第13話~到着、そして稼動~
ゲートをくぐった先はハイデラの街ではなく、遊園地だった。……もう一度言おう、遊園地だった。
「遊技場って聞いて想像してはいたが、まんまだな……」
俺が現在立っているのは遊園地の入場ゲート辺り。ここからでも巨大な観覧車、メルヘンなメリーゴーランド、遊園地全体を使ったジェットコースター、純和風のお化け屋敷といった様々な遊具が見て取れる。
「ようこそおいでくださいました、主」
呆然と遊園地の入場ゲートを見上げていると、前方から声をかけられる。視線をそちらへ向けると執事服を着た立派な口髭の男性が立っていた。銀髪をオールバックにしており、青い瞳には柔和さをたたえている。執事服が似合っており、できた執事という雰囲気を醸し出している。顔に刻まれた皺は俺よりも長い時間を生きたことを物語っており、優しげな雰囲気と相まって慕いたくなるような人物だ。
「あの、あなたは?」
「失礼しました、私の名前はジェラルドと申します。この『第五遊技場』の使用人をまとめております。主様のおいでを知り、迎えにあがりました」
「あ、どうも……」
尋ねると模範的できれいな一礼をしながら自己紹介をしたジェラルドさん。思わずこちらも軽くお辞儀してしまう。
ジェラルドさんは俺の様子に小さく微笑みを浮かべた。
「それではこちらへ」
そう言って先導を始めるジェラルドさん。慌てて小走りで後を追う。
入場ゲートから中に入り、辺りを見回すと入場ゲートからまっすぐ進む道にはお土産屋が軒を連ねている。まぁ、どこも無人なのだが。西洋風や和風と様々で、なぜか防具や武器なども売られている。お土産の部類には入らないと思うのだが……。
店の並ぶ通りを抜けると遊具のある区画にでた。遠目で見てわからなかった遊具の細かな部分がわかる。メリーゴーランドはデフォルメされた馬で可愛らしいのだが、使われているものが明らかに高いだろうと分かるものだ。瞳に使われている石が宝石のように見えるのだが、気のせいではないだろう。
ジェットコースターは機体が黄色のグラデーションで彩られており、新品同様の輝きを放っている。錆など無縁のようだ。バイキングは……海賊船がモチーフなのだろう、ところどころにデフォルメされた船員が立っている。他にも小さな子供が好きそうな遊具が存在していた。
フードコートにはアイスクリームやポテトといった見慣れた料理や見たこともない料理がメニューに書かれている。これは<アトレナス>での料理だろうか。
ジェラルドさんが先導しながら話す。
「入口に近いところには子供向けの遊具が置かれているのですよ。そろそろ境につきますな」
「子供向け?それに境って……これか」
ジェラルドさんの言葉に疑問を抱きながら呟いていると、広大な円形の広場に到着した。広場の中央には気品を感じさせる白亜の石材でできた芸術品のような噴水がある。そして広場を囲うように様々な料理店らしきものが並んでいる。
右手にはこれまた巨大なステージが設置されており、ファンタジーをイメージの根底に据えているのかステージを彩るようにユニコーンなどの幻想生物をかわいくデフォルメした絵が描かれている。子供が好きそうだな。
そして奥手には巨大にそびえる白亜の壁。その壁は天高くそびえたっている。ここまでが遊技場の全体と思うものの、来る際に見たのだが、道が白亜の壁の向こうに続いていたりまるで壁の向こうに先があるようなのである。壁の向こうにはもう半分の遊具があったりするのだろうか。
先導していたジェラルドさんは白亜の壁の一歩手前まで行くとこちらを振り返る。慌ててジェラルドさんの元へと駆け足で向かった。
「主、それでは境をまたぎますぞ。ついてきてください」
俺が追いついたことを確認したジェラルドさんはそう告げると白亜の壁に向かって……って、んなっ?
ジェラルドさんの体は白亜の壁にめり込み……そのまま消えてしまった。この壁、通り抜けることができるのか。というかついていくということは俺もこの壁を通り抜けるわけで……大丈夫だよな?
