第14話~遊技場、そして転移~
来た当初は店には人の気配などなく、遊具はどれも動いていなかった。閑散とした人の気配などない遊技場、そのような状態だった。
しかし、目の前の光景はどうだろう。遊具を照らす照明も、店の明かりも点いている。
メリーゴーランドは煌々とした明かりに照らされた本物の馬のような木馬や馬車がゆっくりと回っており、黒く禍々しい機体のジェットコースターは轟々と音を遊技場に響かせながらレールの上を走っている。バイキングの海賊船はその巨大で威圧感のある船体をブランコのように揺らしていた。
カジノのような施設は中から明かりがこぼれて辺りを照らし、看板は赤や黄の電飾で彩られている。
店も同じように中から明かりが洩れ、それと同時に金槌で金属をたたく音、料理のおいしそうなにおいなどが遊技場内に満ち始めていた。
閑散とした遊技場から、活気溢れるものへと遊技場は変化していた。
「どうしてこんな活気が溢れたんだ?」
「『第五遊技場』の主として正式に秋人様が就任されたからなのです!この遊技場の姿、今までとても見たくてすごくうれしいのです!」
「秋人様が、いらっしゃった、当初は、正式な主、ではなかったので。正式な主、となった今、遊技場も、本来のように、動き始めたの、だと思います。本当に、よかった……」
俺の質問に二人は喜びを抑えきれない声で答える。ルルアラは声を大にして目の前の光景に目を輝かせ、リリアラは声を大にしてはいないが微かに声が震えていた。
ちらりと様子を見るとリリアラは目の端に涙を浮かべながら笑っていた。その瞳は悲しみなどではなく喜びをたたえている。
二人の嬉し気な様子を見ていると自然とこちらもうれしくなる。
「ふぅ、久々にはしゃいでしまったのです。そろそろ館に戻るのです」
「そう、ジェラルド執事長も、きっと、待っていますから」
「そうか。それなら帰るか」
しばらくの間三人で遊技場の様子を見た後、ルルアラが言い、リリアラが賛同する。どちらも嬉しく、満足気な顔だ。
俺もそれに賛同して三人で館への道を進む。そういえば、二人は双子だといったがどちらが姉でどちらが妹なのだろうか。そう思い俺を挟むようにして進む二人に聞いてみる。
「はい、私が妹なのです」
「はい、私が、姉、です」
二人がこちらに笑みを向けて答えてくれる。なまじ二人とも美人であるから、思わず向けられた笑顔を見て顔が少し熱くなった。小さく息を吐いて、少し気を落ち着かせる。こんな風に美人に笑みを向けられるなどまずなかったから、耐性などない。落ち着け俺……よし、大丈夫だ。あ、第一王女やあの使用人達は論外である。美人だ云々の前に腹が立つからな。
話の続きを聞くと、同じ日にそこまで時間を空けず二人は生まれたらしい。リリアラを生んでそのままルルアラを生んだとか。
俺が相槌を打ちながら話を聞いていると、二人は夢中になって話を続ける。館まであと半分といったところだし、まぁいいか。
「秋人様は人間ですので?」
「ん?まぁ、そうだけど?」
「そう、ですか。私達は、魔族、なんです」
「へ?魔族?」
リリアラの言葉に間抜けな声を出して返事をしてしまう。竜人はアキトラさんがいたから分かるが、魔族とは初めてあった。それにしても魔族か……俺のイメージだと浅黒かったり、生気がない肌だとかというイメージがあるのだが二人は全くもってそんなところはない。
不思議そうにしているのが見てとれたのか、二人は小さく微笑みを浮かべ、話だす。
「魔族といっても全体的には人間と同じなのですよ。もっとも、確実に魔族だと判断する方法はあるのです」
「そう、なんです。ほら」
ルルアラの言葉に続いたリリアラが額の髪を白く細い指で持ち上げる。額には……何かの墨で描かれたかのような黒い紋様が描かれている。全体的には水滴のような形で、それを複雑化してあるように見えた。
「この、紋様は、自然と浮かび、あがるんです。紋様の、形は、異なれど、魔族なら、出ます」
