閑話~勇者、そして離脱~
秋人達『第五遊技場』のメンバーが空中に作った遊技場の片付けをしていた頃、天ヶ上達は既にアグレナス王国へと戻っていた。
彼らが王城を歩いているとあちらこちらから五大祭の感想や、天ヶ上達の活躍を聞いてくる。中には五大祭に行った貴族達もおり、とくにその令嬢達が惚けたような目をして天ヶ上へと言い寄って来ていた。
王城にある廊下の中央、天ヶ上を中心として令嬢達が取り巻いている。負けてお恥ずかしい、と言いながらもおだてられた天ヶ上は満更でもなさそうな顔だ。
リリアラとルルアラが全力を出して勇者に立ち向かった、そんな根拠のはっきりしていない情報を天ヶ上は言い訳のように令嬢達へと話す。そして自分はまだ伸びしろがあるから彼女達を超えることは出来るだろうとも。一見して努力目標のように聞こえるそれを、令嬢達は深く考えることもなくその通りだと賛同していた。
最も、どうしてそのようなことが言えるのかといぶかしげに思う令嬢もいたのだが、第一王女の手前そのようなことを言えるわけがない。
一方で、そんな集団に嫉妬の視線を橘達五大祭へ共に行った面々は向けていた。辛抱できなかったのだろう、小峰が天ヶ上の元へと歩み寄る。
「あの、そろそろ行きませんか……?」
「あぁ、そうだね。……悪いけれど、お話はここまで。それじゃあね」
そう言って天ヶ上は小峰と共に橘達の下へと戻っていく。さすがに他の勇者や第一王女がいる手前、令嬢達は引き下がった。
「あの子達、きっと下心があるわよ」
「真由、そんなことを言うもんじゃあない。皆僕のことを心配してくれているんだよ」
「いいえ、橘さんの言う通りだわ。仮にも貴族、自分の味方をしてくれたらなんて下心があるわよ」
「私も、そう思います……」
「緋之宮先輩、理沙まで……」
橘の言葉に緋之宮、小峰が賛同する。シェルマ、ミレイアは言葉にしないまでも同感だというように頷いた。
彼女達の様子に天ヶ上は思わずといった様子で頭をかく。
「ゆ、勇気のことをよ~く分かっているのは私なんだからね?」
「真由さんだけでなく、私だって分かっているわ」
「私も、です……」
「あら、私だって皆さんよりも一緒にいる時間は少ないとはいえ勇気様のことはよく分かっておりますわ」
「従者として、私も勇気様のことを存じております」
橘の言葉に負けじと緋之宮、小峰、シェルマ、ミレイアが次々と天ヶ上に告げる。誰もが「私」と一人称にしている辺り、周りの女性へのライバル心というものが丸見えなのだが。ちらりと相手に向ける視線も、仲間というよりも敵対するものに向ける目だ。
一方で天ヶ上はそんなことを微塵も思わない。誰もが自分のことを心配してくれているのだと、皆仲良しなのだなと勝手に思い込んでいた。
目の前の少女同士のバトルにそんなことを考えている天ヶ上の視界に、懐かしさを感じる見慣れた人影が入る。そちらへ視線を向けると樹沢と一人の少女が並びだって廊下を歩いていた。
「お~い、藤二!」
「ん?……あぁ、勇気か」
天ヶ上の呼び声にそちらへ視線を向ける樹沢。樹沢の隣を歩いていた少女も視線を勇気へと向けたが、すぐさま困ったような表情になって樹沢の後ろへと隠れてしまった。
着ている服は淡いオレンジといった明るめの印象だが、それとは相反するように白髪青い瞳は相手にどこか冷たい印象を与える。まだ幼さを感じさせるその容貌は整っている。どこかぼんやりとした雰囲気の少女だが、今はその顔に嫌悪を宿らせて樹沢の背後に隠れていた。
天ヶ上は気にすることなく樹沢へ駆け寄っていく。もちろん先程までにらみ合っていた少女達も慌てて彼についていった。
「久しぶりだね、藤二。それにしてもどうして僕と一緒に五大祭に来なかったんだい?」
「……五大祭の間にも、色々と魔獣討伐だとかの依頼が王城やギルドに舞い込んでいたんだよ。お前達が遊んでいる間、俺はそっちにかからなきゃ駄目だろう」
