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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第二章
43/104

第36話~三度ある、そして影~

 開園時間をとうに迎えた遊技場内は客の喧騒とスピーカーから流れる陽気な音楽で満ちている。時折下の街で祭を楽しんできたという声も聞こえている辺り、五大祭に出て失敗ではなかったようだ。

 観覧車やジェットコースターといった遊具は神様にも人気なのか行列ができている。行列が出来ている様子は前の世界のようだが、並んでいるのが全員神様と考えると不思議な気分だな。

 いつもと変わらぬ光景、その中に少し変わった点がある。所々に花火の告知をするポスターが貼られているのだ。書かれている日付は五大祭最終日、つまり明日である。

 そのポスターをちらりと横目で見るも、すぐに視線を外した。そして移した視線の先にあるのは先程から開いている<レーダー>である。先程まで映っていた街を囲む赤い点はそこになく、あるのはいつも通りの光景だった。


「リアナに会ったら労いの言葉をかけないとな……、お、ロル」


 そんなことを考えていると頭上に影がかかる。振り仰ぐと上空には森の見回りから戻ってきたロルが今傍に着地しようとしていた。

 少し慌てて横に避けるとロルが羽ばたき音と共に少し風を巻き起こしながら着地する。無事着地したロルは明るい顔でこちらへと近寄ってきた。


「ピイッ」

「お、大丈夫だったか。見回りありがとうな」

「ピニョピ」


 大丈夫だったというような声を上げるロルに頭を撫でながら礼を言うと、ロルは少し照れたような顔を浮かべながら返事をした。その様子を見ると本当に良かったという感情が湧いてくる。

 ロルの様子がおかしくなったのは昨日の出来事だ。あの時のロルは今でも脳裏から離れないし、その姿がふと浮かぶと心がざわつく。今の様子からはかけ離れたようなあの時のロルの姿はもう見たくない。


「ピ?」

「いや、何でもない。それじゃ遊技場の見回りに行こうかロル。途中でチュロスもどきとかいるか?」

「ピ!?ピピッ!?」


 俺の提案に眼を輝かせてこちらへ身を乗り出すロルに思わず上体をそらしてしまう。お、落ち着け、どれだけ気にいったんだよチュロスもどきを。

 しばらくチュロスもどきが食えることに興奮したロルをなだめながら、<レーダー>を開いた状態で遊技場の見回りを再開した。



    □  □


 あれからしばらく経つも一向に<レーダー>には変化が見られない。既に時刻は夕方から夜へと変わるような時間だ。空には微かに暗くなっており、隠れようとしている夕日が遊技場を赤く照らしていた。スピーカーからはそろそろ閉園の時間だと報せるアナウンスが流れていた。

 遊技場内には街が魔獣を囲んでいるとは思えない程の穏やかな光景が広がっている。そろそろホテルに戻ろうかと考えている客達は楽しげに今日の感想を言い合いながら入場ゲートから出ていく。広場の中央には街から戻ってきた客が満足したような顔で姿を現していた。

 門の鍵を閉める為にと入場ゲートに来ていた俺達はその様子を見ていたが、ちらりと<レーダー>に再び視線をやる。ロルは楽しそうに先程買ったチュロスもどきを頬張っていた。うまそうに食うなぁ。

 ロルの様子に苦笑いをしながら<レーダー>の様子をチェックするも、何の変化は見られない。どうやら朝の侵攻で終わりのようだ。二度あることは三度ある、とは言うが今回は正直ここで終わってほしい。

 あと一口といったチュロスをロルが惜しげに見つめ、そして口に含んだ。最後の一口を惜しむように味わう様子に思わず苦笑を浮かべてしまう。そんな時に魔法学園の鐘が大きく鳴った。祭の喧騒に負けじと時刻を報せる鐘が夕暮れに沈む街に響く。客の中には思わずといった様子で音が鳴る塔の方へと視線をやる客がいた。

