第26話~出発、そして熊~
翌朝、帝都を旅立つ日となった。現在の時刻は朝八時くらいだろうか。既に宿は引き払っており、俺達は帝都を出入りする門前へと来ていた。
ヴィレンドーさんとはここでお別れである。本当は宿屋の前で別れようと思ったのだが、ここまで見送らせてくれと彼が言ったのだ。
開け放たれている重厚な両開きの門は朝日を受けて金属独特の光沢を放ち鈍く光っている。見上げるとその巨大さからどこか自分のほうへと押しかかって来るような威圧感を感じさせた。近くから見上げる分、その感覚が強い。
視線を下に落とすと多くの馬車が帝都から出ており、馬車にはそれぞれ護衛であろう数名の冒険者達が乗っていた。幌のある馬車だけでなく荷物がむき出しの荷馬車と種類が様々である。
荷物を見るに半分近くの人が五大祭で自分も何かしら出店しようという商人のようであった。そうか、場所取りとかも重要だからな。人が集まりそうなところなら、各主の催し物が行われる場所の近くだろう。そこなら人が多く寄るだろうし。
自分達の場所はどこにしようかと考えている俺にヴィレンドーさんが笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「秋人殿、ここでお別れだがまたいつか機会があれば」
「はい、また会える日を楽しみにしています。今回は案内してくださってありがとうございました」
ヴィレンドーさんの言葉に俺も笑みを浮かべてそう返す。案内のお礼を言うと彼は「かまわないよ」といった風に首を横に振った。
「案内をしていた日々、本当に楽しかった。五大祭、頑張れよ」
満面の笑みを浮かべた彼の言葉にこちらも笑みが深くなる。暖かい応援の言葉が胸に染み入るようだ。
オルブフとリアナも笑みを顔に浮かべお礼の言葉を言い、ロルは言葉ではないが一声達者でといった様子で鳴く。
日の光とは異なる温もりが四人と一匹を包んでいるようだった。
別れは惜しいが、そろそろ時間である。ヴィレンドーさんと別れ俺達は帝都の門をくぐり、目的地へと向かい始めた。
後ろを振り返ると笑みを浮かべたヴィレンドーさんが手を振っている。俺達もそれに振り返しつつも「元気で!」と開いた距離でも彼に聞こえるように俺達は大きな声で返す。
ヴィレンドーさんもそれに大きな声で明るく返事をした。
寒さを和らげるような暖かい朝の日差しの中、ヴィレンドーさんと別れ帝都を後にする。親しかった人との別れはどこか悲しくもあり、だがいつか会えるだろうという思いが湧き上がっていた。
帝都を離れ、目的地であるオーライト独立国へと向けて森の中を歩いていた。
昼時近くの陽の光が木漏れ日となって森の中を通る整備された道へと落ちている。木漏れ日でわずかに暖かさは感じるものの空気の冷たさのほうが上回っているらしく肌寒い。
寒さを予想してコートを皆着ているのだが、着ていてよかった。
ロルは寒さなどお構いなしに空を快適に飛んでいる。<レーダー>であたりに人がいないことは確認済みなのでヴィジョンを解いて自由にさせていた。
道中は魔獣の襲撃もなく順調である。このままいけば予定より早く到着するかもしれない。特に目新しいこともないので目的地、オーライト独立国について考えることにしようか。
オーライト独立国というのは略称である。正しくはオーライト魔法学園独立国だ。
最初の頃はオブリナント大帝国領だったらしいのだが、魔法学園が有名になったことで生徒達が増えた。その生徒の中には平民もいるが中には各国の貴族や王子王女などもいるのである。
次の世代を担う各国の若い者達が集う学び舎、敵対している国ならば学園を狙えば人質にしたり危ぶまれる芽を摘むことができる。
そのことに危機感を感じた各国の統治者達は会議を行い、結果魔法学園とそれを囲むある程度の土地をまとめて不干渉地帯としたのだ。
しかしそれではオブリナント大帝国はどうなるのか。当時は帝国の領内に魔法学園が存在するわけだからな。
そこで魔法学園を帝国領から切り離すということが決まり、不干渉でどこの国にも所属していない場所として定義づけられた。
それならば国として定義したほうがややこしくないのではないか、となりオーライト魔法学園独立国がつくられたのだ。そのころには人も国と名乗ることができるくらいには多かったし、周辺には村や小さな街もできていた。
