閑話~闘技大会、そして試合~
秋人が自身の仕事場へと向かっていた頃、リリアラとルルアラの二人は空中遊技場から下へ降りようとしていた。
しかし突然広場に現れては驚かれる、そのため二人はともにハイドの魔法が付与されたローブを着ていた。
「ルルアラ、準備はできた?」
「出来たのです、リリアラ。それではそろそろ向かうのです」
お互いが準備を終えたことを確認して魔法陣の上に乗る。乗った瞬間、景色は瞬時に変わり目の前に広がるのは空中遊技場ではなく近くに魔法学園がそびえたつ広場となっていた。
背後からは水の音、振り返ると噴水がある。五大祭だからとグループで行くつもりなのか、噴水の近くには誰かを待つように辺りをきょろきょろと見回しながら立っている人も見られる。
噴水のある広場にも屋台が並び、朝であるにも関わらず人でごった返していた。
ひとまずハイドの着いたローブを脱がなければと二人は人目につかない路地へと移動する。人にぶつからないように光が届かない路地へと移動すると、ローブを脱いで倉庫のような疑似空間へと入れる。そして二人は再び広場へと出た。
「リリアラ、これからどうするのです?まだ時間はあるのです」
そう言いながら周囲を見渡すルルアラの目は祭を楽しむ人のそれである。声にはどこか期待の色が含まれていた。闘技大会で優勝しなければならないという目的はあれど、やはり祭りなのだから楽しみなのだろう。
その様子にリリアラは苦笑を浮かべる。仕事とはいえ双子の片割れが楽しそうにしている姿は見ていてうれしいのだ。
「一時間前には、受付を、済ませなきゃいけないよ?」
「わかっているのです」
「それじゃ、どこ行きたい?」
リリアラの問いにルルアラは唸りながら考える。一時間前に受付にいなければならないならそこまで遠出はやめた方がいいだろう。それなら近場で、と考えるも何があるのか分からない。
うんうんと悩んでいるルルアラにリリアラは微笑みかけた。
「近くで、『第三商店街』の出し物が、あるから、そこに行こうか」
「そうなのです? ならそこがいいのです!」
リリアラの提案に一つ返事で頷くルルアラ。
その様子に再びリリアラは和みながら、『第三商店街』の出し物のある場所へと向かった。ルルアラもその後に続く。
連れだって歩く二人の姿は、仲の良い双子の姉妹のそれだった。
「リリアラ! これおいしそうなのです!お手軽に食べられるのです!」
「そうだね、ルルアラ。焼き鳥かぁ、一、二本なら、買うよ?」
「本当なのです? なら二本買うのです! 一人一本なのです」
『第三商店街』の出し物、それは各地の名産品やらを売る露店である。中には屋台の形であるにも関わらず武器や薬やらを売っている店もあった。名剣や入手が困難な回復薬もあるのだが、さすがにそれに見合った値段はしている。
リリアラとルルアラの二人はその屋台を冷かしながら、時々買いながらと見回っていた
通りの一画を占めるほどに長く続いているのだが、さすがに遠くまではいけないと広場から近い辺りで済ませている。
代金を払って買った焼き鳥を二人は一本ずつ片手に持って散策を再開した。二人の買った焼き鳥はどちらも香ばしい匂いのするたれがついており、一口食べるとたれの味が口の中に広がる。
食べた二人は思わずと言った様子で顔をほころばせた。
そんな二人を周囲の人は一度少し気になって視線を向けるが、そのまま素通りしていく。どこぞの貴族のお付きの人だと納得しているのだろう。
いつもは空中遊技場で仕事しており、こちらの雰囲気は味わえない。
昼に近づくにつれて人は多くなっており、多くの人が魔法学園のある方向へと屋台見物や露店の品を買いながら向かっている。闘技大会が開催される闘技場へと向かうのだろう、誰もが楽しみにしているといった笑顔を浮かべていた。
気づけば闘技大会開催まであと一時間ちょっと、そろそろ会場へと移動したほうがいい時間である。
「ルルアラ、そろそろだから、移動しようか」
「ん? もうそんな時間なのです?」
リリアラの呼びかけにルルアラは視線を屋台からリリアラへと移す。時刻を確かめたルルアラは納得したように「それもそうなのです」と一つ頷いた。
「十分に楽しめた?」
「楽しめたのです」
