこちらを見る視線、そしてどこか納得したような言葉も聞こえてきた。


「あぁ、あのお嬢さんか」

「こりゃあ、駄目だなぁ」

「まぁ、仕方ねぇだろうよ。このままじゃあさすがに邪魔だ」


 そんな言葉が広場のあちこちで囁かれる中、目の前の少女は小さく笑みを浮かべた。とうとう自分が無視出来なくなったのだと、これで話が出来ると考えているのだろう。

 眉間に皺が寄る俺を他所に、少女は強気な瞳をこちらへと向けて口を開いた。


「無視しなくなったってことは……私の話を聞いてくれるつもりになったのね? というかそうでしょ。だったら話は早いわ、今からでも私と一緒に『アトレナス』についてきて」


 有無を言わさない勢いで少女はそうのたまう。

 思わずため息がこぼれてしまったが、呆れた瞳を少女へと向けた。


「お断りします。前回あんなことがあったのに、行くと思いますか? 行きません」

「は!? 何言ってんのよ! ついて来なさいよ! お客様が言ってんのよ!?」

「何が何でもです。と言いますか……」


 笑顔が一変、少女の顔には焦燥が浮かぶ。

 広場に響き渡るほどの大声で今もなおこちらを罵る少女に、一旦言葉を切ると呆れたような、腹立たしいような瞳を向けた。

 視線の先にいた少女は先程まで罵っていたが、ピクリと肩を小さく跳ね上げると言葉が詰まったように押し黙った。


「こちらは先程からずっと後ろから大声で喚かれて少し気分が悪いんです。周りの人達にも迷惑がかかるほどですし、このままではいけません。行かないと言えば明日も来る気でしょう?」

「も、もちろんよ! ……もうドジ踏めないんだから」


 小さく呟かれた声と共に少女は唇を噛んだ。

 ここで引いてしまえば彼女はこれで二度目の失態となる。そうなれば天ヶ上の傍には居辛いのだろう。

 しかしそんなことは今は置いておこう。目の前で少し平静を取り戻した少女に送る視線は鋭くなる。

 あんなことがあってまだ『アトレナス』に連れて行くことが出来ると確信している少女の目に、腹の奥では吐き出したいような、燻るような不快感が渦巻いていた。

 どうにかそれが口をついて飛び出さないようにするも、少し言葉にその気持ちが混じってしまう。それを抑えながら少女に向かって言葉を放った。


「昨日も言いましたが『アトレナス』には行きませんし、これ以上は他の人の迷惑にもなるので止めていただきたい」

「ふっざけないでよ! あんたを『アトレナス』に連れて来るまであたしは帰れないの! 迷惑なんて知ったこっちゃない、ついて来るまで言い続けるわよ!」


 顔を真っ赤にしながら吠える少女を、冷たい目で見る。そうか、忠告は聞かないのか。今回で止めてくれたらそれはそれで良かったのに。

 先程まで腹の奥に燻っていた感情がのど元までやってくる。早く出せ、言葉として相手に投げつけろ、そう言わんばかりに口から飛び出そうとしていた。

 

「そうですか、分かりました。忠告を無視するというのであれば、こちらもそれなりの対応を取らせていただきましょう」

「は? 何それ、脅し? 神で仮にお客様にあたる私を脅してんの?」


 目尻を吊り上げながら食ってかかるような口調で口を開いた少女を無視して、転移で手元に黒い装丁のファイルを館から取り寄せる。

 目の前でぎゃんぎゃんと喚く少女をよそにファイルを開く。最近のところを探していくと、少しして少女の名前を見つけた。

 

「忠告を無視したので今後このようなことが無いよう、『第五遊技場』への来園を拒否します」

「え、ちょっと……」

「忠告を聞くなりなんなりしてくれたならばここまでの対処はいたしません」

「ふざけないでよぉ!」

「ふざけておりませんが?」

 

