第31話~武器、そして出発~
時刻は夕方、頭上では夕日の赤色と夜の宵闇色が混ざりあっている。閉園の時間である。
アトラクションが並ぶ園内には喧騒とは打って変わって静寂が満ちていた。微かに聞こえる声はアトラクションの点検をしている従業員の声だろう。
客が誰もいないか確認をして見回りを終えた俺は入場門に鍵をかけ、従業員用の扉を潜り入場門前へと出た。その前に広がる広場は昼間とは異なった雰囲気に包まれている。
中央には五芒星の魔法陣とそれを囲むようにベンチが数個設置され、左手には隣り合うように建てられた二棟のホテルが建っている。夕食か、それとも部屋で休むのか客である神々がそれらのホテルを出入りしていた。
そのホテルの向かい側、つまり入場門から右手には二階建ての横に長い建物が建てられている。主にカジノなどを扱っている建物で、ドレスやタキシードと言った装いの神々が出入りしていた。カジノの入口には中身は空洞であるものの、鎧の兵士が警備をしている。入場門で警備していた従業員とは異なる従業員だろう、ぶっ続けで働くようにはしていないし。
広場の中央にある案内板は微かに光っており、夜でも見えるようにしている。
昼間の明るさとは異なった大人の雰囲気が広場に満たされていた。
「三人がかりとはいえ、よく短期間で作ったよな……」
小さくこぼれる声。ロルが何だといったようにこちらを見る。なんでもないと少し微笑みながらロルの頭を撫でた。
本来だったらどれぐらいかかるのだろうか。以前『アトレナス』には魔法があるからこの建設期間が普通なのかと疑問に思っていたが、その言葉を聞いたオルブフに「それはないっす」と真顔で首を横に振られた。
「っと、そんなことより戻ってから今日の報告だな。戻るぞ、ロル」
「ピニョ!」
俺の言葉にロルは元気よく答えた。煌びやかな輝きの広場から視線を外して、俺達は自分達の仮の家へと戻っていく。
後ろではカジノから漏れる音楽が広場を包み、夜が迫る空へと溶けて消えていった。
仮の家は入場門のすぐ近くである。微かではあるもののカジノから漏れ聞こえてくる音楽がこちらまで届いていた。
家の灯りは既についており、ふんわりと中から夕食のおいしそうな匂いが漂ってくる。誰かがすでに戻って夕食の準備をしているのだろう。
「ただいま」
「ピニョ」
「お帰り、なさい、秋人様」
「お帰りなさいなのです。夕食はあとちょっとですので、部屋で待っていてほしいのです」
帰った俺とロルにリリアラとルルアラの声がかかる。リビングに向かうと二人ともエプロンをして夕食を作っていた。鍋からはシチューのような匂いが漂ってくる。あ~、腹が減るな。
そういえば、きちんとエントリーは出来たのだろうか。
「二人とも、きちんとエントリーは出来たのか?」
「はい、無事、間に合いました」
「エントリーの際に受付の人に心配されたけど、無事出来たのです」
鍋から二人に視線を移して問うと、二人は頷きながら答えた。
二人の言葉にひとまず安堵する。初っ端から躓いては意味がないからな。それにしても心配されたのか。まぁ、それは何となく分かる。見た目だけで言えば二人は可憐な少女であって大会に出るような猛者には見えないだろう。
作業に戻った二人に何か手伝うことはないのかと尋ねると、大丈夫だから部屋で待っていてほしいと言われた。既に仕事を終えてジェラルドさんやオルブフ、リアナも戻ってきていると言う。
それに素直に答えて部屋に戻ると、確かにジェラルドさんとオルブフが戻ってきていた。
「お疲れ様です、二人とも」
「秋人様も、お疲れ様です」
「お疲れっす」
各々のベッドに座る二人は、俺の言葉にそう返す。どちらも声に疲労がにじみ出ていた。
