第38話~花火、そして終了~
時刻は既に夜間近、空の夕暮れ色は夜の宵闇色に塗り替えられかけている。遠くに月が見え、一番星が後に続くように夜空を背景として輝いていた。
いつもならそろそろ遊技場を閉める時間帯だろう。けれど園内はざわざわと客の喧騒に包まれていた。さすがにアトラクションは動いていないものの、飲食店やお土産などを売る屋台からは明りが漏れて営業していることがわかる。
ある客はわたあめやらフランクフルトやらを片手に食べたり、誰かと会話していた。そんな客達を見ながら、俺を含めた従業員は最後の手はずに取り掛かる。
既に花火玉も用意してあるし、発射のための筒も用意している。打ち上げ場所一帯には客はいない。今進行中なのは職人達とアナウンスを担当する従業員との打ち合わせである。花火の際の注意の呼びかけ等のアナウンス、そしてその後どのタイミングで花火を打ち上げ始めるのかといったものだ。
「それでは主様、最初の言葉はお願いします。その後、我々が引き継いで諸注意を放送しますので。後、終わりの際にもよろしくお願いします」
「分かった」
広場の端近く、アナウンス席と書かれた紙が張り付けられたテントの下で闘技大会の際にも実況を担当したフラグ頭の男性の言葉に一つ頷きながら答える。その後彼は花火を打ち上げる職人達の元へと向った。アナウンスの後、どのタイミングで打ち上げるのか最後の確認をするためである。
緊張をほぐすように静かに大きく息を吐く。辺りを見回してみれば従業員だけだ。かなり大きい、というわけではないがそれでも池ほどの大きさもある広場に少ない従業員しかいないというのは何とも寂しい光景だ。昼時の喧騒を思えば更にそう感じられる。
そんなことを考えていると職人達と打ち合わせを終えたのだろう、フラグ頭の男性がこちらへと歩み寄ってきた。
「では、そろそろ時間です」
「お、そうか。それじゃあ席につくか」
フラグ頭の男性の言葉に頷くと、近くのアナウンス席に座る。外の寒さで冷えたパイプ椅子の冷たさが身に染みた。
機材のスイッチをフラグ頭の男性が入れるのを確認して、マイクのスイッチを入れる。周りにいる従業員は音が入らないようにと静かにその場を通りすぎていた。
ちらりと確認のためにフラグ頭の男性の方へと視線をやると、同じようにこちらを見ていた彼は構わないと無言でサインをしてきた。それを確認して一呼吸置くように息を吸い、マイクに向かう。
「皆様、お待たせしました。これより五大祭最終日、『第五遊技場』の催し物である花火大会を開催いたします! 最初の言葉を務めさせていただきますのは私、主の神楽嶋です」
マイクを通して声が遊技場全体に響く。隣ではフラグ頭の男性がボリュームを調節していた。それを横目で見ながらも挨拶を続ける。
「今宵は職人達がこの日のためにと作り上げた花火の数々を空に打ち上げ、綺麗な花を咲かせましょう。それを見ながら友人達と談笑するもよし、屋台で買った食べ物を食べてもよし、型ぬきなどと言った遊びをしてもよし! とにかくこの祭最終日を楽しみましょう! ですが、もちろん守るべき注意事項はあります。その説明をいたしましょう」
そう言ってマイクから顔を離す。合図を送るようにちらりとフラグ頭の男性を見ると、彼は頷いてマイクに近づいた。
「はい、マイクを代わりまして私が説明いたします。この祭りでは――――」
交代したフラグ頭の男性はその後、大会のスケジュールや注意事項を話始める。その様子を一旦確認して、次のアナウンス役の人と交代する。
ちなみに交代するのはフラグ頭の従業員だ。ただし今回は女性。正直、顔で判別はつかないよなぁ。
そんなことをふと思いながらもアナウンス席のあるテントから出て、花火打ち上げの準備が出来たかの確認に向かう。アナウンス席のあるテントより離れた位置、広場の中央では職人達と数名の従業員が花火を打ち上げる筒を囲んで立っていた。
近づいて聞いてみると、既に用意はできているらしく今最終確認を終えたところらしい。確認したところ、今のところ問題点は無くスムーズにいっているとか。それなら良かった。
それならば後は……見回りくらいだろう。最後の締めは俺がやることにはなっていないし。残る仕事はそれくらいだ。