「もちろん私にもあるのです。ほら」
リリアラの言葉に続いたルルアラはそう言うと同じく額の髪を持ち上げる。そこには確かにリリアラと同じ紋様が刻まれていた。紋様が同じだなと言うと、双子だからと返された。まぁ、そうだろうな。
紋様について聞くと、吸血鬼なら吸血鬼の、水魔なら水魔のといった紋様と種族によって異なるそうだ。隠そうと思えば魔法やらで隠せるらしいのだが、気を緩めると現れてしまうらしい。
そのため、魔族は念のために前髪を長くしていたりと額が隠れるような髪型をしていることが多いそうだ。なんでも人間至上主義の奴らに見つかると酷い仕打ちをされるらしいのだ。全部の人間がそうではないのだが見つかってひどい目にあうより、と隠しているのだそうだ。
そんな魔族の暗い話をしている間に館へとたどり着く。……話題を変えるとかして暗い話を避けるべきだったかな。
リリアラとルルアラが足音を殺して館の扉の両側につき、静かに開ける。開けた後は優雅な一礼を息を合わせたかのように同時に行う。二人の美貌も相まって、その姿は絵になるほどだ。
その一枚の絵画を思わせるような光景に少しばかり腰が引けるも慌てて館の中へと入る。気圧されて立ち止まっていたのだが、二人が顔を上げないのを見て急いだのだ。いや、あのまま立ち止まっているとずっと顔を上げないような雰囲気がしたんだよ……。
「お帰りなさいませ、秋人様。遊技場いかがでしたでしょうか」
「来る前とは打って変わって活気が感じられました。光景もどこか幻想的で……なぁ、二人とも」
「そうなのです。どの遊具も施設も動きだしていたのです!」
「辺りに、光が、満ちていて、とても、きれい、でした」
迎えてくれたジェラルドさんの言葉に俺は答え、リリアラとルルアラにふる。二人とも白磁のように滑らかな頬をほんのりと朱に染め答えた。目だけでなく言葉の端々からも喜びを伝えようという意思が伝わってくる。
「そうでしたか、それはよかった」
俺達の言葉を聞いたジェラルドさんは柔らかな笑みをたたえ、小さくうなずきながら言う。偽りなどない純粋な喜び、それが目に浮かんでいた。
ジェラルドさんはこちらに目を向け、話を続けた。
「残りの者はいまだ戻っておりません。戻る都度に紹介していただくとして……秋人様」
「はい」
「これより秋人様には、我々がこの『第五遊技場』を運営する際の細かな事項を説明させていただきます。遊具の把握、神様をお相手する際の態度、様々ございます」
「は、はい」
気のせいだろうか、ジェラルドさんの目にこう、やる気というかそんなものが見え隠れしている。いや、これはなんというか……そう、教育熱心な人がしそうな目である。
その目に少しばかり引きながら返事をする。確かにこの『第五遊技場』について知るというのは執務室でも決めていたし願っていたことだ。教えていただけるならうれしい。
「あ~……執事長、スイッチが入ってしまったのです」
「スイッチ?」
「執事長は、教育熱心で、すごく、厳しいんです。その、つらいかも、しれませんが、頑張って」
「……辛いの?」
俺の右横に控えていたルルアラの小さな言葉を聞きつけ問うと左横に控えていたリリアラが小さな声で答えてくれる。おざなりに教えてもらうよりもいいとは思うのだが……不安がわいてくる。
いや、二人の目にな、明らかに同情がこもっているんだよ。厳しいって、同情の目で見られるほど厳しいの?教えてもらうのは願ってもないけど不安になるよ、いやホント。
「では執務室に参りましょう」
「は、はい」
意気揚々といわんばかりのジェラルドさんに続いて執務室へと向かう。後ろからは二人の同情の視線を感じ、前の背中からは熱気でも出ているのではないかと疑うほどのやる気を感じた。熱気が見えるほどって……やる気に満ちているんだな。俺は不安がさらに高まるわけですが。
……あぁ、厳しくてもやってやるよ!やりきってやる!自棄じゃないからな!
