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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第二章
37/104

閑話~決勝、そして登場~

 試合を終えたリリアラが係員の指示通り控え室へ戻り扉を開けた瞬間、中にいる参加者から出る前とは異なった視線を浴びせられる。最初の物珍しいといった目ではなく、驚きと疑惑が含まれた目だった。

 誰もが控え室のモニターで先程の試合結果を知っている。控え室内にいたルルアラを除く参加者達はゼルドが勝つだろうと思っていた。しかしふたを開ければリリアラの勝利である。もしもの事を考えていた参加者達もさすがに見た目が可憐な少女といったリリアラが勝った瞬間を見て、少なくない驚きを現していた。

 リリアラがルルアラの隣にある席へと座るまでの間、徐々に視線は外されていった。しかし視線は感じなくても察知できる程に参加者の多くがこちらを意識している。

 それは分かっているものの、特に気にすることでもなくリリアラはルルアラの隣へと腰を下ろした。


「ひとまず一勝、なのです」

「そう、だね」


 隣で囁かれたルルアラの言葉に小さく頷きながらリリアラは答える。そしてレイピアを取り出して軽いチェックをした。細い剣でありながら、どこも欠けていないどころか傷一つついていない。相も変わらず秋人から渡された時と同じ輝きを放っている。

 レイピアを両手で持って軽い点検をしているリリアラの様子を横目で見ていたルルアラは、自分ももう一度軽く点検するかと考えていた時、控え室の扉が開いた。

 

「次の試合、ルルアラ選手、ラディ選手、案内しますのでこちらへどうぞ」


 扉を開けた係員の男性が片手に持っていた紙に視線を落としながらそう言った後、探すように室内を見渡した。

 呼ばれたルルアラが席を立つのとほぼ同時に机の近くで椅子を引く音がする。そちらに視線をやると来た当初リリアラ達に話しかけた男性が立っていた。ルルアラは視線を戻し係員の元へと向かう。

 ルルアラと大剣の男性――ラディが係員の前へ立つと、係員はこちらですと言いながら控え室を出ていく。控え室を出て廊下を歩く係員の背中をルルアラとラディは迷わないようにと追い掛けていった。

 横並びで歩く二人は少しばかり離れている。その二人の間には試合前独特の張り詰めた空気が漂っていた。




 係員に案内された二人は入場ゲート前で待機していた。会場では剣戟の音がしばらく続いていたが一際大きな歓声と共にその音も止み、その試合は終了した。いよいよルルアラとラディの対戦である。

 会場に入るようにと言った係員の指示に従い、二人は入場ゲートを潜った。既に前の試合で戦っていた二人の姿はおらず、視界には客席で歓声を上げる観客と試合が行われる場で待機している審判の係員が映った。

 互いの顔を見ることなく闘技場中央に移動している二人の耳にアナウンスの声が響いてくる。


≪お次はラディ選手対ルルアラ選手! ラディ選手は近々Bランクの試験を受ける冒険者であり、その実力は折り紙付き! 対してルルアラ選手は一般ですが、リリアラ選手のような展開を見せてくれるのでしょうか!≫


 興奮を煽るようなアナウンスの言葉に歓声が沸く。リリアラの試合と同じ興奮が味わえるのか、それとも見た目通り一般のルルアラが負けてしまうのか、その行方に観客は期待をしていた。

 一方の選手二人、ルルアラとラディはアナウンスの言葉や観客の歓声を他所に闘技場中央に来ると向かいあった。ルルアラはトンファーを、ラディは大剣を構えいつでも試合の開始を待つ。二人の間には張り詰めた空気が漂っていた。

 審判係の係員が二人に近づき、開戦の準備を確認する。それに二人は小さく「はい」と答えると、もう意識は対戦相手へと向かっていた。

 リリアラ、ルルアラどちらかとはいえ必ず一人は優勝しなければならない。ならばこんなところで負けるわけにはいかないとルルアラは気張っている。

 一方のラディは一般だとは考えているものの、リリアラのことがあったためルルアラを警戒していた。リリアラとルルアラは控え室で並んで座り話もしていた。親しい間柄と言うのであればリリアラと同じ実力があってもおかしくはない、そう考えたのである。最も、リリアラと違って弱いという可能性も彼は捨てきれていなかったが。


