第79話~会議、そして知らせ~
「まずは現状の確認から始めるとしよう」
簡単な自己紹介の後、会議が始まってすぐにそう告げたのは岩久良先生だ。その提案に俺を含めてこの場にいた者は異論がないようで、無言で各々が頷く。
ぐるりと場を見まわして反対がないことを確認すると、岩久良先生は再度口を開いた。
「現在、魔獣の群れの首魁がカリオ魔国の首都を占拠している。被害は首都を中心に拡大しており、場所によっては既に国境付近まで群れが進出しているのが現状だ」
そこで言葉を止めた岩久良先生は、そっと右手を中心に向けてかざした。
小さく挙手でもするような動作と共に彼の魔力が微かに手のひらから放たれる。一拍置いて、議場の中心にホログラムが現れた。立体的で半透明なホログラムが形作っているのはカリオ魔国とその周辺の国々の簡易的な地図だ。
「この魔獣の群れを指揮している存在は、既に神楽嶋君より情報の共有がなされている。先程、君たちに説明した魔王のことだ」
その言葉に第一、第三の主とその従者たちが微かに頷くのを横目で捉える。
なるほど、既に話は通っていたのか。この場で説明するのではと構えていたが、そんなことはなかったようだ。
「この魔王が主体となった魔獣の群れを魔王軍と呼称するが、その魔王軍は現在、村や町を襲撃しては人を攫ったりその場で殺害しているようだ。どうして人を攫うかは彼らの生態を考えると推測できる。……餌だろう」
眉間に皺を寄せながら岩久良先生は言う。
言葉を繋げるように口を開いた第三商店街の深山も顔を顰めていた。
「実際に攫われ、監禁された人を救助した時にどうして攫われたのかも確認はしているわ。彼の言う通り、食料としてだと魔獣が話していたそうよ。まったく、たまったもんじゃないわ」
そう言うと深山は腕を組み、苛立ちを抑えるように大きく息を吐いた。
同意するように早瀬もうんうんと頷いてみせる。
「そんな魔王軍の前線って、もうカリオの国境まで行っていると考えてもいいのかしら」
「場所によって多少の違いはあれど、その認識で構わない。魔王軍に対抗する拠点としているエルフの里付近はまだ押し込めているが、里から離れるほどに国境へと戦線は近づいている。今、近隣の国は国境に兵をいつも以上に配備しているだろう」
第一闘技場の主である早瀬の言葉に、深刻な表情で岩久良先生が答えた。
国境付近に兵が集まっているのならば、カリオと接している国々は国境だけでなく国全体が緊張に包まれていることは想像に難くない。
小さなため息を一つ吐いた岩久良先生は、眉間に皺を寄せて再び口を開く。
「事態の深刻さを考えると、各国の兵だけでは対処できるとも思えん。そうでなくとも第四工房の主や勇者の話を聞いた後だと、特にな」
「……第二図書館は今回の戦いに参加すると?」
俺の問いに岩久良先生は一瞬沈黙する。そうしてこちらを数秒じっと見つめた後、大きく頷いた。
「これは既に学園側とも話し、承諾を得たことだ。第二図書館は協力するとも」
「分かりました。俺も、第五遊技場も協力するつもりです」
岩久良先生に続けた俺の言葉に、一瞬場が静まった。早瀬と深山の二人は驚きを隠し切れずにこちらを見ている。一方で岩久良先生は予想していたのだろう、あまり驚きは見られなかった。
とはいえ、その反応は予想していたことでもある。
今回の会議に参加したこと自体、彼らにとっては驚きのはずだ。王国の広場で起こったことを彼らが知らないとも思えない。第一知っているからこそ、早瀬と深山は先ほどのリアクションをしたのだろう。岩久良先生は勇者の話の出所から、大方予想していたのだろうか。
とにかく協力する理由は話しておいた方がよさそうだ。話が進まないし、変な疑念を生みたくない。
「我々第五遊技場でも今回の騒動は多少なりとも影響は出ています。加えて襲撃された街を見ましたが、その脅威はとても無視できるものではない。それに、魔王には主を食らった疑惑もある」
「第四工房の件ね」
深山さんの言葉に俺は無言で頷く。
音信不通の第四工房の主だが、そこら辺の魔獣にやられるとも思えない。主とはそれほど強い。仮にも各世界の核とも言える存在なのだ、弱いわけがない。
もしその主を殺したのが魔王ならば、その脅威は図りしれない。そうでなくとも勇者しか倒せないのだ。
そんな奴を野放しにはできない。
「その強さや現状を考えると、これ以上被害を広げないよう第五遊技場の中で話し合った結果、協力することにしました」
正直に、けれど感情論にしか聞こえないなんてことがないように、意識して言葉を紡ぐ。
沈黙を最初に破ったのは早瀬だった。
「ふーん、私も同じ意見かな。こっちもこっちで魔王には色々とやり返さないといけないのよ。沽券に関わるわ」
フンと鼻を鳴らしながら言う彼女に、内心で納得する。大方、第一闘技場の魔獣がアトレナスへと転移した件のことだろう。当時、会議の議題にも上っていた件だったはずだ。