変に振り切れた俺はジェラルドさんの後に続いて執務室へと向かった。
□ □
俺が初めて『第五遊技場』に来てからおおよそ三か月が経った。気づけば異世界に来て半年近く経っていることに改めて気づき、早いものだと少し感慨深くなる。
三か月の間に何をしていたか、それはここ『第五遊技場』に関して様々なことをジェラルドさんから指導してもらっていたのだ。
最初の一か月で基本的なことを、そのあとの二か月は『第五遊技場』にいらっしゃる神々の相手をしながら実地での指導となっていた。『アトレナス』に行くことはなかったが『第五遊技場』にこもっての指導は辛くなく、むしろ楽しかった。様々な遊具や店を体験することだってできたしな。
学んでいく上で『第五遊技場』のことが色々とわかった。
まず、エネルギーについて。『第五遊技場』の動力源となっているものは魔力である。魔力は魔法にも使われているのだが、『第五遊技場』では主な使用法が遊具や施設のための動力となっている。
使う魔力は主である俺の魔力。ちなみに俺の魔力は無限に湧き出ており、尽きることはないらしい。そのことを聞いて驚くと、逆に限界があったらいつ魔力が切れるか分からないし回復している間に神々が来たらどうしようもないとジェラルドさんに言われた。確かにそうだ、お客様は大切にの精神である。
余談だが『アトレナス』や他四つの世界において、魔力には限界が存在する。いや、むしろこちらが常識と言っていいだろう。魔力が尽きると倦怠感は感じるものの死ぬことはない。一日休めば回復できる。
そして魔力には種類があるのだが……これは城で行われたが後で再確認しておくか。
次に『第五遊技場』に存在する店。実はこれら、かなり規格外である。
お客はもちろん神々。まぁこれは場所のことを考えると当たり前なのだが、品物に問題がある。出される料理は神々が持ち寄ってくれた素材やらでできており、武器屋に並ぶ武具や防具には神が作ったものもあり、そうでなくても規格外な切れ味や耐久力を備えている。
材料が規格外ならできるものも規格外、それらが店先に並んでいるのである。『第四工房』には劣るだろうと怖々聞いてみると、神様相手の商品が工房に劣るようなものであると思うのです?とルルアラに言われた。つまり、『第四工房』より規格外であるらしい。
……ですよね~。
そして最後に、白亜の壁で仕切っている理由だ。
入口側は主に中級以下の神々が遊ぶのだそうだ。彼らが白亜の壁を通って俺の館側に来ようとも来れないようになっているらしい。館側に来ることができるのは主である俺、従業員、そして上級以上の神々だ。
どうして一緒ではないのかというと、上級と中級では力の差がかなり開くのだそうだ。中級と下級では力の差はあれど問題はないのだが、かなり差があると面倒ごとがある。
上級以上の神と中級以下の神が力をぶつけあう際、周りに与える影響がひどいのだ。具体的に言えば遊んでいる下級の神々が気絶する。これは格上の神の力に過剰に触れてしまうために起こる。もちろん、上級とさらにその上の神々が力をぶつけると中級、下級の神々が気絶するそうだ。上級以上は耐えられるらしい。よって安全のために白亜の壁で上級以上のエリアと中級以下のエリアに分けたのだ。上級以上は入口側でも遊べるのだが、その際は周りに影響を与えるようなことは一切してもらわないようにする。もしもしたならば、俺が飛んで行って事態の回収にあたるようになっている安全第一、これ大切。
「何しているんすか、秋人様。うなずいたりなんかして」
俺が安全第一と考えながら執務室にて座りつつうなずいていると、目の前から若い男性の声で呼びかけられる。顔を上げると目の前には二、三枚の紙を持つ長身の青年が立っていた。
