第28話~懐かしさ、そして建設~
魔法学園についたのだが、早く拠点となる宿を見つけなければならない。五大祭ということもあり、宿屋の部屋が埋まっているかもしれないからな。もしかしたら手遅れかもしれんが。
通りを歩きながら宿屋を探す。しかし普通の宿屋は大半が五大祭目当てで埋まっており、また高級宿は貴族などで埋まっているとのことだった。まぁ、そうなるわな。外には豪華な馬車があり、道行く人はやはり気になるのか横目でその馬車を見ていた。
宿屋探しで街中を歩いているわけだが、俺は探す前にヴィジョンの魔法を予め自身へとかけていた。これで一見神楽嶋秋人とは見えず、そこらにいるランクの低い冒険者の一人に見えるだろう。
それにしても生徒や先生達の姿が見当たらない。オブリナント大帝国に召喚された生徒達のように兵士として防衛に当たっているのかもしれないが、何人か五大祭に来てもおかしくはない。
ヴィジョンの魔法をかけておいたのは、彼らに会うことを考えてのことである。もしも出会った際、彼らが一体何を考えるか。ステータスを誤魔化しているものの、簡単に考えればこの状況で『第五遊技場』の主である確率が高いのは俺になる。少なくとも召喚された者達の中にはいないのではないか、というような状況だから以前休暇に来た際から門番がステータスチェックを強化しているのだろう。
しかし、それもかなり時間が経っている。国もあらかた探しただろう。となるとまだ探していない人は、ということになるのではないか。若しくは生徒や先生の中に名乗り出ていない者がいると考えるか。
どちらにしても、俺の可能性は少なくとも上がっている。そしてそれを真っ先に思いつきそうな国と言えば、俺が最初に召喚された国であるアグレナス王国だ。
偽装していたステータスがステータスだった為、追い出された後なす術もなく魔獣にでも殺されたと考えているのか。それともステータスを信じて思い至っていないのか。あるいは探しているか。他国と情報を共有していないということは無いとは思うが。
「もっと早く思いつくべきだよなぁ……」
思わず小さくため息とともに言葉を吐き出してしまう。ここにきてようやく出来た予想をもっと早く出来なかったものか。
まだまだ不出来である自分への嫌気と共に今度は大きく息を空へと向かって吐く。それと同時に思考を切り替えた。
それならばそれでやりようはある。おそらくこれからは基本強めにヴィジョンを自身へとかけることになる。誰にも破られないほど強く。
最悪の場合、つまりばれた時のことも考えておいたほうがいいだろう。
「面倒事は嫌なんだがな」
傍にいるオルブフとリアナに気づかれないように小さく笑みを浮かべる。ロルは気づいたのか、不思議そうな顔でこちらをのぞき込むようにして見上げた。それを何でもないという様に頭を撫でる。
頭を撫でながら宿屋を探している俺の耳に、横を通り過ぎる兵士の声が届いた。
「近々ゲートも兵士がつかなければならないらしい」
「また主探しか。あぁ、仕事が増える。休みが減る」
落胆する兵士の声が後ろへと遠ざかっていく。俺も小さくため息を吐いた。
今度はゲートかよ、ご苦労だなぁ……。
探しに探してやっと見つけた二階建ての宿屋は値段が安い代わりにあまり設備の良いものではなかった。まさしく泊まる部屋だけを貸すというものである。ベッドも硬く、寝心地が良いとはお世辞にも言えない。
三人分のベッドが並ぶだけで、他には何もない。心なしか薄暗いように思える。
しかし宿が取れただけでもましだ。最低街の外で野宿となると、作業がやりづらい。わざわざ街を出たり入ったりしなければならないからな。
「そういえば、もうすでに昼は過ぎていましたね」
リアナは宿屋のベッドに腰掛けながらポツリと呟いた。宿の確保を優先していた為、昼食がまだだったな。宿も見つけたことだし、昼食を食べに街へと再び行くか。
あぁ、そうだ。昼食後に仕事に行くことができるよう用意をしなければ。
そのことを言うとリアナとオルブフはそのための用意をしながら賛同する。特にオルブフは賛同した。彼の尻尾は喜びで激しく左右に振られている。その様子が可笑しくて笑みが洩れそうになるのを抑えながら、部屋を出て鍵をかける。