 双方の用意を確認した審判は片手を静かにあげる。そして再度ルルアラとラディを見て、正面を向くと顔を引き締めた。


「それでは……開始!」


 大きく放たれた開始の合図と共に審判が上げていた手を振り下ろすと、待っていたかのように観客の歓声が爆発する。同じくラディとルルアラの戦闘も始まった。

 互いが近接主体の武器、相手に近づかなければ意味がない。どちらも先手必勝と考えたのか、両者共に大地を蹴って真正面からぶつかっていった。

 その様子に再び声を上げる観客とアナウンス。どちらも興奮したそれである。


≪おっと、両者共に真正面からぶつかる気だぁ! 純粋な力の勝負ならラディ選手の方に分があるようにも思えるが、どう出るルルアラ選手!≫


 そうアナウンスしている間にもルルアラとラディの距離は縮み、このままいけばラディの大剣が届く範囲へとルルアラは入った。どちらも近接が主体とは言えど攻撃の届く範囲は大剣の方が大きく、トンファーはリーチが短い。

 ルルアラがこのままいけば大剣の攻撃範囲内に入ると分かった瞬間、ラディの殺気が増す。バランスを取ろうと足腰に力を入れ、横薙ぎに繰り出されようとしている大剣。ここでルルアラは急ブレーキをかけて防御を取るだろう、そうラディは考えていた。

 防御されても力勝負で言うなら先程のアナウンスが言っていた通り、自分に分がある。防御された状態のまま力押しで地面へと倒し、倒れたルルアラの喉に剣を突きつければいい、それで勝てる。ラディの頭の中では既に結末までの流れが組み立てられていた。

 しかし――――


「んなっ!」


 防御すると思っていたルルアラは一向にその様子を見せず、しかも避けることなくこちらへと突っ込んできた。このままいけば横薙ぎの攻撃は彼女に当たるだろう。殺すことは禁止されているため当たる瞬間には手加減をするが、こうもあっさりいくのか。

 やはり相手を買いかぶりすぎていたのだろう、そうラディが思っていた瞬間である。


「うりゃっ!」


 可愛らしい掛け声と共に、ルルアラは大剣が迫っていた方に持つトンファーを素早く振った。瞬間、金属が砕ける独特の甲高い音が鳴った。

 声も出せず驚くラディの視界に映るのは、先程まで大剣だった金属片が散らばる姿である。砕けた大剣の金属片は太陽の光を浴びて小さく輝きながら地面へまるで時の流れが遅くなったようにゆっくりと落ちていく。

 仮にも冒険者、しかもランクも割りと高い自身が使う武器である。そんな簡単に砕けるようなやわな造りはしていない。それなのに何故だ、何故砕けた?ラディは目の前の光景を一瞬受け止めきることが出来なかった。

 しかし意識を他へとやる暇はない。既にルルアラは自身の懐へと潜りこんでいる。


「くそっ」


 小さく呟く言葉と共にラディは腕で防御の態勢をとる。大剣での防御を考えると頼りないが、刃物とは違ってトンファーの打撲なら少しは耐えられるだろう。防御した姿勢のまま、ラディは予想した衝撃が来るのを待っていた。


「そいっ!」


 再びルルアラの唇から発せられた可愛らしい掛け声。それと共に大剣を壊した方とは逆のトンファーを重さを感じさせる音と共に振るう。

 放たれたトンファーの一撃は吸い込まれるようにラディの腹部へと目掛けていった。しかしそこにはラディの防御した腕があり、攻撃は腹に届くことなくラディの腕に塞がれた。多少腕は痺れるものの攻撃はきちんと防いだ、そのはずだった。