 あぁ、もうこんな時刻か、時が経つのが早い……、小さく肩を落としながらため息を吐きつつそんなことを考えて横目で<レーダー>を見た時だった。


「え、はぁっ?」

「ピッ? ピホッ、ピホッ」


 意識せずに出した声は大きかったのだろう、隣で驚いたような声を上げたロルがむせていた。

 すまないと言いつつも視線は<レーダー>から外すことができない。視界の端では通り過ぎる客が俺を訝しげに見る様子がちらちらと映った。いや、それよりもだ。

 今朝のように既に周囲を囲んでいた状態ではない、街の更に外から魔獣が円を描くようにして街を囲むように集結していた。その数は先程の倍である。もうこれはこの町付近の魔獣だけではない、どこから来ているんだよこの数。


「二度あることは三度ある、天丼展開……いや、ちょっと混乱してんな俺」

「ピニョピ~」

「いや、大丈夫だロル。落ち着いた、落ち着いたから背中を叩くな、痛い」


 何を言っているんだこいつといったロルは心配そうな瞳でこちらを見つめる。それだけならいいのだが背中を少し強い力で叩いてくるのだ。鉤爪が当たりそうで怖いよ、ロル。

 俺の訴えに気付いたのかロルが背中を叩くのを止めた。その代り体を引っ付けて<レーダー>をのぞき込んできた。


「ピ?」

「多分、今朝のと同じだ。ロル、大丈夫ならで構わないから魔獣の様子が同じか確かめてきてくれるか」

「ピ、ピピッ!」


 俺の言葉に分かったというように大きく頷く。ハイド、そして念押しのサイレントの魔法をロルにかけると、ロルは大きくはばたいて空へ飛びあがった。しばらく上昇を続けていたが、ある程度の高さになったのか、勢いよく森の方へと風を切って飛んでいった。

 その様子を見送り、眉間に皺が寄るのを感じながら<レーダー>へと再び視線を落とす。<レーダー>には街を囲む赤い点の数々、そしておそらくロルであろう一つの赤い点がぐるりと森を見渡すように飛んでいた。

 周りに客の姿は無い。ついでにと門の鍵を閉め、ロルが戻ってくるのを待つ。しばらく空と<レーダー>を交互に見ていると、一番星が見え始めた空に一つの影が見えた。それはこちらへと近づき、徐々に大きくなっていく。


「ピニョッ!」


 こちらに声をかけながらロルは少し離れたところに着地し、こちらへと近寄ってきた。その表情はどこか複雑そうである。


「もしかして、同じか」

「ピィ……」


 そう問うとロルは力なく一つうなずいた。そして心許ないのか体をこちらへ摺り寄せてくる。そんなロルをなだめるように撫でながら、<レーダー>に視線をやる。

 ロルも確認したことだし、群れを構成している魔獣は違えど似通った集団だろう。なんでこうなったのか、は分からないが……。ひとまず、規模が大きすぎる。これは一旦全員に報告したほうがいいだろう。

 俺は一路、仮の家へと足を向けて駆け出した。





 仮の家には既に仕事を終えていたジェラルドさん達がいた。台所には調理当番であるジェラルドさんだけがいる、おそらく他のメンバーは声も聞こえるし部屋でくつろいでいるのだろう。

 玄関をすぐに通り過ぎ、視界に入ったジェラルドさんへと駆け寄った。


「すみません、ジェラルドさん」

「おや……急ぎですかな」

「えぇ、ちょっと」


 俺の様子から判断したのだろう、ジェラルドさんは最初に浮かべていた笑顔を消してまじめな顔つきになる。火を消し、良い香りを放つクリームシチューが入った鍋にふたをしてこちらに体を向けた。


