第21話~点検、そして決定~
軍神ヴィレンドーと的当てを行った翌日、館の自室で目を覚ます。ベッドの傍にはロルがまだ寝ていた。
「眠い……」
寝起きでまだ頭が寝ぼけているな。眠気を少しでもとる為に窓を開け放つと、朝の冷えた空気が窓から室内へと流れ込んでくる。澄んだ空気、気持ちのよい朝である。
窓は開け放ったまま、洗面台へと向かう。ロルを起こさないよう、あまり物音はたてないようにしないと。洗面台で顔を洗い、わずかに残った眠気をとる。気分もすっきりしたことだし、外に訓練へと向かうか。
いつものディーラー風の服へと着替える。手には≪駿影≫、腰のベルトには≪魔銃・ヴォルカス≫をさげて自室から出た。
食堂で朝食の準備をしていたリリアラとルルアラに出る旨を伝えて、館の外へと向かった。
「ふぅ……、時間も丁度いいぐらいだろう」
素振りを終えて、一息つきながら呟く。≪駿影≫を鞘に戻して、≪ヴォルカス≫と共にアイテムボックスへとしまう。
「ピー!」
「ん?ロルか」
武器をしまった瞬間、頭上からロルの鳴き声が聞こえてくる。見上げようとすると、すでにロルは傍に着地しようとしていた。大きな翼を羽ばたかせて、風を巻き起こしながら柔らかく着地する。
着地したロルはこちらへと顔を向けた。
「ピ、ピピ!」
「なんだ、呼びに来てくれたのか?」
「ピ!」
鳴きながら館を翼で示すロルに問うと、嬉しそうな顔で鳴きながらうなずいた。どうやら朝食ができたと呼びに来てくれたらしい。
お礼を言いながら頭を撫でてやると、ロルは目を細めて気持ちよさそうにしていた。その微笑ましい様子に思わず笑みを浮かべる。
「それじゃ行くか」
「ピ!」
ロルに声をかけて館へと向かう。ロルも元気よく鳴き声を上げて後ろからついてきた、四足歩行で。……鳥なんだよな、一応。四足歩行をしている点で鳥なのか疑問に思いもするが。
そんなことを考えていると館の扉の前へとたどり着く。扉を開けて中へと入ると、朝食のおいしそうな匂いがここまで漂ってきた。この匂いを嗅ぐと先程まで体を動かしていた分、余計に腹が減るな。
腹をすかせながら食堂へ到着する。入口の真正面、部屋の中央には巨大な長いテーブル。そのテーブルを白い絹のように滑らかなテーブルクロスが覆っており、テーブルを囲むように計六つの椅子が置かれている。
卓上に並べられている六人分の朝食は、どれもおいしそうである。食堂の中には、用意を終えたリリアラとルルアラがいた。
「あ、秋人様なのです」
「早かったか?」
「いえ。丁度、お呼び、しようと。ロルが、呼びに行った、みたいですね」
「ピニョ!」
リリアラの言葉にロルが自慢げに鳴く。リリアラとルルアラはそんなロルを微笑ましげに見ていた。
「おはようございます、秋人様、リリアラ、ルルアラ」
「ジェラルドさん、おはようございます」
食堂の扉を開けてジェラルドさんが入ってくる。こちらに向かって一礼しつつ挨拶する彼に、こちらも挨拶を返す。リリアラ、ルルアラも挨拶を返した。
その後リリアラとルルアラの二人はオルブフとリアナを呼びに食堂を出ていく。
「それでは先に席にお付きください、秋人様」
「あ、はい……」
ジェラルドさんに言われ、食堂の席へとつく。それを確認したジェラルドさんも席へとついた。ロルは俺の傍の床に早く食べたいとこらえきれない様子で座る。ロルの目の前には小皿に取り分けられた餌、ロルの朝食である。
しばらくしてリリアラとルルアラがオルブフとリアナを連れて食堂へと入ってきた。再び挨拶した後、皆は席について朝食をとる。
こんがり焼かれたベーコンの隣には綺麗な形の目玉焼き、ホロホルの卵の目玉焼きだ。サラダは瑞々しく、スープは味の濃さも丁度いい。パンは白く、食べると出来立てのように柔らかい。
ちなみにロルには俺の魔力だけでなく、餌も与えている。魔力半分、餌半分の割合だ。さすがに魔力だけではいけないのではないか、ということになったためだ。
朝食を食べながら今日の予定を話す。朝食の時間は簡単に話し合うための時間でもあるのだ。
「そうだ、オルブフ。書類仕事が終わったから、午前からそっちの遊具点検に回ってもいいか?」
「秋人様が?別に構わないっすよ」
「そうか、ありがとう」