明るい天ヶ上とは対照的にどこかつっけんどんな樹沢。『アトレナス』に来た頃とは全くの違いである。もしここに秋人がいたのなら、樹沢の変貌振りに驚いて思わず本人に聞いてしまうほどだ。
来た当初にあったうっとうしさと誰にでも突っかかるような癖、そして天ヶ上の言うことは最もだという雰囲気は消えている。活発さは以前の通りだが何やら吹っ切れたような、決意したような面持ちだ。
「藤二、一体どうしたんだい? 彼女と出会ってから随分と変わったように思うけど?」
「……変わったっていうよりも、目が覚めたって言った方が正しい気がするけどな」
天ヶ上の言葉にどこか皮肉の混ざった言葉を呟く樹沢。しかし天ヶ上はそれが皮肉だとは気づいていない。
「勇気、戻ってきたんだからこれから訓練とかするよな?」
「ん? もちろんするよ、といってもほんのわずかな訓練でいいだろうけどね」
「は?」
「だって、他の人より短い時間で他の人以上の力が出せるんだ。前の世界みたいにね」
「――――っ」
天ヶ上の言葉に樹沢は言葉につまる。訓練するか、という言葉に宿った微かな期待は消えうせ、その代わりに樹沢は顔を微かに歪めた。
「樹沢、あんた一体何なのよ。勇気なら大丈夫に決まっているじゃない! 現に今までだって魔獣との戦いでも大丈夫だったんだから!」
「……でも、闘技大会で優勝者に負けたって聞いたぞ」
「それは相手が卑怯な手を使っていたのでしょう。樹沢様、勇気様のお力を疑うのですか?」
橘の言葉に反論する樹沢、けれどそれをシェルマが非難の目を向けながら挑発的に言った。樹沢の目に映ったのは純粋に大丈夫だと信じきる天ヶ上、そしてこちらを非難がましく見つめてくる橘達の姿である。
その光景に思わず樹沢は小さくため息をついてしまう。あぁ、何も変わっていないと、痛い目を見ても変わることは無いのかと。
「あ、キシェル、いつでも僕のパーティに入っていいからね。君の回復魔法の腕は正直、僕の力に必要なものだよ」
「うぅ……」
天ヶ上の言葉に樹沢の後ろに隠れていた少女――キシェルは更に身を縮ませて隠れようとしてしまう。彼女の顔は明らかに嫌だと物語っているにも関わらず、天ヶ上はそれを気にせず顔を覗き込んでくる。
それを樹沢はさりげなく防いだ。あぁ、顔が見えなくなった程度にしか思わなかった天ヶ上は気にすることなく視線を樹沢へと向けた。
「それじゃあ、藤二、僕はこれからギルドへ向かうよ。受付係のあの娘、僕のことが心配だって言っていたらしいからね。ついでに適当に依頼をこなすとしよう。じゃあね」
「そうか……」
天ヶ上の言葉に天ヶ上はそう言って樹沢と別れ、王城の廊下を進む。女性陣からは何もあの娘に会わなくても、とぶつぶつ呟く声が聞こえたが天ヶ上には聞こえない。
樹沢は眉をしかめたまま、その後姿を見送る。賑やかな一行が廊下の角を曲がり姿が見えなくなったのを見ると、今度は大きくため息をついた。
「変わって無かった。……あの人、キライ」
「はっきりと言うよな、キシェルは……。まぁ、勇気を嫌う理由は分からないでもないが」
はっきりと嫌いだというキシェルに樹沢は思わず苦笑いを浮かべる。そしてふっと何かを思い出すような顔つきになった。
「どうしたの、トウジ……?」
「いや、何でもねぇよ。ただ、あの出来事があったから俺はこうやって目が覚めることが出来たんだなって思ってな」
「最初はトウジもあの人と同じでキライだった。でも、今は私の村を助けてくれたから恩義を感じてる」
「まぁ、そうじゃなきゃこうやって一緒にいるわけないもんな」
キシェルはこくりと小さく頷く。
二人の脳裏によぎったのは、二人が出会うきっかけとなった小さな事件の様子だった。
□ □
秋人が『第五遊技場』に行った後、天ヶ上達が五大祭に行くことを決める前の話。まだ樹沢が天ヶ上がもっともだという思考の時である。
天ヶ上達はギルドの掲示板に張られた一つの依頼のためにアグレナス王国の領内にある小さな村へと来ていた。
