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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第三章
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第40話~鬼ごっこ、そして結果~

 時刻は昼三時ごろ、頂点に昇っていた太陽は少しばかり傾いて山に近づいている。けれど閉園まではまだ時間がある。園内では陽気な音楽と共にお客である神々が次はあっちだこっちだとアトラクションやら店を行き交っていた。

 そんな楽しげな喧騒は遊技場の外を出てもなお小さいながら耳に届く。そんな喧騒を聞きながら俺とオルブフ、ロル、そしてウィンフーさんは外に広がる森の手前、開けた場所へと来ていた。これからウィンフーさんの提案による鬼ごっこをするのである。

 まぁ、遊ぶ内容が内容だし外の方が良いのだが……平原ではなく森とはなぁ。木にぶつからないよう注意を払わなければ。


「ピ?」

「いやな、森だからスピード加減が難しいなと。ロルはそんなことを気にすることはないか」

「ピニョッ!」


 どうしたのか、という顔で尋ねてくるロルに答える。ロルは参加するわけではないが森でも大丈夫か、思わずそう呟くとロルは元気よく答えた。

 ロルは元々ホロホルだし、木々の間を縫うようにして飛ぶことは可能だろう。実際朝の訓練の時に散歩と称して木々の間を縫って飛んでいっているからな。

 そんなことを考えていると先程までウィンフーさんとルールを再確認していたオルブフがこちらへ近寄ってくる。


「秋人様、そろそろ開始しても良いっすかね?」

「あぁ、そうだな。そろそろ始めよう」


 そろそろ開始か。待っているウィンフーさんのもとへ行くと、彼女は昂ぶる気持ちを抑えきれないといった様子でこちらを見ていた。口の端は上がり、好戦的な瞳でこちらを見ている。

 その様子を見るこちらも自然と口角が上がり、おそらく好戦的な目に変わっているだろう。これは負けられないなぁ……!

 一方、ロルは審判係であるオルブフの横へと移動する。オルブフは森を横目に互いが向かい合ったのを確認すると、こちらに後数歩のところまで近づいてきた。


「それではルールを確認します。これから行うのは鬼ごっこです。鬼はウィンフー様、逃げるのは秋人様です。それはよろしいですかね?」

「えぇ」

「分かった」

「では、続けます。時間は二十分でしたが十五分と変更させていただきます。鬼は十五分以内に捕まえれば勝ち、逃げる方は十五分逃げ切れば勝ちです。時間となったら自分が魔法のベルを鳴らしますので、それを聞いたら戻ってきてください。時間内に終わったのなら、アラームを待たずに戻ってきてください。遊ぶ範囲は遊技場にはなるべく近づかないよう、目の前の森で行うこととします。魔法は一切使ってはなりません。以上でルール説明を終えますが、両者、よろしいでしょうか?」


 オルブフの問いに俺とウィンフーさんは一つ頷く。それを確認したオルブフは一歩後ろへと下がり、手のひらを上にして右手を前に出した。そこに浮かび上がるのは半透明な手の平サイズの鐘である。


「それでは、スタート!」


 オルブフの威勢の良い掛け声と共に、彼の手の平に浮かんでいたベルが音を立てる。軽やかなその音が耳に届いた瞬間、轟音と共に地を蹴って森へと一足飛びに向かった。ちらりと確認をしてみれば少し呆然とした顔のウィンフーさんが俺の元いた場所へと腕を伸ばしているのが見える。

 しかしその顔はすぐに変わり、口角が上がり口は笑みの形を象った。それと共にこちらにゆっくりと顔を向ける。いやはや、美人がすると凄みが増すというのはこういうことを言うのだろうか。

 そしてこちらに突っ込んでくるウィンフーさん。瞬間、足元から巻き起こった強風が平原の草はおろかこちらの森の木々までも揺らしていた。

 っと、そんなことを考えている場合ではない。


「すぐ捕らえますよ!」

「なら捕まらないように逃げなきゃいけませんねぇ!」


 突き出されたウィンフーさんの手、それを避けると勢いよろしく木の枝へと飛び移った。

 舞台を少し開けた場所から森へと移した鬼ごっこは地面だけでなく時にはそびえる木々を使って行われていく。

 こちらを追ってくるように同じく飛び上がってきたウィンフーさんは木の枝に乗ることなくこちらへと木の幹を蹴って追いすがってきた。後ろの気配に意識を割きつつも地面に木の枝の上にと俺は逃げ回る。

 高速で通り過ぎる光景、迫ってくる木々を時には避け、時には方向転換のために蹴った。走った時の余波だろうか細い木はしなり、蹴った木が時折嫌な音を立てる。

 一方のウィンフーさんはただ追ってくるだけではない。時には周りこんで来たり、様々な方角からの奇襲などを仕掛けてきた。それを危なげなく躱して逃げ続ける。

 どれくらい経っただろうか、生い茂って動きづらい森の中を逃げている。……ん?後ろから追ってくる気配が無くなった?一体どこに……っ!

