第42話~その後、そして来訪~
「ルルアラ、仮にも仕事中ですぞ。このようなことをするとは何を考えているのです?」
「も、申し訳ないのです……」
「秋人様も秋人様だ、主としてきちんと止めてくだされ。あれほど三ヶ月みっちりと主としての責務をお教えしたにも関わらず……」
「すみません、反省しています……」
「ロル、お前もですぞ。挑発するようなことをして……」
「ピィ~……」
ロルとルルアラが戦闘を繰り広げていた館のすぐ傍、近くで木々が風に吹かれて葉のこすれる音を立てている。そんな中、俺とルルアラ、ロルは正座していた。
目の前に立っているのは呆れた表情のジェラルドさんである。俺達三人は頭を垂れてジェラルドさんの説教を聞いていた。
最初ロルが言い訳しかけたが、その瞬間ジェラルドさんの背後に浮かんでいた般若が明確な形を持った気がした。それと共により増してしまう威圧感。ロルはその威圧感に飲まれて口を閉ざしてしまった。もちろんそれは俺とルルアラにも効いているわけで。
そうして俺達はこうして正座しているのである。
「さて、説教ばかりではいけませんな。とりあえずルルアラは仕事に戻るように。ロルは館に戻りなさい」
「はい……分かったのです」
「ピィ……」
ため息を一つ吐いてそう言い渡すジェラルドさん。ルルアラとロルはその言葉に元気なく答えると、その場を去って館のほうへと姿を消す。さて、俺は残されているのだが……嫌な予感がするなぁ。
未だに背中に流れる冷や汗を感じながら正座を続けている俺に、ジェラルドさんの視線が向けられたのを感じた。
「さて、秋人様。仕事中にも関わらずむきになってルルアラとロルが試合をしたのが原因でございますが……秋人様も説得なさることは出来ましたな? 仕事終わりにすることも出来たはずでございます」
「はい……」
ふっとジェラルドさんのまとう空気が柔らかくなったのを感じる。どうしたのかと視線を上に上げると呆れた表情から苦笑へと変わっていた。
「まぁ、説教ばかりは嫌でしょう。書類は終わらせたのでしょうか?」
「はい、再度確認も終えていますし。大丈夫です」
「それならよろしいですな。今後はなるべくこのようなことがございませんよう。先程の間に館にお客様がいらっしゃったら対応が出来ず失礼ですので。仕事終わりならよろしいのですが」
「分かりました、今後はそのようにします」
「それならば、よろしいですな。ルルアラが迷惑をかけたようですし……申し訳ありませんな」
その言葉にこちらも苦笑を浮かべる。確かに少し困りはしたが、こちらにも非がある。迷惑がかかったとは思っていない。
「別に構いませんよ、俺にも非がありますし」
「では、そろそろ我々も館に戻りましょう。足は大丈夫ですかな?」
「大丈夫ですよ」
苦笑を浮かべながら立ち上がる。正座していた足は痺れておらず、ふらつくことも無かった。
足に付いた土を払うと、待ってくれていたジェラルドさんと共に館へと戻っていく。そんな時に中から聞こえてきたのはルルアラとロルの声。もしかしたらまたもめているのか?