依頼内容はごく単純、近頃ゴブリンの群れが近くで発見されたらしくその討伐を願うものだった。ゴブリンならばE、Fといった低ランクの魔獣、天ヶ上たちは特に心配などしていなかった。
「勇者様方がこんな辺鄙な村にいらっしゃるとは……。ろくにおもてなしも出来ず申し訳ありません」
「構いませんよ、村長。僕達は魔獣を討伐するだけですから」
申し訳なさそうに言う村長に答える天ヶ上。
その日は到着したのが夜ということもあり、日が出てからゴブリンの群れを探そうということになった。
翌朝、早速ゴブリンを探しに行こうと小さな宿屋から出た天ヶ上達に村長が近づいてきた。傍には白髪の少女、キシェルが立っている。
一体どうしたのかと天ヶ上は村長に問いかけた。
「どうしたのです、村長?」
「いえね、この子はわしの孫なのですが回復魔法が村の誰よりも使えましてね。それで勇者様がこの依頼の間、怪我をしないようにぜひ連れて行ってほしいのですよ」
「……」
村長が愛想笑いを浮かべながら話す間もキシェルは無言でうつむいている。髪で顔が隠れて天ヶ上達からは表情が伺えないが、渋々といった様子だ。
「村長がそう言うのでしたら……。キシェル、これからよろしくね」
「キシェル、くれぐれも勇者様がお怪我をなさらないようにな。もし怪我をしたらお前の回復魔法で治して差し上げるのだぞ」
「むぅ……分かった」
天ヶ上の方を見ることはなく、キシェルは村長に視線を向けて頷く。
こうして勇者一行にキシェルが加わることとなった。
村の外に広がる森の中、キシェルはほとほと困ったというような顔で勇者一行の後ろを歩いていた。
正直言うのならば、勇者の一行についていこうとは思っていなかった。自分の祖父でもある村長の頼みゆえに引き受けたのである。
けれども相手は勇者、お話に語り継がれる強くて素敵な人なのだろう、キシェルは当初そう考えていた。
けれどふたを開けてみればどうだ、強い一人の男とそれを取り合う三人の女性、そして勇者が正しいと思い込みの激しい男ではないか。勇者、なんて言葉をつけずそう表現したほうがしっくりとくる。
どうやらキシェルがあまり良い態度ではなかったのが天ヶ上以外の人達の心象に影響を与えたらしく、出発してからキシェルは何かと橘を筆頭、特に女性陣に絡まれていた。しかし天ヶ上はそれに助け舟を出すことはない。仲が良いなぁ、で済ますのである。
キシェルはどこが仲が良いというのか、と何度も声を荒げそうになった。相手が勇者という上の立場出なければそうしていただろう。
加えてキシェルのほうがこの森一帯についての知識を持っている。この先を行けばC,Dランクの魔獣が出るなどだ。
けれどそれらを告げても一向に勇者だから大丈夫の一言で済ませて話を聞くそぶりを見せない。そしてものの見事にハプニングを起こすのである。
(もうイヤ……。おじいちゃんに頼まれたからって安易に引き受けるべきじゃなかった……)
列の後尾、キシェルは人知れず小さなため息をついた。事態が動いたのはそのときである。
村のほうからカーンカーンと鐘の音が聞こえた。キシェルならば分かる、村に緊急事態が起こった際にならされる鐘のリズムだ。
「勇者様、村で何か起こったみたいです!」
「何だって? もしかしてゴブリンの群れが村へ行ったか? とりあえず全員村へ向かうぞ」
天ヶ上の言葉を皮切りにそれぞれが村へと急ぐ。
目の前を走る勇者のスピードに負けじとキシェルも走った。まさか、まさかという嫌な想像が脳裏をよぎり、心臓が速く脈打つ。
しばらく走り、一行の視界が開けた。森を抜け村に到着したキシェルの胸は一際強く鼓動を打った。
「っ!」
キシェルは思わず息を呑む。
出発するときは穏やかだったはずの村、けれど今は門を閉ざして怒号と喧騒に包まれている。村を囲うのはおびただしいほどのゴブリン、そしてオークやホブゴブリンといった魔獣の群れだ。
魔法を扱えるのだろう、短い杖を持ったゴブリンが村を覆う木製の壁に向かって火魔法を放っている。
