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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第二章
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閑話~リアナ、そして二度あることは~

「リアナ、少し話があるのだが」

「執事長、急にどうしたのですか?」


 開園間近の遊技場、その入場ゲート近くでリアナは呼びかけてきたジェラルドを不思議そうな顔で見つめた。いつもの柔和な雰囲気ではない、どこか緊迫感のある雰囲気を纏っている。

 大概このような時は緊急事態かそれに近い時だ、そう考えたリアナの顔は自然と引き締まった。

 そしてジェラルドから聞かされた話は確かに緊急事態に近いものである。魔獣が街を囲むようにして森の中に潜んでいる、そのため討伐が必要だと。

 けれどリアナはふと疑問に思い、ジェラルドへと問い掛けた。


「けれど街にはギルドがあるはずですよね。彼らに任せてはいけないのでしょうか?」


 先程の事件を聞けばまず冒険者の所属するギルドに頼めばいいのではないかと思う。足がつかないようそれとなく報せることも可能なはずだ。

 しかしジェラルドはその提案に首を横に振った。


「確かに対処してくれるかもしれないが、万が一ギルドが騒ぎ立て五大祭の中止となる可能性もある。それならばこちらで対処した方が確実なのだ」

「まぁ、それもそうですねぇ。」


 ジェラルドの言葉にリアナは頬に手を当てて一つため息を吐きながらそう言った。ジェラルドの言う想定した事態は現状では想像するに容易い。それを防ぐというのはなるほど納得がいった。

 どちらにしろ自分に任される仕事である。多少簡単ではないかと思わなくもないが、手抜きをするつもりはない。加えて主である秋人に頼まれたことだ、より一層気合いが入る。

 リアナはジェラルドに向かい合うと気合いが入った顔つきで大きく一つ頷いた。


「その仕事は、確かに私が引き受けましょう」

「ありがとう、それでは頼む」


 リアナの様子を見てジェラルドの顔にいつもの柔和な笑みが戻る。ジェラルドは一言そう言うと、自身の持ち場へ戻るため遊技場内へと姿を消した。

 その姿を見送ったリアナは早速とばかりに自身にハイドの魔法をかけて上空へ飛ぶ。やるのであれば早く片付けたほうが良い。手には疑似空間から取り出した長杖を握っていた。木製の杖は年季を感じさせるような渋い焦げ茶で、手入れがきちんとされているのだろう傷一つ無い。杖の先は鉤のように半円を描いており、その半円の中心にはどのように浮いているのか美しく輝く青い魔石があった。

 しばらくリアナは真上へと飛んでいたが、丁度良い高さになったのか途中で止まる。魔法学園にある時計塔より少し高いその場所は風を遮るものが無く体に直接吹き付けてきた。

 冬の寒さを伴った風は骨身にしみる。少し眉間に皺を寄せたリアナが杖を一振りすると、風から体を守るように透明な球が現れた。これで大丈夫だろう、リアナは満足そうに一つ頷いて森の方へと視線をやる。その目つきは既に厳しいものだ。

 

「ここから肉眼で、は無理ね。仕方がないわ」


 そうぼやいてリアナは杖を一振りする。途端彼女の目の前に現れたのは巨大な半透明のスクリーンだった。その形は<レーダー>と似ており、スクリーンには学園のある街が映し出されている。もちろんその街を囲むようにいる魔獣が点で表されていた。

 狙いはあそこかと確認したリアナはその場所を目で確認していく。一見普通の森だが、そこには異様な魔獣がいるのだ。そう考えると気のせいか森の様子もどこかおかしな雰囲気が漂っているように見える。

 眉間のしわが深くなるのを感じたリアナは首を振って気持ちを切り替えた。とにかく自分に与えられた仕事は魔獣の群れの殲滅である。ならばその方法を考えなければ。


「殲滅ならばやっぱり大規模な魔法ね。あと音を消すためのサイレントと魔法を隠すヴィジョンは必要だろうし……とにかくサイレントとヴィジョンだけでもかけておきましょう」


 思案顔でリアナは呟いていたが、ひとまずとサイレントとヴィジョンの魔法を発動させる。その間も目の前のスクリーンに映る魔獣を表す点は一向にその場を動いていない。統率の取れた(・・・・・・)綺麗な円、まるで何かの合図を待っているようである。

 魔獣の行動がおかしいことに薄らとした寒気を感じながら、リアナは殲滅用の魔法の発動に取り掛かった。選んだ魔法は自身が持つただ一つの『第五遊技場』特有の魔法、杖に取り付けられた魔石が魔力に反応して紫色の光を放つ。


「【ドールズ・ハウス】」

 

 魔法名を唱えリアナが杖を一振りすると、紫色の光がその軌道を描いた。風で髪がなびくその様は絵になる光景である。

 しかし一方で森で魔獣に起こった出来事は彼女とは対極の一瞬のことだった。

 リアナが杖を振った瞬間魔獣の足元に現れたのは黒とはいってもどこか不吉さを感じるような黒で、そこからは少女のけらけらと笑う声が漏れ聞こえてきた。幼さの残る少女の声、しかしそれは耳に入れば可愛らしいというよりも不気味だというような感想を抱いてしまう声である。

