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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第二章
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第23話~宿屋、そして観光一日目~

 帝都に来た日の翌日、現在は朝である。朝日が差し込む窓を見てみると快晴、良い天気だ。陽の暖かさはあるものの空気は寒く、ベッドの布団が恋しくなりまだくるまっていたくなる。

 その思いを抑えながらもベッドから起きると、すでにオルブフは起きていた。小さなテーブルの傍らに立っていた彼の手にはタオル、顔を洗ったのだろう。


「おはようございますっす、秋人様。眠そうっすね」

「まだな……。俺も顔を洗うか」


 オルブフの言葉にそう返すと、タオルを持って洗面台のある部屋へと向かう。テーブルのすぐそばにある木製の扉を開くと、小さな部屋に洗面台が備えられていた。

 ぼんやりとした頭で蛇口をひねり水を出すと顔を洗う。冬も近いためか、水の冷たさが肌を刺すように感じられてすぐに眠気を取ることができた。

 眠気を取ることができたのはいいが……水が冷たい。


 ついでにとトイレを済ませてその部屋を出ると、リアナとヴィレンドーさんが起きていた。二人ともまだ眠そうな顔で布団をしっかりと握っている。なんだか二度寝しそうな雰囲気だな。


「おはよう、リアナ。ヴィレンドーさん、おはようございます」

「おはようございます……秋人様……」

「あぁ……おはよう……」


 朝の挨拶をすると、夢うつつと言った様子で返された。このまま寝たら当分起きないと頭のどこかで分かっているのだろうか。布団を離しはしないもののどうにか再びベッドに横にならないようにしている様子だ。

 その様子に苦笑を浮かべながらも、起きるなら顔を洗ったらどうだと提案すると二人はゆるりと頷きながら洗面台へと向かった。

 二人が洗面台へと向かうのを見届けながら、椅子に座る。ベッドに座ったらもう一度寝てしまうかもしれないからだ。寝るつもりがないのに寝てしまう、それは避けたいしな。


「ロル、こっちにこい」

「ピニョ」


 起きていたロルを呼ぶと、ロルは目が覚めているのか眠そうな雰囲気をせずにこちらへと寄ってきた。

 オルブフとたわいもない話をしつつロルを撫でながら、二人が戻ってくるのを待つ。

 しばらくして二人は戻った。起きた時より眠気が幾分取れているのが顔を見て分かる。


「お待たせしてすみません。それでは食堂へ向かいましょうか」


 リアナの言葉に一つ頷く。オルブフとヴィレンドーさんも頷いて、各自荷物を持ち部屋を出た。全員が出るとリアナが部屋の鍵をかける。

 綺麗に掃除された廊下を進み、廊下中央に位置する階段を一階へと降りる。

 宿屋の一階は広く、複数の受付口や椅子、テーブルが設置されていた。さながら豪華なホテルのロビーのようである。シャンデリアとかはないけど。


「えっと食堂への道はと……」

「あっちっすね。ほら、あそこの通路っす」


 オルブフが言いながら指差す方向を見てみる。受付の横、宿の入口とは異なる通路の出入り口があった。良いものだと一目で分かる明るい色の材木で作られた観音開きの扉は左右ともに開け放たれており、先程から客が出入りしている。宿屋と食堂をつなぐ通路だ。

 行き交う人々を避けるようにして通路へと向かう。


「おぉ、これはすごいな」

「確かに、すごいですわね」


 通路を見て思わず感嘆してしまうと、リアナもそれに賛同した。

 木製の通路の両端には腰ほどの高さの柵があり、その向こうは庭となっている。庭には多種多様な木や花が存在していた。

 長方形の花壇が計四つあり、花壇内では赤や黄、白などの色彩豊かな花が咲いていた。どれもが冬から咲く花なのだろう。冷たい風に揺られて小さく揺れている様はのどかな雰囲気を出していた。

 こちらから見て花壇の向こう、そこには綺麗に切りそろえられた木々が存在している。中には赤や白の花をつけている木々もあり、一目見て良いと思える光景の庭である。

 庭の風景を全員で楽しみながら歩いていると、目の前には先程と同じような扉が開け放たれていた。扉からは空腹を刺激するような匂いが漂ってくる。


「ここが食堂か、広いな」


 食堂に入ると、思わずその広さに圧倒されてしまう。この宿の食堂はバリエレイアやハイデラの食堂よりもかなり広い。通路右手にはキッチン、そして左手には十数個の丸テーブルが備えつけられている。

