第5話~偽のステータス、そして怒り~
「……ん、朝か。起きねぇとな……」
ぼんやりとしながら目を開ける。ちらりと窓を見ると朝で雲ひとつ無い青空が広がっていた。もうちょっと寝ていたいけど仕方が無い。
「今日やることがわかってるのは、主探し、だよな……っとそうだ」
今日の予定を思い出して俺は慌てる。昨日、念のため<完全隠蔽>がきちんと発動しているか確かめようと決めたんだった。念には念が必要だ。
ステータスと念じてみる。隠蔽されたステータスを見ながら不自然なところがないようにいじっていく。そして、調整した後のステータスがこちら。
≪ステータス≫
名前:シュウト(神楽嶋 秋人)
性別:男
種族:人
Lv:1
メイン職業:なし
サブ職業:なし
状態:健康
<スキル>
・異世界言語使用可能 ・制御技術マスター ・解析
とまぁ、こんな感じだ。まずは「異世界での底辺の状態」にした。するとスキルゼロということになる。でもそれではおかしい。召喚の際、フロワリーテさんが大小あれどチートをあげるって言ってたしな。そこで選んだのが<制御技術マスター>。選んだのは見て強そうで無いから。ちなみにこの<制御技術マスター>は発動を常時にしてある。隠蔽したのはステータスであって本来の力が無くなったわけじゃない。そんな状態で力加減を誤った、なんてあったら洒落にならん。……いや、本当に。
ちなみに<全対象解析可能>は<完全隠蔽>の力で<解析>と表示させてる。<異世界言語使用可能>、<解析>は異世界召喚の際にて必ずつくものらしい。「異世界に召喚された状態」って念じたらこの二つが出てきたからな。これも無かったらおかしい。
あ、ちなみに<異世界言語使用可能>ってのは元から持っていたぞ。昨日のスキル表示では省略されてエトセトラで表示されてたからな。ほかにも色々スキルはあるんだと思う。思うっていうのは最後まで見ていないからだ。いや、だってチラッと見たんだが結構あるんだよ。いちいち説明するのも面倒なほどに。「トリックスター」という職業上、FSGにおいてかなりのスキルを持っていたのは事実だし。
そんなことを考えていると、扉を誰かがノックする。
「はい、なんですか」
「失礼します、勇者様」
そういってドアを開けて入ってきたのはメイドさん。おぉ、あっちの世界では本職なんて見たこと無かったから少し新鮮さを感じる。
「朝食の用意ができましたので、お呼びしようと」
「ありがとうございます。いつでもいけますよ」
「では、ついてきてください」
そういってきびすを返し歩き始めるメイドさん。慌てて俺もついていく。ちなみにさっきの会話の間に俺とメイドさんは一切目線をあわすことが無かった。
え、あれかな。昨日の自己紹介とかでの悪印象がもうすでに使用人にまで広まっているとか?俺の味方はいったいどこだ!ここまで発揮とか、別世界なのに……。
俺とメイドさんの間に会話の一つもない。仕方がない、FSGのことでも思い出すか。この世界はFSGに似ているっていうんだから。
「Free Style Game」、略して「FSG」は日本で人気のゲームソフト。内容は、世界『アトレナス』を舞台としたファンタジーもの。冒険者、この場合俺達プレイヤーは始まりの町にてギルドに所属し様々なクエストをこなしていく。オンラインもできる。
そしてFSGにおいて職業はメインとサブに分かれている。メイン職業は戦闘、サブ職業はそれ以外の中から3つ選ぶことになっている。サブ職業に至ってはかなりの数があった。アップデートでどんどん増えていくからな。「芸人」なんてネタ職業もあったくらいだ。
そしてメイン職業。これは戦士や騎士と様々な職業がある。最初に選んだ職業がレベル七十を超えれば転職が可能で、もちろん能力値の引継ぎもある。
まぁ、この世界はFSGに「似ている」世界であって、「そのもの」の世界ではない。五つの世界なんてものはFSGには存在しなかった。