「ちょっとこれを見てください」

「<レーダー>、ですか……、ん、これは……」


 <レーダー>を見せながらそう言うとジェラルドさんはそれをのぞき込み、そして眉間に皺を寄せた。映っているのは街を取り囲む朝の倍はありそうな魔獣の群れである。

 赤い点があまりにも群れ過ぎてむしろ綺麗な赤い円を描いているようなそれをしばらく眺めたジェラルドさんは、顔つきそのままこちらへと顔を向けた。


「これは、いつごろからでしょうか秋人様」

「先程、閉園間際ですね。学園の鐘が鳴った時にこれほどの数が集まりだして、今はこのように円を作っている。ロルに確認させたところ、様子は以前と同じく異常だと」

「ピピッ!」


 ジェラルドさんの質問に答えると、ロルがそうだと肯定するように大きく頷きながら鳴いた。これで三度目の侵攻である。一体どれほど続くというのか。

 そんなことを考えていると何やら考え込んでいた様子のジェラルドさんが視線を地面からこちらへと移した。


「今回は数が数ですし、複数で対処した方がよろしいのでは?」

「そう、ですかね……。いや、そうですね。そっちの方が早くすむ。人数は俺を含めて二人がいいでしょう」

「そうですな……丁度今手が空いているとしたらオルブフでしょう。少々お待ちを、呼んできます」


 そう言って一礼したジェラルドさんはリビングを後にして男部屋の方へと向かう。ロルの頭を撫でたりしてしばらく待っていると何やら楽しげな様子のオルブフを連れてジェラルドさんが戻ってきた。いや、なんでオルブフはそんなに楽しげなの。

 オルブフの背中を見れば身長ほどの大剣が見える。あぁ、これは完全に戦う気満々だ。

 唖然とする俺を他所にオルブフは背負う大剣の柄を触りながらこちらへ笑みを向けてくる。隣のジェラルドさんはこれでいいだろうとばかりに笑みを浮かべていた。

 

「秋人様、戦えるんすよね! 久々の戦闘と聞いて楽しみっすよ~」

「多分オルブフが苦戦するような奴はいないと思うぞ。円を作っているのは様子がおかしいとはいえ魔獣だし」

「それでも体が少しでも動かせるなら構わないっす! ほらほら、早く行くっすよ!」


 楽しげにオルブフはそう言うと速足で玄関へと向かった。ジェラルドさんに「行ってきます」と一言言って、慌ててオルブフの後を追った。


「ピニョ!」

「ロルは休んでおけ、いいな」

「ピ~」


 玄関を出ようとするとロルが後をついてきたのでなだめるようにそう言う。ものすごく落ち込んでいらっしゃる……けれど今日は監視を頼んだし休ませた方がいい。

 いいな、と念押しするように言うとロルは渋々といった感じで一声鳴きながら頷きリビングへと戻っていった。


「秋人様! 行くっすよ!」

「分かった! すぐ行く」


 ハイドの魔法をかけ終えたオルブフが空中からこちらに呼びかけてくる。それに答えながらハイドの魔法をかけてオルブフの後を追うように空へと飛んだ。





 もう夕日は沈み、暗い夜中を街の祭の灯りがまぶしく照らしている。

 先に空中に浮かんでいたオルブフはきょろきょろと辺りを見回していた。俺が傍へと到着するとこちらに顔を向ける。


「どこら辺にいるんすかね」

「ちょっと待ってろ……ほれ、この赤い点全部だ」

「うっわ、結構多いっすね~」


 オルブフに<レーダー>を見せると眉間に微かに皺を寄せながらそう呟いた。確かに最初を思うと多い、見た時最初以上に驚いてしまったしな。

 けれどすぐに楽しそうな顔に戻りながら<レーダー>で示された方へと顔を向ける。そして背負っていた大剣の柄を掴んだかと思うと鞘から引き抜いた。大剣の振り方を、腕がなまっていないか確かめるようにオルブフは二、三度大剣を振るう。

