第43話~スタンス、そして予感~
ヴィレンドーさんが去った日の夜、いつもの面々で食卓を囲んでいた。
シックな長机の上には白いパン、湯気を立たせる出来立てのクリームシチュー、そしてシーザーサラダである。傍には青いりんごもどきなどのフルーツが盛られている器もあった。
白いパンは手に取るだけで柔らかさを察することが出来るが、口に含むとよりその柔らかさを感じる。 にんじんやジャガイモに似た野菜が入ったクリームシチューはとろみがあり、野菜は柔らかく煮られていた。野菜を噛むたびに口の中には染みていたシチューのうまみが口の中に広がる。季節が季節ということもあり、温かさが体に染み渡る。
シーザーサラダは新鮮なレタスなどの葉物野菜にカリカリに焼かれたベーコンが添えられ、上にはクルトンが数個乗せられていた。シーザードレッシングからほんのりと漂うチーズの匂いが鼻をくすぐっている。また器に盛っている果物は瑞々しく、りんごもどきを食べて見れば甘みとほのかな酸味が口の中に広がる。
さて……そろそろか。会話を交えながら夕食を食べ進め、全員が食べ終えたであろう頃に見渡すようにして話を切り出した。
「すまない、少し話があるのだが良いか?」
「話……っすか?」
「話、とは、何でしょう。……あ、もしかして」
不思議そうな顔をするオルブフとは対照的に最初不思議そうだったリリアラだが、何か思い当たったような表情へと変わる。そしてちらりと視線をルルアラへ向けた。既にルルアラから話は聞いているのだろう。
「今日、ヴィレンドーさんがこの館にいらっしゃった。『アトレナス』にて『第四工房』や『第二図書館』がお客に『第五遊技場』について探りを入れている、そのことを報せてくれた」
「ほう、探りですか……」
ヴィレンドーさんは小さく呟くと思案するように顎に手を添えた。リリアラとルルアラは困惑した顔、オルブフはへぇ~と小さく呟き、リアナは困ったように頬に右手を添える。
「探りだけならまだいいんじゃないんすかね?こっちの面子が割れたからって来れるわけじゃないっすよ」
「そう言いたいんだけどな。今後『アトレナス』に用があるとなると今まで以上に細心の注意を払う必要があるんだよ。十中八九そうなるのだろうが、ここの面子で決めておきたいこともある。ばれたことも考えて『第五遊技場』としての意志なりスタンスなりを決めておく必要があるんだよ。まぁ、これはヴィレンドーさんにも言われたことなんだがな」
「そうなんすか……」
オルブフはそう呟くと椅子にもたれかかる。あまり深く考えていないような顔だなぁ。一方で先程まで思案していたジェラルドさんが顎から手を離し、こちらへと顔を向けた。
「秋人様、基本のスタンスはどうするおつもりで?」
「あぁ、俺達は基本『第五遊技場』を第一と考え、国には属さない。そうしていこうと考えている」
「あぁ……それは分かるっす。国に属しちゃったら思うとおりに経営出来なさそうっすもんねぇ」
「本当に分かっているのかしら?」
「分かっているっすよ! そんな馬鹿を見るようにこっちを見ないで欲しいっす! そこまで馬鹿じゃないっすよ!」
「……リアナ、オルブフ、話を戻していいか?」
呆れながらリアナとオルブフへ視線を向けると、反省したように二人は小さく頷いた。二人が落ち着いたのを見て話しを続ける。
「少し話しが脱線したが……とりあえず基本のスタンスは先程のようにいこうと思うが、皆の意見はどうだろうか?」
俺の問いに皆が思案顔をすると思い思いの姿勢で考え始める。するとリアナがすっと手を上げた。
「例外、というのはあるのでしょうか?」
「例外かぁ……余程のことが無ければまず無いと思ってくれていい。あるとしたら……お客からの要請があり、かつその人物が『第五遊技場』に損害を与えるような人物ではない場合だな」