「ぐふっ」


 無事防御出来たと思った瞬間、腕だけですむはずの衝撃が腹にまで来た。きちんと防御が出来ていなかったのか、いやしていたはずだ。現に腕は防御の態勢をとっている。

 なぜ腹に衝撃が来たのか、視線を腹へと移したラディはすぐに分かった。

 確かにきちんと腕でトンファーを受け止め防御はしている、この点で言えば成功だろう。ただその後が問題だった。

 ルルアラの一撃は防御されようとも構わず腹へと突き刺さっている。防御していたはずの腕がトンファーの一撃で腹へとめり込んでいた。トンファーを受け止めている腕がじわりじわりと赤黒く変色しているのが見て取れる。それと同時にそれまで感じていなかった腕の痛みを感じるようになってきた。

 

「ぐ……あ……」


 体を抱えるようにしてラディはうめきながら倒れる。赤黒く変色した腕は痛みを訴えて、変色した部分に触れると熱く感じる。その一方で体はあまりの痛みで冷や汗を流しており、妙に冷たく感じた。腕が良くも悪くもクッションとなったはずの腹は防いだとは思えないほどの痛みを感じる。きっと服をめくれば腕程とはいかないまでも変色していることだろう。

 

「あれ、結構痛がっているのです? これはちょっと予想外なのです……」


 ラディの真上から聞こえてくる小さなルルアラの呟き。しかしそれに意識を割くことが出来る程の余裕はラディになかった。

 傍に駆け寄ってくる係員の足音が大きくなり、顔に影がかかったかと思うと続行は不可能か聞いてくる。それにラディは無言ながらも必死に首を縦に振った。ルルアラが勝利だと告げる声が聞こえるがそんなことはどうでもいい、この腕の、腹の痛みを今すぐどうにかしたくてたまらなかった。

 

「も、申し訳ないのです。きちんと私が直すのです。……これぐらいなら大丈夫だと思ったのです」


 再び聞こえるルルアラの呟き。しかし今度は徐々にラディへと近づいているものだった。

 次の瞬間、それまで感じていた痛みが引いていく。最初はとうとう痛みさえ感じなくなるほど危なくなってきたのかとラディは思ったが、ちらりと変色していたはずの腕を見ると元に戻っていた。

 声を上げることなく驚き、腕と腹を確かめる。赤黒く変色していたはずの腕はいつもの肌色に戻り、痛みを感じていた部分を触ったり強く押してみても痛みを感じない。

 どうしてだろうか、そう思うラディの前にはこちらに手をかざすルルアラの姿があった。その姿で予想した理由を呆けた顔のままラディはルルアラへと小声で尋ねる。


「もしかして、回復魔法をかけてくれたのか」

「その通りなのです。さすがに痛そうだったので、失礼かもしれないけれど回復したのです」


 ラディの問いにルルアラは頷いた。

 痛みを消してくれたのは、痛みの原因となった一撃を放った相手である。痛みから解放されて嬉しいものの負けた相手に施しを受けたようで悔しい。しかし相手は自分を思って回復してくれたのである。ならば素直に回復してくれたことを喜ぶべきだろう。

 ラディはステータスを開いて状態をチェックし、健康であることを確認してルルアラへと視線を向けた。

 

「ありがとう、おかげで痛みが引いた」


 そう微笑んで言うラディの様子に安堵した様子を見せるルルアラ。

 その後、ラディは念のためにと救護係に連れられ別室へと向かい、ルルアラは係員に従って控え室へと戻った。

 控え室へと戻るルルアラの背中へと、勝利を祝う歓声が次々に贈られている。誰もが再び起きた予想外の展開に興奮し、祝砲のごとく響く歓声でその興奮を伝えていた。





 それぞれ初戦を終えたリリアラとルルアラは、その後の試合も順調にこなしていった。リリアラは相手を一撃で気絶、そしてルルアラは一撃で戦闘不能へと追い込んでいく。

 最初は一般と紹介されていた彼女達もさすがにこの実力で一般では無いだろうとアナウンスの人は考えたのか、「貴族の雇い人」や「一般と称した高ランク冒険者」など様々な予想をアナウンスしていた。そのアナウンスに影響され、闘技場へ来ていた客は誰もが確証の無い予想をしている。