俺も自分のベッドに座って、傍にいるロルの頭を撫でる。暫くの間ロルを撫でながら二人と取り留めもない話をしていると、部屋の扉をノックする音が響いて外からリリアラの夕食が出来たという声が聞こえてきた。案外早かったな。
ジェラルドさん達と共にリビングへ向かうと既に呼ばれていたリアナが席について俺達を待っていた。
「お疲れ様です、秋人様」
「お疲れ、リアナ」
リアナの言葉にそう返しながら席に着く。席に着いた俺達の目の前にリリアラとルルアラが料理を運ぶ。食卓には白いパンに少し寒くなってきたためかシチュー、そして少し濃い黄色のポテトサラダが器に盛られていた。
俺の隣に待機しているロルの目の前にも食事が置かれた。腹が減っているのか、ロルは早く食べようと言わんばかりの顔でこちらを向いている。
その様子に苦笑をこぼし、視線をロルから前へと移すとリリアラとルルアラが席に座っていた。全員揃ったみたいだな。
そのことを確認して、食事を始める。食べる前にリリアラとルルアラに礼を言うと、二人とも「気にしないでください」と微笑をこちらへと向けていた。
「そうだ、もう聞いているかもしれないが商売の神が落とした商売袋のためにリリアラとルルアラの二人が大会に出ることになった」
夕食を食べ始めて少し経った後にそう言うと、全員がこちらへと注意を向けていた。
ジェラルドさんは既に知っていたのか、「存じております」と一つ静かにうなずく。リリアラとルルアラの二人は当の本人だから知っていないのはオルブフとリアナか。
二人は初めて聞かされたというように少し驚いた顔をこちらへと向けている。
「どうして大会出場に?」
「そうっすよ、落し物から大会とか急すぎるっす」
「実は落し物が大会の賞品にされていてな。こっそり盗み返すことも考えたのだが、それまでの手間を考えると正面から堂々と行って大会で優勝した方が早いと思ってな。加えてその落し物の主が大会に出て取り返してくれると早とちりをしてモニターで見ると言ったんだ」
俺の言葉に二人はあぁ、と頷く。
先程言ったように手間を考えると大会に出て優勝の方が楽だ。誰にも見つからないと気を張り、下手をしたら主との衝突が考えられる方法よりはな。優勝できるだけの実力がリリアラとルルアラの二人にはある。
「『第五遊技場』として出るんすか? 一応今まで『第五遊技場』として表だって活動していないっすよね。厄介ごとを避けるためにも」
「『第五遊技場』としては出ない。あくまで一般人として二人には出てもらう」
「そうっすか。別に俺は『第五遊技場』として出てもいいとは思うっすけどね」
オルブフの問いに答えると、彼は理解しながらも小さく呟いて付け足す。まぁ、基本のスタンスは変えないということで。
再度確認して全員に了承を得ると、夕食を再開する。それからは談笑しながら目の前のシチューなどに舌鼓を打った。
誰もが寝静まった夜、夕食を終えた俺は仮の家の外にいた。
ロルを含めた他の人達は今頃寝ているころだろう。カジノはまだ開いているのか、時刻ということもあって音楽は聞こえないものの遠目からでもカジノから発せられる灯りがほんのりと空を照らしていた。
さて、俺は俺で作業をするか。といっても仕事ではない、私的なものだ。
明日はリリアラとルルアラの二人が大会に出る。冷静に考えてコテンパンにやられるという心配はない、彼女達の実力は『第五遊技場』にいた頃から知っている。彼女達は強い。
しかし二人とは親しい間柄だ。その立場からするとたとえ大丈夫だとはわかっていても怪我をするのではないか、何か予想もしていなかったことが起きて彼女達の身に危険が及ぶのではないかと不安にもなる。
主としてではない、ただ親しい者として彼女達が心配なのだ。
大丈夫だという気持ちと、それでもまだくすぶる不安が胸中に渦巻く。混ざり合ってもやもやとしたそれは今も減ることのないままだ。