リリアラの問いに笑顔で答えるルルアラ。リリアラはその様子に和みながら来た道を戻っていく。
二人並んで闘技場へと向かう人の流れに乗る。周りには家族連れや友人と共に歩いている人達が同じ方向を目指して歩いていた。
「リリアラ」
「どう、したの?」
「もしリリアラと対戦することになったら、全力でやってやるのです」
唐突にかけられたルルアラの宣戦布告。リリアラは思わずルルアラを横目で見た。
前を向いたままのルルアラの顔は対戦への期待と、優勝を狙うといった覚悟が見て取れる。
商売袋奪還のために優勝はどちらかがしなければならない。まだ他の参加者の実力が分かってはいないものの、優勝はどちらもとる気である。
ならばもしかしたら二人が対戦することになるかもしれない。互いの実力をよく知り、そして良い研鑽相手である相手との戦いはとても良い。
仕事だとしても、優勝を狙う以上負けない。そんな言葉だった。
「どちらかは、確実に、優勝しなければ、ならない。それが仕事、分かるよね」
「分かっているのです。ただ狙うならリリアラと全力で戦いたいのです」
「……いいよ、対戦したら、全力でやろう」
静かに返されたリリアラの言葉、ルルアラはそれに小さく笑みを浮かべる。
二人の間に流れる空気は闘技場に近づくにつれて、仲の良い双子から良い対戦者同士のそれへと変わっていった。
≪皆様、お待たせしました! 闘技大会の開催でございます! では、参加者の皆様に入場してもらいましょう!≫
時刻は十一時頃、闘技大会の開催を報せるように一、二発花火が打ち上げられたかと思うとアナウンスが闘技場に響き渡る。
会場である闘技場には学園の生徒であろう生徒達数名で固まっていたり、親子連れや冒険者同士で来ていたりと人でごった返していた。
アナウンスを合図に闘技場の一画から今大会の参加者たちがバラバラに入場してくる。参加者はローブを着た魔法を得意としている者や大剣や槍を担いだ体格の良い男性や女性と様々である。しかし着ている衣装はそれぞれ異なっていても闘技大会に出るものとしては違和感がない。
その中で違和感を放っているのは二人の美少女、メイド服を着たリリアラとルルアラである。
二人の周りにいる者達も彼女を奇異の目で見ていた。闘技大会に出るのなら腕に自信があるのだろうが、その華奢な見た目ではどうもそうは見えないのである。
貴族の無理難題で出ることになったのか、他に何か事情があるのか。どちらにせよ対戦する際は倒せばいい、そう周りの参加者たちは考えていた。
一方のリリアラとルルアラは周りの視線を気にすることなく歩いている。
参加者達が闘技場中央に来ると周りにいた係員がここで止まるように指示した。指示通りに止まった参加者達の視線は自然と設置された台へと向けられる。
参加者の視線が台へ向かったのを見計らうようなタイミングで、一人の少女――『第一闘技場』の主、早瀬が登壇した。
早瀬は一度参加者達の顔を見回し、そして再び前を向く。
「これより『第一闘技場』主催の闘技大会を開催します! 参加者の皆さんは白熱した戦いを繰り広げ、観客の皆さんは楽しんでいってください!」
早瀬の言葉と同時に参加者、観客の両方から歓声が上がる。闘技場を揺るがす程のそれを早瀬はしばし何も言わず聞いていたが、再びマイクへ近づくと内緒のことを話すような口調で言葉を紡いだ。
「……終了時、飛び込み参加もありだからね?」
その言葉にさらに沸く歓声。観客の中には飛び込む気があるのか、武器を抱えなおしている者もいる。
湧きあがった歓声が小さくなり始めて、早瀬はこの闘技大会のルールを説明し始めた。
形式はトーナメント、一対一で行われて命を取るようなことはしないが気絶までならありだという。飛び込み参加は決勝戦後に許可され、飛び込んだ人は対戦したい参加者等の名前を言ってその人が許可したら戦うことができるというものだ。
説明を終えた早瀬は再び周囲に笑顔を向けながら締めくくる。
「それじゃあ、豪華な景品もあるので優勝目指して頑張ってね」
そう言うと早瀬は一礼して檀上を軽い足取りで降りた。あちこちで起きる拍手、参加者達も拍手はしているがその眼からはすでに他者に勝とうとする意気込みが見られる。
早瀬の姿が見えなくなると参加者達は係員の指示に従ってその場から去り、闘技場内に設けられた控室へと案内された。