 大剣を振るう度に風を裂く音が聞こえてきた。無骨な造りの大剣だが、それだけで詳しくとは言わないまでも重いということが分かる。


「それじゃ俺は半分、受け持つっす」

「だったら俺はその反対側半分だな」


 オルブフに背を向けるようにして自身が対処すべき魔獣がいる方へと目を向ける。【コーヒーカップ】では半円状は無理か……オルブフと同じように直接だな。

 アイテムボックスから取り出した≪ヴォルカス≫を腰のベルトに、≪駿影≫を片手に持つ。後ろで確認を終えたのか大剣を構えるように動く気配がした。


「それじゃ、終了後に会うっすよ!」

「あぁ!」


 答えてオルブフとほぼ同時にその場から鉄砲玉のように移動する。目に映る街の光景があっという間に後ろへと流れていき、すぐに森へとたどり着く。

 着地の姿勢をとり地面に足を付けた瞬間、土埃を巻きあげて威力が殺されていく。良かった、サイレントの魔法をかけておいて……。

 魔獣の群れの近くに着地したはずだ、一体どこだろう。そんなことを考えながら辺りを見回していると、森の奥に目的の群れを見つけた。

 月明かりで辛うじて照らされたその様はいつぞやのロルと同じ様子である。目が血走り、口の端からは涎が垂れていた。荒く吐き出される息は一匹ならまだしも、複数いるため気のせいかこちらまで生臭い匂いがしてきそうである。

 今にでも襲いそうな雰囲気、けれど魔獣達はその場を一歩とも動こうとしない。さすがに攻撃を仕掛けたら襲ってくるだろうが。


「取りあえず、魔獣狩りと行きますか」


 肩を慣らし、鞘から≪駿影≫を抜く。月の光を反射して刃がどこか神秘的な輝きを放つ。

 目標である魔獣に狙いを定め、地を強く蹴った。耳元で風の唸り声が聞こえ、一足飛びで魔獣の群れにたどり着く。余波だろうか、目の前の魔獣達は風に煽られたように体勢を崩しかけていた。

 それを攻撃と認識したのか魔獣達が一斉にこちらへと敵意を向けてくる。目の前に立っていたオークがその棍棒を振り下ろそうとしていた。

 棍棒が振り下ろされるのを待つでもなく、下から上へと刀を振り上げる。月明かりに照らされてそれが白い軌道を描いた。吸い込まれるようにして刃はオークの肩を斬り、血しぶきをあげて肩から下が落ちる。最初は呆気にとられたオークは理解できないとでもいう様に先の無い肩を見て、そして声にならない悲鳴を上げながら肩を抑えた。

 瞬時の出来事、一瞬の間にしてオークの腕が斬られた様子を見ていた魔獣達の間に困惑と微かな恐怖が漂う。しかしどうやら撤退の文字は頭に無いらしく、その場から逃げ出すものはいなかった。

 刃に付いた血を振り払い、攻めあぐねる魔獣達へと静かに向ける。次は自分かと一瞬刃の先にいた魔獣が体を振るわせた。


「いくぞ」


 自身にかける掛け声のようにそう呟くと、一歩大きく踏み出した。目の前には反応に遅れたグレイウルフが数頭、棒立ちで立っている。

 勢いを殺すことなく刀を振り、刃が白い軌跡を描くたびにグレイウルフの体が柔らかいもののように切り裂かれていった。その場に残るのは一撃で屠られたグレイウルフの死体とそこから広がる血だまりだけである。

 そこからは無言で刀を振るう。最小限の動きで攻撃をかわし、一刀のもとに叩き伏せる。近くに魔獣の生臭い息を感じながら、ただただ無心で刀を振っていった。



     □    □



「ふぅ……これで最後か」


 息を吐くように言葉を吐いて肩の力を抜く。ようやく自分の口から言葉が出たころには周りにあるのは既に息絶えた魔獣だけだ。

 終いだ、とでもいうように刀についた血を振り払ってすぐさま鞘へしまう。キンッと刀が鞘に収まる小さな音が静かな森の中に響いた。

 先程までの喧騒は嘘のようで、森には不気味な静けさが広がっている。<レーダー>を確認すると自分の担当である範囲の魔獣は討伐し終えていた。それと同時にオルブフが受け持った魔獣も表示されていない。あっちも終わったみたいだな。