「まだ、もやもやとしているけど俺ができることをしよう。あの二人の為に」
振り切るように小さく言葉をこぼすと、寒空の下ふわりと白い息が浮かぶ。
アイテムボックスから建築に使った金槌を取り出すと、鍵を開けて園内へと入っていく。『第五遊技場』であるなら館にも設備はあったのだが、こちらにはない。仕方無いので園内の設備を使うしかない。
握る金槌の無骨さを手のひらで感じながら、暗い静かな園内を歩く。目指すは鍛冶場が併設されてある施設だ。<鍛冶>と<錬金>で二人の為に武器を新調するのである。防具はサイズとかがな……。
見上げれば空には満点の星が輝き、冬の訪れを知らせる冷たい風が緩く頬を撫でた。
「もう時間か……、あぁ、体が痛い。眠い」
窓から差し込む光に目を眇めながら、ゆっくりと上体を起こす。
夜の間はリリアラとルルアラの武器を作っていた。夜明け前にそれがようやく出来たところで、今はアイテムボックスの中に保管してある。
寝た時間はわずかである。寝ていないよりは良いかもしれないが。
二人にとって扱いやすいように、そして二人の実力を十分に引き立たせて怪我が少なくなるように。そう思って作った武器はどちらも中々の出来だ。
早く二人に渡そう、食事をとった後は各自持ち場へと向かってしまう。
男部屋にはオルブフとロルの姿はあるものの、ジェラルドさんの姿は無い。俺よりも早く起きたのか、もしかしたら戻って来る姿も見られたかもしれないな。まぁ、別に構わないが。
手早く着替え、顔を洗い、身だしなみを整えた後俺は男部屋をそっと後にした。
リリアラとルルアラの二人はこれから外へ出ようとしていた。
リリアラとルルアラは今起きたばかりなのか少し眠そうである。いつものメイド服ではなく動きやすさを重視した装いをしていた。手に武器を持っているあたり、これから手慣らしでもするのかもしれない。それならば丁度良かった。
「リリアラ、ルルアラ」
「あ、秋人様。おはよう、ございます」
「おはようございます、なのです。どうかされたのです?」
「おはよう。いや、二人に渡したいものがあってな」
呼び止めた二人は俺の言葉に何だろうといった顔をする。俺はアイテムボックスから二人の武器を取り出し、それを二人の目の前へと掲げた。
リリアラの前にはレイピア、そしてルルアラの前にはトンファーである。どちらも二人が得意とする得物だ。
「秋人様、これ、は?」
「大丈夫だとはわかっていても、それでも怪我をしやしないかと不安でな。勝手に二人の武器を作った。あぁ……いらなかったか?」
俺の言葉にリリアラは首を強く横に振った。横を見ればルルアラも同じように首を横に振っていた。どちらも顔には嫌悪は無く、むしろ嬉しそうだ。そのことに少しほっとする。
「持ってみてもいいのです?」
「あぁ、いいよ。二人のために作った、二人の武器なんだから」
そう言いながら武器を二人に渡す。
レイピアを受け取ったリリアラは白を基調とした革の鞘から本体を抜いた。朝日の光を浴びて刃が煌めく様はどこか神々しく、試しにとリリアラが振ると小さく風を切る音がした。
手の甲を守る湾曲した金属板は淡く碧色で、中央には無色透明なビー玉サイズの石がはまっている。
リリアラが魔力を通したためか、持ち手の柄も鍔も手の甲を守る湾曲した金属板も淡い碧色からエメラルドを思わせる濃い碧色へと変化した。
一方のルルアラも、手に取ったトンファーを振って確かめている。
持ち手は渋い茶の革が巻かれており、握りやすさを重視した造りだ。振ったときの風切り音はレイピアよりも重く、当たったときの衝撃を予想させる。
金属独特の光沢を放つトンファーを美少女であるルルアラが振るうという光景は、合っていないようで違和感を感じた。
まぁ、本人が嬉しそうに振るからいいのか……。