参加者達の背後では今か今かと待つ観客の声が闘技場に響き、周囲の熱を上げている。それに伴って参加者達の、リリアラとルルアラの意気込みも上がる熱を移されたかのように上がっていった。
係員に案内されてリリアラとルルアラを含めた参加者達は控え室にいた。闘技場で観客への注意等が行われている間控え室で待機していたのだが、先程試合の番が来た参加者が部屋を出て行った。
控え室にまで届くほど大きい観客の声援が試合の盛り上がりを伝えてくる。
正方形の大きな机を囲むように椅子が幾らか置かれており、加えて壁際にもいくらか置かれていた。試合の様子や結果を伝えるために魔法を利用したモニタ―が机の中央に置かれている。
参加者達は椅子に座り武器の手入れをする者、心を落ち着かせるために何もせずにいる者、机の上に用意された菓子に手を伸ばす者と様々だ。
リリアラとルルアラは壁際の椅子に二人並んで座り、自身の武器をチェックしていた。リリアラはレイピアに魔力が通るかどうか、ルルアラはトンファーの手入れである。
その間にも一回戦は終わり、入れ替わるように次の試合の参加者二人が部屋から出た。そんな時、あと少しで武器の手入れを終えようとしていたリリアラとルルアラの視界の端に男性の足が割り込んだ。
何だろうかと二人が見上げると、目の前には大剣を背中に背負った体格の良い男性がいた。装備からして冒険者といった風情で、体格からしても鍛えられていることが分かる。
口の端を少し吊りあげた笑みを浮かべて、リリアラとルルアラに話しかけた。
「あんたたち、貴族の命令でこの大会に参加したのかい?」
「いいえ、違い、ます」
男性の質問にリリアラが首を横に振りつつ答える。男性は当てが外れたといった顔を一瞬するも、すぐに笑みを戻した。
「それじゃあ冒険者か?それともこの学園の生徒、とか?」
「いいえ、違うのです」
ルルアラの返答に困惑した顔を浮かべる男性。
闘技大会に出るというのなら衣装を抜きにして考えてほとんどが冒険者、もしくは学園の関係者だと考えたのだろう。もしかしてと考えた貴族関係は先程リリアラに否定されたばかりである。
一般の人は客にいることは想像できても大会に出るとは考えにくい、そう男性は考えていた。
「う~ん、てことは一般か?」
「そう、とも言えるのです」
妙に含んだルルアラの言葉に男性は訝しげな顔をするも、ひとまず一般だと納得する。心の中には彼女達と対戦する事となったらラッキーだなという思惑も少なからずあった。
しかしそれを表に出すことなく男性は笑顔で立ち去る。先程の会話を聞いていた周囲の人も彼女達に注目するものはいない。それ以上に周りにいる見た目が強そうな参加者の所作や武器を観察して戦いに役立てようとしていた。
「リリアラ、どうやら私達は対戦相手としてまともに見られていないのです?」
「多分、ね。でも関係ないよ、私達は、私達だから」
「それもそうなのです」
小声で囁きあうリリアラとルルアラ。その呟きは周りの参加者に聞こえることは無かった。
あれからしばらくたち、次はリリアラの番である。
係員に名前を呼ばれて席を立ち、入場ゲートへ向かうとそこには自身の対戦者である長い柄の斧を持った恰幅の良い男性が待っていた。
誰が対戦相手か気になるように辺りを見回していた彼は、リリアラの姿を見るなり小さく嘆息する。期待外れ、といった様子だ。
係員にここで待機するように言われてリリアラは入場ゲート手前に立つ。すでに思考は戦闘に切り替えられ、集中していた。
外から差し込む陽の光が灯りのない入場ゲートを照らす。控え室でも聞こえていた歓声は入場ゲートに来るとより一層大きく聞こえた。その歓声は参加者の気分を少なからず高揚させる。
「おい、あんた。俺の対戦相手なんだろうが悪いことは言わねぇ、棄権しろ」
集中しているリリアラに男性はそう言う。わずかに身体が動いたためか防具のベルトをとめる金具が小さく音をたてた。
「俺はそこそこ強いからお前さんの実力が分かる、お前さんは弱い。そんな奴をいたぶる趣味は無いんでな。できるならここで棄権してくれると嬉しいんだがよ」
馬鹿にしたような顔で男性は言いながら肩をすくめる。声の調子からして自身が強いと確信しているようである。