まぁ、実際独立国とは言わずにオーライト魔法学園、または魔法学園と呼ぶのだが。
政治の中枢は魔法学園、長は学園長である。政治と教育では扱う部署が違うという話は聞くが、そこまで詳しくは無い。
ちなみにオーライト魔法学園独立国には国として扱われる代わりに他国に戦を仕掛けない、相手が攻めてきた場合のみ防衛としての攻撃を許す、という決まりがある。
五大祭が開かれるのは首都である魔法学園のある街だ。その街は円形となっており、中心に魔法学園が建っている。
魔法学園は身分など関係無く入ることができる。だからといって身分の違いによるいざこざが無いというわけではないらしい。こればっかりは伝聞の為正確とは言えないかもしれないが。
歩きながら魔法学園について考えていると、右隣を歩いていたオルブフがこちらへと寄ってきた。
「秋人様、今のうちにどこら辺に遊技場を設置するか決めるっす」
「ゲートは使えないわけだからな。となったら広さを考えても街の外か?」
オルブフの言葉に考えこみながら呟く。
「ですがどの世界の主も街の中で催し物を開きます。神々の祭りの雰囲気を楽しみながら、という意見を考えるのならば街の外というのは守れているか少々不安ですね」
会話へと加わってきたリアナの言葉にそれもそうだと唸る。あれ、そういえば。
「第二、第三、第四は街中で開けることは想像できるが第一はどうするんだ。催し物の内容と規模を考えたらそこそこ広い闘技場が必要だと思うのだが」
「第一は学園内にある訓練用の闘技場を使うらしいです。広さも申し分ないらしいとか」
「そうなのか。結局どこも街の中というわけだが……これでうちが街の外となると神様達の意見も五大祭の形式も無視することになるな」
どちらにしても街中に作ることは決定なのだが、それなら広さが足りない。どうしたものかと唸りながら考える。
「どうしたものっすかね」
「本当にね……」
オルブフとリアナも歩きながら解決方法を考えていた。
……いや、解決方法ならあるな。これならば広さも解決できるし開く場所が街中と言う条件も満たせる。
いまだ考えている二人に声をかけると、二人は俯いていた顔を上げてこちらへと向けた。
「二人とも、これではどうだろうか」
俺はそう切り出すと、先程思いついた考えを二人へと説明しだす。
空の上ではロルが我関せずといった様子で楽しそうに空を飛んでいた。
時刻は夜、魔獣による襲撃もないため順調に進んでおり現在帝都から結構離れたところまで来ている。
夜空には星と月が浮かび、その姿を淡い光で主張していた。森の中で少々開けたところで焚き火をたき、近くにテントを張って野営の準備をする。今日はここで寝るのだ。
暗闇を橙色と紅色が混ざり合った光で照らす焚き火を囲むようにして俺達三人と一匹で夕食をとる。夕食は干し肉とパンだ。ロルには俺の魔力を与えておいた。
魔力を与える際に気づいたのだが、鉤爪や足の爪が以前より鋭くなっている。加えて先程ロルが別の魔獣を倒していた姿を見かけていた。甘えてくる姿は変わらないのだが、こいつも成長しているのだな。
ロルの成長をしみじみと感じていると、焚き火をはさんで向こう側に座っていたオルブフがこちらを向いた。
「野営っすから交代制で見張りをしなければいけないんすけど、どの順番で行くっすかね」
「リアナ、俺、オルブフの順番でいいんじゃないか。これなら二人とも連続で休めるだろう」
オルブフの言葉に提案する。この順番であるなら最初のリアナは後の時間を起きることなく休めるし、オルブフは自分の番の前の時間を起きることなく休める。
「それでは秋人様が途中で起きることになります。それでは十分に休めないでしょう」
「そうっすよ、秋人様。リアナ、俺、秋人様の順番にしましょうよ」
俺の提案にリアナとオルブフが代替案を提案してくる。気遣ってくれるのは嬉しいのだが、別に俺はそれぐらい気にしたりはしない。
その後、俺が提案した順番で行こうとしてもリアナとオルブフが許可してくれなかった。結局は順番はオルブフが提案したものとなる。
……別に俺は最初の案で構わなかったのだが。
「秋人様、そろそろ見張りの交代っす」
「あぁ、そんな時間か。ありがとう、今起きる」