少し不安に駆られながらジェラルドさんの後に続くように白亜の壁に向かう。少し不安だからまずは手を伸ばしてみるか。
手を伸ばして白亜の壁に触れる、しかし触れることはできなかった。
なぜなら「壁に触れた」という感覚などなく、俺の手先は白亜の壁にめり込んでいたからだ。
慌てて手を引き戻すし手先を見ると何の変化もない、大丈夫のようだ。しかし、まるで幻影に触れた感覚である。目ではしっかりと認識できているのにも関わらず、触れようとしてもなにも触感を感じないのだから。
「主、どうかなさいましたか?」
「あ、なんでもないです!今行きます!」
こちらの様子を尋ねるジェラルドさんの声に慌てて返事を返す。目の前の出来事に驚いて、ジェラルドさんを待たせてしまったようだ。早くいかなければ。
不安が少し残るものの、壁を通り抜け始める。顔が壁を通り抜ける際は思わず体を強張らせてしまったが、なんの衝撃も感じずほっとする。中は……白ではなく灰色がかっているんだな。
少しばかり緊張しながら壁の中を俺は通り抜けていった。
白亜の壁はどうやらそこそこ厚いらしく、一歩足を踏み入れればそこは……ということはなかった。二、三分ほど歩いてようやく目の前の景色が変わる。
「んな……さっきの場所と違うんだな」
思わず小さな声で呟く。いや、しかしこれは仕方がない。目の前の光景は先ほどの場所とは異なっているのだ。
広場を囲うようにしてならぶ料理店は同じなのだが、左手に新しくサーカスのものと思しきテントがあった。サーカスのテントは赤がベースの色合いになっている。少々シックなデザインだが、まぁこれは普通だと思う。
右手には……なんだろう、これ。まるで美術館のようなのだが……。
俺が不思議に思っていることを察知したのか、ジェラルドさんがこちらを向いて話始める。
「そちらの館の中にはステージがございますよ」
「……ステージですか、これが」
「はい。劇などをそこでおこなうのですよ」
なるほど、劇などを行うステージがあるのか。言われてみると劇だけでなくオーケストラみたいなことも行いそうな雰囲気の館である。
「それでは参りましょうか」
「はい」
返事をして先導を再開した彼についていく。歩きながらも周りの様子を観察することは続ける。
入り口側にあったものはほぼこちら側にもあるのだが、どれもこれもデザインが異なっていた。メリーゴーランドはデフォルメされたものではなくまるで本物のように作られた馬である。メリーゴーランドにある馬車のようなものも装飾が凝っており、アンティークのようだ。バイキングは……これ、もしかして本物の海賊船か?遊具というよりも今にでも大海原へと航海にいきそうな雰囲気を漂わせている。ジェットコースターは黄色ではなく黒い機体となり、なぜか禍々しさを放っている。遊具なのか少々疑問を持つような禍々しさだ。
変わっているのは……入り口側にあったフードコートだろう。といってもフードコート自体が存在していないわけではない、店が異なるのだ。伝統がありそうな店がフードコートのあった位置に並んでいる。飲食店に……武器屋?それにあれは服飾系の店だ。入り口側で入場ゲートあたりに並んでいた店はここに移動しているのか。
しばらく進むと遊具が見えなくなる。代わりに見えてきたのは巨大な施設。
「これって……」
思わず声をこぼしてしまう。目の前にあったのはさながらカジノのような施設だ。四、五階ぐらいはありそうな高さである。しかし、電気が通っていないのか明かりがついていない。そういえば今まで見てきた遊具はこちら側も入り口側も動いている様子はなく、店なども人の気配はなかった。どうしてだろうか?