鍵を受付にいた女性へと渡し、街に繰り出した。
宿屋を出ると、近くの食堂へと向かう。宿確保に急いていた気持ちが落ち着いたためか、最初よりも周りの雰囲気をよく見ることができた。五大祭間近、誰もがどことなく浮かれた顔をしている。ごく普通の人もいるのだが、それに混じって冒険者達の姿もちらほらと見受けられる。
お、あれは学生だな。数人でグループになっている彼らの服は同一であるし、話しの内容も勉強だなんだと学園に関してのことだった。魔法学園の生徒なんだろうな。
黒を基調とした学生服は上は同じでも、下は男がズボンで女がスカートと分かれている。なんというか、懐かしい。前の世界では着ていたが、今は全くと言っていいほど着ていないからな。
「あ、あそこに食堂があるっすよ。あそこにするっすよ、良い匂いが漂ってくるし」
懐かしさを感じていた俺にオルブフは興奮した声で呼びかける。確かに彼の視線の先には一軒の食堂があった。
レストランとは異なる雰囲気が漂う食堂からはオルブフの言うようにどこか懐かしい良い匂いが漂ってくる。空腹にはきつい匂いだな。開店したばかりなのか、白い壁はあまり汚れていない。逸るオルブフを抑えながら店内を覗くと三人と一匹が座れる席がある。
ここにするか。……オルブフも我慢できないといった顔だし。
食堂に入ると店員の女性が笑顔を浮かべながらこちらへと振り向いた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「三名で。あと魔獣は入っても?」
「魔獣とでしたら専用の席がございますので大丈夫です。では、こちらへどうぞ」
女性は俺の言葉を聞くと、ガラスで区切られたスペースにある空いていた四人掛けの席へと案内する。二人程座れる木製のベンチが同じく木製のテーブルを挟むようにして設置されている。テーブル上には調味料が置かれており、客が自由に使えるようにしてあった。
俺達が席に座ると、女性は水の入ったグラスと共にメニュー表を机の上に置いて「ごゆっくりと」と言いながら一礼して去っていく。
それにしてもこの内装といいテーブルの上に調味料が置かれているところといい、まるで前の世界の食堂のようじゃないか。以前からあったりするのだろうか。
周りのお客は老若男女様々である。昼休みであろうか数名の男性が仕事の話をしながら食事をとったり、子供連れの夫婦がにこやかに食べている。
笑顔で食べているからこそ、食事がおいしそうに見えるな。特にあの家族が食べているラーメンとか……ってラーメンだと?
少なくとも、こちらの世界に来てラーメンというものは見たことがない。今まで食べてきた場所のメニューにラーメンという記述はなかった。というか、男性達が食べているのってとんかつじゃないか。
なんだろうこの懐かしいメニュー。今までの場所にはなかったがこっちでは普通なのか。
「注文、しないんすか?」
疑問に思っていた俺にオルブフがメニュー表を渡しながら尋ねる。あぁ、内装やらに夢中で料理を決めていなかった。
オルブフ達に謝りながらメニュー表を開く。次の瞬間、目を見開いた。
書かれてある文字は確かに『アトレナス』で扱われる言語だ。しかしそれで書かれているメニューに驚く。
『アトレナス』では定番のホロホルの目玉焼きやキックラビ定食もあるのだがラーメン、とんかつはもちろん、エビフライやら刺身定食やらと懐かしい料理名が並んでいるのだ。あったんだ、ラーメンはもちろん刺身定食だってこちらの世界に。しかし今まで見たことはないのが少し疑問である。
驚く俺をオルブフとリアナは不思議そうな目で見ながらも、決して早く決めろとは催促してこない。思考を切り替えてメニューを選ぶ。ラーメンでいいか。
「すいません、注文よろしいでしょうか」
俺がメニューを決めたのを見るとリアナが店員を呼ぶ。先程の女性の店員が厨房の奥から笑顔でやってきた。
リアナは女性に料理を伝える。どうやら二人はとんかつとエビフライにしたようだ。メニューを読む際、料理名の最後が疑問形だったので好奇心で頼んでみたのかもしれない。