 それを聞いたリリアラとルルアラは違うと分かっているものの、では何かと聞かれた場合返答に困るため何も言っていなかった。ただ聞かれた場合、一般とは答えてきたが。

 気づけば試合は進み、とうとう決勝戦となっていた。決勝戦のカードはリリアラ対ルルアラ、双子対決である。

 観客はもちろん貴賓席にいた貴族や各世界の主もどちらが勝つのか、試合が行われるのを期待していた。

 三位決定戦は既に始まっており、あと少しで終了の兆しが見えている。リリアラとルルアラの二人は係員に案内されて入場ゲート手前で試合の終了を待っていた。

 互いに言葉も視線さえも交わさずに、ただただゲート外にある試合を見ている。しかし漂う空気はどちらも張り詰めていた。間に入ることさえためらわれるような空気、もしも近くに熟練の冒険者がいたなら二人の力量を悟ったことだろう。

 そして試合終了の歓声が鳴る。次はとうとうリリアラとルルアラの試合だ。





 会場へと入ったリリアラとルルアラの二人を一際大きな歓声が出迎える。とうとう締めの試合、一般だとは思えない二人の試合を誰もが期待していた。

 闘技場の端では既に試合を終えた参加者達が見に来ており、同じように試合の開始を今か今かと待っている。観客と少し違うところと言えば誰もが二人の力量をこの目で再び確かめようとしている点だろう。


≪いよいよ今日の締め、決勝戦の始まりです。対戦はリリアラ選手対ルルアラ選手! この二人ほど今回の試合を盛り上げた選手はいないでしょう! その二人の対戦、一体どうなるのか! そしてどちらが勝つのか!≫


 アナウンスに煽られて両者を応援するような声が大きく闘技場内に響き渡る。一方のリリアラとルルアラは小さく一息吐くと、自身の得物を構えた。

 瞬間、静まり返る闘技場。誰かの唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる程静かで、それでいて緊張ではなく期待で空気が張り詰める。

 リリアラとルルアラに係員が近づいて準備の確認を一言尋ねてきた。それに二人が小さく頷くと、係員は前を向いて腕を上げる。この時はアナウンスでさえも静かに黙っていた。


「それでは……開始っ!」


 大きく振り下ろされる係員の腕。それに合わせて観客がたまっていた期待を歓声に変えて闘技場内へと放つ。放たれた歓声は会場を揺さぶるように大きい。

 しかしその大きな歓声はすぐさま小さくなる。原因は今行われているリリアラとルルアラの試合だった。


「てりゃっ!!」

「……えい」


 係員の合図と共に二人は駆けだすと、真正面からぶつかる。ルルアラが可愛らしい声でリリアラの胴体目掛けてトンファーを振るう。一方のリリアラはそれをレイピアで受け流しながらわき腹へとカウンターを決めようとしていた。

 それに気づいたルルアラはもう一方のトンファーでリリアラのカウンターを受け止める。攻撃に失敗したリリアラは近距離では辛いとすぐさまバックステップで下がり、ヒット&アウェイの戦法に切り替える。

 本気を出すと言っていたリリアラとルルアラの試合は、あり得ないスピードで進んでいた。攻撃の瞬間に止まるためなんとか見えるものの、移動や攻撃の予備動作が見えない。見えるのはいつの間にか避け、いつの間にか攻撃しているという様子だけである。

 互いの攻撃がぶつかるたびに決して弱くない衝撃が辺りを揺らし、最前席にいた観客達はその衝撃波を感じていた。次元が違う、口には出さないまでも誰もがそう心のどこかで感じていた。

 その間にもリリアラとルルアラの試合は一進一退のまま続く。リリアラのレイピアによる突きをトンファーで裁き、胴や腕を狙うルルアラ。またその攻撃を真っ向から受け止めるのではなく、リリアラは時には攻撃を受け流し、時には避けていた。

 しかしその流れにも変化が現れる。トンファーの一撃をバックステップで避けたかと思うと、リリアラはそのまま後ろにもう一度大きく飛んだ。二人の間にはトンファーでもレイピアでも届かない距離ができる。

 

(何のこれしき!……っ!?)


