第22話~帝都、そしてギルド前~
ハイデラやバリエレイアとは一線を画す人の多さや賑わい。オブリナント大帝国の中心、帝都は何もかもが異なっていた。
少しの間帝都の空気に呑み込まれるも、意識を戻してオルブフとリアナ、ロルの様子を見る。
オルブフは目を輝かせ、尻尾を左右に振っていた。楽しみだという思いが、言葉にせずとも感じ取れるほどだ。
一方、リアナは一瞬空気に呑まれたがすぐに立ち直す。しかし、どこかそわそわと辺りを見回している辺り、気分が高揚しているのだろう。
まぁ、俺も少し気分が高揚しているんだがな。
休暇ではアグレナス王国の王都には行くつもりが無いということで行かなかった。そのため『第五遊技場』のメンバーで国の首都に来たのはこれが初めてである。気分も上がるというものだ。
ロルはオルブフと同じように目を輝かせて、辺りをしきりに見回している。見るもの全てが新鮮に感じられるのだろう。
あぁ、その前にロルにヴィジョンの魔法をかけないとな。ヴィジョンはAをBに見せるといったような、対象を別のものに見せる魔法だ。
念の為にオルブフ達に話しておいて、ロルにヴィジョンの魔法をすぐさまかけた。
魔法をかけた後ひとまずこのままここにいては邪魔だということでゲートの前を離れ、ギルド前へと向かう。ギルド前には冒険者など様々な人が立っていた。
ここまで大きいギルドなのだ、待ち合わせの目印に使われているのだろう。先程冒険者ではない人達もここで待ち合わせをしていたようだし。
ギルド前に着くと、ヴィレンドーさんがこちらを向いた。
「それで、これからどうするんだ?」
彼の疑問に少し考える。諸々の準備も必要なのだから、出立は最低でも明日か明後日だろう。
「ヴィレンドーさん、ここから祭の行われる地までどれくらいかかりますか?」
俺の問いにヴィレンドーさんは思い出しながらと言った様子で答える。
「一週間近くだろうな。ただ、道中何が起こるか分からないから一週間半近くはかかると考えた方がいい」
「なるほど」
彼の返答に俺は少し考えこむ。傍にいるオルブフとリアナ、ロルは不思議そうな顔でこちらを見ていた。
やはり仕事であるから準備をしてすぐ出立、と行きたいのだが……少しここ帝都で情報収集を行っておきたい。
各世界の主の同行も気になるのだが、もう一つ知りたいことがある。それはオブリナント大帝国に召喚された同じ学校の人間がどうなっているかだ。 フロワリーテさんとかの話だとこの国でも召喚されたはずなのだ。やはり同郷であるなら気になるしな。
『第五遊技場』にいればある程度の話は分かるものの、詳しいことはあまりわからないのだ。噂話で聞ければいいんだがな……遊びに来たお客にそんな話題を振ることは俺にはできない。
よし、情報収集を行うか。
「オルブフにリアナ、少しいいか」
「何っすか?」
「何でしょう?」
考えをまとめた俺が二人に呼びかけると、二人はこちらの目を見て返答する。
「五、六日はここで滞在するがいいか?」
「本当っすか?」
「秋人様、何故でしょう?」
「少し帝都で五大祭関連で各世界の主の動向を知りたくてな。それに――――」
俺の提案にオルブフとリアナが不思議そうな顔で言ってきたので、理由を説明する。っとその前にだ。
「ヴィレンドーさん、オブリナント大帝国にも異世界人が召喚されましたよね?」
「あぁ、確かに召喚されたよ。この帝都にな」
俺の問いにどこか苦々しそうな顔を浮かべるヴィレンドーさん。彼の反応を少し疑問に思っていると、再び彼は言葉を紡ぐ。
「そういえば、同郷だったな。親しい者でもいるのか?」
「いえ、そういうわけではありません。ですがやはり気になるので。アグレナス王国では異世界人は戦いの訓練を行っていましたが、こちらではどうなのかと」
眉間にわずかばかり皺を寄せたヴィレンドーさんの言葉に俺がそう返すと幾らか皺が消える。ヴィレンドーさんの目は何かを思い出すような色を帯びており、その顔からは思い出したことに対してあまり良い感情を抱いていないことを現していた。
一体何があったのだろうか。
そのような顔をしばらくしていたヴィレンドーさんだが、すぐさま振り切るように顔を小さく横に振る。そしていつもの快活な笑みをこちらへと向けた。
「情報収集というのはいい提案だろう。国が違えば得られる情報も異なるからな。しかし滞在するのか……それなら俺にこの帝都を案内させてもらえないだろうか」