整った顔立ちに焦げ茶の髪と人懐こそうな瞳。髪は短く切りそろえられており、軽めな口調とあいまって黒の執事服より動きやすそうな服が似合いそうな青年である。そして頭頂部には薄灰色の獣の耳、腰辺りには同じ色の尾が生えている。不思議そうな顔をしながらこちらを見ていた。
「いや、安全第一だなと考えていただけだ」
「はぁ?そうっすか?」
俺の返答に訳が分からないと思いつつも返事をする青年。
彼の名前はオルブフ、オオカミの獣人である。リリアラやルルアラと同じくここ『第五遊技場』の従業員だ。指導を受け始めてから二日後に紹介された。なんでも遊具の点検に出ていたらしい。
オルブフは人間の血が獣人の血よりも濃いため、人寄りの獣人らしい。口調は直すことができず、たびたびジェラルドさんに叱られているのを見たことがある。個人的には親しみやすくていいのだが。
「まぁ、安全は大事っすよね。お客様のために」
「そうそう大事だ、お客様のために。あ、オルブフ、それは?」
「予定表っすよ~」
オルブフと二人うなずき合った後、彼の持つ紙について問う。オルブフはいつもの口調で言いながら、紙を机の上にそっと置いた。
現在俺は執務室にいる。置かれた紙の一番上には予定と書かれており、下にはこの日にどこそこの神がいらっしゃると書かれてある。その日、俺は必ず『第五遊技場』にいなければならない。
対応は主に従業員が行うのだが、俺への要請があれば俺が赴く。基本、俺と何かしらの勝負をしたくて呼ばれるのだが。
「ふ~ん……、ここ二週間以内は来訪の予定はないな」
「お、結構空くっすね」
「だな……その間何をしているか……他の世界も気になるんだよな~」
「あ~、秋人様はこっちに来て以降『第五遊技場』にこもっているっすもんね」
予定表を見ると次に神々が来るのは二週間後。別に遊技場にこもってもいいのだが、少々他の世界が気になっている。
俺が『第五遊技場』に来て以降、『アトレナス』で何か変化がおこったのか、そして他四つの世界は行き来ができるようになったのか。気になることは結構ある。
俺の呟いた言葉にオルブフが笑いながら答えていると、ドアをノックする音が響く。
誰だろうかと思いつつ返事をするとドアが静かに開けられた。そこにいたのは美女だった。
「あぁ、ジェラルドさんとリアナか。どうかしたか?」
俺は目の前に立つジェラルドさんと美女――リアナに声をかける。
褐色の肌、そしてグラマラスな体型は整った容姿と相まって色気を感じられる。碧の瞳を縁どる目元は涼やかだ。肩ほどまである紺色の髪は絹糸のように艶やかで、動作の一つ一つにどことなく気品が感じられる。リリアラやルルアラが人形のように緻密で繊細な美少女であるなら、目の前のリアナは高嶺の花とも思える美女である。誰もが見惚れ、しかしその美しさに声をかけたくとも怖気づいてしまう、そんな美女。そして彼女の耳は横に長く伸びている、つまりはエルフなのだ。
ただし、アグレナス王国にいた近衛騎士団長とは異なりダークエルフである。そういえばエルフとダークエルフの違いは何か知らないな、今度リアナに聞いてみるか。ちなみに彼女は『第五遊技場』に来て三日後に出会った。オルブフと同じく点検に出ていたそうだ。
「秋人様、予定のことで参りました」
ジェラルドさんは俺の前まで進み出ると、見本のように綺麗な一礼をしつつ告げた。リアナはオルブフの横に並んでいる。
「予定?二週間後から忙しくなるが、それまでは来訪の予定はないです」
「でしたら、この二週間は『アトレナス』などに赴いてはいかがでしょう」
「え?いいんですか」
ジェラルドさんの言葉に思わず聞き返してしまう。いや、願ったりかなったりなのだが。しかし、何か用事などがあるなら別に行かなくても構わない。
ジェラルドさんは微笑みを浮かべて俺の言葉に一つうなずいた。