村にも弱いとはいえ魔法を扱えるものがいる、その者達が何とか水魔法で対処はしていた。しかし多勢に無勢、突破されるのは時間の問題だろう。
「ひとまず村の中に入ってみよう」
「それもそうね」
天ヶ上の提案に橘が賛同すると何やら魔法を使って上空から天ヶ上達は入っていく。
「おら、行くぞ」
「へぁっ?」
慌てるキシェルを樹沢は片手で担ぎ、同じように上空へと浮かんだ。一方のキシェルは何が何やらと混乱した頭でただただ担がれているだけだった。
村の中、いつもなら集会で使う比較的大きな建物の中に女性や子供、老人が集められていた。戦える者は外に出ており、魔法を使える者は魔獣の魔法を防ぎ使えない者は武器となるものを掴んで警戒している。
ぴりぴりとした空気の中キシェルが天ヶ上達とともに村の中を歩いていると、視界の端に見慣れた姿が入る。そちらへ視線を向けると残っている人、怪我をしている人がいないか確認している村長の姿があった。
笑みを浮かべたキシェルは天ヶ上達から離れて村長へと駆け寄る。
「おじいちゃん!」
「ん? おぉ、キシェル無事だったか! しかしどうしてここに? 周りは魔獣に囲まれているはずだが」
「警鐘が聞こえて……勇者様とともに戻ったの」
「ここは危険だというに……キシェル、心配してくれてありがとうな」
村長はそう言うとキシェルを強く抱きしめる。一方のキシェルは祖父の安否が分かったためか安堵の色を顔に浮かべていた。
そんな二人に天ヶ上達が近づいてくる。村長はキシェルを離し、天ヶ上へと向き直った。
「村長さん、戦況はどうでしょうか?」
「良い、とはいえませんな。何とか今は持ち堪えておりますが……破られるのも時間の問題でしょう」
「ふむ……」
村長の言葉に天ヶ上は黙り込む。真剣な顔で黙り込む天ヶ上をキシェルは見つめていたが、そこへ橘が割り込んできた。そして何ともあっけらかんに言葉を吐くのである。
「もうさ、勇気。パーっと倒しちゃえばいいんじゃない? 私達なら大丈夫だって!」
「それも……そうか。僕達なら特に考えなくてもやれたね」
「きっと出来る、私も協力するし……」
「こんな群れ程度、火力で押せば簡単に殲滅できるわ」
「それもそうだよなぁ。よっし、火力となれば俺の出番か?」
勇者達の会話にキシェルは呆けたようなそれを見つめていた。勇者であることは知っていたが、この群れをそんな簡単に蹴散らすことが出来るのか。今、村の人々がこうまで苦労している敵を蹴散らすことができるのか。それならば――――。
「勇者様」
「ん? どうしたんだい、キシェル?」
「私も、私も手伝う。回復ぐらいしか出来ないけど、でも、それでも魔獣討伐を手伝う」
「ありがとう、キシェル。君の回復魔法があれば、僕は心配せずに戦うことが出来る。よろしく頼むよ」
「はいっ!」
微笑みを浮かべる天ヶ上の言葉にキシェルは強く頷く。今も外では魔獣による猛攻が続いていた。
一度陣形を整えるため、村の人間のほとんどが避難所となった集会所へと呼ばれた。さすがに火魔法を防いでいる者達まで呼ぶわけにはいかないが。
村民の視線の先には天ヶ上率いる勇者達へと向けられている。その視線の誰もが希望を見るような目で彼らを見つめていた。
そんな視線を一身に受ける天ヶ上は静かに前へと進み出る。そして村民を見回し、大きな声で言い放った。
「村の皆さん、俺達勇者がいるからには大丈夫です。これより俺達が魔獣を討伐します。……皆さんを、村の人々を救って見せましょう」
天ヶ上の言葉に村民から喝采が上がる。自分も守るのだと、キシェルはその言葉を聞いて再び胸に決めた。
掛け声の後、天ヶ上達は打って出た。もちろんキシェルもそれについていく。
余裕綽々といった顔でゴブリン達を殲滅し、次はオークに標的を変えていた。ゴブリンを殲滅したためだろうか、魔法を扱う魔獣もいない。戦う村民達もその快進撃に士気を高め、自信もとばかりに魔獣に向かって挑んでいく。
(これなら大丈夫、勝てる!)
