第45話~お化け屋敷、そして王都へ~
「おら、客を驚かせてさぞ楽しいんだろうなぁ。俺にもさせてくれよぉ」
「こ、困りますお客様……」
「あぁ!? 俺より弱い奴が、何で俺様に口出ししてんだよ、あ!?」
「ひ、ひぃぃ……」
件の場所、お化け屋敷の出口付近ではなんともちゃらい風貌の若い男性客がお化け屋敷の従業員に絡んでいた。長い黒髪、白い着物の幽霊である従業員はふよふよ浮きながら元から青白い顔をいっそう青くしている。
苛立たしげに舌打ちをした男性客は近くの備品を蹴って壊した。その音に更に従業員は震えてしまう。
同じく妖怪などの姿をした他の従業員が心配そうに見つめる中、俺はその場に転移した。
「ぬ、主様!?」
「あぁ、すまない。来てそうそう悪いが現状を説明してくれるとありがたい」
驚いたような声を上げる周りにいた一人の女性従業員にそう尋ねる。するとその女性従業員はちらちらと気にしたようにしながら話し始めた。
従業員の女性によると、あの男性店員は割り込みをしてお化け屋敷へと入ったらしい。リスト入りしていたため誰もが彼を警戒していたのだが、お化け屋敷の最後で驚かし役であるあの従業員に対して絡み始めたのだそうだ。
小さくため息を吐くと、今もなお周りを気にすることなく従業員に対して暴言を吐きながら備品を壊していく男性客へと近づく。
すぐ傍に立つと気配を感じたのだろう、罵る言葉を止めて不機嫌な顔のままこちらへゆらりと振り向いた。
「あ? んだよ、おめぇさん? ガキが何の用だよ?」
「申し訳ありません、お客様。これ以上は他の方々の迷惑になりますので」
「あぁ? そんなこと知ったこっちゃないね。こっちは客だ、客を楽しませて何ぼだろこいつらはよぉ!」
「ひっ……」
営業スマイルを浮かべながら言うも、相手は聞かない。それどころか男性客は幽霊である従業員の長い髪を強く引っ張る。あまりの痛さに引き攣った悲鳴を漏らして、幽霊である従業員はよろめいた。
……はい、もう決定だなこれは。
「何か文句でもあるかなぁ、お・子・ちゃ・ま?」
「お子ちゃま、と言いますが自分はここの主でして」
「あ? だから何よ? ……あぁ、こんなことをしでかしてすみませんって平謝りにでも来たのかな?」
「いえいえ、そう言うわけではありませんよ客。調子に乗らないで頂きたいのですよ、ただの客」
さすがに少しおかしいと感じたのだろうか。客は馬鹿にするような顔に少しばかり訝しげな表情を浮かべた。
「お客様、の間違いだろうよ。おら、もう一度言い直してみろよ?」
「客は客、ですよ。……話が逸れていますね、戻しましょう」
笑顔でそう言いながらリストを開く。そちらへちらりと視線を落とし、再び客を見るとにっこりと営業スマイルを浮かべた。
「お客様は二度、『第五遊技場』内で他者に迷惑がかかるほど暴れていらっしゃる。そしてこの度、三度目となるわけですが……反省は無いと見てよろしいですね?」
「は? 反省? っていうか俺がいつ迷惑かけたってよ? お前らは黙って言う事聞いてりゃいいだけの話じゃねぇか!」
「そうは参りません。こちらもボランティアでは無いのです。申し訳ありませんが『第五遊技場』への来園を拒否させていただきます」
その言葉にぽかんとしたような顔の男性客。けれど言葉を理解すると顔を真っ赤にして胸ぐらを掴んでくると、こちらへ唾を吐きかけるほど怒鳴り散らし始めた。
「あぁ!? てめぇ、何様のつもりだ! 主だが何だか知らねぇがそれが人様に対しての態度かよ!」
「主だからこそ、これ以上従業員に対して危害を加えるあなたを許すことはできませんね」
「俺はお客、お前らは従業員だろうが! 何で俺がそんな目にあわなきゃいけないんだよ! それに、何も俺だけじゃねぇだろ、そいつらにしろよ!」
わめき散らす男性を呆れた目で見つめる。もう彼に何を言っても無駄なのだろうと、小さくため息をつきながら内心でぼやいた。