「握りごこちも最高なのです。ありがとうございます、なのです!」
「私も、使いやすい、です。ありがとう、ございます」
二人は武器をそれぞれ腰のベルトに差し、お礼の言葉を述べながらお辞儀をする。いや、そこまで感謝されても……。
「い、いや、俺が不安で勝手にやったことだし。つ、使い勝手が悪かったらすぐに言ってくれ。仕事までならすぐに調整できるから」
「わかったのです。それならこれから慣らしをするので、一緒についてきてほしいのです」
「わかった」
ルルアラの提案に頷く。朝食までまだ時間はあるだろうし、調整だって一からと言うわけでは無いから大丈夫だろう。
そう考えて俺は先導するリリアラとルルアラの後ろをついていった。
あれからリリアラとルルアラは素振り、そして性能の確認も兼ねた軽い模擬戦をした。二人で戦うこともあったが、俺と一対一での模擬戦も行った。まぁ、こちらとしては訓練にもなるし良かったと思う。
武器を握って実際に戦ってみた二人の話を聞いて細かい調整をしながら、二人の手に武器をなじませていく。武器が最適になった頃には、あと少しで朝食という時間だった。
仮の家へと戻ると玄関先で俺達の姿を探すように辺りを見回しているジェラルドさんの姿がある。視線がこちらへと向かうと、安堵したように顔の表情を緩めた。
「探していたのですが、リリアラとルルアラに付き合っていたのですか」
「まぁ、はい」
ジェラルドさんの言葉に探させたことに申し訳なく思いながらも頷く。ジェラルドさんはそうですかと小さく頷きながら家の中を指さし、朝食の用意が出来たと教えてくれた。
家に入る際にはリリアラとルルアラがジェラルドさんに武器をもらったことを教えていた。歩きながらその話に相槌を打つ彼の姿は、まるで孫を見る優しい祖父のようである。
その様子を少し微笑ましく思いながらもリビングへと向かうと、既にオルブフ、リアナ、そしてロルは自分の席へとついていた。
俺達も席につき、全員で朝食を食べる。朝だからさっぱりとしたものが中心だ。暖かいスープは身体を芯から温めてくれる。あぁ、ほっとするなぁ。
それからしばらくの間はいつも通りの談笑を交えた朝食の時間を過ごした。
朝食を終え、玄関前。あと一時間もしないうちに開園の時間である。
目の前にはいつも通りのメイド服を着たリリアラとルルアラの姿。いつもと違うのはそれぞれの得物をむき出しで持っているというところだろう。
「それでは、行って、きます」
「行ってくるのです」
「おう、行ってらっしゃい」
そう言って下へと降りるゲートへと向かう二人に手を振りながら言う。オルブフやジェラルドさん、リアナ、そしてロルもそれぞれ二人に応援の言葉をかけていた。ロルは元気よく翼を振っており、こちらに当たりそうで危ない。
オルブフは「仕事が無ければ……」と少し残念そうに呟いていたのをリアナに聞かれ、出たかったのかと少し呆れられている。
ジェラルドさんは優しい笑みを浮かべながら二人の後ろ姿を見守っていた。これから大会のモニター中継の準備も行わなければならない。モニターで二人の姿を見守ることができたならいいのだが、途中で見回りも行わなければならない。
それぞれが見送った後、自分の仕事へと向う。園内もホテルの方も少しずつ昨日の活気を再び取り戻そうとしていた。
自分の持ち場へ向おうと動かし始めた足を一瞬止め、ちらりと二人の後ろ姿に視線をやる。
冷たい風が吹く中、暖かさを感じる陽ざしが二人を照らしている。その足取りは後ろから見ただけでも気負うことがないように見えた。それこそ、昨日抱いていた不安を消すような。
心配だ、けれど大丈夫。二人の姿を見て頷く。
胸の内がどこかすっきりとしたように感じながら、俺も自分の仕事場へと向かう足を再び動かし始めた。