 木々を縫うように避けながら斜め左前へと地を蹴って逃げる。瞬間、後ろから聞こえてくる轟音。ちらりと後ろを確認してみると抉れてすり鉢状になった地面の中央にウィンフーさんが立っていた。


「捕まえたと、思ったのですが」

「そんな簡単に捕まるわけないじゃないですか」


 挑発するように笑みを浮かべてウィンフーさんに言葉を放つ。

 いやぁ、それにしても抉れたなぁ、地面。怖い怖い。そして挑発したためだろう、更に爛々と瞳を輝かせ笑みを浮かべてこちらを見てくる。うん、楽しんでいらっしゃる。

 無言でこちらに突っ込んでくるウィンフーさん、それを避けるように木々を蹴って三角飛びの要領で上へと昇ると今度は下から轟音と共に幹が音を立ててへし折れた。倒れた木の近くに立っているのは片腕を突き出しているウィンフーさんの姿だ。

 再びウィンフーさんとの鬼ごっこが始まる。上に下にと逃げ回る。前半と違うのは轟音が森に響き渡る回数が増えた事だろう。原因はまぁ……逃げるために地を強く蹴ったり、ウィンフーさんが捕まえようと手を突き出してくるからな。



 鬼ごっこを続けて早十数分、詳しい所までは分からないがおそらく十分は経っているだろう。


「そこです!」


 轟音を放ちながらまた一つ地面をすり鉢状にしたウィンフーさんがこちらへと目を未だ輝かせたまま言葉を放つ。それを木の枝へと飛び上がりながらちらりと目を向けて確認した。

 そのまま後ろを気にしつつも枝をしならせて蹴ると、斜め下方へと勢いつけて向かう。時折ぶつかる小さな枝には気にすることなく、かかとが地面に着いた瞬間強く地を蹴って今度は前方へと体を動かした。

 後ろで追いすがるように鳴る轟音、近くで鳴ったと思えばそれはすぐに後ろへと流れて小さくなる。そろそろ十五分になるだろう、あと少しだ、逃げ切れば勝ちだ。

 そう考えた瞬間、右から感じる殺気にも似た空気。そちらへ視線を向けるのと、ウィンフーさんが素早くこちらへ移動しながら片手を突き出したのは同時だった。


「捕まえたっ!」


 そう言いながら手を伸ばすウィンフーさん、もう少し、あと少しでその手は俺に届くだろう。目の前には勝利を確信した笑みを顔に浮かべるウィンフーさんの姿があった。

 そんな彼女に対して背を向けるように地を蹴る、いつもより強い力で。ウィンフーさんの伸ばした手は空を切り、逃げながら見るその光景は一瞬にして後ろへと流れていく。


「もうっ、こうなったらっ!」


 後ろで聞こえる大きなウィンフーさんの声。次の瞬間、後ろから離れたはずの彼女の気配を強く感じた。

 急いで後ろを振り向いてみるとそこには追いすがるウィンフーさんの姿がある。しかし、彼女の腰から下が周りの風景に溶け込んでいるように薄くなっているのだ。さながら幽霊のようである。

 思わず目を見開いてしまう俺に、ウィンフーさんは口の端に笑みを浮かべた。


「私は風の神ですよ、ここまで手加減していたのです! 風があるなら、どこにでも私はすぐに移動できる!」

「ちょ、な……」


 ウィンフーさんはそう言うとこちらに手を伸ばしてきた。更にスピードを上げることでそれを避ける。手が体に触れた感覚はなかった、無事避けることが出来たのだろう。

 急速に離れるウィンフーさんの気配、しかしそれは瞬時に近くへと移動する。草木が揺れて風が吹く場所に先程と同じく彼女は姿を現した。手が届かないようにと地を蹴って交わす。

 それにしても……そうだった、ウィンフーさんは風の神だった。逃げることに集中していた……。

 その間にも突如として現れ、捕まえようとウィンフーさんはこちらへと手を伸ばしてくる。そしてそれを避けながら右に左に、はたまた上に下にと俺は逃げ回った。

 正直言うのならば、ある程度距離が離れると近づくという繰り返しなのでいつ来たのかという気配の読み取りは楽である。問題となるのは近くでもどこなのか、ということだ。前なのか、後ろなのか、それとも右か左か。移動するときになってようやく分かるものだから、どうしてもこちらが後手になる。


「うおっと」

「あと少しだったのに……」


 再び後ろから突き出された手を右に避ける。ちらりと見えた彼女の顔は悔しげだ。


「後ろに目でもついているのですか!」

「ついてませんよ? そんなびっくり要素、自分にありませんからね?」


 聞こえた彼女の叫びに思わず答えてしまう。俺の後ろに目はない!そこまで人間離れしている気はない!