「深山からの話で確信した。あの時会った不気味な奴は間違いなく魔王だわ。ローブに赤い目、主と張り合える力、魔王と言われたら納得するわ」
「ローブに赤い目……? エルフの里が襲撃された際にも似た人物が現れ、配下であろう魔獣から魔王と呼ばれていました。早瀬さんが会ったのもおそらく魔王かと」
「へぇ、なるほど。やっぱり魔王なんだ」
俺の言葉に早瀬は一つ頷く。そうして吐き出すように言葉を続けた。
「さっき第四の主が食われたかも、って話してたじゃない? 十中八九食われたわよ、あいつ」
「随分とはっきりと言うのね」
「だってあいつに会った時言われたもの。喰われるまでは死なないでって」
「会った時となると会議があった頃よね?その時から魔王には主を喰らう気があった。そうして力をつけて、エルフの里襲撃の頃に第四工房の主を襲撃し、食らった。辻褄は合うわね」
深山の予想を否定する声は上がらない。その場にいる皆が同じ予想をしていたからだ。
「ならばより事態は深刻だ。王国から共有された情報として勇者しか倒せないともなれば、余計にな」
岩久良先生は重々しく呟く。
「残った勇者は樹沢のみ。そして魔王は勇者から倒せない、だったわよね?」
深山の問いに俺は頷く。どうやらその情報はおそらく王国から事前に聞いていたのだろう。
頷いた俺に対し、深山は「それならば」と思案しながら呟いた。
「勇者である樹沢君を魔王の元に無事送り届けることが、私たちのできることかしら?」
「それもあるでしょう。もちろん、これ以上の被害が出ないように魔獣の侵攻を抑えることも必要かと。そのために人員をどう割くか考えないといけませんが」
「人員に関しては心配しないで頂戴。物資もよ。私たち第三商店街も協力するから」
覚悟はすでに決めたような顔で深山は言う。
カリオは彼女が所属する国であったはずだ。そのカリオの危機ともなれば、何としても現状を打破したいのだろう。言葉にはしないけれど、彼女の置かれている状況を考えれば察することができるというものだ。
「勇者を無事送り届ける件だけど、ゲートの強制起動とかできないの? もしくは転移の魔法とか。それで直接魔王がいるところに送るの」
思い立ったように早瀬が提案する。しかし岩久良先生は困ったように笑った。
「どちらもすでに試したさ。けれど失敗した。ゲートの強制起動は出来たものの、カリオ国内のゲートを不定形の魔獣が取り込む形で塞がれている。ゲートを抜ければそこは魔獣の腹の中、といったところだ。転移に関しては魔力で察知しているのか、どうにも妨害が入る始末でね」
岩久良先生はそこで言葉を切ると、深いため息を一つ吐く。
「カリオの辺境あたりの移動ならまだしも、転移で首都に近づくとしたら同行者が五体満足で無事転移できる可能性も低い。ノイズだよ。発動する転移魔法を察知し、ノイズを混ぜ、転移魔法を発動させないか不完全な発動にするんだ」
それはまた面倒な。主だけならばまだしも、同行者である勇者に何かあっては元も子もない。
主が魔王を抑えるという対処はできても、勇者が魔王を討伐するという根本的な解決を防いでくるのは性格が悪いとしか思えない。いや、魔王だから当然と言えば当然なのだが。
しかし、転移が使えないとなるとやるべきことは一つだ。
「魔王の本拠地へと正面突破するぐらいしか方法がないということですか」
「神楽嶋君の言う通りだ。深山君、魔王はカリオの首都にいるか?」
「えぇ、撤退してから確認はできていないけどね。けれど魔獣も首都に近づくにつれて増えているようだし、侵攻してくるのも首都の方向から。撤退時と状況が同じなら、本格的にあそこを根城としていてもおかしくはないわ」
そう言う彼女の表情は確信したものではない。あくまで推測なのだろう。
カリオの首都にいるように見せかけて実は本拠地は別のところに、なんてこともあり得るわけだ。
「けれど確実にいるという根拠はない。あくまで予想よ。まずは本当にカリオの首都にいるのか確定させないと……って、ごめんなさい」
スッと後ろから近付いた従者の動きに近づき、深山は言葉を切る。彼女に耳打ちする従者の声は小さく、こちらからまったく聞こえない。
ほんの二言三言でやり取りは終わったらしく、従者がスッと離れた。
「ありがとうミヨンネ、準備してもらえるかしら」
「かしこまりましたぁ」
可愛らしい顔の従者は深山の言葉に返事をすると、音もなく部屋を出ていく。
一体全体どうしたのかと他の面々が不思議そうにしている中、深山が口を開いた。どこか苛立たし気な雰囲気を纏ったまま、それでも顔には笑みを張り付けている。
「さっきの話、どうにも私の推測が合ってたみたい。魔王はカリオの首都にいるわ」
言葉を区切るように、深山はハァと大きくため息を吐いた。
「カリオの王族からの連絡よ。カリオ首都から各国に向けて、魔王からの宣戦布告が先程なされたとのことよ」
彼女の言葉に会議場の空気が張り詰める。
どうにも一つずつ解決していく、なんて悠長なことは言っていられないようだった。