 ファイルに視線を落としたまま言葉を放つと、少女は戸惑い、そして声を荒げた。

 ふざけるな、と言われても忠告を無視したのは彼女である。加えて先程、来るまで言い続けるとまで言っているのだ。そんなことを言われてこれからずっと我慢などは出来ない。


「いいから付いてきてよ、ねぇ! そうしてくれるだけで私は今後、あなたの周りで喚かないから。あなたにとってもそれが一番平和な解決法よ、そうよ、この方法がいいのよ! だから、ね?」


 焦燥の混じる表情を無理やり笑顔に変え、少女は甘えた声でしなだれかかってくる。

 容姿も整っているためその様子は愛くるしい動物を連想させた。上目遣いでこちらを見上げてくるその様は何も知らなければ思わずドキリとするものだろう。

 そう、何も知らなければ、である。

 目の前の彼女が仲間であるオルブフとルルアラを騙して『アトレナス』に連れて行き、二人に少なからず不快な思いをさせた。

 それを知っている俺が目の前の光景をどう思うかなど考えるまでも無い。目の前の少女の行動は全て裏目に出ている。 


「お断りします」


 少女を睨みつけるようにしたまま少女へと言葉を放つ。

 思いのほか冷たくなってしまった声音に、少女は先程までの様子を一変させて言葉が詰まるような様子を見せた。

 浮かべていた甘えるような表情も消えて、今は苦虫を噛み潰したようなそれが取って代わっている。そして怒りの形相へ変わったかと思うと先程の空気を一変させて少女は乱暴に言葉を吐いた。


「もういい、私に逆らうなんてあり得ない! 無理やりでも連れて行くから。仮にも私は上級神、あんたみたいな人間どうとでもなるのよ!」


 そう言うと俺の腕を掴んで引っ張ろうとする。腕に食い込む指がどれほど強く握っているのか物語っていた。

 怒りの表情で腕を引っ張る少女。けれどそれは少しずつ焦りへと変わっていった。引っ張ろうにも俺が微動だにしないからだろう。実際、俺の位置は先程から一ミリも変わっていない。

 人間ならどうにかなるのは事実だ、目の前の彼女は上級神なのだから。けれどそれが俺のような主にも適用されるのかどうかは別問題である。


「はぁ……ふざけんな……動いてよぉ……」


 どれだけ引っ張っても動かない俺に少女は少しずつ疲れがたまっていく。

 とうとう最後には腕から手を離し、少女は呼吸を整えるように大きく息を吐いた。そしてこちらをきっと睨みつけてくる。


「満足しましたか?」

「満足もくそも無いわよ! 動いてよ!」


 冷めた視線の先には言葉を区切って強調するように声を荒げるツインテールの少女。その言葉を聞き流しながら視線をファイルへと落とした。

 もういいだろう、十分だ。視線を再び少女へ戻し口を開けば、意識もしていないのに淡々とした声音が口から飛び出していく。


「準備ができました。では、あなたの来園を拒否します」

「は? ちょっと待って!」

「それでは」

「待っ――――」


 慌てたように手を伸ばそうとした少女はそのまま、その場から姿を消した。まるで霧のようにその場から消え、そこに広がるのは先程のことが何も無かったかのような遊技場の光景である。