あとは……夜に俺のステータスに書かれていたメイン職業、トリックスターはちとめんどくさい。上限のレベルが二百なのだが、このトリックスターはレベル百四十から必要経験値が他の百四十レベルの職業の二倍はいるのだ。
レベル百四十の戦士が百四十一になるのに五十必要だとしたら、トリックスターは百四十一になるのに百はいる。
序盤ならまだしも、レベル百四十とそこそこあがった状態での必要経験値二倍はきつい。
もちろん、トリックスターでの利点もある。それは、全職業の武器の装備、スキル使用可能(ただし適性のある銃以外の武器の習熟度、他の職業のスキルはともにレベル百四十程度が限度)、レベル二百になれば武器二つを選び習熟度をマックスにできる、そしてレベル百四十以降の獲得経験値は倒したモンスターの強さで変わるということ。
一方のデメリットは先ほどの必要経験値二倍のためレベルが上がりづらいと防具が布、皮製のみ、選んだ二つの武器の習熟が他より遅い。
このため掲示板で見るとトリックスターよりも他の職業についたほうがいいと言う人が多いようだ。とる人は序盤のモンスターをばっさばっさと倒してとにかく経験値稼ぎ、といったところだ。
一方の俺はレベル百四十までいった後、ひたすらレベルが上のダンジョンに行った。何回も倒されて街送りになったさ……。一種の作業、みたいにしていた。FSGをするのは宿題などやった後の息抜き程度だったので、早くレベルを上げたいなんてことは考えずにやっていたのだ。
そんな作業を続けていたら、最大レベルの二百になっていた。
「こちらが食堂でございます、神楽嶋様」
「あ、はい」
FSGについて考えている間に食堂についたようだ。メイドは言いながら、食堂の扉を開く。中は本当に食堂か?と思えるほどの広さだ。内装も玉座の間のように柱から何までこだわった意匠がこらされている。
長机は食堂の入り口を少し進んだところから奥までの長さのものが五つ。何の材料かはわからないが長机は俺達の世界で言うところの大理石製の机のようである。きちんと手入れがされているのだろう、天井に吊るされたシャンデリアの光を受け、大理石製の長机は光沢を放っている。
五つのうち俺の前の長机、つまり中央の長机の上には朝食が並べられている。米はないが、白いやわらかそうなパンや薄切りにした肉とレタスをはさんだサンドイッチ、コンソメのにおいのする卵スープ、オムレツ、サラダやカットされたフルーツなどがこれまた高価そうな銀食器の上に盛られている。時々、シェフらしき人がお盆にいっぱいの料理を持ってきて、足りなくなった料理を補充していた。
奥のほうには……料理じゃないな、あれ。飲み物、だろうか?ティーポットが見えるし。ティーポットの周りには何人かの執事やメイドがいて、時々ティーポットを持って食べている最中のところへと歩いていく。自分で注がずとも執事やメイドがさっと飲み物をついでくれているのだ。注ぐのにちょうどよい瞬間を狙っていくメイドや執事、すごいな……。
さて、俺も朝食を食べるか。えっと、皿は……あそこか。俺の前にも何人かいて入り口近く、長机の端っこに置かれた食器を取って、自分の好きなものをとっていく。バイキング方式か。
俺もそれに習って料理を取り始めるが……うん、なんだか視線を感じるな。小声まで聞こえてきた。どれも、あまり良い内容ではないものばかり。貴族の中には高校で話されていたホラ話までもがあった。広まるの早いな、おい。
といっても誰もが誰もしているわけじゃない。ちらりと見たら、中にはそんなホラ話をしていない人もいた。それはうれしい。
料理をとるが量は不安で少なめになってしまう。この世界でやっていけるのか、生き抜けるのかという不安だ。俺は『第五遊技場』の主としてもやっていけるのかというのもある。あたりをみると、生徒もみな心なし料理の量が少ないように思える。皆、考えていることは同じということだろうか?