「これはこれは……早く戻らねばなりませんな」
「はぁ……そうですね」
そう言ってお互いに苦笑しあう俺とジェラルドさん。中で一体何が起こっているのか想像に難くなく、またこのまま放っておくわけにも行かないだろう。
困ったように苦笑を浮かべたまま、俺達は早足で館の中へと戻っていった。
□ □
結局ロルとルルアラは半ば喧嘩仲間とでも言うべき関係に落ち着いた。いや、落ち着いたというのもおかしいか。何かにつけて競おうとするのである。
ロルとルルアラはそれで良いかもしれないが、こちらとしてはほとほと困った。最終的にリリアラがルルアラを、俺がロルをなだめることでどうにか昨日の事態は収まった。
まぁ、結局今も同じ事態になっているのだが。実際、現在書斎でも同じことが起こりかけている。
「むぅ、ロルに紅茶を入れることは出来ないのですよ。この分野は私の勝ちなのですよ」
「ピギィ……!」
書斎机の前、紅茶の入ったティーポットと空のカップやソーサーが置かれたワゴンの近くでルルアラがロルに勝ち誇ったような顔を向けていた。一方のロルは悔しげにルルアラを睨みつけている。その様子に思わずこちらもため息が一つ、漏れてしまう。
昨日に引き続き書類仕事なのだが、ルルアラが同じく紅茶を持ってきてくれた。しかしロルが紅茶を入れてみたいといったような素振りを見せたのである。
しつこく寄ってくるのでルルアラが渋々やらせてみたのだが、結果はお察しだ。そうして今に繋がっているのである。
二人の間には先日と同じ空気が流れかけている。はぁ、またか……。
「ルルアラ、ロル、仕事中だからな」
「昨日は良かったのです」
「ピィッ!」
「お前らは昨日何があったのか忘れたのか……」
俺の言葉にルルアラとロルは押し黙る。昨日のジェラルドさんの様子を思い出したのだろう、そうでないと困る。あの後、館に戻っても喧嘩をしていたのだ。結局再びロルもルルアラもジェラルドさんに怒られる羽目になっている。
先程の言葉が聞いたのだろう、火花でも散っているような空気が消えうせた。ぷいっと顔をそらしたロルは俺の傍に来たかと思うと、どかりと座りこんで丸くなってしまう。一方のルルアラも同時にぷいっと顔をそらしたかと思うと紅茶をカップに入れ始めた。
当初はあれほど仲が良かったのに……可愛さあまって憎さ百倍とはこのことだろうか、違うか?少し気になるが……まぁ、とりあえず目の前の書類に集中しよう。
少しばかり止まっていたペンを再び走らせ、書類に最後のサインを入れる。これでよしっと……さて、あと少しだな。
ペンを走らせる音、紅茶を入れる音、そしてナッツをぽりぽりとかじる音が静かな書斎に小さく響く。残りの書類の量を確認していると、来客を報せるベルと共に男性の声がその静寂を打ち破った。
「すまない、シュウト殿はいるか! ヴィレンドーだ! 少々話しておきたいことがある!」
聞こえた声は懐かしい軍神ヴィレンドーさんのものである。ルルアラは来客とあって慌てたように書斎を後にした。
それにしても彼は話があると先程言っている、その話とは一体何だろうか。そんなことを考えつつも書類を一旦整えると席を立つ。
「ピ?」
「俺も行ってくるよ、すまないがロルはここで待っていてくれ」
「ピィ……ピッ」
「すまんな」
不思議そうにこちらを見つめるロルにそう説明すると、一瞬惜しそうな表情を浮かべる。けれどすぐに納得したように一つ頷いた。
そんなロルに再び言葉をかけると、書斎を後にする。開いた扉から書斎を出た瞬間、後ろから小さく寝息が聞こえてきた。
誰が中で寝ているのか、それは容易に想像できる。邪魔をしてはいけないだろう。ロルの睡眠の邪魔をしないよう、音を立てないようにそっと静かに扉を閉めた。
館へと来訪したヴィレンドーさんはルルアラにより応接室へと通された。そして現在、一人がけのソファーに俺が座り、三人がけのソファーにヴィレンドーさんが座って向かい合っている。
二人の間のシックな机には紅茶、そして菓子が入った器が置かれていた。扉の近くにはルルアラが控えている。
以前目の前の彼が来たときは明るかった空気、けれど今は打って変わって重苦しい空気が応接室の中に漂っていた。
そんな空気の中、ジェラルドさんが話を切り出す。彼の顔は眉間に皺がこれでもかと寄せられ、あまり良い話ではないのだと察することが出来た。
「単刀直入に話そう。つい先日、私の元に『第四工房』の主が連絡を入れてきた。わざわざそれ専用の道具を作って、だ」
「『第四工房』が?」
「あぁ」
俺の問いにヴィレンドーさんは小さく頷く。そして言葉を再び紡ぎ始めた。