 それならばオルブフと合流しようか。そう考え<レーダー>でオルブフの位置を見ようとした時だった。


「失敗ネ。コレハ今回諦メルシカ無イネ」


 <レーダー>に表示された赤い点と唐突に聞こえた声。すぐさま声の方に振り向きつつも≪駿影≫に手をかける。

 声がした方は……森の奥だ。そちらへ目を凝らすと暗闇の中に蠢く影が見える。一瞬月の光が照らした声の主らしきそれはローブを羽織りその顔は見えない。ただ闇夜にらんらんと光る赤い瞳が不吉さを感じさせた。

 対峙して分かる。放つ雰囲気は魔獣のそれだが、力はおそらく魔獣より強い。


「……お前がこの騒動の原因か」

「ソウネ」


 俺の問いに短く肯定の意を返してくる。こいつが魔獣を、そしてロルを異様な様子に変えた原因。ならば後のことも考えてとっ捕まえておいた方がいいだろう。

 そう考え足に力を込めた瞬間、影が小さく動いた。


「死ヌワケニハ、イカナイネ。サラバネ」


 そしてその場から姿を消した。どこへ行った、<レーダー>を確認してもそれらしき点は映らない。目視でも姿は確認できない。<察知>でも気配を感じないことから本当にこの場から去ったらしい。

 一体何なのだろうか、あれは。放つ気配は魔獣のようなのだが、見ているとそれに違和感を覚えてくる。魔獣なのか、それとも別の存在なのか。どちらにせよ、取り逃がしたのは惜しい。いや、少しでも形跡は残っていないだろうか。何かしら調べれば引っかかるかもしれない。

 そう思い立ち<全対象解析可能>で辺りを調べていると、後ろから聞き慣れた声が名前を呼ぶのが耳に届いた。一旦作業を止め、後ろを振り返るとどうしたと言うような顔のオルブフだった。服には所々返り血が付いているが、それを気にする様子も無くこちらを見ている。


「どうしたんすか、秋人様。見たところ処理は終わったんすよね」

「あぁ、ただ今回の騒動の原因らしき奴に会った。……捕まえる前に逃げられたけど」

「あ~……だからそんなに悔しそうなんすね。でも今回の騒動はひとまずこれで終わりなんすよね」

「みたいだな。今回は諦める、みたいなことを言っていたようだし」


 オルブフの慰めるような言葉にしっくりいかないまでもそう答える。今回()諦めると言っていたなら、次回があるということだ。

 考えながら先程まで影がいた場所へと歩み寄り、その場を<全対象解析可能>で調べる。足跡だろうか、到底人間のものとは思えない跡がそこにあった。

 一見して鳥のようである。けれど前三本の指ならまだしも、後ろにある一本の指が異様に長い。むしろタコとかイカの足のようにうねっている。なんとも奇天烈な跡だ。

 何を見ているのか、と尋ねながらオルブフが覗き込むように跡を見る。


「何すか、これ」

「さぁな。魔獣、なのかどうか……。とりあえずここに跡の主はいない。このことは一旦仮の家に戻って全員に報せる。加えて俺が見た奴の姿もメモリーの魔法を使って皆に見せるから」

「了解っす。それなら早く戻るっすよ」


 そう言ったかと思うと傍を離れたオルブフはそのまま空へと浮かび上がる。後を追うように俺も空へと浮かび上がり、一瞬立ち止まって跡があったほうへと目をやった。

 <全対象解析可能>で見えたもの、普通の魔獣がつけた跡ならば「魔獣の跡」と記されるはずだ。けれどそこにあったのは少し違っていた。「魔獣?の跡」、確かにそう記されていたのだ。

 それが何を指すのか、魔獣の姿をした何かなのかは分からない。けれど今後『第五遊技場』に少なくとも影響を及ぼすのであれば、と考えたら対処をしない手はないだろう。


「秋人様、どうしたんすか?」

「いや、なんでもない。戻ってから話す」


 ついてこないのを不思議に思ったオルブフの問いにそう答えて空を飛ぶ。

 しばらく進んでいると何かに気づいたようにオルブフが下を見て小さく声を上げた。オルブフが目をやっていた方へ視線を向けるとそこは街と森の境目、街を守るように囲む壁の外側がある。いつもなら暗いはずのそこは今日はやけに明るい。音は小さいものの、どこか緊迫したような空気が流れていた。