ロルは我慢できなさそうにこちらを向いて一声鳴いたので魔力を与えておく。おいしそうに食べるなぁ、いつも。
リアナが料理を全て注文し終えた後、オルブフが女性の店員へと話しかけた。
「それにしても珍しい内装っすね。今まで見たことないっすよ」
「お客さんは魔法学園外からいらっしゃったのですね。それならば物珍しいのも当然です」
オルブフの言葉に納得したような女性はにこやかな笑みを浮かべたまま話を続ける。
「魔法学園に異世界の方々が召喚されたのはご存じだとは思いますが、実はその方々がこのような提案をなさってくれたのですよ。最初は私達も戸惑っていたのですが、この内装といい料理といい良いものだったし物珍しさも相まって今ではかなりこれらのメニューを扱ったり内装を提案されたものにしています。料理だけでなく、学園で教えられている勉学なども本当に素晴らしくて!異世界の方々の中には『第二図書館』の主もいらっしゃいますし、学園も安泰ですよ」
女性は当時のことを思い出すように宙へ視線を向けた。その顔には笑みが浮かべられており、心の底から異世界人達を称賛しているようである。
しかし注文を受けていたのを思い出したのか我に返った女性は、俺達へと謝りながら一礼した。そしてメニューを再確認すると、急ぐようにして厨房へと引っ込んでいった。
彼女の言う召喚された異世界人とは教師達のことだろう。オブリナント大帝国で生徒達がそれらしいことを言っていたし、勉学を教えているとも言っているしな。 加えて、彼女の言葉から分かるのは『第二図書館』の主は魔法学園にて召喚されたこと。
店員の女性の話を聞くに料理は家庭科の、勉学関連は数学などの教師がやったのかもしれない。現状を詳しく把握しているわけではないが、料理で言うなら確かに前の世界らしさが出ている。
国語や英語担当の教師はどうなのだろうか。前の世界で教えていたこととは基準が異なるだろうし、元からいた教師に教わっていたりするのだろうか。もしそうなら、あれだな。大変である。
あれからオルブフとリアナにとんかつやエビフライがどういうものか説明していると、料理が運ばれてきた。
俺の前に置かれたラーメンは匂いや見た目も前の世界のものと同じである。湯気とともに鼻へと昇って来るとんこつスープの匂いは空腹を刺激してくる。
麺は細麺、教えた人が指示でもしたのだろうか。チャーシューの代わりにキックラビの肉が添えられているが、さすがにメンマは無かった。代わりにもやしのような、しかしもやしよりも透明度の高いもやしもどきが乗せられている。
一方リアナの前にはエビフライが置かれる。
香ばしい匂いを漂わせるキツネ色の衣をまとったエビフライは大きく、そして長い。尾が赤ではなく緑である辺り、エビに似た魔獣なのだろう。別として置かれた小皿は二つに仕切られており、タルタルソースのようなものとソースのような香りを放つものとが別々に添えられていた。
傍には前の世界のキャベツよりも濃い緑色のキャベツもどきが添えられており、彩りを加えている。
そしてオルブフはとんかつである。
エビフライと同様きつね色の衣は少し大き目の肉を包み、そのうえには懐かしい匂いを放つとんかつソースがかけられている。ソースの濃い匂いととんかつの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
エビフライに添えられているキャベツもどきと同じものがとんかつの下に敷くようにして添えらえていた。
「初めて見るっすね。良い匂いなんすけど」
「私も初めてよ……。とりあえず食べてみないと判断のしようがないわ」
目の前の二人が料理を前にして呟き合う。その光景に思わず笑みが洩れそうだったので我慢する。二人にとっては初めて見る料理かもしれないが、俺にとっては馴染みのものである。どちらもおいしそうであるから不安に思うことはないと思う。
二人が食べるのを待っていると、オルブフとリアナは意を決したようにそれぞれエビフライととんかつを口に入れた。
最初は眉間に少しばかり皺が寄っている二人だったが、一口二口と噛んでいくうちに眉間の皺が消えていく。反対に辛抱できないと笑みが浮かび始めた。