第一、そんな反省するような客ならば警戒者リストになど載っていない。そんな客ではないからこそ、目の前の男性の名前は警戒者リストに載っているのだ。
「……これ以上、話は無駄ですね。早速、来園を拒否させていただきます。その前に……」
そう言って頭を抑えながらうずくまる幽霊のような従業員へと目を向ける。視線に気づいた彼女はこちらへと顔をゆっくりと向けた。
「……一回だけなら、許す」
「ほ、本当ですか……?」
「あぁ」
「そうですか……! ありがとうございます……!」
俺の言葉に元の、と言ってはおかしいかもしれないが青白い顔へと戻しながら笑みを浮かべる。そして男性へと顔を向けたときに、その瞳には恨みが宿っていた。さながら本物の幽霊のようである、従業員だけれど。
「許可もらいましたからぁ……ちょっとした仕返しですよぉ……」
ゆらりゆらりと男性に近づきながら笑みを浮かべて彼女は言う。それに合わせて周りで心配そうに見ていた従業員達も同じようににたりと笑みを浮かべながら男性へと近づいていった。一つ目小僧のようないでたちをした従業員は駆け足で他の客を一旦外へと連れている。
「な、何だよ。こいつら何のつもりだよ。おい、てめぇ! こいつらを早く止めろよ!」
「そう言われましても。あなたにはここに来ることなんて出来なくなるわけですし、その前に、ねぇ?」
「ねぇ? じゃねえよ! く、来るな!」
先程とは正反対に怯えた顔の男性をお化け屋敷の従業員達が取り囲む。まるであれだ、妖怪などに襲われている人だなこれ。いや、人じゃなくて神か。
男性は来るなとわめきながら伸ばされる手を叩き落とそうとする。下級とはいえ神は神、その力は常人のそれを上回るのだが。
「な、何でこいつら効いてないんだよ!?」
「彼らは仮にも『第五遊技場』の従業員ですよ?」
「な、なら早く止めろ!早く――」
「時間は三十分だからな、三十分経ったら彼は『第五遊技場』から追い出す」
「分かりました……」
男性のほうには目もくれず迫る従業員達へと視線を向けて言う。小さくこちらを振り返りながら頷いた幽霊のような従業員はまた視線を男性へと戻す。従業員の隙間から見えた男性客の顔は困惑と微かな恐怖で引き攣っていた。
これで反省してくれると良いのだが、まぁ後は彼らに任せよう。
「さぁ、行きましょう……?」
「イコウ、イコウ……!」
「ひ、さ、触るなぁ! 来るなぁ!」
男性客は叫びながら暴れるも従業員達の手を振りほどくことは出来ない。尻餅をついてしまった男性客を従業員は担ぎ上げるとそのままお化け屋敷の中へと入ってしまった。後に続くように他の客を外へと連れ出した一つ目小僧達も彼らの後を追っていった。
ぱたん、と最後の一人が扉を閉めると辺りに静けさが満ちる。
「ああああああああああっ!?」
けれど数拍をおいてその静けさは破られ、男性客の長く尾を引く絶叫がお化け屋敷から響いてきた。その後、最初は怒鳴り散らすような言葉が徐々に謝罪の言葉へと変わっていく。
そこから三十分間、俺は外で男性客のお化けを見たような絶叫を聞きながらいつでも来園を拒否できるように用意をしていた。
あれから三十分後、暴れていた男性客はきっちりと来園を拒否にしておいた。従業員達は少し残念そうにもう少しだけでも、と言っていたが三十分したらと言っていたし無理である。
『第五遊技場』から去る前に今後こういうことはしないか、と尋ねてみたのだが。
「は、今度があったらもっとやってやるわ。は、反省なんてするわけねぇだろ、バーカ!」
などと言ってきたので笑顔で来園拒否にした。仕方ないな。そもそもあの状態からあそこまで悪態を続けたのにはある意味感心する。
先程のことを思い返しつつ館に戻り、重厚な両開きの扉にたどり着いて気づく。妙に中が騒がしいようなんだが、一体なんだ?