目の前で広がる圧倒的な殲滅、それを見ていたキシェルは油断していないとはいえこのままならいけるとそう確信していた。目の前の勇者達が気負いの無い、切羽詰まっていない顔で魔獣を討伐していたのがさらに拍車をかけていたのだろう。
そんな時、キシェルの耳に一つの怒号が届いた。思わず声のしたほうである後ろ、村の方へと顔を向ける。他の戦っていた村人達も同じように視線を向けている。
視線を向けた瞬間、警鐘が鳴った。それが報せるのは唯一つ、緊急事態が起こったということ。
(どういうこと? 今魔獣は討伐していて……)
「勇者様、勇者様!」
何故だとキシェルが考えていると、村から出てきた一人の女性が恐怖に顔を引きつらせたままキシェルの傍を通り過ぎ天ヶ上の元へと駆け寄る。背後から見たキシェルは彼女の背中を見て一瞬に顔を蒼白にした。縦に一文字で切り裂かれた衣服、そしてそれを染めるのは赤黒い彼女の血だ。垂れた血は足から地面へと落ちていく。
天ヶ上達も気づいたのだろう、顔が強張っている。
「ゆ、勇者様、別の魔獣の群れが……隙を突くようにして村に……た、助けて……」
コヒュー、コヒューと弱弱しい息をしながらもそう告げた彼女は、天ヶ上の衣服を掴むも地面に倒れ伏す。手についていた血が天ヶ上の衣服に染みていった。
キシェルが駆け寄って傍にひざをつき回復魔法をかけるも彼女が息を吹き返すことは無い。目尻に涙を浮かびながらも何度も回復魔法をかけるが、結局女性の意識が戻ることは無かった。
どうしよう、キシェルが無意識に天ヶ上を見上げるとそこには動揺する天ヶ上の姿がある。
「こ、こんなの僕だけの判断では……そうだ、ギルド、ギルドに判断を仰がないと」
「へ?」
「そうね、さすがにこの規模だとここで判断というわけにも行かないわ。勇気の言う通り、一旦ギルドに戻って事情を伝えて、そこから対処しましょ!」
呆けたようなキシェルを他所に橘が元気よくそう告げる。キシェルは止めようとするも、天ヶ上はなだめるように言い聞かせてきた。
「キシェル、残念だけど中の人はもう駄目だろう。それにこれは規模が大きすぎる。ギルドに報告して大人数の冒険者で対処することだ。分かってくれるね」
「そ……んなの……」
「キシェル、君も一緒に行こう。君の力が必要なんだ。悲しいのは分かる、けれど今はそんな時じゃない」
「うるさい……っ!」
辺りにパチンと乾いた音が響いた。天ヶ上が差し出した手をキシェルが弾いたのである。天ヶ上はもちろん、後ろにいた橘達も驚いた顔をしていた。
「ギルドに行きたいなら、行けばいい。私は村に行く」
「キシェル! それはあまりにも危険だ! 僕と――――」
「見もせず無駄だと言い張るあんたなんかと、一緒に行きたくない!」
「っ!……分かった、じゃあ僕達は行くよ。僕が正しい判断をしているのに……君を救うことが出来なくて残念だ」
「何が、救うだ。これが勇者だなんて、言葉だけじゃない」
ぼやくキシェルを他所に天ヶ上達は魔法を使い空へと浮かび上がり近くのギルドがある街へと向かう。しかしただ一人、気まずそうな顔で樹沢がそこに立っていた。
けれどキシェルはそれに目を向けることなく村へと走っていく。樹沢は慌ててその後を追いかけながらもキシェルに呼びかけた。
「おい! 回復役のあんただけ行ったって意味がないぞ!」
「だから、何?」
「勇気の言う通りにした方が……」
「なら、あなたはそうすればいい。私は、そうしない」
「でも……」
「くどいっ!」
突然立ち止まったかと思うとキシェルは吐き出すように言いながら追いついてきた樹沢の胸倉を掴む。その形相に気圧されたのだろう、樹沢は息を呑む。
「あなた達は他人事、でも私には皆大切なの。簡単にはいそうですか、なんて思えない」
「けどどう考えたって絶望的だろうが!」
「でも生きているかもしれない。少なくとも、あの人のように見もせずなんてイヤだ」
「お、俺達は勇者で……」
「だから何?勇者なら救って、救ってみせてよ。勇者を名乗るなら救ってよ、ねぇ!」
感情があらわになるキシェルは気づけば涙を流していた。そんなキシェルに樹沢も黙ってしまう。
「見もせずに諦めるのなら、見捨てるのなら、全員救うなんて言わないで!」
「うわっ!」