壁際のあんまり人がいない場所へと向かう。せっかくのおいしそうな朝食だ。悪口を聞きながら食べたいとは思わない。
白くやわらかいパンを手に取るとなにやらあたりがざわめく。あぁ、なんかこういうの前にもあったな。この世界に来る前だ。
「神楽嶋君」
やってきたのはハーレム組。先頭が天ヶ上、それに続いて橘、緋之宮、小峰、樹沢だ。手に持っている料理は多めである。お前らは不安とかないのか。
「みんなの輪に入って食べたらどうだい?そうすれば、悪いことだってしなくなるだろう」
「いっつも一人でさ、ボクは孤高なんです~みたいな態度。見ていてイライラするわ!」
天ヶ上の言葉に続いて耳に障る声で橘が言う。それに賛同するように後ろの三人がうなずいた。
「人とのコミュニケーションは必要よ?自分をわかってもらうためには。努力してるの?」
「そう・・・ですよ」
「お前はそういうところが足りてないんだよ!」
緋之宮、小峰、樹沢の順に俺への評価を言う。周りはもちろんそんなやり取りに耳を傾けている。生徒だけでなく、貴族もだ。
「神楽嶋、この世界に来てもかよ。こりねぇな~」
「本当、ことの重大さをわかってないんじゃないかしら?」
「天ヶ上殿が言うのだからあの男はよっぽど素行が悪いのだろう」
「えぇ、本当、いやになるわ」
あちらこちらで聞こえる俺への悪口。それはまるで以前の世界のようだ。場所が劇的に変わったというのに、この時だけ以前の世界のようである。そして、悪口を言っている生徒は少しずつ以前のように戻りつつある。
別世界に来てまでふざけるなよ?
橘の言うとおり、俺は同級生と交流などしなかったから「孤高なんです」というように鼻につく態度だととられても仕方がないのかもしれない。もっと、積極的に関わっていけばこのような状態ではなかったのかもしれない。
ただ、いいか、お前ら。特にハーレム組。俺は一年のころ、お前等に噂はでたらめだと言った。訴えた。それでお前達は聞き届けてくれたか?噂の真偽をきちんと確かめてくれたか?
答えは否だ。
お前等は噂の真偽を確かめることなく俺を悪だと決め付けた。そして、それ以降も根拠もないデマをネタに反省しろだの、更正しろだのと言ってきた。
普通の人には無理だろう。周りの人のように陰口をたたくくらいだろう。しかし、お前らは注意し続けた。そのせいでデマがお前等を含め周りの人間にとっての真実へとなっていると知らずに。
目つきのせいでと俺も逃げていたところもあるだろう。ただ、少なくとも教師は俺の内面を見てくれたと思う。目つきどおりの人物ではないと信じてくれた人だっているはずだ。
なのにお前等は見ようしない。そのくせ、みんなと混じれだと?デマをこじらせたお前達がそれを言うのか?人を孤立させるようなことをしたお前達がそれを?
ふざけるな、と大声で言いたい。言っても、彼らには届かないだろうが。一年のころにそれはもうわかってる。ただ、ただ――――
(自分の目で噂の真偽を確かめもせず、人のコンプレックスをもとにして思い込みで悪に仕立てあげてんじゃねぇよ……!)
俺はハーレム組を無視して、朝食を再開する。隣ではハーレム組が無視するな、だの聞いているのか、だのとやかましくわめいている。しかし、それらを意識の外に追いやろうとする。
現在、別世界に来ても彼らは彼らだった。変わらなかった。そんなこと、今までと変わらないじゃないか、気にするなと思い込もうとするもできない。
別世界に来てまでするのかと腹立たしくて仕方がない。いつもなら、無意味だのなんだのとあきらめがつくのに。
(不安でちょっと感情的になってんのか?でもま、今までずっと思ってたことではあるが。今まで仕方がないと思っていたことが別世界でもされて、我慢できなくなったのかもな)
我慢をしないと決めても、きっと俺は今までどおりに対応するだろう。それはそれでかまわない。一々相手にしないやしゃべらないなど決めても守りきれる自信がない。
(ひとまずは今まで通りで。それより、この城でどうするか、そしていつ『第五遊技場』にいけるのか、力の把握、だな)
これからの予定を思い出しながら、白いパンをほおばる。
あれほどおいしそうだったパンはなぜか、まったく味がしないように感じた。
次回から週一投稿です。
基本日曜です。