リリアラは小さく首を動かして、男性の方へと顔を向けた。
「私は、大丈夫、です」
「……俺は注意したからな。まぁ、どっちにしろ俺は次の試合に進めるわけだから構わないけどよ」
そう言うと男性は視線を入場ゲートへと移す。リリアラも同じく向けていた顔を戻した。
今まで以上に響き渡る歓声が入場ゲートへと届く。それは今行われていた試合が終わった合図であり、そしてリリアラの出る試合が始まる合図でもあった。
≪次の試合はCランクの冒険者であるセルド選手と一般であるリリアラ選手との試合です。闘技大会であるにも関わらず出場した一般のリリアラ選手、一体どうなってしまうのでしょうか!≫
会場に響き渡るアナウンスをよそに会場へと入るリリアラと先程の冒険者セルド。闘技場の中央まで行くと互いに距離をとり向かい合った。その間も直接耳へと届く客の歓声は闘技場を揺るがす程の大きさとなっており、客の興奮が熱気として伝わってくる。
≪セルド選手はCランクとはいえBランクに近いと言われる冒険者です。そんな彼が一体どんな試合で観客を魅せてくれるのか! ですが相手は一般のリリアラ選手、セルド選手の一撃が下手をすれば危ないものとなってしまいます!≫
場を盛り上げようと響き渡るアナウンスにセルドを応援する声とリリアラを心配する客の声が大きくなる。
そんな声を意に介さないリリアラは、持っていた自身の武器であるレイピアを構えた。それを見てセルドも斧を構える。
セルドの斧と比べるとレイピアの細さはとても心細く、斧を受け止めたら折れてしまうのではないかという印象を受けた。しかしレイピアの持ち主であるリリアラの顔には不安やおそれは見当たらない。
二人の選手が武器を構えたのを確認して闘技場にアナウンスが再び響き渡る。それと同時に一人の係員が二人から少し離れた位置へ姿を現した。
≪それでは両者の準備が出来たようですので試合を開始したいと思います! 開始の合図は闘技場内にいる係員が行います!≫
「それではセルド選手、リリアラ選手、準備はよろしいですか?」
アナウンスが終わると同時に少し離れた位置にいた係員がリリアラとセルドに話しかける。二人は武器を構えたまま声を上げることなく一つ縦に頷くことで肯定の意志を伝えた。
それを確認した係員は右手を静かに真上へと上げる。この腕が係員の声とともに振り下ろされれば試合の開始である。その瞬間、観客の声援が止んだ。張り詰めているような、待ちわびているような空気が闘技場内を包んだ。
「両者……始め!」
静かな闘技場内に響き渡る係員の大声と振り下ろされる腕。次の瞬間、セルドは大地を蹴って斧を振りかぶりリリアラへと飛びかかって来た。それに合わせるように観客の歓声が復活し、闘技場を揺るがす。
係員は戦闘に巻き込まれないように闘技場の端へと移動した。
「おりゃあ!」
刃の届く距離に入ったリリアラへと威勢の良い声と共にセルドが斧を振り下ろす。瞬間上がる客の歓声と悲鳴が闘技場に轟く。大きく振りかぶり体重の乗った一撃、しかしそれはリリアラに当たることなく地面へとぶつかった。攻撃の余波で土煙が上り、風に乗っていく。
「あぁ? どこに行きやがった?」
セルドは訝しげな顔で斧を肩に担ぎ直すとリリアラの姿を探す。遮蔽物の無い闘技場を見渡す彼の視界に少し離れた位置へと移動しているリリアラの姿が映った。
リリアラの顔には先程の攻撃に対する恐れも何もない、ただただ無表情しか浮かんでいない。それに気づかないセルドは獲物を見つけたとほくそ笑み、再び斧を構え直した。
柄を短く握って大振りな攻撃から小さく振るう素早い攻撃を行おうと密に持ち方を変える。
大きく踏み込んでリリアラの懐へ潜り、今度こそ一撃を決めて試合を終わらせる。内心ほくそ笑んだセルドは考えた作戦を実施しようとした時だった。
リリアラの手が一瞬霞み、左足が一歩ほど下げられたかと思うとセルドの体がぴたりと止まる。そして体が傾き始めたかと思うと、そのまま闘技場の地面に土煙と共に音を立てて倒れた。観客の歓声が何事かと止んで静かになった闘技場では、その音がやけに大きく響いた。
「これで、終わり、ですね」
小さく息を吐き出してそう告げる。本来最も近くで聞くセルドは先程から地面に倒れた姿のまま何の反応も見せない。