樹沢を突き飛ばしたキシェルは村の中へと入っていった。思わずしりもちをついてしまった樹沢は呆然とキシェルの後姿を見送っている。
いつもなら怒って天ヶ上の後を追うだろう、けれど何故か、立ち上がっても天ヶ上の下に向かうことができない。
唇を噛み、こぶしを握り締め、ただただ考える。
「勇気が、正しいって、思っていたのに……。けど、そうじゃなくって……」
樹沢の脳裏によぎるのは先程のキシェルの言葉と怒りと悲しさが混じった顔、女性の死ぬ姿。そしてこのままでは絶望的になるであろう状況。樹沢は大きく息を吐くと頬をパチンと強く叩いた。
「悩んでも仕方ねぇ。助けるって言った、だから助ける。単純だ」
村へと向けられた樹沢の目、それは何かが吹っ切れたような決めたような色を宿していた。天ヶ上に賛同していた時の雰囲気は消え失せている。覚めたのだ、今までがおかしかったのだと。そして今自分がすることは唯一つ、村を救うことだ。
「すみません、この場をお願いします!」
「……おう、任せろ、勇者のあんちゃん!伊達に村を守ってきたわけじゃねぇからなぁ!」
「勇者様、村を救ってくれないと祟りますからねぇ!」
「……分かりました!」
樹沢の言葉に任せろと戦っていた者達が答える。期待されている、あんなことがあったのに、まだ。その期待を失うわけにはいかない。
樹沢は村の中へと剣を引っさげて突っ込んでいく。確かに彼は一歩、この世界『アトレナス』における勇者として一歩を踏み出したのだ。
村の中では魔獣が闊歩していたが、魔法を使える者や戦うことの出来る者達が何とか応戦していた。といってもかなり押し込まれて危ない状態である。
戦えない人達は集会所にこもっており、柵から出てくる魔獣を半円に囲むようにしてどうにかして防いでいた。
キシェルはその姿を認めると、戦っている方へと駆け寄る。後衛として控えている男性にキシェルは近づくと話しかけた。
「皆、大丈夫っ?」
「キシェルか? すまないが何人か怪我をして集会所にいるんだ、そいつらを回復してくれないか?」
「分かった。……さっき、村から出てきた人が死んじゃった」
「あぁ……丁度そいつがいた所から魔獣が押し寄せて来てな……」
「他の人は大丈夫?」
「怪我はあれど、他の人は大丈夫だ」
「そっか……」
「おっと、そろそろやばいな。俺も出てくる」
男性はそう言うと戦線に出て行く。一方のキシェルはほっと胸をなでおろすも、すぐさま集会所へと向かった。
キシェルが集会所に入ると同時に少年の声が辺りに響く。
「でりゃあああああああああああっ!」
咆哮のような声と共に戦う村人達を飛び越す人影がキシェルの視界に映った。そちらへ視線を向けると魔獣相手に剣を振るう樹沢の姿がある。それまでの苦戦はなんのその、押し込まれていた状況を一変にして逆転させていた。
勇者の登場、逆転する状況に村人達は士気を取り戻す。どんどん柵の裂け目から出てくる魔獣を討伐していく。
持ち堪えた士気と共に、樹沢は出てくる魔獣を次々と討伐していった。
□ □
「結局、事件の翌日まで勇気達は本当に来なかったよな」
「うん、来ても勇者の報告のおかげでとか、あの人がいなかったらそもそも、なんて話するし」
王城の廊下に佇む樹沢とキシェルは当時のことを思い出しながら話す。すでに時刻は夕暮れ時、廊下は夕日の赤で染め上げられていた。
「それにしても今思えばよく村長がキシェルに行っても良いって許可を出してくれたと思うよ」
「おじいちゃん曰く、あの人についていくのではない。村を助けてくれたトウジに着いていくなら、って」
「……き、期待が重い。前の自分とか知っているはずなのに……」
「ん、だから前みたいになったら私、村へ帰るから」
「おう……ガンバリマス……」
二人は顔を見合わせると思わずといった様子で同時にふきだす。あの事件以降、二人はパーティを組んで様々な場所へと赴いた。以前の行動がどれほど愚かだったか、樹沢は身につまされる思いである。
最悪の出会いが、今では息のあったパーティとなっている。キシェルが樹沢を慕っているという点で樹沢がどれだけ変わったのか窺い知ることができるだろう。
「それじゃあ、これからも頑張ろうか、トウジ」
「おう、頼りにしてるよ、キシェル」
夕暮れ時の廊下には、進む二人の影がまっすぐ伸びていった。