 朝ということもあって満席ではない。宿泊客以外の人も通りに面した扉からやって来ていた。

 中には魔獣を引き連れている人もいることから、魔獣の連れ込みは大丈夫なのだろう。


「席につこうか、秋人殿」

「そうですね」


 ヴィレンドーさんの言葉に、呆気にとられていた俺は意識を戻してそう答える。手近にあった空いている席へと座ると、キッチンの方から店員がすぐさまやってきた。風景といいなんだか前の世界のレストランをどうしても思い起こしてしまう。なんだか、懐かしいな。


「いらっしゃいませ。決まりましたらお呼びください」


 そう言いながら手に持っていた盆からメニューと水の入ったグラスを四つ、テーブルに置く。置き終わると店員は一礼して、キッチンへと去っていった。


「どれがいいっすかね~」

「朝ならばこのフローテセットが人気だぞ」


 オルブフがメニューを机に開きながら言うと、ヴィレンドーさんはメニューに載った料理のひとつを指した。

 これはまた……値段が高いな。よほど良い素材を使っているのかもな。

 そんなことを考えていると、どうやら三人はフローテセットと決めたらしくこちらを見ていた。俺もそれにするか。


「俺もフローテセットにするか。ロルは俺の魔力でいいか?」

「ピニョ!」


 俺の言葉にロルは元気よく頷く。それを見て魔力を与え始めると、ロルは何やら口をもごもごと咀嚼するように動かし始めた。おいしそうに食べるな、こいつ。


「わかりました。すみません、注文いいですか?」


 リアナが片手をあげながら近くの店員を呼び止める。少し大きく発せられたその声で、近くの人達の視線がちらりとこちらへと向けられた。

 少し見るつもりだったその視線が、どれもリアナを見ると凝視してしまっているように見える。まぁ、リアナは美人だからな……。

 しかしさすがに不躾だと思ったのか、凝視されていた視線は少しずつ外されていく。一方見られていたリアナはその視線を気にすることなく、注文を終えていた。

 机の上には料金の書かれた紙があり、ぺらりとめくって怖さ半分で見てみる。

 ……金貨一枚と銀貨九枚、高ぇ。




「お待たせしました」


 しばらく待っていると料理が運ばれてきた。フローテセットの中身はパン、スープ、フルーツ、そしてサラダがそえられたメインの料理である。


「ずいぶんと豪勢だな」

「本当っすね。俺達のほうでもフルーツとか付けたりするっすか?」

「秋人様、以降の朝食はこのような感じに?」

「い、いや、しなくていい。今ので十分だ」


 思わず呟いてしまった言葉に、オルブフとリアナが返す。いや、朝食は今ので十分だから。二人ともどこか張り合っているような様子である。本当に張り合わなくていいのだが。

 二人はどこか残念そうにしながらも頷いて食事へと戻った。少し焦ったが、俺も食事に集中するとしよう。

 表面がおいしそうなきつね色のパンは焼きたてなのだろうか、触ってみると暖かい。ほんのりと香ばしい匂いがしてくる。スープは朝だからだろう、味付けは濃いというわけではない。香辛料が程よく使われておりおいしい。小さな器に入ったフルーツは色とりどりでどれも瑞々しかった。

 メインの料理はオムレツである。この卵はホロホルじゃないな、青色ではなく見慣れた黄色だ。魔獣によって黄身の色も異なるのだろうか。鮮やかな黄色のオムレツにはソースがかけられており、その匂いはさらに食欲をそそっている。傍にそえられたサラダはシャキシャキとして新鮮だ。


「この卵、ホロホルじゃないな」

「この卵はフローテの卵っすね。鳥系の魔獣っすけど、入手が困難なんすよ」


 俺の呟きにオルブフが料理の手を止めて教えてくれた。へぇ、これはフローテの卵か。


「そういえば、今日の観光はどこに?」


 朝食をとりながら何気なくヴィレンドーさんに聞いてみる。ヴィレンドーさんはパンを片手にこちらを見た。


「最低でも二か所は紹介しようかとな。結構遠い所もあるから、朝食を食べたら少し休んで行きたいのだが」

「わかりました」


 彼の言葉に頷いて再び朝食を食べ始める。どこを観光するのか期待しながら、料理を味わった。




「それでは、向かおうか」


 朝食を終えて少し休み、宿屋前の通りへと出た俺達にヴィレンドーさんが言う。人通りはそこそこあり、そこかしこの店も開いていた。時々どこからか客引きの明るい声が聞こえてくる。