「願いか祈りとかならまだ良かったのだ。けれど少々回りくどかったが要約すれば『第五遊技場』、加えてその主や従業員で知っていることは無いか、という質問をしてきた」
「え、俺達ですか。……何ともいきなりですね、今までアクションは起こしていないように思うのですが」
「あぁ、確かに。調べることはあっても、直接我々に尋ねてくることは無かった」
「そうですよね……って我々?」
ヴィレンドーさんの言葉に引っかかる。先程彼は我々と言ったが、それはつまり……。無言でヴィレンドーさんを見ると、彼は俺の考えが当たっているというように深く一つ頷いた。
「フロワリーテも妙に遠まわしだが同じ内容のことを聞かれたと言っていた。他にも聞かれた者も大勢いる。俺を含めてはぐらかしたり遠まわしに探るような言葉つきだったが、内容は同じだ」
「そう、ですか……」
『アトレナス』における神々に『第四工房』が遠まわしながらも『第五遊技場』についてかぎまわっている。そういえばウィンフーさんも『第四工房』の人間がしつこくコンタクトをとってくると言っていた。おそらく彼女にも同じ内容を遠まわしに尋ねたのだろう。
それにしても本当に今更何でだ?確かに『アトレナス』では時間をとるチェックを行って『第五遊技場』の主を探していた。国がそこまで探していた、それは分かる。なら一体何をもって神に尋ねようと考えたのか。
「分からないからヴィレンドーさん達に尋ねた、というわけではないですよね……」
「それは無いだろう。ん、もしかすると……」
そう呟くとヴィレンドーさんは何かを思い出すように腕を組んでうんうんと唸り始めた。何か思い当たる節があったのだろうか。
そう思って見ていると、思いついたようにヴィレンドーさんは目を見開き勢いよくこちらへと頭を上げた。
「自分のところには現れなかったのだが、何でも尋ねられた神の中には『第二図書館』の主から問われた者もいると聞く。もしかしたら『第二図書館』で何かしら調べがついたのかもしれん」
「今度は『第二図書館』ですか……まさか『第一闘技場』や『第三商店街』まで一枚噛んでいることはありませんよね?」
「どちらの主も尋ねてきたという話は今の所聞いていない」
「そうですか……」
ヴィレンドーさんの言葉に考えこむ。今のところ第一、第三はこの話に噛んでいない。積極的に探し始めたのは第二と第四の二つになるか。
主探しなら十中八九、国は関係しているんだろうなぁ。となるとオーライト魔法学園、そしてホラビル神聖国か。魔法学園は第二、ホラビルには第四の主がいるという話だったはずだし。
「第二がどうやって情報を握ったのか、だよなぁ……」
「あの~……、秋人様」
「ん? どうした、ルルアラ?」
ぼそりと呟くと扉の傍に立っていたルルアラがおそるおそる手を上げながらこちらへと声をかけてきた。何だろうかとそちらへ視線を向けると、心当たりがありますというように苦笑いを浮かべている。加えて申し訳なさそうに眉が垂れていた。
「心当たりがあるのか?」
「多分、五大祭なのです。その時に第二の主が調べたのではないかと」
「まぁ、俺達も参加していたしなぁ。でもほとんどが仕事で第二の主に関わるようなことはしていなかったはずだが?」
「闘技大会には私もリリアラも出ているのです。おそらくそれで目を付けられたのではないかと……」
「あぁ……」
ルルアラの言葉に納得が言ってしまう。あの時は確か商売袋を取り戻すために大会に参加したのだった。
「勇者ぶっ飛ばしたって、言ってたよなぁ……」
「その前にも冒険者とか倒しているのです……私達は良くも悪くも目立ってしまっているのです。第一の主がいたので主賓席あたりに第二の主もいたかもしれないのです」
「主が主賓席にいたなら各世界にリリアラとルルアラが関連してないことは分かるか。二人を見て調べて『第五遊技場』に繋がった、かなぁ」
「いや、直接的には彼女の名前は出ないだろう」
ため息をつくように吐き出した言葉、それをヴィレンドーさんは否定する。どうしてそう言えるのだろうかと俺とルルアラはヴィレンドーさんのほうへ視線を向けた。
「各世界に関することは直接的に『第二図書館』では表記されなかったはずだ。だからたとえ名前は乗っても『第五遊技場』の関係者であるとは無かったはず」
「それならば何で……いや、情報が無いから逆に怪しいのか」
「あぁ、それだろうな。その後はよくわからんが、五大祭が調べるきっかけになったのはまず間違いない。そこからどう調べたかは知らんが、神々が関係しているというところまで調べたのだろう」
頷きながらそう告げるヴィレンドーさん。第二の主にとって見慣れない強い者、加えて『第二図書館』で情報が出ないとなれば各世界の関係者。