 ふぅ、と小さくため息をつく。

 姿を消した上級神の少女は元の世界に戻され、今後『第五遊技場』に姿を見せることは無い。来ようとしても出来ない。

 こちらをちらちらと渋面で見ていた周囲は、今では明るい顔でアトラクションやレストランに向かっている。明るい顔の理由は少女がいなくなったからだろう。


「はぁ……」


 再び息を吐いて空を見上げた。そこに広がるのは雲の残る青空だ。

 視線を空から前へと戻すと、眉間に皺を寄せたまま、その場を後にした。



     □     □



 もう日は沈み、空には星が瞬いている。森を挟んで見える遊技場は夜にも関わらず煌々と明かりを放っていた。

 あの後館へと戻ってきた俺は一人、書斎にいる。ロルは開け放たれた窓から散歩に出ており、書斎の中にはいない。

 耳に痛いほどの静けさが満ちる書斎の中、力を抜くように体を椅子へと預けた。小さくキィと椅子の軋む音が響く。

 頭の中にあるのはルルアラとオルブフを連れて行った上級神の少女はもちろんのこと、今までなんらかの事情で来園を拒否してきた人達の顔である。

 上級神の少女はまぁ仕方が無いとして、今までも従業員に暴力を振るったりと問題を起こしてきた客は来園を拒否してきた。それは他の客や従業員のためでもある。

 けれど『第五遊技場』の主をしている以上、誰でも楽しませるようにしたい、と思ってしまうのだ。多の楽しみのために害する少を取り除かなければならないのは分かっている。

 それでも、とどこか心苦しく思ってしまうのは俺がまだ変わっていないからだろうか。

 忠告すれば反省してその後、不祥事を起こさない人だっている一方でそれでも起こす人がいる。どちらの事例も知っているからこそ何ともいえない気持ちになる。


「ままならないなぁ……」


 口をついて飛び出た独り言が、静かな部屋の中で響いた。

 結局、俺は主としてまだまだなのだ。割り切ることも出来ず、今もこうしてうじうじと悩んでいる。

 割り切ればいいのにそれが中々できず、やろうとしても喉に何か詰まったように感じる。順応していない、変わっていない。

 もしかしたら俺も、天ヶ上と同じく変わっていないのだろうか。自分が変わっていると思い込んでいるだけで、本当は変わっていないのだろうか。

 どんどんと泥沼へとはまっていくようなその思考に、思わず渋面を作る。 

 その時、ドアをノックする音が耳に届いた。


「はい?」

「秋人様、ジェラルドでございます。お茶をお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ」


 扉の向こうから聞こえたジェラルドさんの声にそう答えると、静かに扉が開いてジェラルドさんが彼の腰ほどの高さがあるワゴンを押して入ってきた。

 ワゴンの上にはポットやティーカップ、ソーサーが置かれている。ジェラルドさんは執務机の傍まで来ると静かに紅茶を入れ始めた。

 トポトポと心地の良い音が耳をくすぐる。それでも俺の眉間の皺はどうしても取れない。むしろ先程の考えを再開しようとしていた。

 表情がありありと顔に出ていたのだろう、ジェラルドさんが入れ終えた紅茶をそっと差し出しながら口を開いたのだ。


「秋人様、何か悩み事でもあるのですかな?」

「へ? いや、特に……」


 心を読んだかのようなその言葉に思わず誤魔化した返事をしてしまう。これは俺が踏ん切りをつけなければいけない問題なのだと、そう思っているところもあった。

 しかしジェラルドさんは小さく笑みを漏らすと穏やかな声音で再び言葉を紡いだ。


「失礼ながら私は秋人様よりも長く生きている身でございますぞ。隠していることなど一見して分かります」

「あぁ~……、本当、ですか?」

「もちろんですとも。心を読む類のスキル・魔法を持っておらずとも、存外そう言うものは他人にばれているものでございます。特に長く一緒にいる者には」


 そう言ってこちらに視線を寄越したジェラルドさんは、責めるのではなく見守るような、優しい祖父の瞳を浮かべていた。

 『第五遊技場』に勤めている主要メンバーの中で最も年上の彼は、今までもこうして悩み事を聞いてきたのだろうか。少なくとも相談をしても構わないというような、そんな雰囲気を纏っている。

 そんなジェラルドさんから視線を手元のカップへと戻す。もう中身が半分ほど減っていた紅茶は灯りを受けて優しく光を反射し、悩んでいる俺自身の顔を映し出していた。


「あの、ですね」


 暫くしてポツリ、と言葉を漏らす。


「先日の例の少女、いたじゃないですか」

「休園日に無断で園内へと入った彼女のこと、ですかな」

「はい。あれからちょっと考えていて。『第五遊技場』にいる人間として、俺は来園者は誰でも楽しませたいと思っているんです」

「ふむ」


 ジェラルドさんは話を遮ることなく、相槌を打つ。俺は視線をカップへと落としたまま、再び口を開いた。


「でも今回みたいなこともあるわけで。楽しませたいだけじゃあ無理だって分かっているんです。分かってはいるんです。それでも、ってどうしても思ってしまう自分がいて」

 