 ちなみに朝食の代金は俺が払った。ヴィレンドーさんは払うと言ったが彼は観光案内をしてくれるのだ、これぐらいしたほうがいいだろう。


「まずはギルドだな」

「あれ、でも昨日見ましたよね」


 意気揚々とギルドのある広場へと向かうヴィレンドーさんの後をついていきながら尋ねる。

 昨日色々と話し込む際にいた場所はギルド前である。もう一度みるのだろうか。


「昨日見たから簡単な説明だけだ」


 俺の疑問にヴィレンドーさんは歩きながら答える。なるほどと小さく頷いてから再び意識を前へと向けた。

 広場に近づくにつれて、まだ昼時ではないにも関わらず人の数が多くなっていく。歩いているとどこからか明るい客引きの声が届いた。

 しばらくして円の形を成した石畳の広場へと出る。そこは昨日、ゲートから出た時ほどの人はいないもののかなりの数の人がひしめきあっていた。話題は様々だが、五大祭への期待の声が多いように感じられる。よほど楽しみなのだろう。


「ここが帝都の中央広場だが、昨日来たな。そして向かって奥にある巨大な建物はもう知っているとは思うがギルドだ」


 通りから広場を眺めるようにして、ヴィレンドーさんが解説を始める。


「ちなみにこのギルドは各地にあるギルドの中でも特別なギルドだ」

「特別な?」


 俺の疑問にヴィレンドーさんは食いついてきたと愉しげな顔を浮かべて、説明を再開した。


「一番初めにできたギルドがこのギルドだ。区別するようにこのギルドを本部、他を支部と呼んでいる」


 へぇ、このギルドが最初に創設されたギルドか。他の首都のギルドがどれぐらいの規模なのかは分からないが、ハイデラやバリエレイアとは建物の規模もさることながら出入りする人もかなり多い。


「ギルド前は待ち合わせ場所などに使われていてな。ほらあの通り」


 ヴィレンドーさんの指差す先には、来た当初にも見たギルド前で誰かを待つような人々の姿。冒険者以外の人もいるのだが、割合として冒険者が多いだろう。

 待ち合わせをしていた冒険者は、最近起こっている魔獣についての奇妙な状況を話ながら仕事へと出かけている。


「では次の場所に行こうか」


 ヴィレンドーさんはそう言うと、広場を突っ切って別の通りへと向かい始める。慌てて俺達は彼らの後を追った。



 時刻は昼過ぎ。広場にある食堂で昼食をすませた後だ。

 広場を突っ切って通りをしばらく歩くと、先導していたヴィレンドーさんが立ち止まり右手を向いた。どうやら次の目的地にたどり着いたらしい。

 彼が見る方に視線をやると一軒の鍛冶屋が建っていた。ショーウィンドウには剣や槍などの武器から始まり、革鎧や甲冑などの防具も並んでいる。どれも値段を見てみるとそこそこ高い。少なくとも、新人の冒険者が買おうとするにはきついだろう。


「ここは帝都でも有名な鍛冶屋だ。腕も良いから客も多い。冒険者だけでなく、兵士でも多くが利用するほどだ」

「ですがこの値段なら新人にはきついでしょう。ある程度の手練れや金が多い人でないと」


 俺の疑問にヴィレンドーさんはにっこりと笑みを浮かべて顔を横に振った。


「いや、違う。確かに高い武具もあるが、新人向けの武器防具だってある。まぁ、中を入ってみれば分かるから、入るか」


 そう言うとヴィレンドーさんは店の扉を開けた。ドアベルが揺れて慎ましく涼やかな音を立てる。

 ヴィレンドーさんの後について店内へと入ると扉の傍にはヴィレンドーさん、そして中には数名の冒険者が並べられている武器防具を物色していた。

 カウンターには気難しそうな年配の男性と新人と一目で分かる武具の年若い男性が何やら話している。 年配の男性の顔は厳めしく顎には立派な白鬚、鍛冶の為に腕は太くてどこか迫力がある男性だ。もしかしたらこの店の店主ではないだろうか。一方の新人冒険者は男性の言葉を真剣に聞いている。