 距離を離されたルルアラは顔を顰め、追撃に向かおうと走り出した。しかしすぐさま足を止めたかと思うと、今度はルルアラがバックステップで避ける。

 次の瞬間、ルルアラの足元に巨大な竜巻が瞬時に巻き起こった。強風独特の音は強く、それだけで竜巻がどれほどの速さで渦巻いているのか察せられる程だ。

 遠く凛と立つリリアラはルルアラへとレイピアを向けており、レイピアの柄にはめられた無色の石が微かに緑色を放っている。自然のものではない先程の竜巻は、魔法によるものだった。

 近接だけで行われるだろうと思われていた試合、そこに新たに魔法が加わった。そのことに観客はさらに歓声を上げる。武器の打ちあいもいいが、そこに魔法が加わればさらに派手な様子の試合となるのだ。見る側としてもそれは嬉しいことだった。

 再び湧きあがる歓声をBGMに試合は続く。近距離武器のトンファーにとって相手の懐に潜れないのは辛い。近づこうとすればリリアラが魔法で牽制するため、なかなか近づけないでいた。


≪おっと、これはルルアラ選手近づけない! このままリリアラ選手の勝利で終わってしまうのか!≫


 響くアナウンス、焦るルルアラ。このままではいけないと、ルルアラは一か八かの賭けに出た。

 強く大地を蹴り、視線はまっすぐ前を見据えて走り出す。目指すはリリアラ、避けることをせずまっすぐに突っ切ろうというのだ。


(焦っちゃった、かな。ここで、決める……!)


 ルルアラの焦りを読み取ったリリアラは、目の前に迫りくるルルアラ目掛けて次々と魔法を放つ。ルルアラの足元からは爆炎、竜巻、地割れ等が轟音と共に起き、ルルアラの足を止めようとしていた。

 しかしそれを最小限の動きでかわしながらも、ルルアラは足を止めることはない。依然と視線の先にリリアラを見据え、恐れがないように突っ走っていく。

 さすがのリリアラも焦ったのか、今度はルルアラが来ると予想される位置で魔法を発動させる。魔法発動のタイムラグを考えて、ルルアラの足元を直接ではなく彼女の手前のほうが当たるのではと考えたのだ。

 リリアラのレイピアにつけられた石が仄かに赤く光った瞬間、ルルアラの一歩前で炎が爆発する。至近距離で起こった爆炎にルルアラは避けることはできない。このままいけばルルアラは炎の中に突っ込み、決して小さくないダメージを受けるだろうと誰もが予想した。そしてダメージを受けないように避けるとしても、ルルアラの足を止めたことにはなる。

 どちらにせよ、リリアラにとっては好都合、そのはずだった。


「何の、これしき、なのですっ!」


 声をあげながらルルアラが炎の中に突っ込んだ。瞬間、闘技場内は悲鳴に包まれる。さすがにあの炎では安否も定かではない、そう思ったのだ。

 慌てる観客と係員、しかしリリアラの目は一瞬驚くように見開かれたかと思うと眉間に皺を寄せた。


「舐めるなぁ!」


 悲鳴を遮るような大声が聞こえたかと思うとルルアラが炎の中から勢いはそのまま現れる。爆炎の中を突っ切ったにも関わらず、彼女の体も衣服も無傷だった。

 一瞬訝しげに思うリリアラも、ルルアラの姿を見て納得する。ルルアラの体の周囲には、彼女を守るように円形の盾らしきものが宙に浮いているのである。総数は七個、どれもが赤や青といった七つある魔法の属性を想起させる色合いをしていた。ルルアラを取り囲むように浮く盾はそのまま、ルルアラは勢いをさらにつけてリリアラへと向かった。