 ところどころにテントも設置され、焚き火も見える。傍には警戒役の人間が数名焚き火の近くに座っていた。時々テントの間を縫うように人が走る。

 その誰もが背や腰に剣や槍といった武器を携えていた。この街の冒険者だろう。おそらく先程倒した魔獣の群れを誰かが見てギルドに報せたのだろう。


「あぁ~、これもしかしてさっき俺達が倒した魔獣の群れを討伐する隊っすかね。見るからに強そうな人達もいる……あれ、なんだかあそこだけ騒がしいっすね」


 オルブフが呆けたような顔で冒険者達を上空から見ていたが、ある一点でその視線が止まる。そちらへ目を向けるとあまり嬉しくない姿が視界に入った。

 第一王女はもちろんメイドや学校の女子が群がる中心にまんざらでもない顔で頬をかく男、天ヶ上勇気がその場にいたのだ。うわぁ、まさかここで姿を見かけるとは思わなかったよ。

 こちらには気づいていないのだろう、俺達が見ていることを気に留めることなくハーレムを作ったまま森へと移動している。まさかこれから魔獣の討伐に向かうのだろうか。

 そんなことを考えていると冒険者の男性がハーレム組を呼び止めた。女性達はうっとうしそうに、天ヶ上はどうしたという顔で男性に振り返る。


「そんな状態で行くのは危険だ。仮にも五大祭の中止、引いては魔法学園のある街の安否がかかっている。そんな浮ついた状態で行ってもらいたくはない」

「なんです……何なんですか、あなた!」


 注意した冒険者の男性に間髪いれずに第一王女が食ってかかる。他の女性陣も似たような表情だ。一方で警戒役や行きかっていた冒険者達はそんなハーレム組の様子を迷惑そうに見つめていた。それでも男性に助け舟を出さないのは触らぬ神に何とやら、と考えているのだろう。

 一方で天ヶ上は注意された理由が心底分からないという顔で男性を見たが、すぐに安心させようと笑みを浮かべる。


「何の問題もありません。あなたなら危ないかもしれませんが、僕なら大丈夫ですから。では、行ってきます」

「いや、だから……!」


 男性が呼び止めるのを聞かず、天ヶ上は女性陣をつれて森へと入っていった。

 男性は面倒だとでもいうように顔をしかめ、すぐさま後ろの冒険者達に半分は出立、残り半分は街を囲んで警戒を継続と言い渡す。それに従った冒険者達はすぐさま二手に分かれ、出立する側は天ヶ上ともめていた冒険者の男性について森へと入っていった。


「あれがリリアラ達の言っていた勇者っすか……。確かに関わりあいになりたくないし、実力も微妙なところっすね」

「あぁ、正直ここで見かけるとは思わなかった」

「本当に嫌そうな顔っすね、秋人様……」


 オルブフがこちらを見ながら苦笑いを浮かべてそう言う。仕方がないだろ、あいつらと関わって良い思い出なんて無いのだから。

 しかし、ハーレム組ともめていた男性の心配は杞憂に終わるだろう。もう既に魔獣は討伐しているしな。


「まぁ、このまま行っても魔獣の死体だけだから大丈夫っすよ。さすがにギルドならその場を調査はするはずっす。俺達は何より『第五遊技場』を優先、そうっすよね」

「そうだな。ひとまず戻って情報を共有だ」


 オルブフの言葉に一つ頷き、二人して遊技場へと戻る。

 既に夜空には星が瞬き、それに負けまいと街の明りが発せられていた。街の人間からは見えないが視線の先、街の上空には薄いながらも島のように遊技場が浮いている。既に遊具の置いてある方は明りがついておらず、ただ明りを発しているのはホテルなどがある方面だけだ。

 そんな空中の遊技場へ、俺達は冷たい夜風を切って向かっている。

 最初聞こえていた冒険者が森の茂みをかきわける小さな音が、少しずつ遠ざかっていった。


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