 カウンターの上には片手剣が一つ置かれていた。


「おめぇのような新人に合うのはこの剣だな」

「あの店先に並んでいたような武器では……」


 新人の冒険者は叶うとは思っていないといった様子で男性に問う。男性は首を横に振った。


「少なくとも今のお前じゃだめだ。……もっと腕を上げてから来な、その時の実力でお前に合う武器を再び見繕ってやるよ」


 静かな男性の言葉に、新人の冒険者は一瞬呆けた様子だったがすぐさま気合いを入れて明るい顔になる。


「はい!では、代金です。ありがとうございました」

「おう」


 お金を渡して新人の冒険者は意気揚々と片手剣を持って店の外へと出た。それと入れ替わるようにヴィレンドーさんがカウンターへと向かい、男性の前に立つ。男性はこちらを少し訝しげに見た。


「何か注文……って様子には見えねぇな」

「えぇ、そうですよ。帝都で有名な店として彼らに紹介していたんです」


 ヴィレンドーさんの言葉に男性はこちらへと視線を向ける。しばらく何かを値踏みするような視線がこちらへと向けられていたが、それを止めると俺達に話しかける。


「しかし……なんともあべこべの奴らだな。服装と力量がちぐはぐだ。異世界人以来だが、あんたらはあいつらよりひどいな」


 男性の言葉に思わず彼を見る。


「異世界人って、確か各国に召喚された人達ですよね?彼ら、この店を利用しているのですか」

「おう、帝都に召喚された異世界人達はよくこの店に来るな。なんでもこの国の兵士になるとか。中には冒険者になる人もいたらしい。あいつらも来た当初はちぐはぐだったな、レベルが高いのに妙に戦闘には慣れていないようで」


 男性は昔を思い出すようにしゃべる。

 異世界人というのは俺が通っていた学校の連中だろう。あいつら、この国で兵士になるのか。アグレナス王国にいた連中も兵士や冒険者になっていたりするのだろうか。


「しかし人が途絶えることないっすね。さすが帝都でも有名な店」


 オルブフが辺りを見回しながらそう呟く。彼の言う通り、先程から店内に人が誰もいない、ということがない。結構繁盛しているな。

 男性は武器防具を物色している人達を見ながら言う。


「近々五大祭が開かれるからって、それに備えて買いに来る連中が多いんだよ。ほら、『第一闘技場』が開くトーナメント形式の試合、あれだよ」

「確かに五大祭で開かれる催し物の中でありましたね」


 俺の言葉に男性は大きく一つ頷いた。


「おう。この国の力を重視するという気風も相まって多くの冒険者や兵士が出場するらしくてな。まぁ、気風だけではないのかもしれんが」


 男性の言葉になるほどと言いながら頷く。予想はしていたが結構大規模だな、その試合。

 そう考える俺をよそにヴィレンドーさんと男性は話を弾ませていた。邪魔するのも悪いし、辺りの武器防具を物色でもするか。

 ちなみにロルは店内だからか静かである。入店からずっと俺の傍を離れていない。離れていたら相手は普通のホロホルに見える分邪魔だろうからな。少なくとも俺の傍にいればなんとか大丈夫だろう。


「強そうな人が出そうですね、その試合」

「だが見た目が強そうだからといって強いとは限らないからな」

「良い例が『第一闘技場』の主ですよね」

「確かにな。ありゃ見た目に騙されたら駄目だな」

「そうですね。さて……シュウト殿、そろそろ次の場所に行こうか」


 しばらく男性と話していたヴィレンドーさんは話を切り上げてこちらを向く。話は終わったのか。

 ヴィレンドーさんの言葉に頷き、男性にお辞儀をしながら俺達は店内を出た。

 店を出る際、ヴィレンドーさんからあの男性がこの店の店主なのだと教えてもらう。あぁ、やっぱり。その雰囲気は確かにあった。



 店から出ると、空は赤く夕暮れ時で人通りは昼よりも少なくなっていた。通りを照らす暖かい光は店内から漏れている。仕事終わりの人や冒険者を狙っているのだろう、ぽつぽつと屋台が出されていた。メニューを見れば酒やおつまみなどが記載されている。

 ヴィレンドーさんは時間を確認するように空をわずかに見上げ、すぐにこちらを向いた。


「さてと、時間も丁度良いし今日はこれぐらいだろう。残り二つは明日でもいいだろうか」

「えぇ、構いませんよ」


 ヴィレンドーさんの言葉に頷く。急いで見るよりもゆっくり楽しんでいきたいからな。

 残りは明日と決めると、明かりが照らす通りを宿に向けて俺達は歩いていった。


 観光一日目、終了である。


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