それにしても一人で見回りというのは妙に新鮮だな。いつもロルがついて行きているのだが、今回ばかりはとリリアラとルルアラに着いていっている。離れるときは少々駄々をこねられたが……。
その時の様子を思い出して思わず笑みが浮かびそうになるがすぐに引き締める。おっと、こっちも仕事っと……。
「オルブフ、こちらでの仕事は終わったから見回り行ってくる」
「お、了解っす」
念の為にと近くで作業をしていたオルブフに声をかけ、俺は広場を後にした。
従業員しかいない広場を出ると、客の多さに思わず圧倒されてしまう。特に近くで花火を見ようと考えたのだろう客達が椅子やらなんやらを用意して柵の近くに陣取っていた。
どうしよう、ものすごく既視感がある。前いた世界でもこんな光景見たことあるわ……。
思わぬところで懐かしさを感じつつも、見回りを始める。今いるのは上級神以上のエリアで、客にぶつからないよう気を付けて見回っているがどうやら今のところ大きなもめごとは無いらしい。
祭で気分が浮かれて些細なことでトラブルに繋がる、なんてよくあることだからなぁ。
そんなことを考えていると、目の前で何やら迷っている様子の客が一人いた。顔に刻まれた皺からもかなりの年長者であることも分かる老年の男性だ。まぁ、神様だから実際どれぐらいの年齢か分からないが。
落ち着いた色合いのローブに近い衣服を着ており、それは一見にして決して悪い素材ではない、むしろ良い素材だと分かるものである。全体的に見て物知りのご老人、と言った感じだろうか。
「どうなされたましたか、お客様」
警戒されないよう笑みを浮かべながら近づいていき、そっとを声をかける。声に気付いた老人はこちらを見ると安堵を顔に浮かべた。
「いえね、少し人が多かったので迷ってしまいまして。人と待ち合わせをしていたのですが……その待ち合わせの場所が分からなくなりましてなぁ」
「それならばご案内いたしましょうか?」
「おや、本当ですかな? いや、ありがたい」
老人は俺の言葉に目を少し見開き、そしてすぐに笑みを浮かべて頭を下げた。そんな姿を見ると思わずこちらもいえいえと言いながら一礼してしまう。
老人に待ち合わせ場所を聞いてみると、中央の広場から少し離れた場所に立っている一軒のレストランで待ち合わせをしていたそうだ。ちなみに待ち合わせの相手は妻らしい。老人の歩調に合わせて人の波をかいくぐりながら件のレストランまでお連れすると、老人は一言ありがとうと深くお辞儀をして中へと入っていった。
その様子を目で追うと窓際の席に座っている老年の女性の下へと歩み寄る姿が見える。席に着いた老人と老年の女性はどちらも楽しげな空気で何かを話していた。
この遊技場の人間である以上、先程のようなことも仕事のうちだ。けれどあのような光景を見るとこちらも嬉しくなってくる。おそらく料理を食べながら花火を見るのだろうが、ぜひとも楽しんでいってほしい。
そんなことを考えながらその場を後にし、見回りを再開する。
大きな音ともに広場の方で花火が一つ打ち上げられた。それを皮切りに赤や青、など色鮮やかな花火が打ち上げられてゆく。その光に照らされる暖かな光が漏れているレストランの中、声は聞こえないまでも楽しげに笑いあう老年の夫婦の様子が視界の端に映った。
老人を案内したレストランを離れ、見回りを続ける。見事に通りの中央は人が少なく通りの両端、屋台の方と花火に近い広場の方に人が多い。わたあめが売られている屋台の前を通り過ぎようとすると、大きな音共に色鮮やかな光で通りが照らされる。
そちら、広場の方へ視線を向けると赤を基調とした特大の花火が打ちあがっていた。そのたびに歓声が上がる。
職人達が丹精こめて作った花火は美しく、思わず足を止めて見てしまう。そのことに気づいて苦笑を浮かべながら見回りを再開しようと前を向くと、見慣れた姿が視界に入った。
髪の色と結び方以外は瓜二つな容姿、そして一見して鳥だと分かるが四足歩行もどきをしている魔獣の姿がある。リリアラとルルアラ、そしてロルだ。
あちらもこちらに気づいたのだろう、視線があったかと思うとロルが一声あげてこちらに駆け寄ってくる。ロルを追うようにリリアラとルルアラの二人もこちらへ駆け寄ってきた。
客を避けながらロルは駆け寄って……って、違う、飛んだ!おい、まさかそのままこっちに直行じゃないよな?