「なるほど……」
リアナは小さく呟くと再び黙りこんで考え始める。それと同時に今度はリリアラがおずおずと手を上げた。
「その、どうやって、判断するの、でしょう。その人物が、良いか、悪いか」
「う~ん、項目を決めるとしても何を基準とするのか書き出さなければならないし」
「それなら、要請があれば、実際その人物を、観察するのはどうかと。私達が、実際見て判断し、決断を下すというのは?」
リリアラの提案に暫く考える。確かにそれならば複数人の意見を聞くことが出来るだろうし、お客が推薦した人物が本当に許可するに値する人物か目で見ることで分かることもあるだろうしな。まぁ、その分そちらに人員を割かなければならないというデメリットがあるが。
それでも……うん、リリアラの案は良いかもしれない。
「そうだな、例外の場合があったときリリアラの案を採用しよう。短期では分からないから長期にして、人員は複数人にする、そして最後に全員で話し合って決めるということで良いかリリアラ」
そう尋ねるとリリアラは小さく頷いて、言葉を紡いだ。
「はい、それならば。期間は、一週間とか、どうでしょう?」
「それは短いと思うのです。最低でも半月、出来れば一ヶ月が良いと思うのです」
「私も期間に関してはルルアラの意見が良いと思いますな」
リリアラの意見に隣に座っていたルルアラが少しばかり身を乗り出し、ルルアラの意見にジェラルドさんも賛同した。一週間は短い、か。それなら期間はルルアラの意見にするか。
「それじゃあ方法はリリアラ、期間はルルアラの意見で良いか? ただ期間は最低でも半月だがその時々の判断に任せるということで」
まとめとして出した提案に目の前の皆が頷いて肯定の意思を示す。
とりあえず例外の場合としてお客が薦めてくる場合を考えたが……他はどうだろう。お客が無断につれてくること、というのはまず無いか。俺がその人物に許可を出さない限りどれだけお客が連れてこようとしてもその人物がここに来ることは出来ないからな。
それとは別に、最初に提案したスタンスはどうだったのだろうか。
「ところで最初に提案したスタンスはあれで良いか?」
「『第五遊技場』を第一と考え、『アトレナス』における国には属さないという話しですな。……その『第五遊技場』を第一とはお客も含まれるのですかな?」
「一応、そのつもりです」
「あ、もし『アトレナス』でお客が困るような事態になったらどうするんすか?」
ジェラルドさんの問いに答えていると、オルブフが手を上げながら話しに入ってきた。あぁ、確かにそれはそうだ。といっても困るような事態といったら何だろうか……。
「オルブフ、せめて手を上げてから話すとよいのではないかな?」
「あぁ……すんませんっす、執事長。けれどお客を含むのだったら『第五遊技場』に来たくても来れないという事態があったらどうするのかなと思ったんす」
「まぁ……お客の性質上そんなことはあり得ないだろうがなぁ」
ジェラルドさんに諌められながらも放ったオルブフの言葉に呟きながら腕を組んで考える。そこまでいくとすでに『第五遊技場』としての役割ではないようにも思うが……。
「オルブフ、さすがにそれは『第五遊技場』としての役割ではない範囲になっていると思うんだが……。でも、まぁ、あるとしたらこっちとしては知ることが出来ないからなぁ、お客が言ってこないと。どっちにせよその時々、となるが」
「それも……そうっすねぇ。さすがにそれは俺達の仕事じゃなかったっす。『アトレナス』のことだったら『アトレナス』の方で解決するっすもんね」
「そう、だと良いなぁ……」
オルブフの言葉に少しばかり言葉に詰まりながら答える。そんな俺をオルブフは不思議そうに見ていた。