 魔獣達はその声を発する影のようなものから本能的に逃げようとした。

 けれどすぐに彼らの表情は微かな嫌悪に加えて焦りの色を伴った。この聞きたくもない声から、それを発する影から逃げ出したいにも関わらず影から抜け出せない。あと少しで出られると思えば、そこから先には進むことができないのだ。

 体当たりをするように勢いよく抜け出そうとしてもまるでそこに見えない壁があるように阻まれてしまう。壁があるのかと武器で殴ろうとしてもそこには何もなく、ただ逃げ出そうとすれば何かに阻まれる。

 声を上げて仲間に助けを求める魔獣もいたがサイレントの効果のおかげでその声は外に届かない。抜け出せない焦りはいつの間にか恐怖へとすり替わっていた。

 そのとき、今度は魔獣達の体が影のようなものへと沈んでいく。グレイウルフは思わずといった様子で足を上げようとしたが、足は上がることなく底が無いように沈んでいった。

 どの魔獣も同じように足や手を沈んでいく影から抜け出そうとするが、足も手も上がることなく小さい魔獣から影の中へと消えていく。もう声を上げることしかできないとばかりに必死に魔獣達は悲痛な声を上げていた。

 街を取り囲むようにしていた魔獣達、その最後の一匹が影に完全に呑み込まれた時、影はまるでそこにいなかったかのように霧散して消えて行く。

 そこにあるのは空から差し込んだ日の陽ざしが木陰を作り、木々の葉が風に揺れるいつもの光景だった。



      □  □



 ここはどこだろうか。最初にそう思ったのはどの魔獣だろう。

 どこから光が差し込んでいるのか分からないにも関わらずはっきりと部屋だと分かる薄暗い空間。よく目を凝らしてみればアンティーク調の家具が置かれ、その上には人形やぬいぐるみが置かれていた。

 周りには同じように群れていた魔獣達がいるが、あの時のような統率した風景はそこにはなく種族同士で固まって互いを威嚇しあっていた。

 その時暗い部屋の中に一筋の光が差す。その光は魔獣達がいる反対側の壁、そこにある扉を照らしていた。

 なんだろうかと不思議に思う魔獣達を他所に扉を開けて現れたのは一人の少女だった。

 俯いているため顔は良く見えないが、ウェーブを描いた長い金髪は光に照らされて美しく輝いている。身に纏っている衣服は緑を基調としたゴシックで柔らかそうな印象を受けるようなデザインだ。

 背の高さや雰囲気から年端もいかない少女だろう。丸みを帯びた頬は薄らと赤く、それでいて肌はなめらかである。

 ゆっくりと上げられた顔は整っていて、大きな緑の瞳が魔獣達へと向けられた。しかしその瞳に生気は感じられない。魔獣達を視界に捉えた少女はその顔に笑みを浮かべた。

 笑みをかたどる口、しかしそれは可愛らしさよりも不気味さが目立っている。にぃっと浮かべられた笑みに思わず魔獣たちは身構えた。

 楽しそうに胸の前で手を合わせ、少女は魔獣達へと話しかける。


「お人形さん、遊びましょ」


 その言葉と同時に少女の背後の扉が静かに閉まる。 

 後に響くのは魔獣達の恐怖で引きつった鳴き声と少女の愉快そうな笑い声だった。



     □  □




「今頃魔獣はあの子に遊ばれているかしら? ……ちょっと過剰だったかしらね」


 頬に手を当てながらリアナは遠く森へと視線を向けつつ呟いた。

 秋人のようにどれでもと言うわけではないが、従業員でも一つや二つ『第五遊技場』特有の魔法は使える。大規模殲滅ということでこの魔法を選んだが、少し威力が大きかったかもしれないとリアナは考えていた。


「けれど、まぁ、目的は達成したわね。早く遊技場に戻りましょ」


 悩んでいても仕方がないとばかりにリアナはそう言って視線を森から外した。吹き付ける風でなびく髪を手で押さえながらゆっくりと遊技場へ降りていく。

 既に開園の時間となった遊技場内は楽しげな声で満ち、従業員は忙しなく動いていた。 


   □     □



 こうして魔獣の群れは一人の力で姿を消した。

 けれど学園のある街から遥か遠くにある森ではいつもと異なった風景がある。それまでなんのおかしな様子を見せなかったゴブリンの群れが唐突に止まったかと思うと、一斉にある一点へと顔を向けた。

 目は血走り、口の端から涎が垂れている。吐き出される生臭い息は寒さで白くなっていた。

 また同じく学園から遠く離れたところにある森では同じようにグレイウルフが同じような状態である一点へと顔を向けていた。

 小さく唸り声を上げる両者は離れている場所にも関わらず息を合わせたように視線の先へと向かって歩き出す。

 その進行方向の先には、今も五大祭で賑わう魔法学園があった。


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