「ヴィ、ヴィレンドーさんにですか?」
ヴィレンドーさんの提案に思わず頬が引きつる。いや、神様が案内役とは……なんというか、申し訳ない気持ちになるのだ。
丁重に断ろうとするも、ヴィレンドーさんは引かない。頑として引かない。
しばらく攻防を続けるも、結局俺が折れた。いや、だってな、このままだと埒が明かないんだよ。親切心からだろうけど。
「それでは、よろしくお願いします」
「あぁ、任せてくれ!シュウト殿」
俺の言葉にヴィレンドーさんは大きな声で、胸をこぶしで一回ドンと叩きながら答える。顔には笑みを浮かべており、案内できることが嬉しそうであった。何よりその顔は、友人に向ける類のもので。
そのことに思わず笑みが顔に浮かんでしまう。ヴィレンドーさんが俺のことをどう扱っているのか、その様子から少し分かってしまったからだ。
傍に立つリアナとオルブフもそのことが分かったのか、同じように笑みを浮かべている。
どことなく漂う空気が、柔らかく温もりのあるそれへと変化したような気がした。
現時刻は昼時、太陽は真上へと昇ろうとしている。行き交う人々の多さは朝の比ではなく、大勢があちらこちらを行き交っていた。
飯屋に行く者、ギルドに用事があるという者、はたまたゲートを潜って別世界へと赴く者と大勢である。
より一層賑やかになった広場だが、それに伴い増えたものがある。
俺は小さくため息を吐きながら、傍のロルを見た。
「その前にロルをどうにかしないとな……」
「ピッ?」
俺の言葉を不穏なものととったのだろうか、ロルはぎょっとしたような顔でこちらを見た。
増えたもの、それはこちらを見る視線だ。具体的に言えばロルを見る視線だが。
彼らから見れば少し大き目のホロホルが俺達の足元にいるように見える。そのために通行の邪魔だとか思っているのだろう。小声で抱えるなりすればいいのにといった言葉が聞こえてくる。
ただな、ロルの姿をごまかしているわけで本当に姿を変えているわけではない。小さい時は良かったのだがな……今やったら辛いものがある。
「今まで見たことが無いのだが、その魔獣の種族は何だ?」
俺の言葉から意識がロルに向いたのか、ヴィレンドーさんが不思議そうな顔をロルに向けながら尋ねる。
「ホロホル、なんですよね」
「え?」
ヴィレンドーさんは俺の返答に呆けたような様子で尋ねた。ロルの種族がホロホルと言われて信じられないといったような顔だ。確かにそうなんだよな、何故こうなったのか。
傍にいたオルブフとリアナはしばらくロルの様子を見ていたが、唐突にオルブフが慌てたようにこちらへと顔を向けた。
「というかロルをこのままにしても大丈夫なんすかね。今にでもギルドの人が――――」
「本当にいるのかしら、魔獣」
「多分ね。さっきギルドに入る冒険者達が噂をしていたし」
オルブフの焦った声を遮るように、ギルドの入口から二人組の声が耳に届く。そちらへ視線を向けると、男女がギルドの入口前に立って何やら話していた。
女性の方は長い茶髪を背中まで伸ばしており、男性は少し長めの金髪を後ろで一つに結っていた。
彼らは辺りを見回していたが、こちらへ視線を向けると向かってきた。視線の先には……ロルだな。
「すみません、少しよろしいでしょうか」
「何でしょう」
茶髪の女性がにこやかな笑みを浮かべて、俺に話しかけてくる。金髪の男性は話を茶髪の女性に任せたのかロルへと近寄っていた。しかしオルブフとリアナがさりげなくロルの傍についている。これなら安心だろう。
ロルの方をちらりと確認してから視線を戻すと、女性は依然笑みを浮かべたまま再び言葉を紡ぐ。
「こちらのホロホルは貴方のでしょうか?」
「えぇ、まあ」
「そうですか、ふむ」
女性は何か考えながら視線をロルへと移す。その視線はどこか値踏みしているような、そんな視線だった。
国が違えば扱いも違う、アグレナス王国では特に何も言われなかったがこちらでは魔獣を飼っている場合何かしらの登録が必要なのだろうか。もしそうなら登録する必要があるのだが……。
「ところで何か用でしょうか?」
茶髪の女性に用件を聞く。彼女は視線をこちらへ戻すと何やらほっとしたような顔を浮かべて話出した。
「えぇ。先程ギルドへと入口付近に魔獣がいる、というような連絡がありまして。危険な魔獣だったら最近の魔獣の妙な動向もあって考えものでしたが、ホロホルであるなら安心です」