いや、『アトレナス』の方で解決と聞いて思い浮かんだのが勇者なのだ。そして勇者と言えば、まぁ、あのハーレム野郎である。冤罪だのなんだのとに目を瞑れば正義感があるのではと思うので逃げ出すなんてことは無いと思うが……。
頭に浮かんだのは女性陣といちゃいちゃしながら魔獣へと挑む天ヶ上の姿、思わずしかめ面になりながらそれを頭を振って追い出した。視線を上げれば皆がこちらを不思議そうに見ている。
「秋人様? どうか、なされ、ましたか?」
「いや、なんでもない。とりあえず先程の答えでいいか、オルブフ?」
「良いっすよ。お客が言ってこない限りはその時々っすね、了解っす」
オルブフは頷きながら答える。これでおおまかな所は出ただろうか?ひとまずまとめるとしよう。
視線を前へと向けて先程までに出た話をまとめる。
「とりあえず、こちらのスタンスは『第五遊技場』を第一と考えて、国には属さない。もしお客から『第五遊技場』の許可証を与えて欲しいという人物を薦められたら、最低半月を使って俺達の目で確認する。そして仕事の範囲から逸脱しているかもしれないが、お客が遊技場に来れないという事態の場合はその時々で対処を決める。以上が今回決まったことだが、意見は?」
そう言って周りを見渡すと、誰もが黙って考え込む。物音の一つもしない、耳に痛いほどの静寂が食堂を包み込んでいた。大丈夫だろうかと、少しばかりの緊張で体が強張る。
「構わないと、思います」
「私もリリアラと同じ意見なのです」
「俺も構わないっす」
「私も構いませんわ」
「現状できる対策でしょうし、これでよろしいかと」
少しして全員がそう言う。そのことに安堵を覚えて、少しばかり肩の力を抜いた。いやぁ、決まって良かったよ。
「それじゃあ、話はここまでだ。呼び止めて悪かったな」
「いえいえ、必要な、ことですし」
「そうなのですよ」
「ヴィレンドー様にも感謝しなければなりませんな。教えてくださったのですし」
「えぇ、全くです」
リリアラの言葉にルルアラが続くようにして言葉を紡ぐ。椅子から立ち上がりながらジェラルドさんの言葉にしみじみと本当にそうだなと思いながら、ジェラルドさんの言葉に頷いた。ヴィレンドーさんが教えてくれなければ、一体どれほどこのことを知らなかっただろうか。
「まぁ、何も起こらずこれまで通りなのが万々歳なんすけどねぇ」
「そうもいかないでしょう、オルブフ」
「確かにそうっすけど」
立ち上がり伸びをしながら言葉を放つオルブフ。それに返したリアナの言葉にオルブフは小声で返した。
オルブフやリアナの言ったことも分かる。何も起こらなければ良いが、『アトレナス』で少々不穏な動きが起こっているのだ。『アトレナス』の国の動きはもちろん、五大祭で見た不穏な影も然りである。
「ピィ……」
「あぁ、すまんなロル。無視するようなことをしまって」
横から聞こえた小さく呼ぶロルの声。すまないと謝ると、ロルは気にするなというように胸を張った。
食器を片付けると、皆皿洗いやら自分の部屋に戻るなどの行動に移していく。食堂内の柔らかい灯りはいつもの日常の風景を照らし出していた。
今までは大丈夫だろうと思っていた、ばれることは無いだろうと。そして今、ばれたことも考えての自分達のスタンスを考えた。許可が出ない限り『アトレナス』の人間がこちらへ来ることは出来ない。
(けれどもなぁ……なんだこれ……)
眉間に皺が寄るのを感じながら小さく内心でぼやきつつ、首を軽く触る。おそらく今、いつもの半眼を鋭く吊り上げているだろう。やろうと思えば振りほどけるだろうが、妙に真綿で首を絞められている、そんな感じの苦しさと不快感を感じる。頭をもたげる微かな不安までも感じた。
先程の話で出た想定、それが実現するのはそう遠くないかもしれないと根拠も無い予感がそう告げる
微かに残る不快感を覚えながらも静かな館の中、小さく足音を響かせながらロルと共に書斎へと戻っていった。