「ええい、捕まれ!」


 後ろから聞こえたウィンフーさんの声。遠退いたはずの彼女の気配がフッと消える。さて、今度はどこから現れるんだ。

 意識を割いて気配を探る。しかし斜め後ろで気配を感じればすぐに消え、右前方に今度は現れたかと思えば再び消えた。……一体何なのだろうか。

 現れては消え、現れては消える彼女の気配。そのたびに気配がした方とは反対側へと向けて逃げる。捕まえやすい場所に誘導されているのだろうか。それともただ混乱させたいだけか。

 何故突然方法を変えたのか、その理由に考えを巡らせていた時である。


「そこぉ!」

「っ!」


 声と共に現れるウィンフーさん、現れた場所は後ろでも左右でもない、前方である。一、二歩踏み出せば手が俺へと届いてしまう近さだ。

 目を爛々と輝かせた彼女の表情は先程の悔しいというものではなく、勝利を確信して口は笑みの形になっているというものだった。

 一歩、彼女は足を進め、手がこちらへと近づく。その様子がまるでスローモーションのように動く。俺は手が届かないようにと急ブレーキをかけて後ろへ下がった。後で分かる、心臓の鼓動が早くなっている。たらりと冷や汗が垂れた。

 悔しげに彼女は顔を歪めると、今度は消えることなく更に踏み込んでくる。開いた距離が縮まらないように俺は後ろへと再び一足飛びで逃げた。遠目にウィンフーさんが追いかけようと足に力をこめる動作が見えた瞬間、森の中にベルが響き渡る。

 音が耳に入った瞬間、俺はもちろんウィンフーさんの動きも止まった。二人の間には声も衣服の擦れる音も聞こえない、あるのは木々や草花が風に揺れてたてる小さな音と鳥の鳴き声ぐらいだろう。


「では、戻りましょうか」

「……そう、ですね」


 静寂を打ち破るように声をかけると、ウィンフーさんは苦笑を浮かべながらも頷いて答えた。

 冷めやらぬ熱気を抑えつつ、二人で森の上空へ浮かび上がる。そして一路、スタート地点である森の前の開けた場所へと空を飛んでいった。



     □      □



「負けてしまいました……。あと少しだったのに……」


 森の前の開けた場所へと共に戻ってきたウィンフーさんは着地するなりそう呟いた。視線をそちらへ向けると眉は下がり、肩を落としてうつむいている。声からだけではない、全身から負けたことへの悔しさが溢れていた。

 最後、ベルが鳴る前は危なかったなぁ。それまで搦め手だったし、無意識のうちに次もそうくるのではないかと思い込んでしまっていた。それが蓋を開けてみれば真正面からである。


「勝者は秋人様ですね」

「はい、私の負けです……でも」


 オルブフの言葉にウィンフーさんは認めるように頷いた。そして言葉を途中で切ると、表情を悔しさのそれから笑顔へと変える。


「鬼ごっこ、楽しかったです」


 こちらへ笑顔を向けたまま、ウィンフーさんはそう告げる。悔しかったですけどね、と微笑みながら付け加える彼女の様子は、純粋にそう思っていたのだと見ている人に思わせるものだ。

 おべっかとかそのようなものではない、言葉を聞いて思わずこちらが楽しんでもらえて良かったと思えるような様子である。

 そんな彼女に俺はもちろん、オルブフも思わずといった微笑を浮かべていた。純粋に楽しんでもらえているのなら、こちらも嬉しいものだ。


「本日はありがとうございました、お二人とも」

「いえいえ、自分も楽しかったですし」

「最近『アトレナス』はつまらなかったので……良い気分転換になりました。『第四工房』の人達がしつこくコンタクトを取ってきたりしてますし、対応すれば変にはぐらかすように話してきますし。それに――――」


 少しばかり眉間に皺を寄せて話したウィンフーさんの言葉。『第四工房』がウィンフーさんにコンタクトを取るとは、風にまつわることでお願いしたいことでもあったのだろうか。それにしてはウィンフーさんの様子は妙に嫌そうだが……。

 半ば愚痴を言っていたことに気づいたのだろう、ウィンフーさんは口に手を押さえてそのまま続きそうだった言葉を押しとどめた。


「すみません、愚痴を言ってしまいました」

「気づかぬうちに心労が溜まっているのかもしれませんね」

「そうかもしれません……。こちらにいる間はそのことを忘れて楽しみますね」

「是非、そうしていってください」


 ウィンフーさんの言葉に、俺も笑みを浮かべてそう答える。遊技場で遊ぶことでその心労が軽減されるというのであれば、それは彼女にとって良いことだろう。


「それでは、私はこれで。もう良い時間ですし、ホテルに向かいますね」


 ウィンフーさんはそう言うと一礼し、その場を去っていく。その後ろ姿にごゆっくりと、と言いながら俺とオルブフは深く一礼した。

 気づけば山の端に陽は近づいており、外から見える遊技場も昼時よりも赤に近い陽の光に照らされている。同じように遊技場のホテルへと戻るウィンフーさんの姿も同じように陽に照らされていた。


「それじゃあ、俺たちもそろそろ戻るっすか」

「それもそうだな。行くぞ、ロル」

「ピィッ!」


 威勢の良い声を上げてロルがこちらへと走り寄ってくる。それを待って、俺たち三人は遊技場へと向かい始めた。

 いつも通りの平穏な日常が広がる。園内のスピーカーから流れる音楽が風に乗って聞こえてくるなか、夕暮れの迫る遊技場へと俺達は戻っていった。

 

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