夕食後、テントの中で寝ていた俺をオルブフが揺すりながら起こす。テントの中からは分からないがもう朝近く、俺が見張りの時間だろう。俺の左隣には最初に見張りを終えたリアナが小さく寝息を立てていた。
覚醒し始めた意識を上へと向けるとロルがオルブフの声で目覚めたのか体を一回震わせて寝ぼけ眼でオルブフと俺を交互に見ている。
見張りを終えた為か眠そうなオルブフに代わり、見張りに出ようと音を立てずに中腰で立つ。
「んじゃ、お休み、オルブフ」
「お休みっす。あ~、眠い」
オルブフにそう告げてテントの出口へと向かう。オルブフは返事をするも、自分の寝床にすぐさま横になって寝息をたてはじめる。
テントから出ようとした瞬間、後ろで何かが動く気配を感じた。そちらを見るとロルが俺の後をついてきている。さすがに今鳴き声を上げるのは寝ている二人の邪魔になると理解しているのか、鳴き声を上げたりはしていない。
「ロル、お前はまだ寝ててもいいんだぞ」
小声でそう言うとロルは首を横に振る。この様子だと断っても聞かないだろう、仕方ない。
テントの外へと出ながら、ロルに一緒に見張りをしようと言うと嬉しそうな顔を浮かべるロル。その様子に微笑ましく思いながらも見張りを始めた。
赤い点で表示されるものを魔獣と人に設定した<レーダー>にはテントに近づいている赤い点はない。
<レーダー>に意識を割きつつ、≪魔銃・ヴォルカス≫の動作確認を行う。うん、いつも通りどの種類の魔法も扱うことができるな。『第五遊技場』特有の魔法も扱うことが出来たし、魔法の種類によって別の武器が必要と言う事態が無いことを考えると気が楽だな。
一緒に外に出たはずのロルはふらっと傍を離れて森の中へと姿を消した。それらしい赤い点が<レーダー>に表示されている。あれ、ロルと思しき赤い点の前にもう一つ赤い点が表示されたな。
<レーダー>でその様子を見ていると、ロルと思しき赤い点が目の前の赤い点に急速に近づいた。次の瞬間、ロルではない別の赤い点が消える。それはつまり死んだということである。
って、ちょっと待て、あいつ何を殺した! 魔獣か、それともまさか人か? なまじギルドで武器を壊すような技量を見たものだから余計不安があおられる。
動揺している俺をよそにロルと思しき赤い点はこちらへとまっすぐに近づいてきていた。森の中でまっすぐというのは無理だから空を飛んでいるのだろう。
しばらくして頭上から羽ばたく音が徐々に大きくなってくる。それと同時に辺りが暗くなった。影の中に入ったのだろうが、ロルの影にしてはやけに大きすぎやしないだろうか。
そう思ってロルがいるであろう上を見上げる。
「は?」
目の前には空中に浮かぶ巨大な熊の死体がある。いや、え、なんで?
混乱していると俺の真上から離れ、すぐそばに熊の死体がゆっくりと音を立てずに地面へと下ろされる。そしてその熊の上には足の爪をしっかりと食い込ませ、自慢げな顔をしているロルの姿があった。
「ロル、お前がこれを倒したのか?」
「ピニョ」
熊の上から降りてこちらへと近寄ってきたロルに問うと、どうだと言わんばかりの顔で答えるロル。そして誉めてといったように頭をこちらへ摺り寄せてきた。
その頭を撫でながら熊の魔獣を見る。上半身と下半身を両断するような大きな切り傷があり、そこからは血が出ていない。よく目を凝らしてみると、どうやら傷口が凍っているようだった。もし凍っていなければ今頃上半身と下半身は断たれた状態だろう。
それ以外に熊の魔獣の体に傷が見当たらないということは、先程の一撃で仕留めたということか。
ホロホルの後にはてなマークでもつきそうだが、ホロホルであるロルが魔獣を狩った。経った時間を考えれば、一人で狩りをしてもおかしくはない。ホロホルが熊を狩るのかと聞かれたら返答に困るが。
しかしなんだろうか、この気持ち。ずっと子供だと思っていたのに気づいたらもう立派になっていることへの寂しさ。……俺はロルの親か。
複雑な気持ちになりながらも、いまだ甘えるように摺り寄せるロルの頭を撫で続けた。
ちなみにあの後オルブフ達に聞いてみると、あの熊の魔獣はランクで言うならAに相当するらしい。熊の魔獣はさばいた後、ロルの朝ごはんとなった。
今度から朝の訓練にロルも付き合ってもらおうかと半ば本気で考えながら、俺達はその場を後にした。