「構いません。息抜きですよ、秋人様。ただ二週間以内には戻ってきてください、できるなら前日までには。あと、双子を同行させてもよろしいでしょうか」
「俺は構いませんけど……」
「それならよかった。彼女達も少し息抜きがほしいと申していましてな、ちょうどよい機会だと。それに、秋人様の護衛もかねております。二人の了承も得ておりますゆえ」
「わかりました」
リリアラとルルアラは息抜きついでに護衛なのか。二人が構わないと言っているなら別にいいか。しかし、久しぶりの『アトレナス』か……うん、とりあえずアグレナス王国の城には近づきたくないな。ガイゼルさん達ならいいのだが、第一王女達になど会いたくない。
「え、二人休みもらえるんすか!俺も欲しいんすけど……」
「はぁ……あなたは残りよ。まぁ、別の機会があるでしょう。というかオルブフ、あなた仕事残ってるじゃない」
「うぐぅ……」
どこに行こうかと悩んでいるとうらやまし気な声を上げるオルブフ。それにため息をつきながらリアナは釘をさす。オルブフは耳としっぽを垂れさせて残念がっていた。
すまん、オルブフ、リアナ……。しかしオルブフ、お前点検があと一区画残っていただろ。せめてそれを果たしてから休みはとれ。
「それでは、私はこれにて失礼しますぞ。そろそろ双子が来るので、あとは彼女たちについて行ってもらえれば」
「わかりました」
「では」
ジェラルドさんは一礼して部屋を去っていく。オルブフとリアナも仕事へと戻っていった。オルブフはいまだ残念がっていたが、リアナはそんな彼を引っ立てて出ていく。仕事が終われば休みがもらえるさ、たぶん。
さて、『アトレナス』へ向かうことができるようになったのだが本当、どこに行こうか。アグレナス王国の王都は論外である。といってハイデラ以外の街は知らないしな~……。ってそれならハイデラしか選択肢はないんじゃ……。いやでも、行ったことがなくても行けたりするのでは?
うんうん悩んでいると再びドアをノックする音が響いた。慌てて返事をするとドアが開けられる。目の前に立つのは髪の色と結び方が同じであれば瓜二つな双子の姉妹、リリアラとルルアラである。
二人は同時に一礼して部屋に入った。
「秋人様、お出かけの準備はいいのです?」
「あぁ、必要なものはアイテムボックスに入っているし」
「では、私達が、付き添い、です。護衛も、かねて、います、よろしく、お願い、します」
「こちらこそよろしく」
ルルアラの問いに心配ないと答えておく。武器や防具といった必要なものはアイテムボックスの中に入れているのだ。余談だが、来た当初よりアイテムボックスの中身が増えている。『第五遊技場』にある武器屋や装飾店と併設して鍛冶場など作る場所があり、そこで指導期間の間色々と作っていたのだ。武器・防具はもちろん、薬なども作った。
サブ職業の影響もあってか実際に作ることに手間取りはしたが、つまづくことはなかった。
「それでは『アトレナス』へ向かうのです!久々のお休みなのです~!」
「ルルアラ、護衛の仕事も、あるよ?」
「わかっているのです!秋人様を守りつつ、休みを堪能するのです。秋人様を害すものがいるなら物理的なお話をするのです」
「ん、よろしい」
「物理的なお話って……大丈夫か」
リリアラの言葉にルルアラは笑顔で答えた。物理的なお話……まぁ、必要な時もあるかもしれないよな、うん。
「秋人様が悪人の顔をしているのです」
「目つきと、あいまって、悪役、幹部みたい、です」
「ほっとけ」
リリアラとルルアラの言葉に小さく返すと、二人は小さく微笑んだ。その微笑みから、先ほどの言葉が悪意などないからかいだと分かる。あの使用人という前例があるから、微笑まれても悪意があるかないか分かるようになった。だからこそわかるのだ。
