第44話~気合、そして三度目~
『第五遊技場』としてのスタンスを決めてから十数日経った。
あれからそれまで出てこなかった『アトレナス』への不満がちらほらと愚痴などで聞こえるようになっていた。
何も館へと愚痴を言いに来ていて知っているのではない。
遊技場内にあるカフェやレストランなどで話しているのを従業員がよく聞くようになったのだ。
その噂話はここ数日で随分と変わっている。ヴィレンドーさんから教えてもらった時は第二と第四の主だけだったのが、最近は勇者も関わり始めているというのだ。何でまたハーレム組に頼んだりするのだろう。
入り口近く、お土産屋の立ち並ぶ大通りを見回っている途中にぼんやりとそんなことを考えた。
屋根のあるレンガ敷きの大通りはまっすぐ長く続いており、大通りの出口には遠目にアトラクションが見える。大通りには来園者が行き交い、時折家族連れらしいお客は楽しげに店の中へと入っていった。
そんな大通りの途中、金物を扱う店の店先で商品を補充していたドワーフのような男性がこちらに気づく。傍にある十数箱から商品を出す手を止め、こちらに快活な笑みを向けながら話しかけてきた。
「どうかなさいましたかい、主様? 随分とボーっとしているようじゃないですかい?」
「いやぁ、最近聞く『アトレナス』の噂も所々変わり始めたなぁ、って思ってな」
「あぁ、そういやそうですな。店に来る客も時折ぼやいていやすぜ!」
がはは、と笑い飛ばすように言うドワーフの男性店員。あぁ、本当に様々なところで話されているんだよな。随分と動きも活発になっているように思える、そろそろ大きなことでも起きそうだ。
どうしても気分が晴れない俺に、ドワーフの男性店員は笑みを浮かべたまま背中をばしばしと叩く。けれども身長が低いせいだろう、その手は背中ではなく腰を叩く形になってしまっていた。
「まぁ、頼みますぜ、主様!」
「は、はい……」
叩かれて少しばかりどもりながら、腰を押さえながらも苦笑いを浮かべつつ答える。
ドワーフの男性店員はそのことに満足そうに頷くと、じゃあなと空になった十数個もの箱を一度に持つと店へと引っ込んで行ってしまった。
苦笑を浮かべたまま腰をさすりつつ、その後ろ姿を見やる。彼の言うとおりなのだ、俺がしっかりしなければ。
「よっし、とりあえず見回りだな」
やる気を入れるようにそう呟くと、顔に小さく笑みを浮かべる。呟いた言葉は喧騒に紛れて消えてしまうが、少しばかり気分は晴れたような気がした。軽くなったような足取りで通りに足音を響かせながら、前を向いて歩き始める。
朝の快晴の空、輝く太陽には灰色の雲が近づいていた。
□ □
午前中、見回りをしていたが何も無かった。まぁ、何も無いということは良いことなのだが。
今は午後の担当であるオルブフと交代し、館へと戻って書類整理をしていた。ロルは傍にいない、窓が開いていたことから外へと散歩に出かけたのだろう。
机の上に広げた書類に目を通していき、内容によって分類していく。少しでも未整理の書類を貯めてしまったら、後々面倒なことになるのである。
書類を分類し終えるとそれをその分類ごとのファイルに収めていった。そうしてファイルに収めると、収め終わったファイルを本棚へとしまっていく。
そうやってあらかた書類も整理し終え、最後のファイルに仕分けた書類を入れた。
「これで最後っと……」
書類を入れ終えたファイルをパタン、と閉じながら呟く。その呟きは誰もいない部屋に思いのほか大きく響いた。
それを持って本棚へと向かうと少しばかりかかとを浮かせ、書類を収め終わったファイルを本棚の元の場所へと戻す。
やっと終えた。結構早く終わったもんだなぁ、思いのほか書類整理もスムーズだったし。……少しブラックリストの方をチェックしようか。
そう思い立ち本棚から黒い装丁のファイルを取り出すと、書斎机に広げながら椅子に腰掛ける。
開かれたファイル、その間に挟まれた紙の見出しには「警戒者リスト」と書かれていた。そしてその下にはリスト形式で名前が書かれている。そのどれもが一回ならずとも『第五遊技場』ではた迷惑な騒ぎを起こした客達だ。
騒動が一度起こればその客はこちらでもマークする。姿を見かけたらそれとなく意識をそちらに配るのだ。
例えば……リストの一番上に書かれている下級の男性神、彼は別世界の神なのだがレストランでの暴言暴行を何度も繰り返していた。その下に書かれている上級の女性神は上級神のカジノエリアで嫌なことがあったらしいのだが、腹いせに営業妨害を繰り返していた客である。
いた、と過去形なのは現在は違うからだ。何も対処をしていないわけではない、きちんと対処はしている。
『第五遊技場』は娯楽を司る、その娯楽は神にも利用する権限がある。けれど神だから何もかもが優遇されているのか、そればかりは少し違うのだ。
「……うん、どっちも遊技場に来てはいないな」
先程の客の名前が書かれたところを右へと視線に移して、そう呟く。名前の書かれた欄の次には何処の世界からなのかが書かれ、そしてその右には正四角形の欄があった。そしてその欄をずっと下に見れば何もなし、赤、そして灰色と色が分かれている。
先程、例えで出した二人のお客は灰色である。下に行けば行くほど赤や何も無い正四角形の欄が多くなっていた。
「まぁ、来園できるわけがないんだがな」
苦笑いを浮かべながら小さくぼやく。
このリストに使われている紙は少々特殊で、このリストに書かれている人物が『第五遊技場』に来園すれば分かるよう分かるようになっているのだ。
来園者は赤、来ていなければ何も無い。では灰色は一体何を示すのか。
それは『第五遊技場』に来園することが出来なくなっているということなのだ。来園の許可が無い、とも言えるのだが。
目に余る行動をとる客に対しては、『第五遊技場』への来園を拒否するのである。そうなると以降、彼らは『第五遊技場』へ来ることは出来ない。欄が灰色の客は、そうなってしまった客なのだ。
「さって、他にはっと……」
リストを見ていこうとした矢先、視界に入ったのは赤の点滅だった。
慌ててそちらに視線を向けると、比較的新しくリスト入りした客の欄が赤く点滅していたのである。確かこの客は遊技場内で暴れるということを二度した男性客だ。
とん、と人差し指でその欄を押す。すると小さな起動音と共にその欄からスクリーンが浮かび上がった。そこに映されているのは点滅している欄に書かれた男性客の姿である。
場所は……下級神エリアにあるお化け屋敷か。場所を特定しながらも椅子から立ち上がり、ファイルを閉じる。これで三度目、この度は酷い。
「ピィ?」
散歩から帰ってきたのであろう、羽ばたき音が窓からしたかと思うと窓枠を足で掴みながらロルは小さな鳴き声を上げた。
「悪い、ロル。少し出てくる」
「ピニョ? ピッ!」
頷くロルを横目で確認し、ファイルを小脇に抱えたままアイテムボックスから瞬時に≪魔銃・ヴォルカス≫を抜くとそのまま銃口を引く。足元が覚束なくなったような浮遊感に襲われながら、件の場所へと転移していった。