 再び繰り出されるリリアラの魔法による攻撃、しかしどれもがルルアラへと届く前に七つの盾によって塞がれてしまう。そうこうしているうちに放った爆炎が一つ、赤色の盾に塞がれて消えてしまった。

 唇を小さく噛み、次の戦法を練ろうとするリリアラ。しかしその瞬間をルルアラが許すはずがない。


「うりゃぁっ!」


 ルルアラの掛け声、そして爆発したかのような音がルルアラの足元から発せられると同時に彼女の足元から土煙が舞い上がる。リリアラの魔法ではない、ルルアラが強く地を蹴ったのだ。一足飛びに反応が遅れたリリアラの懐へ潜りこんだルルアラは勢いを消すことなくトンファーを振るう。

 リリアラはそれを苦しい顔でかわすともう一度距離を取ろうとする。しかしそれを許すまいとルルアラはさらに追いすがった。

 先程まで広がっていた距離は今では縮まり、リリアラが引き離そうとしてもルルアラがそれを許さない。遠距離からの魔法攻撃を行っていたリリアラが優勢から劣勢へと立たされたのだ。

 ルルアラのどんでん返しは観客の歓声を悲鳴から興奮の色へと変える。いよいよ先が分からない試合を誰もが固唾をのんで見守っていた。

 再び始まる高速の攻防戦。繰り出されたトンファーをリリアラがレイピアで受け流し、放たれたレイピアの突きをルルアラがトンファーで防ぐ。

 最小限の回避をしたかと思えば大きくバックステップでかわす。武器同士がぶつかり合い、独特の金属音と火花がそのたびに出ていた。

 終わらない剣戟音、しかし次の一手でそれが変わる。

 リリアラがレイピアの突きを放とうとするのを見て、ルルアラはトンファーでガードをしようとした。その瞬間だった。

 レイピアの突きを唐突にやめると、リリアラはガードをかいくぐるようにして空いた左手をルルアラの胸の中央へと当てる。


「しま――――っ」


 リリアラの行動が、自分の胸に当てられた左手が何を意味しているのか分かった瞬間、ルルアラの体が轟音と共に吹き飛ばされた。純粋な魔力、しかし膨大な量の魔力を直接ぶつけられたのである。かなりの勢い故に宙に浮くようにしてかなりの速さで飛ばされていた体はしばらくすると地面につき、2回、3回とバウンドして闘技場の壁へと凄まじい音を立ててぶつかる。

 闘技場の壁が崩れる音にもうもうと立ち込める土煙。あまりの速さで突っ込んだ先程の光景は、とてもではないがルルアラの無事を確信できるものではない。

 声を上げない観客の視線はルルアラがいるであろう土煙が立ち込める場所へと向けられる。数人の係員が無事かどうか慌てた様子で駆け寄っていった。

 ようやく土煙が晴れると、先程まで見えていなかった光景が見えてくる。たまたま観客のいない場所で良かったものの、ぶつかった場所の闘技場の壁は衝撃で壊れている。ぶつかった衝撃波か、すり鉢状の形で壊れていた。そしてその中央にはルルアラの人影がある。地面へとへたり込んで項垂れており、どのような表情をしているのか分からない。死ぬほどではないが軽い出血が見られ、彼女が着ていたメイド服の裾はボロボロである。ぎりぎりあの七つの魔法でできた盾が衝撃を和らげたようである。

 数名の係員が駆け寄り無事かどうか尋ねると、項垂れたまま確かに小さく縦に頷いた。そしてそのまま立ち上がる。周りの係員は安静にした方がいいとなだめようとするも、その言葉には耳を貸さずルルアラはまっすぐに、リリアラへと向けて歩き出した。