俺も小さく微笑み返す。彼女達やここ『第五遊技場』の人達の笑みはどれも俺に対しての悪意がない。だからこそ、なぜだかここを家のように感じてしまう。居心地のいい、そんな家。
「それでは参るのです」
「ん、そうだな」
ルルアラの言葉にそう返しながら席を立ち、執務室を出ていく。
赤いカーペットの敷かれた廊下をわたり、渋い焦げ茶色の木製の階段を下りて一階へと出る。大きなシャンデリアが煌々と輝きを灯している玄関前の広間を横切り、重厚な木製の扉を開ける。
外は澄んだ空気に満ち溢れ、空は雲一つない青空だ。『第五遊技場』にも四季は存在しており、現在は春辺りだそうだ。穏やかに降り注ぐ陽の光は、眠気を誘うほどに暖かい。
「そういえば、どこに、向かうの、ですか」
「う~ん、どこって言われてもな……アグレナスの王都とハイデラの街ぐらいしか知らないからな」
『アトレナス』へと向かうための転移のゲートがある入口側へと向かいながら話す。リリアラに行先を聞かれたので正直に答えた。
「では、王都に向かうのです?」
「王都だけは絶対に駄目だ。誰がなんと言おうと駄目だ」
歩きながらのルルアラの言葉に間髪入れずに返す。王都?誰が行くものか。俺の不機嫌さが伝わったのかルルアラが謝ってきたので、気にするなと言っておく。
気づけば白亜の壁まで来た。三か月の間に何回も使ってきたため、最初のように緊張することはない。 白亜の壁の中に入り、灰色がかった空間を通り過ぎ入口側の噴水のある広場に出る。食べ物を扱う店からは食欲を刺激するようなにおいが漂い、武器屋や装飾店からは金槌で打つ音など何かを作っているであろう音が聞こえる。遊具が動いているあたりは、楽し気な音楽が満ちていた。
いつもなら神々の姿があるのだが、今は無い。まぁ、あったのなら休みなど取れないわけだが。
「目的地は、ハイデラで、いいですね」
お土産屋が並ぶ通りでリリアラが話しかけてきた。
「ん?ハイデラ以外はできないのか?」
「転移ゲートは、行ったことのある、街しか、ダメなんです。一度でも行けば、構わないの、ですが……」
「そうだったのか……ならハイデラだな」
行ったことのある街のみしか転移ができないのか。街の名前を知っていれば行ってなくてもいけるのでは?と思っていたのだが残念だ。
そうなれば王都以外となるとハイデラしかない、まぁ仕方がないか。
そう考え、リリアラに告げる。リリアラは分かりましたといって小さくうなずいた。
そして、入場ゲート前。目の前にはあの黒い額縁のような転移ゲートがそびえたつ。三人でその前に立つ。
「おっと……ローブとか着ていた方がいいだろう。さすがにこの服だと三人とも目立つ」
俺はディーラー服、リリアラとルルアラはロングスカートのシックなメイド服。どちらも街に出れば浮くようなものだ。
俺はそう考えて、アイテムボックスから薄茶色の安物っぽいローブを三着取り出すと二人に渡す。二人は確かにそうだと答えて、ローブを羽織った。俺もそれを見てローブを羽織る。
安物っぽいように見えるのだが、着心地はいい。まぁ、『第五遊技場』の服飾品店で売られているのだから本当に安物なわけないのだ。
「んじゃ、行くか」
「はい、行き、ましょう」
「では行くのです!いざ、ハイデラの街へ!」
俺が声をかけると二人が答える。ルルアラは興奮が抑えられないのか頬を紅潮させながら勢いよく言った。リリアラは大きな声ではないのだが、その目は明らかに楽しみにしているといったように期待で輝いている。
俺はそんな二人の様子に微笑ましさを覚え、小さく笑った。さて、そろそろ行くか。ゲートへ向けて一歩を踏み出す。
俺とリリアラ、ルルアラはゲートをくぐり、『第五遊技場』を後にした。