歩きながら疑問に思っていると、目の前のジェラルドさんが立ち止まる。俺も立ち止まりあたりを見回すと、きれいに整えられた林が存在していた。まっすぐに続く道の右側と左側で異なっており、向かって左側には針葉樹やらが、そして右側には竹が生えている。右は妙に和風だな。
後ろを振り返るとカジノのような施設が見えた。どうやらあの施設を境にこの林が続いているようだ。
「つきました、主。こちらがあなた様の住居となります」
ジェラルドさんがこちらを振り向きながら話しかけてきた。周囲を見回すのをやめて前方を向く。
「この館、でかいな……」
見上げながら呟く。目の前には洋風の館がそびえたっていた。
道は手前で広場のような形になっており、その奥には白い壁に赤い屋根の二、三階はありそうな西洋風の館が建っている。まるで古くから存在してきたような雰囲気を持ちながらも、家のどこにも綻びのようなところがない。名のある貴族が住む家、とはこのような家を言うのだろう。
呆然と見上げていた俺にジェラルドさんが話しかけてくる。
「奥には庵があり、その二軒が主様の住居となります」
「え、二軒?」
ジェラルドさんの言葉に思わず聞き返してしまった。いや、二軒とは少し豪華すぎやしないだろうか。この館だけでも十分だと思えるのだが。
ジェラルドさんは困惑する俺に微笑を向けながら話す。
「フォッフォッフォッ、庵はあくまで休憩用の小さなものでございます。物置小屋ぐらいの大きさですので、そこまで気にしなくてもよろしいですよ。それではそろそろ館の中へと入りましょうか」
そう言ったジェラルドさんは館の玄関へと向かい始める。俺は慌ててその後を追いかけていった。
館の中はきちんと手入れがされており、階段の手すりやドアの一つをとってもシックなデザインでまとめられていた。派手なものだったらどうしようかと思ったがその心配は不要のようだ。
現在いるのは館の三階、つまりは最上階の一番奥の部屋。三階は階段を上るとまっすぐに赤いカーペットの敷かれた廊下が伸びており、その先に広大な部屋がある。……はい、俺の部屋である。この部屋に通され、ジェラルドさんがこれからこの部屋が主の部屋ですと言ったときはびっくりしすぎて声が出なかった。いや、何せでかいのである。
扉を開けてすぐに広がる部屋はさながら執務室のようで、置かれている家具調度はアンティーク家具のようだ。両側に扉が一つずつついており、部屋に入って右手の部屋は書庫、左手は寝室だそうだ。まだ見ていないのであまり詳しくわからないのだが。まぁ、これだとどちらの部屋もかなり広いのだろう。
「それではその椅子に座ってください」
「あ、はい」
執務机の前に立つジェラルドさんの指示に従い執務机の革張りの椅子に座る。うわ、この椅子座り心地がすごくいいな。執務机は入口の対面に置かれており、椅子に座ると自然とジェラルドさんと顔を合わせるような形だ。
ジェラルドさんは机の上に一枚の羊皮紙を置き、話し出す。
「それでは、これより『第五遊技場』の主に就任する契約を行います。……神楽嶋秋人様、ご自身の気持ちに偽りなくお答えください」
「……はい」
ジェラルドさんの真剣な言葉に真顔で返す。先ほどまでどこか緩かった空気は瞬間、張り詰めたものへと変わった。
「では……『第五遊技場』の主となった場合、今後いかなることがあろうとこの職を辞すことはできません。それでもよろしいですか?」
「はい」
「『第五遊技場』の主となった場合、お客となるのは神々でございます。相手とする際に人間とは違う対応が求められる時がございましょう。それが苦痛か楽かもわかりません。それでもよろしいですか?」
「はい」
うなずきながら答える。空気はさらに張り詰め、肌が少し痛いように感じる。
「では最後に、『アトレナス』や『第一闘技場』といった世界にはいけますが、『第五遊技場』をなにより優先させていただきます。たとえ何があっても。それでもよろしいですか?」
「はい」
最後の返答を終える。ジェラルドさんは小さく息をつくと話始めた。
「……これまで『第五遊技場』は我々の手で何とかしておりました。しかし、そろそろそれも限界でございます。実はここ『第五遊技場』のみ、主が存在しませんでした。これまで異世界人の召喚は多々あれど、条件に当てはまる方がいらっしゃらなかったのでございます。他の世界では主が普通に変わるなか、ここだけはいない。主不在では『第五遊技場』はきちんと働きません、我々だけでは仮状態での運営しかできません。そのことをどれほど申し訳ないと思ったか……。そしてどれほど我々が主の来訪を待ち望んだか……」
条件の中身がわからないが、俺は初めて『第五遊技場』の主としての条件に合致したということか。それまで仕事を完全にこなすことができなかったことへの口惜しさがジェラルドさんの言葉の端々からにじみ出ている。