オルブフは快活な笑みを浮かべて了承する。それにお礼を言って再び目の前の朝食に意識を向けた。書類仕事は昨日で終わらせてあるから、残っている遊具点検へと回った方がいいだろう。
その後も『アトレナス』で開かれる各主が主催の祭やお客の話などを挟みつつ朝食を食べていった。
朝食を食べ終え、俺とロルの分の食器を洗い場へと持っていく。洗い場では俺の前に食べ終えたオルブフが、自分の朝食が載っていた皿を洗っていた。
その隣で皿を洗う。洗い場は結構広く、様相は高級レストランのキッチンのようである。
ロルの分もある為、少し時間をとってしまった。皿を洗い終えると、すでに終えていたオルブフがもたれかかっていた壁から離れてこちらへと近づき、話しかけてくる。
どうやら待ってくれていたらしい。
「それでは秋人様、点検に行くっすか」
「そうだな」
オルブフの提案に頷きながら洗い場を去り食堂から出る。食堂の入口でロルは俺が来るのを待っていた。
こちらを確認すると、体を一回震わせ近寄ってくる。
「ピー!」
俺の足元まで来たロルは嬉しそうな顔でこちらを見上げ、元気よく鳴き声を上げた。本当に懐かれているなぁ。
そう思いながら頭を撫でてやる。隣に立っていたオルブフもロルの様子に笑みを浮かべていた。
「本当に懐いているんすね」
「まぁな。ここまで懐かれると嬉しいものがある。ただ、これから点検だから連れていけないな」
「その様子だと離れそうにないし、点検に連れていくっすか」
俺の言葉に一瞬にして悲しそうな空気を纏うロル。かぎづめを俺の服の裾へとひっかけ、その巨体をより一層俺に近づけさせた。どうにかして傍にいたいらしい。その様子を見たオルブフは、笑いながら点検へのロルの同行を許可してくれた。
「すまない。邪魔にはならないようにする」
「いえいえ、構わないっすよ」
オルブフに感謝を示すと、手を顔の前で振りながら言う。どうやらついていけると分かったのか、ロルは悲しそうな空気を一転させて嬉しげなそれへと変えた。
ヴィレンドーさんと出会う際のような攻防を繰り広げなくて済む……良かった。
再びの事態を避けられたことに安堵しながら、ロルを連れて遊具の点検へと向かう。
館の扉に着くまで、誰とも出会うことはない。館が広いということもあるが、俺達のように自分の仕事へと向かっているのだろう。さて、俺達も仕事へ向かわないとな。
そんなことを思いつつ、館を出て遊技場へと向かった。
現在は白亜の壁を隔てて入口側のエリアにいる。館側は既に点検が終えられており、残るはこのエリアのみである。具体的に言えば残るは入口側の半分だけなのだが。
点検項目というのが幾つかあり、それを満たせているかチェックを入れていくのだ。オルブフと二人、チェック項目を埋めながら遊具を点検していく。上部の場合は折角だからとロルに手伝ってもらっていた。
点検中といっても、運営している状態であるから来園している神様や働いている従業員と頻繁に出会う。例えば今のようにな。
「お、ありがとう」
ミラーハウスの点検の途中、従業員が手伝ってくれたので礼を言う。ミラーハウスの従業員――――鏡の妖精は、そのお礼に照れながらも小さくお辞儀すると自分の仕事場へと戻っていった。
従業員は遊具によって様々だ。ミラーハウスなら鏡の妖精、バイキングなら海賊とかな。
見た目が動物であろうと何であろうと言葉を理解し、使う。当初はいきなり動物が話しかけてきた為に驚いたものだ。今では慣れたが。
さて、ミラーハウスのチェックは終了だから……次でそろそろ最後か。集中していた為に気づけば午後近くだ。点検が残っている遊具はメリーゴーランドだけである。
ロルを連れてメリーゴーランドへと向かうと、同じタイミングで点検を終えたオルブフがやってきた。
「残りはここだけっすね」
「あぁ。俺は木馬とかの点検を行うからオルブフは稼働面を頼む」
「了解っす」
役割分担を決めて早速作業に取り掛かる。客がいなくなるのを見計らって休止状態にし、分担された場所へと移動した。
木馬や馬車を点検していく。こっちの木馬、不具合は……ないな。こちらの馬車もない。どれもきちんと手入れされており、色が剥げているところが無ければ錆びているところもない。
一つ一つがアンティークのような木馬や馬車を入念に点検していく。よし、これで……最後だな。木馬、馬車共に修繕が必要なところはないか。