 その様子を見ていたリリアラも静かな足取りでルルアラへと歩み寄る。一触即発の空気ではないか、そう誰もが危惧した。

 向かい合う二人、しばらく無言が続いていたがそれをルルアラが破る。


「……負けて、しまったのです。優勝、おめでとう、リリアラ」

「……ありがとう。ルルアラも、強かった」


 小さく言葉を交わすと、二人は握手を交わす。

 予想していた最悪の事態が避けられたことにほっとし、観客と係員はリリアラの優勝とルルアラの健闘をたたえる拍手を二人に贈った。一方の二人は互いに回復魔法をかけて怪我を直しており、救護室へと案内しようとした係員へ構わないと言っていた。

 沸き起こる拍手はどんどん大きくなり、歓声と共に闘技場を揺るがす。そして試合の結果を告げるアナウンスが響いた。


≪結果はリリアラ選手の勝利! 今大会の優勝はリリアラ選手となりました! さてこれからは飛び入り参加が許される時間、さぁ、誰か挑戦者はいないか!≫


 そう、まだ大会は終わっていない。優勝は決まったものの、ここで飛び入り参加の人がいればその試合が行われるのである。もっとも、誰もいなければここで終了なのだが。

 先程の興奮も冷めやらないまま、観客は誰が飛び入り参加をするか、それともしないのかと考えていた。


「ぜひ、やらせていただこう!」


 その時、一人の声が上がった。貴賓席ではなく一般席からあげられたその声に誰もが声の主を確かめようと視線を向ける。

 その視線を浴びながら声を上げた人が闘技場の舞台へと向かっていた。頭をすっぽり隠すようなローブを羽織っておりよく顔は分からないが、声からして若い少年のようである。

 腰に下げられた剣は見ただけでも一級品なのだと分かり、それを扱うローブの少年の力量を予想させた。


≪おっと参加者がいたようですね。 対戦したい相手とご自身の名前を言ってください!≫


 煽ったのは良いまでも飛び込み参加者が誰もいなかったら、と不安になっていたアナウンスは安心した声でそうローブの少年に告げる。

 一方、参加者達は誰が呼ばれるか少しばかり緊張していた。もしかしたら自分かもしれない、そんな思いがどこかにあるのである。

 ゆったりとした足取りで闘技場の舞台へと降りた少年は、ローブから微かに見える口元に笑みを描いた。


「対戦相手はリリアラ選手とルルアラ選手だ」


 思いのほか闘技場に響いたその言葉に観客も参加者でさえもざわめく。先程の試合をあいつは見ていなかったのか、あれを見て勝つ自信があるのか。命知らずかそれとも本当に強いのか、その二つの思いが混ざったような目で観客はローブの少年を見つめた。

 一方、リリアラとルルアラは億劫に感じていた。自分達の試合は終了、仕事もリリアラが優勝という結果で果たされている。そうなると早く袋を貰い、神様へと返したいのだ。

 小さくため息をつくルルアラに、リリアラがもう少しの辛抱だとなだめる。

 そんな二人を他所に、少年は自分を覆っていたローブに手をかけるとフードを脱いだ。

 陽の光にさらされたのは端正な顔、周りにいた女性達は思わずほうっとため息をついた。優し気な瞳はやる気に満ち溢れ、リリアラとルルアラを見つめている。


「僕の名前は天ヶ上勇気、こちらで言うならユウキ・テンガジョウかな?」


 瞬間、湧きあがる歓声を彼は当然のように受け止める。アグレナス王国に現れた勇者、天ヶ上勇気の飛び込み参加だ。誰もが湧きたち、面白い試合になると興奮している。

 しかしリリアラとルルアラだけが少し顔を顰めていた。 

 二人へ見とれるような笑みを向ける天ヶ上。よく見れば彼の後ろにはローブを羽織っているものの、見覚えのある者が数名いる。

 優勝が決まった闘技大会、しかし勇者の飛び込み参加で再び観客は興奮し、闘技場内の熱気は上がっていった。


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