調べる過程は本人でないから不透明だ、しかしきっかけは参加を命じた闘技大会である。
「選択を間違ったかなぁ。こっそり取り返すべきだったか?」
「たとえそれでもその件の情報は『第二図書館』で調べることが出来る。犯人の名前が書かれずにな。どちらにせよ『第五遊技場』関連の者が五大祭にいるのではないか、という考えには至るだろう」
「どちらにせよ、ですか」
ヴィレンドーさんの言葉に再び大きなため息が出てしまう。こちらの世界に来てアトレナスさんに『第二図書館』について軽く教えてもらって情報チートだなぁ、と考えていた。今回のでしみじみとそう思う。主がわずかな可能性から推理するような人物なのかもしれないが。
ん、そういえば、ヴィレンドーさんはどうしてそのことを報せに来てくれたのだろう。こちらとしては情報が把握できてありがたいのだが……。ちらりとよぎるのは嫌な記憶であるあのメイドの姿だ。
「ヴィレンドーさん」
「どうした?」
「またどうしてそのことをこちらに報せに来てくれたのです? いや、俺としては嬉しいのですが」
「親しくなった者としてだ。あの『第四工房』は以前会った時からあまり好かん、ニコニコ笑ってはいるが腹の中では何を考えているのか」
吐き捨てるように言ったヴィレンドーさんは苦々しげな表情を浮かべている。その表情は以前オブリナント大帝国でちらりと見た時の表情と似ていた。ヴィレンドーさんがあのような表情をしていた原因はどうやら『第四工房』が原因だったようである。
そんなことを考えていると、ヴィレンドーさんがこちらをしっかと見ていた。思わず姿勢を正してこちらもまっすぐにヴィレンドーさんを見る。
「親しい者が何やら腹に一物がありそうな人間に害を及ぼされそうになっている。そうなればそれを報せるのが普通だろう」
「そう、ですか……」
「どうした、疑うのか?」
「そういうわけではありませんよ! こちらが勘繰ってしまった、それだけのことです」
「そうか。……勘繰るということも大切だが、素直に信じてほしい。親切は素直に受け取っておけ」
「はい」
一言、そう言って深く頷く。疑ってしまったことへの羞恥で、思わず俯いた。
恥ずかしい、何かあるのではないかと勘繰ってしまった。ヴィレンドーさんの真摯な言葉に居心地が悪く、それと同時に嬉しくもある。勘繰ったのに怒りもしない、むしろ何も言わず許してくれたのだ。
親しいから教える、それが当然だと彼が言った。まっすぐ伝えられる優しい言葉は胸に沁み、思わず目頭が熱くなってしまう。
そんな俺の様子をヴィレンドーさんは少しばかり笑みを浮かべながら見ていた。
「どうした、感動したのか?」
「いえ、そういうわけでは」
「素直に泣いておくか?」
「そういうわけには参りませんから。それ以上、からかわないでもらえますか?」
本気ではない、ちょっとしたちゃかしのように言うとヴィレンドーさんは同じように微笑を浮かべながらソファーにもたれかかった。
「分かった、分かった。さて、用件は終えた。これで帰るとしよう」
すっくとソファーから立ち上がったヴィレンドーさんはそう言った。すかさずルルアラがノブに手をかける。
「もうお帰りで?」
腰を浮かせながらそう尋ねるとヴィレンドーさんは一つ頷いた。
それならばと見送るために共に応接室を出ると玄関へと向かう。エントランスホールを横切り玄関前に来ると、ヴィレンドーさんは思い出したとでも言うような顔をして足を止めてこちらを向いた。
「あぁ。……先程の件、ほとんどがうっとおしいだったりと良い感情ではないから大丈夫だろう。しかし万が一ばれた際『第五遊技場』がどんなスタンスを取るのか、それは考えたほうが良いかもしれん」
「それは……そうですね」
「それでは、これで失礼する」
「ありがとうございました、ヴィレンドーさん」
そう言って一礼すると、ヴィレンドーさんは小さく手を上げて答えながら視線を前に向ける。音もなくルルアラが前へと出て玄関の扉を開けると、小さな扉を開く音がエントランスホールに木霊する。
ヴィレンドーさんは半身だけこちらに向けると、それじゃあと話を切り出した。
「それじゃあ、また。暇な時があったら、また遊びに来させてもらおう」
「はい、このたびはありがとうございました」
俺の二度目のお礼に苦笑を浮かべるも、それではと言ってヴィレンドーさんは館を出て行く。今回のことは助かったし、勘繰ったりなど申し訳ないことをしてしまった。感謝の気持ちと共に後悔の念も出てくる。
本当に感謝しているのだ、そのことを伝えるように俺はルルアラと共に深く、彼の後ろ姿に向かって一礼した。