点検を終えてメリーゴーランドの木馬や馬車のある台から降りるとオルブフとロルが近づいてくる。オルブフもどうやら点検を終えたらしい。
「通常より早く終えることができたっす。本当に助かったっすよ」
オルブフは顔に満面の笑みを浮かべており、薄灰色の尻尾もそれを表現するかのように振られている。まぁ、仕事が早く終われば休みがとれるかもしれないしな。
仕事を終えたのでメリーゴーランドを休止状態から運営状態へと戻す。メリーゴーランドの前から立ち去ろうとしたその時、後ろから引き止める聞き慣れた声が耳に届いた。
後ろを振り返ると、視界には小走りでこちらへと駆けよってくるリアナの姿が映る。隣のオルブフが駆け寄ってきたリアナに不思議そうな声で問うた。
「あれ、リアナじゃないっすか。どうかしたんすか」
「秋人様に少し用事があるの」
オルブフの問いにそう答えたリアナは、こちらへと顔を向ける。
「俺にか?」
「はい。秋人様へ神々から提案がございまして」
神々からとは、一体何だろうか。疑問に思う俺をよそに、リアナは言葉を続ける。
「例の祭の件のことです」
「例の祭?」
祭というのは……もしかして朝食の席でも少し話題に出たあの祭のことか?
「秋人様は『アトレナス』で秋の終わり頃に開かれる催し物、五大祭をご存じですよね?」
「確か第一から第四の主が主催の催し物だよな」
俺の言葉にリアナは一つ頷く。
五大祭は、簡単に言えば大きな祭りである。
『第一闘技場』は己の腕に自信があるものが集う大会、『第二図書館』からは貴重な本、『第三商店街』からは『アトレナス』全土の食べ物を使った屋台、『第四工房』からは工房作の品々を祭に直接出すらしい。ゲートを介して各世界に行くのではなく、『アトレナス』の一か所に直接集って店を開くのだ。
それぞれの世界の特色が現れた催しが『アトレナス』に集う祭り、それが五大祭だ。まぁ、四つの世界しか参加していないわけだが。
この祭りは昔から存在するらしいが、『第五遊技場』が参加したことはない。主が今までいなかったためだ。
念の為にとリアナに尋ねてみる。
「でも、俺達『第五遊技場』は参加しないことになっているだろう。その日も神様が来園するかもしれないからって」
「確かにそうだったのですが、神々、特に『アトレナス』の神々から提案がありまして……。『第五遊技場』もその日参加しないかと」
「またなんで」
俺の問いにリアナは少し困ったような顔をして答える。
「何でも、久々の五大祭なのだから、これまで参加が無かった『第五遊技場』も参加したらいいのではと」
「他の世界の神様も賛成しているのか?」
「えぇ、ほとんどの方がいいのではないかと」
「反対はほぼ無いのか……。来園者は神様限定、だよな」
「はい」
俺の言葉にリアナはうなずく。
しかし、五大祭に参加か。他の世界のように遊具の一部で参加するとなると、出した遊技場と『第五遊技場』とで管理しなければならないことが増えるからな……。
とりあえずジェラルドさん達と全員揃って話し合いを行わないと。やらないなら構わないが、やるとしたら従業員の配置やその日の仕事の配分とか変えなければならないかもしれない。
「二人とも、ひとまずはそのことについて会議だ。ジェラルドさんやリリアラ、ルルアラには俺から連絡を入れるから、今日の仕事が終わったら一旦館に戻ってくれ」
「わかりました」
「了解っす」
リアナとオルブフは一つ頷く。リアナは用を終えたので、自分の仕事場へと戻っていった。さて、これから館に戻ってジェラルドさん達に連絡を入れないと。
賑わう遊技場の中、オルブフとロルを連れて館へと戻っていった。
営業が終了した後、館にて五大祭についての会議を行った。結果は参加である。大多数の賛成があるならば、それに応える方がいいだろうということだった。
他は五大祭に参加する際の役割分担などを決めたのだが、問題は来園方法だ。いつものようにゲートを使えばいいのではないか、と思ったのだがそれではどうも駄目らしい。
神々が世界という壁を感じずに祭の雰囲気を直に感じながら楽しみたいというのと、五大祭という祭りがゲートを介してではなく直接一か所に集うという形式をとっているからだ。