空に浮かんだロルはまっすぐにこちらへと飛んでくる。下で止めるように言うリリアラとルルアラの言葉は無視だ。
「え、ちょっと、待て!」
「ピーッ!」
「待っ――――」
俺の言葉を聞かずロルは元気良く鳴き、どんどんロルの顔が近づいてくる。待ってくれ、そう言おうとした瞬間にロルが俺にぶつかった。半ば頭突きのように飛び込んできたために思わずうめき声が出るも、倒れることなくロルを何とか受け止める。あ、危ないじゃないか、ロル……。
「秋人様、見回り中、ですか?」
「あぁ、見回りしていたんだが……まさかロルが頭突きをかましてくるとはなぁ」
「ピッ? ピピッピィッ」
リリアラの言葉にそう答えると、ロルが慌てたような声を上げてそうではないのだと言わんばかりに鳴きながら訴えかけてきた。分かってる、分かってるから。
そう伝えながらロルの頭を撫でると本当に分かったのかとこちらに訴えるように視線を向けながらも落ち着いた。
「リリアラ達も見回りだよな、あとどれくらいだ?」
「殆ど終わっているのです。ここら辺を見回れば、自分達に任された区域は完遂なのです」
「秋人様は、どうですか?」
「俺もそろそろ終わりだな」
リリアラ達はここら辺で見回りが終わるらしい。見回りが終われば広場へと戻って作業を手伝う必要がある。俺もそろそろ終わりだし、広場へ戻る頃合いか。
時間を確認してみればそろそろ花火大会も潮時である。ピークを迎えるように打ち上げられる花火は大きいものが多く、夜空を色とりどりに照らしていた。
取りあえず仕事に戻らねば、ということでそこでリリアラ達と別れる。ロルはこちらへとついてきたがったが、そこはなだめてリリアラ達と共に行動をしてもらった。
見回りの最中、遊技場のスピーカーからアナウンスが流れてくる。聞き慣れたあのフラグ頭の男性の声だ。
「それでは皆さん、いよいよ花火大会も大詰めでございます! では最後を飾る花火を打ち上げましょう!」
アナウンスが終わると共に空にいくつもの大小様々な花火が打ち上げられる。色も形も様々なそれらは夜の暗さは関係ないと言わんばかりに光を放っていた。
もう見回りも終わりそうだ。特に大きなもめごとも無く、順調に進んで行ったな。
上へと視線をやれば、視界いっぱいに色鮮やかな花火が広がる。これで最後だと言わんばかりの花火の打ち上げは見ていて壮観で、思わず見入ってしまう。周りの客もそうなのか視線を花火へと固定していた。
冬の寒い夜、空にはこれでもかとばかりに浮かび上がる花火の数々。大きいものから小さいもの、単色のものから複数の色をつかったものと様々である。次々と浮かび上がる花火に思わず見入り、そしてどこかこれで祭が終わってしまうのだという寂しさを感じていた。最初は出る予定では無かったんだけどな、何だかんだで祭を楽しんでいたのだろう。
思わずそのことに苦笑しながらも、本当に残り僅かな見回りを再開した。
□ □
一言で言うなら、花火大会は成功したと言えるだろう。
無事打ち終えた後はどこか寂しさを感じたが、客は満足気な顔でその場から去っていった。
これで五大祭は終了である。そのまま自分達の世界や住処へと戻る客もいれば、一旦ここで泊まってから明日戻る客はホテルへ泊まった。意外と多くの客がホテルに泊まったらしく、従業員が嬉しい悲鳴を上げていた。最もそれ以上に辛いという言葉も聞こえたが……。
兎にも角にも五大祭における『第五遊技場』の出し物は成功、そして全体的な面から見ても成功と言えるだろう。
いやぁ、良かった。当初は少し不安は残っていたものの、今ではやって良かったと思っている。後は客が全員いなくなったのを確認して、この地から去るだけだ。
五大祭終了の翌日、ジェラルドさん、オルブフ、リアナが先に『第五遊技場』へと戻っていった。あちらでの作業もあるからな。
こちらに残るのはリリアラ、ルルアラ、ロル、そして俺である。主にやることと言えばこの空に浮かぶ遊技場を片付けることぐらいだろうが。まぁ、それもすぐ終わるだろう。
下の街では終わったけれども祭の余韻がまだ残っている。まぁ、気持ちは分からないでもないが。
「秋人様、どうか、しましたか?」
「ん?いや、今までのことをちょっと思い出していてな。祭を楽しむことはあっても本格的に催し物をやるなんてことはそう無かったからな」
「そう、だったんですか」
リリアラの問いに答えると、少し笑みを浮かべたままそうリリアラは答える。近くにはルルアラやロルもいるが、目の前につい最近まであったはずの遊技場は既に消えている。もう片付け終わったのだ。
取りあえず、五大祭は無事成功ということで終了だ。そのことにほっとしながら、空中遊技場があった場所を感慨深く見つめてその場を後にする。
下の街に住む人々から見れば特に変わったところのないいつもの空、しかしそこには五大祭の間にあった巨大な空中遊技場の姿はなかった。