リリアラは何ということもなくレイピアを鞘にしまい、辺りを小さく見渡した。これからの行動をどうするのか、控え室に戻ってもいいのか気になっているのだ。
そのリリアラの様子だけを見れば、ごく普通の少女と思えるだろう。しかしすぐ近くに一瞬のうちにして地面へと倒れ伏した男性の姿を合わせると違和感のある光景だ。
観客、さらにはアナウンスまでもが静まり返り、耳に痛いほどの静寂が闘技場内に落ちてくる。
いち早く我に返った開始の合図をした係員が慌ててセルドの元へと駆け寄った。戦闘不能か、続行が可能か判断するためだ。
駆け寄った係員は膝をついてセルドの状態を確認すると立ち上がる。
「しょ、勝者リリアラ選手!」
張り上げられた係員の声が闘技場内に響き渡る。結果が告げられた瞬間、闘技場は一瞬の静寂の後――――
「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
さながら地響きのように闘技場内に響き渡る観客の歓声は鼓膜だけでなく闘技場全体を揺さぶる。勝利を祝う口笛の音も混ざり、アナウンスの声は観客の声に埋もれながらもその興奮を伝えていた。
誰もが最初に予測していたリリアラの敗北、しかし現実は異なり彼女の勝利で終わった。しかも圧倒的な勝利である。
中にはゼルドが勝利するかと想像していた者の数名は少し残念そうな顔であったが、しかし勝者を祝わないということはしない。誰もが勝利を祝っていた。
予想外の出来事は観客だけでなく係員の胸を興奮で熱くする。その熱を少しでも発しようと誰もが大きな歓声を上げていた。
≪なんとなんと! 勝者は予想を裏切ってのリリアラ選手! しかも攻撃の瞬間が見えないとは! これは観客を、会場を熱くさせるぅ!≫
アナウンスの声に再び盛り上がる観客。それを他所にリリアラは駆け寄ってきた係員の指示に従いその場を後にした。一方のセルドは救護係の人達に運ばれていく。
リリアラがその場を去るその時まで、観客の熱気がこもった歓声は途絶えることなく、むしろさらに増していった。
先程の試合には貴賓席にいた貴族など身分の高い者達も目を見張った。最も頭の中では腕の立つ者を引き抜きたい、という思惑もあるのだが。
そして同じように目を見張った少女が体を乗り出すように前へ傾けて、勝者の顔を少しでも見ようとしていた。
「おぉ、すごいね、リリアラって子。冒険者じゃないって言ってたけど、よくあんなに強くなれたよねぇ」
貴賓席の最も上部に位置する主だけが存在する席、そこにいた『第一闘技場』の主である早瀬が興奮した声でそう言った。
隣には『第四工房』の主である大ケ島と『第二図書館』の主である口髭を蓄えた老齢の男性、そして『第三商店街』の主である少女が座っていた。
興奮した顔の早瀬に微笑みを浮かべた大ケ島は優しい声音で彼女に尋ねる。
「『第一闘技場』関連の方ではないのですか?」
「それだったらそう言っているわよ」
優しい声音の大ケ島に突き放すような声で答える早瀬。口調や顔も見ずにそう返しているところを見るだけで早瀬が大ケ島を嫌っているのは簡単に察することが出来た。
「いやぁ、それにしても強いですねぇ、彼女。ぜひ私の護衛として雇いたいですねぇ」
『第三商店街』の主である少女が口元に手をあてながらそう言う。その姿は上品で麗しいといった風だが、浮かべている笑みはずるがしこそうだ。商売人の笑み、と言った言葉がとても似合う笑みである。
一方の『第二図書館』の主である男性は何かを考えこむように顎髭を撫でながら視線をリリアラへ向けていた。その様子に気づいた早瀬は不思議そうな顔で『第二図書館』の主へと体を向け、疑問を口にする。
「どうしたんです?」
「……いや、何でもない。すまないが私は少し用事を思い出した。ここで失礼しよう」
そう言った『第二図書館』の主は席から立ち上がったかと思うと、引き止める間もなくその場を足早で去った。その様子を呆気にとられた顔で早瀬と『第三商店街』の主が見つめる。
呆気にとられたようにも見える無表情を顔に浮かべていた大ケ島、しかしその眼は何かを探るような、それでいて考えるような色が混ざっていた。
そんな彼らを他所に次の試合が始まる。闘技場には興奮冷めやらぬ観客の歓声が響いていた。