楽しみたいお客がいるのなら楽しませたいという気持ちと、形式は守った方がいいだろうという意見でゲートの使用は不可となった。
そのため別の方法をとることになったわけだが……当初はこのようなことになるとは思っていなかったな。
兎にも角にも『第五遊技場』、五大祭に初参加である。
□ □
時刻は朝方。五大祭参加についての会議から数週間後、秋も終わりに近づいている。それと同時に五大祭の期日まで後三週間と迫っていた。
「それでは秋人様、そろそろお時間っす」
自室の執務机と向かい合っている俺に、オルブフがそう話しかけてくる。オルブフの隣にはリアナも微笑を浮かべながら立っていた。
こちらへ笑みを向ける二人の手にはバックパックが握られている。二人の格好はいつも来ている服より少し厚手のものだ。
どちらの服装もメイド服や執事服ではない。どちらも動きやすそうな長そで長ズボンである。
オルブフの言葉を聞いて席を立った俺の横には、楽しみだと言わんばかりに輝く瞳で見つめてくるロルの姿。
五大祭まで後三週間、これから諸々の準備の為に『アトレナス』の祭が開かれる地に向かわなければならない。同行者はリアナとオルブフ、そしてロルである。
ジェラルドさん、リリアラ、ルルアラはそれぞれ『第五遊技場』での仕事がある。
傍に置いておいたバックパックを背負い、オルブフとリアナ、そしてロルを連れて自室を後にする。
一階へと降りると、扉の前にはジェラルドさん、リリアラ、ルルアラが見送りに来ていた。
三人の見送りの言葉に「行ってきます」と返し、重厚な扉を開けて館を出る。外は肌寒く、冬が迫っているのだと実感させた。木々の中には葉が枯れ落ち、すっかり寂しくなっているものも見受けられる。
「寒いっすね。冬用の服を着て良かったっす」
「本当にね。秋人様は寒くありませんか?」
オルブフの言葉に賛同したリアナは、今度はこちらを向いて問い掛ける。その優しい声音は、心配しているのだと訴えていた。
「俺は大丈夫だよ」
そう返すと、リアナは「それは良かった」と呟きやきながら笑みを浮かべる。ロルも一声鳴くと、体を温めたいのかこちらへとすり寄ってきた。
その後は時々話しつつ、入口を目指した。白亜の壁を通り抜け、お土産屋が軒を連ねる大通りを歩いて入口へと到着する。目の前には巨大な転移のゲートがそびえていた。
そのゲートの前に一人、男性がこちらを待つようにして立っている。金の短髪に橙の瞳、軍神ヴィレンドーさんだ。目が合うと、こちらに手を振りながら近寄ってきた。
ヴィレンドーさんとここで出会ったのは偶然ではない。
「ヴィレンドーさん、案内をお願いしますね」
「わかっている」
俺の言葉に笑顔を浮かべながら、大きく頷いてみせるヴィレンドーさん。今回、ヴィレンドーさんには案内を頼んだのだ。
ゲートは一度行った場所でなければ行けない。しかし俺が行ったことのある場所はどれもアグレナス王国に存在する街である。しかし、それだと五大祭が開かれる地まで遠いのだ。
そこに親しくなったヴィレンドーさんである。彼の戻る国からなら近いのだ。そのことを話して頼むと、彼は快諾してくれた。
全員で転移のゲートの前に立つ。ヴィレンドーさんが戻る国へと行くので、自然と彼が先導する形になった。
「それでは行くぞ」
こちらを振り返ってヴィレンドーさんが放った言葉に、俺達はうなずく。それを確認したヴィレンドーさんはゲートへと向かった。その後を追うようにしてゲートをくぐる。
一瞬視界が真っ白に染まるが、景色は徐々に色を取り戻していく。
『アトレナス』でも秋の終わり頃、冷たい風が頬を撫でる。俺達はゲートが存在する広場の中央に立っていた。
これまでの街とは比較にならないほどの冒険者の多さ。中には兵士や騎士と思しき人達も見える。喧騒の中でも聞き取れるほど、武器や防具が奏でる金属音が響いていた。
ゲートのある広場をぐるりと囲うように建てられた店のほとんどが武器や防具関連の店となっており、どれも盛況のようである。
店が並ぶ中にギルドも存在している。しかし、バリエレイアの比ではない。あれよりも高く、横幅も大きいギルドがそびえていた。
「ようこそ、オブリナント大帝国へ。歓迎するよ」
その光景を背にして、こちらを向いたヴィレンドーさんは顔に笑みを浮かべながらそう告げた。