「おいしい、おいしいわ」
「このソースも良い香り、良い味っす」
そう言うと二人は幸せそうな顔を伴って目の前の料理に集中し始めた。その様子を少し笑みを浮かべて見ていた俺も目の前のラーメンを食べ始める。
麺はスープが絡みつき口の中でとんこつの風味が広がる。キックラビの肉は固くなく、程よい柔らかさを持っていた。
確かにおいしい。こっちで食べることができるとは予想にしていなかったために、より美味しく感じた。二人と同じように思わず笑みが漏れてしまいそうである。
魔法学園に来てこうも懐かしい思いをするとは思わなかったが、久々にラーメンを食べることもできた。食堂の内装なども懐かしいものであったし、探そうと思えば他にも見つかるかもしれないな。
そんなことを考えつつも、目の前のラーメンに舌鼓をうった。
食事を終えて代金である銀貨一枚を払う。後ろに女性店員の「ありがとうございました」という声を聞きながら食堂を出た。陽は少し傾きかけているものの、まだ明るい。予定通り仕事ができるな。
俺達はおいしい料理の余韻に浸りながらも、その場を後にした。
昼食を終えた後、ほくほく顔で大きな通りを離れ人目につかない薄暗い路地へと俺達は入る。ここら辺でいいか。<レーダー>を確認してみると周りに人はいない。加えて通りからは目につきにくい位置である。
どうしてここへと来たか、それはこれから「仕事」をしなければならないからだ。まぁ簡単に言えば五大祭に向けて『第五遊技場』の催し物である遊技場を建設しようという話である。
路地の半ばあたりに立ち止まるとリアナが少しばかり辺りを気にしながら話しかけてくる。
「秋人様、辺りには人もいないようです。仕事に取り掛かりますか?」
「仕事道具もきちんと持ってきてるっすよ」
リアナの言葉に合わせるようにオルブフはそう言うと疑似空間から仕事用の道具を取り出す。見た目普通のトンカチやのこぎりなのだが、やはり『第五遊技場』製。性能は規格外である。少なくとも軽く振っただけで厚く太い木を両断できるのこぎりを俺は他に知らない。そもそも、それをのこぎりと呼んでいいのか少しばかり疑問である。
それはさておき、俺も準備万端だ。用意は誰もがしているようなので、これから向うか。
「それじゃ行くぞ」
「了解っす」
「了解です」
俺の言葉に二人が頷きながら答えると、自身の体にハイドをかける。俺も自身とロルにハイドの魔法をかけた。これで誰にもばれることなく仕事ができる。
それぞれがハイドの魔法をかけ終えると、次の新たな魔法の用意を始める。俺は先に行っておくか。
魔法名を唱えることなく、「仕事場」へと移動する。傍には羽を羽ばたかせているロルがいた。数秒して、オルブフとリアナの姿が下から現れる。
遊技場の建設は街の外ではない。かといって空いた街中の土地に建てるわけでもない。建設に十分な場所は無い。
それならばどこに建てればよいか、土地が無いのなら地に建てる必要は無い。
「それにしても、風が少し寒いな」
「遮るような建物もないっすからね」
「秋人様、オルブフ、建設を始めましょうか」
上を仰げば雲がまばらに存在する青空が広がり、暖かい日差しが何かに遮られることもなく降り注ぐ。風は建物で緩和されることなく直接体へとぶつかって来た。
下を見れば店を出入りする人、通りを数名固まって歩く人と様々である。斜め下には時計塔の先端が見え、その下には魔法学園と辛うじて授業の終わった生徒達の姿が見える。
正面を向けば街を囲うようにしてそびえる壁と門が遠目に見えた。
俺達が会話を繰り広げているのは街の真上、いわゆる空中である。
街の外に建てられてないのなら、街中に建てられないのなら街の上である空中に建ててしまえばいい。そのような考えで今回の建設は空中に決まったのだ。
「んじゃ、始めるか」
アイテムボックスからいつもの武器ではない鈍く光る無骨なトンカチを取り出す。柄が革で巻かれているだけのトンカチだ。
オルブフとリアナもそれぞれのこぎりなどの工具を取り出した。
さて、『第五遊技場』の催し物である空中遊技場の建設を始めるか。