「なるほど、お騒がせしてすいません」
俺の謝罪に茶髪の女性は「いえいえ」と微笑みながら返す。
とにかく彼らが来た用件は分かったのだが……金髪の男性は先程からじっとロルを見つめている。ロルはどこか居心地が悪そうに体を一回震わせた。
金髪の男性は一体何故そこまでロルを見つめているのだろうか。ホロホルというのは珍しい魔獣ではないのだが。
疑問に思っていると、唐突に金髪の男性が立つ。
「失礼、このホロホルを私にくれないだろうか?」
「いや、何故です?」
男性の提案に思わずそう返してしまう。いや、あまりにも唐突すぎる。理由が分からないのに、はいなどと頷けるはずもない。最も渡すつもりなどないが。
「実は私の大切な人がホロホルを欲していてね。今までホロホルを探していたのだが、どれもしっくりとこない。しかしこのホロホルは違う!これなら彼女も喜んでくれるに違いない!」
どこか急いているような様子で付け加えた男性は、最後辺りなど何か夢見ているような表情でしゃべっていた。
彼女って……恋している相手か?そのための貢物としてロルか、うん、反対だな。最初からそんな気などないが。
そんなことを考えていると小さく吐かれるため息が一つ。そちらを見てみると茶髪の女性が呆れたというような表情を顔に浮かべていた。彼の行動は日常茶飯事だったりするのだろうか。
とりあえず、譲れないとはっきり言わないとな。
「すみませんが、このホロホルは譲れません」
「そんな……」
俺が否定の意を示すと、男性は露骨に残念そうな顔を浮かべた。そこまで必死になることだったのか。その後は何とか譲ってもらおうと事情やら何やらを男性は話すが、まぁ、拒否だよな。
とりあえず、人が飼っているホロホルはあまり狙うなよ。
項垂れた金髪の男性はとぼとぼとギルドへと戻っていく。茶髪の女性はすまないと謝って、彼の後を追ってギルドへと戻っていった。
なんというか、ホロホルとは人気なのだなと思えてしまう。
「実際はホロホルとは思えない容姿だがな」
「ピ、ピニョピ~」
俺の小さな呟きに、ロルはどこか気まずげに鳴いた。
あの後、ギルド前を離れてヴィレンドーさんおすすめの宿へと向かう。しかし、道中何度もロルを譲ってくれないかと言う人に出くわした。ほとんどが冒険者関連だったが。
宿屋に到着したころには、俺を含めオルブフ達もどこか辟易とした様子だった。しつこいとさすがに疲れるものだな……。
宿屋は食堂と宿の二軒が隣り合って建てられており、かなり大規模である。ヴィレンドーさん曰く帝都では有名な宿だとか。
部屋の鍵をもらい宿屋の最上階、三階へと移動する。部屋に入ると中はかなり広く、左右に二つずつベッドが備えつけられていた。各ベッドの傍には小さなチェストがある。
部屋の奥には小さな白の丸テーブル、そしてそれを囲むようにして四つの小さな椅子が置かれていた。部屋の隅々まで手入れが行き届いているのが分かり、窓から差し込む夕日の光で柔らかく照らされていた。
一息つくために各自宿屋のベッドへとバックパックを置き、部屋の奥にある椅子へと座る。
「そういえばヴィレンドーさんも一緒の部屋に?」
「まぁな。その方が案内するのに都合がいいだろう」
「なるほど、そうでしたか」
俺の疑問に明るい顔で答えるヴィレンドーさん。彼は付け加えるように「戻ってもつまらないからな」と言うと、椅子に深く腰掛けた。
俺はそれに一つ頷くと同じく椅子に深く腰掛ける。どこから用意したのか、リアナが四人分の紅茶を運んできた。
「今日から行動となると遅くなるっすから、明日からっすかね」
「そうだな。もう夕方だしな」
オルブフの言葉に窓の外を見ながらそう返す。陽は暮れかけており、通りの所々には屋台や店の灯りが暖かな光を放っていた。
「明日は帝都おすすめの場所を教えてやろう」
「よろしくお願いします、ヴィレンドーさん」
「ピニョ!」
ヴィレンドーさんの言葉にそう返すと、ロルも元気な声で鳴く。その姿が微笑ましくて、笑みを浮かべた。オルブフやリアナも優しげな笑みを浮かべている。
もちろん、情報収集を忘れたわけではない。少し気になることもあるしな。観光しながらでも集めるとしよう。
情報収集を心掛けつつも、明日の観光を楽しみにしながらその日を過ごした。