そんなことを考えているとジェラルドさんは目をこちらへ向けた。その目は先ほどよりも真剣で、切実で、俺を一つの希望と見ているような目だった。
「っ!」
その目に思わず息を呑む。我々、と言っていたからジェラルドさん以外にも人がいるのだろうが、彼らにとって俺が初めての主なのだ。これまで待ちに待っていた主、かける期待も大きいだろう。
……俺は彼らの期待に応えることができるのだろうか。前の世界では一介の高校生だったこの俺に。
「あぁ、すみません。お気になさらないでください。それでも何とかやっていけたのですから」
「……はい」
正直言って彼らの期待に応えることができるかどうか不安ではある……しかしだ。
「……では、改めまして『第五遊技場』の主となっていただけますか?」
「……はい!」
条件に俺が合致しているのであれば、精一杯努めよう。これまで他者から不必要とされることはあれど、必要とされることはなかった。ジェラルドさん達が必要としているなら、応えたい。
俺が強く返事をすると羊皮紙が淡く輝き、宙に浮かびそのままゆっくりと消えていった。ジェラルドさんは微笑みを浮かべ、ゆっくりと一礼する。
「ありがとうございます、主様、いいえ秋人様。これから我等は貴方様に仕えさせていただきます」
「よろしくお願いします」
こちらも小さく一礼する。
「では、他の者も紹介せねば……少々お待ちを」
そういうとジェラルドさんは一礼して部屋を出ていく。俺はそれを見送ると、椅子にもたれかけながら小さく息をついた。
城を出る際、ガイゼルさんからは生きるために驕るなと、アキトラさんからは生きるために見極めろと教えられた。『第五遊技場』の主となった以上、今後その言葉の大切さは一層増すだろう。忘れないようにしなければ。
「それにしても期待に応える……か。慣れてないな……」
今回はジェラルドさん達の期待に応えるという答えを出した。今まで期待をかけられることは無かった、ありもしない噂をされることはあったが。誰かに必要にされたい、という思いがなかったわけではない。しかし、いざ期待に応えなければと思うと不安が胸に渦巻く。きちんとできるだろうか、応えられるだろうか、そんな不安が。
「あまり実感がわかなかったわけでこんな感じなのか、期待に応えるって……」
それなら己の力で一生懸命にやり、期待に応えよう。まずはジェラルドさん辺りに『第五遊技場』について詳しく聞かなければな。
そんなことを考えているとドアをノックする音が響く。はいと返事をするとジェラルドさんと二人の美少女がやってきた。
「現在屋敷にいるのはこの二人でしてな。他は今は所用で外出しております。二人とも、挨拶を」
ジェラルドさんはそう言うと二人の少女は前に進み出る。
「初めまして、秋人様。私、名前、リリアラと、言います」
「初めましてなのです、秋人様。私の名前はルルアラと言うのです」
そう言って二人はぺこりと一礼する。どちらも美少女である。
リリアラは金髪碧眼、ルルアラは銀髪碧眼、そして二人とも似通った容姿をしている。どちらの容姿も整っており白磁のような肌といい、幼さの残る容姿や体型もあいまってビスクドールのようである。リリアラは高級な金糸のような腰ほどまである髪をうなじ辺りで一つにしている。一方のルルアラは光を受けて輝く腰ほどまである銀髪を耳のあたりで二つに結んでいる。髪の色や結び方の違いがなければ瓜二つの容姿だ。
「もしかして二人は双子?」
「はい、そう、です」
「その通りなのです」
思わず出た質問に二人は答える。なるほど、それなら瓜二つなこともわかる。
そう納得しているとジェラルドさんがこちらに話しかけてきた。
「秋人様、外の遊技場の様子をご覧になってはいかがです?」
「来る前に見ましたよね……?」
ジェラルドさんの言葉に不思議に思い尋ねてみる。
「えぇ、ですが秋人様が正式に主となった今、遊技場は変わっているでしょう。リリアラ、ルルアラ、案内を」
「わかりました。秋人様、行きましょう」
「わかったのです。秋人様、行きましょう」
「あ、うん。分かった」
案内を任されたリリアラとルルアラに言われ、席を立ち外へと向かう。ジェラルドさんは部屋を出る際、一礼していってらっしゃいませと送りだしてくれた。しかし、主となったことで何か変わるのだろうか?あれが通常ではなかったのか?
疑問に思いながらも俺は先導する二人の後をついていった。
「これは……すごいな」
「私たちも、初めて見ます」
「すごいのです。目を奪われてしまうのです」
林を抜けた俺、リリアラ、ルルアラの三人は同じ反応をしてしまう。空は黄昏時のような色をしており幻想的である。これはこれできれいなのだが、何よりも驚くことがある。
地上、つまり遊技場が光に満ち溢れ、遊具や施設が息を吹き返したかのように動き始めていたのだ。