小さくキィと音を立てながら扉を開けて中に入ると、こちらへ走り寄るリリアラの姿が視界に入った。次の瞬間衝撃を感じる。こちらの姿を認めて慌てて止まろうとしたようだったが出来ず、勢い余ってぶつかってしまったらしい。
視線を落としてリリアラの様子を見ると目元が赤く泣きはらしている。その様子に思わずぎょっとしてしまった。
「ど、どうしたリリアラ?」
「あ、秋人様、ルルアラが、オルブフが……!」
「とりあえず落ち着いて話せ、な?」
どうにか伝えようと懸命な表情で伝えようとするリリアラだが、口から紡がれるのはまとまりの無い単語である。加えて、再び目尻に涙が溜まりつつあった。
落ち着いて話すように言うも、目の前の彼女はどうにもこうにもはやる気持ちを抑えきれないようである。小さく同じようにルルアラが、オルブフが、と単語をこぼしながらディーラー服の裾を掴むと、軽く揺さぶった。
ルルアラとオルブフの身に何かが起こったのは何となく分かった。けれどこの調子では何が起こったのかわからない。
戸惑っている俺と気持ちを静めきれないリリアラに二つ、足音が近づいてきた。ジェラルドさんとリアナだ。
「リリアラ、少し落ち着きなさい。……リアナ、リリアラを頼めますかな?」
「分かりました」
ジェラルドさんの言葉に小さく頷くと、リアナはリリアラの傍に寄り添って食堂へと連れて行く。二人の後ろ姿をジェラルドさんと共に見守る中、二人は食堂へと姿を消した。
それを確認するようにしてジェラルドさんがこちらへと体を向ける。顔には焦燥がありありと浮かんでいた。
「ルルアラとオルブフに何かありましたか?」
「……先程、その二人から助けを求める連絡が入りましてな。要点だけを申すなら二人は客に嵌められたようです」
「嵌められた? 客に?」
「えぇ。何やらお客様に頼まれて『アトレナス』に行ったようなのです」
「『アトレナス』? まさか……」
ジェラルドさんの言葉にひしひしと嫌な予感がする。『アトレナス』に二人は行った、そして緊急事態が起こった。今『アトレナス』で何が起こっているか考えると、あまり良い予感はしない。
ふわりと脳裏に浮かんだ考え、それを肯定するようにジェラルドさんは一つ頷いた。
「ゲートの先で『第二図書館』、『第四工房』、勇者達が待ち伏せていたと」
「っ! ……それで、二人が戻れないのは? 妨害、ですか?」
「どうやらそのようですな。ゲートが使えないとオルブフが連絡越しに何とか伝えてきました。その後連絡が切れた辺り、魔法を打ち消す効果がその場にあるのではと」
「二人なら振り切れるのでは?」
「主二人、勇者ならまだしも上級神が一人いるらしいですからな……」
その上級神とやらについて行ったら第二と第四の主、そして勇者やらが待っていたと。逃げようにもゲートの使用不可、加えて連れて行った当本人である上級神も邪魔に入っているのか。
俯くようにして考え込む。どうすればいいのか……いや、やるべきことは既に目に見える。
「場所は、何処です?」
「アグレナス王国王都、でございます。……行かれるのですか?」
「相手に神がいるのなら俺が行った方がいいでしょう」
「……分かりました。もう一人誰か連れて行きますかな? ただ、連れて行く人が増えるということは足止めされる可能性も高まるわけですが」
「いや、一人で構いません。もしものとき、連れて行ったメンバーが足止めされてはいけませんから。何かあってもその時はルルアラとオルブフに手伝ってもらいます」
「了解しました。それでは――」
「秋人、様」
ジェラルドさんの言葉を遮るようにしてエントランス内に響いたのは静かなリリアラの声である。そちらへと視線を向ければこちらへと向かってくるリリアラと慌てるように後ろから追いかけてきたリアナの姿があった。
傍まで来たリリアラはこちらの顔を真正面から見つめる。すがるようなその瞳にこちらも押し黙って彼女の次の言葉を待つ。
「私も、行きたい、です。けれど、それでは秋人様の、足手まといになることは、分かっています。だから、だから……お願い、です」
こちらを真摯な目で見つめるリリアラは、震える唇でどうにか言葉を紡いでいく。彼女の瞳は先程より潤んでいた。
「助けてください、二人を。必ず」
「あぁ。……それじゃあ皆、行って来る」
リリアラの言葉に小さく頷く。その後ジェラルドさん達の方へそう言うとリアナもジェラルドさんもこちらにまっすぐ顔を向けていた。そして無言で一礼した。まるで頼んだ、とでも言うように。
もちろんそのつもりだ、しくじるつもりも無い。相手が何であろうと。
開けっ放しにされていた扉をくぐり、夜も近い外へと出る。風は冷たく、体から体温を奪おうとしていた。寒さを和らげるために、アイテムボックスからフード付きの外套を取り出して羽織る。
場所はアグレナス王国王都、思い描くのは苦々しい思い出のある王城だ。上空にでも出れば良いだろう。
ゲートが使えない今、自身の転移で移動するほか無い。どれほどの範囲で魔法が無効化されているか分からないため、王都に近い範囲でなおかつ知っている場所への広範囲内転移にしよう。
ブォンという音と共に右手に現れた≪魔銃・ヴォルカス≫の銃口を下に下げたまま引き金を引く。
瞬間、目の前に広がる館前の光景は消え、映ったのはアグレナス王国王都の外に広がる森の上空だった。
光の漏れる王都に二人がいる。眉間に皺が寄るのを感じながら、俺は王都の方へと飛んでいった。