 そこで言葉を切ると、再び部屋に静かさが戻る。ジェラルドさんはただ静かに俺の言葉を聞いていた。

 一度言葉を紡ぎだすと止めることが出来ず、自分の形にならない思いをどうにか言葉として吐き出そうとする。

 上手く言葉で説明出来ないとはよく言ったもので今の心情をどうにか伝えようとしても断片的に、近い言葉を探して、見つけて、口から吐き出すしかなかった。

 少しして、ジェラルドさんが口を開いた。


「秋人様、これからお話することはあくまで私個人の意見でございますがよろしいですかな」

「あ、はい」


 そう答えながらカップから視線を外し、ジェラルドさんのほうへと向ける。ジェラルドさんは静かにワゴンの傍に立ち、皿とお菓子を取り出す準備をしていた。


「楽しませたいけれどそれだけではいけない、その気持ちはどこか分かるような気がいたします。職業上人を楽しませたいと思うのもありますし、やはり泣いたり怒った顔よりも笑った顔が見たいというのは人としてあって然るべき感情だとも思います」


 言葉を紡ぎながらジェラルドさんはスコーンを取り出す。低い声音がすんなりと耳へとはいってくる。


「ですが一方で、この職業に就いている以上今回のようなことは必ず起こるのもまた道理なのです。誰もが一つのことに楽しい、と思うわけではない。つまらない、飽きた、そんな感情だって抱くでしょう」


 そう、そうなのだ。納得するように視線をカップへと落とす。そして一口、紅茶を口に含んだ。少し時間が経ってしまったそれは生温い。


「思うのですが、誰でも人を楽しませることが出来る人というのはもう聖人に近いというものだと思うのです。いや、これは言いすぎですかな。けれどそれは素晴らしいことだと思うのですが、叶えられる人は本当にごく少数だと、そうも思うのです」


 話が途切れるのと同時に、目の前にコトリという音と共に皿が置かれる。その上にはスコーンが置かれ、傍には苺ジャムが添えられていた。


「けれど私はそんな人間ではございません。ならば自分の手が届く限りの人を楽しませようと、そう思うのですよ。割り切るのではなく、自分の手が届く範囲でもと考える。そう思えば少しでも気持ちが軽くなるのではないでしょうかな」


 あくまで私個人の意見でございますが、とジェラルドさんはそう言って笑顔で締めくくる。

 誰をも楽しませるというのは無理に近い話で、それならば手の届く範囲でもいいから楽しませる。遊技場から追放した客がいるならば、反対にルールを守って楽しんでくれる客もいる。

 それならば手の届く範囲、ルールを守って楽しんでくれる客をより楽しませる。それが一種の区切りの付け方なのだろう。

 これだけが解決方法ではないし、ジェラルドさんは別の意図を持って発言したのかもしれない。それでも自身の気持ちが軽くなったのを確かに感じた。

 誰でも楽しませたい、のではなく楽しみたい人を楽しませる。そこにはルールや様々なものがあって縛っているようにも見えるけれど、一方でそれは不快なく楽しませるためのものなのだ。

 多を楽しませるという考えは消えないけれど、そのためにも少しずつ楽しんでもらえている人を増やしていくのが大事なのだろう。


「ジェラルドさん、ありがとうございました」

「私の言葉が秋人様のお役に立てたのならこのジェラルド、嬉しく思います」


 感謝の思いを込めてお礼を言うと、ジェラルドさんは恭しく一礼した。

 胸の内に渦巻いていた淀んだ感情は消え、どこか体が軽く感じる。久しぶりに口に含んだ紅茶はどこかおいしく感じられた。


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