第78話~転移、そして会議~
「会議が明日ならもう出立した方がよいでしょうね。申し訳ありませんが、すぐに出発しても?」
『えぇ、お願いします。もうそろそろ日も暮れる、宿泊場所や参加の旨はこちらから連絡しておきましょう。ゲートは使えませんから、来た時同様、我が国の兵士が転移でお送りします』
「分かりました、お願いします」
ホイット王子とのやり取りを終えれば、すぐさま部屋の入り口で待機していた兵士が「こちらです」と声を掛けてきた。兵士の指示に従って部屋を出て、ロルやオルブフ達と共に廊下を進んでいく。
そうして案内された一室は、少し広めの部屋だった。中にいたのは杖を携え、ローブをまとった兵士が数名。魔法専門の兵士なのだろう。部屋の中央には何で描いた窯では分からないが魔方陣が描かれていた。
二言三言、案内してきた兵士とローブをまとった兵士が話したかと思えば、こちらへと連れ立ってきた。
「お話は伺いました。これより転移を行いますが、よろしいですか」
「えぇ、お願いします」
ローブをまとった兵士からの申し出に頷きながら答える。
「それでは皆様、魔方陣の上にお立ちください」
指示に従えば、ローブをまとった兵士が携えていた杖の魔力を込め始めた。呼応するように足元に魔方陣が浮かび、次第にその光を強める。
「転移、実行します!」
光が強くなっていく中、兵士の声が部屋に響く。瞬間、視界が真っ白に染まり、一瞬の浮遊感に襲われた。
しかしすぐに地面に足が着く。真っ白だった視界も次第に色彩を取り戻していく。
時刻はすでに夕方だからか、中の明かりが漏れている店が通りに並んでいるが、それ以上に目立つのは首を痛めるほど天にそびえる塔の群れである。これがすべて学園絡みなのだから驚きだ。
下に視線を向ければ、制服を着た学生が集団で通りを歩いていた。教師であろう大人たちもそそくさと家路を急いでいる。横を通り過ぎた青年たちは、今日の研究課題について仲間内で話しながら通り過ぎて行った。
中の明かりが漏れている店が通りに並んでいるが、それ以上に目立つのは首を痛めるほど天にそびえる塔の群れである。これがすべて学園絡みなのだから驚きだ。
学園に所属する学生と教師が大半の町の中にも、冒険者はいる。それでも比率を考えればどこか浮いてしまう。
それこそがオーライト魔法学園独立国の首都、オーライト魔法学園という場所だった。
「ついたっすね。っと、あれって……」
「ようこそ、魔法学園へ」
オルブフの言葉に続けるように、男性が話しかけてくる。
そちらに視線をやり、あまりの懐かしさにポツリと言葉が俺の口から漏れた。
「校長……」
以前の世界での校長、岩久良先生は俺の呟きに少し困ったような表情を浮かべる。
「君にしたことを考えると、校長と呼んでもらえること自体が奇跡だと思うよ。まずは謝罪を。浅慮なな行動してしまい、君たちを傷つけた」
「確かにあの時は腹が立ちました。許せるかと言われたら何とも言えません。けれど今は事態が事態、先生の立場もあるでしょうから謝罪の言葉を受け取りましょう」
「そう言ってもらえると助かる。……改めて、ようこそオーライト魔法学園へ。ホイット王子から話は聞いている。早速ですまないが、もう日も暮れている。今日泊まる場所に案内しても?」
「えぇ、お願いします」
「では、私が先導するからついてきてくれ」
そう言って歩き出した岩久良先生の後ろを、オルブフ達と共についていく。向かっている方向からして、今日の宿泊場所は都市の中央部なのだろうか。
そんな疑問を読み取ったかのように、岩久良先生がこちらに話しかけてきた。
「今日の宿泊場所は都市の中央、名前にもなっている場所だ」
「オーライト魔法学園ですか。宿泊できる場所となると……寮とか?」
「いや、違う。オーライト魔法学園は学校であると同時に都市の中枢だ。賓客をもてなすための部屋は備えてある。下手な宿屋よりも快適であると自負しているよ」
彼の言葉になるほどと納得する。そういえばと、ついでに気になることを聞いてみた。
「ここはあまり切迫感と言いますか、少し余裕があるように見えますね」
「地理的要因からの余裕だよ。オーライト魔法学園はカリオから何国か挟んだ遠い位置にある。だからこそ、この都市の人々は強い不安や混乱に陥っていないのさ」
そこで言葉を途切れさせた岩久良先生は、「まぁ」と眉根を寄せて低い声で呟く。
「それでもいつどう飛び火するか分からない状況で、混乱や不安が0というわけではない。おかげで学生たちも気がそぞろ、故郷の心配をしている者もいる。学生だけではない、教員やこの町の人々さえも似たような感じだ」
彼の言葉に促されるようにして、ちらりと周囲を見る。
パッと見ただけではごく普通の平穏な光景だ。けれど道行く人の顔をよく見れば、どこか不安そうに見える。一度気付いてしまえばあとは連鎖的に目についていき、岩久良先生の言う通り、都市全体がどこか浮足立っているような感じへと変わっていった。
「未来ある若者が何の気兼ねもなく、ただ安心して学んでいてほしい。それなのに今の状況はふさわしくない、そう思わないか」
「……そうですね」
「……あぁ、君にあんなことをした私が言うのも変な話か」
「前の世界なら変でしたけど、第二図書館の主ということを考えたら変ではないです。俺だって第五の主になって変わりました。チラリと姿を見ただけだけで前のことを知らないけど、雰囲気が学生のものではなかったです」
「……そうだな。この世界に来て、背負うものが変わって、否応無しに変わった。私や他の主はもちろん、生徒や教職員でさえ」
しみじみと言う岩久良先生の言葉に無言になってしまう。
俺にとって第五遊技場のスタッフが大切な存在であるように、岩久良校長にとっては第二図書館の職員、ひいてはその第二図書館が関わる魔法学園の人々が大切な存在になったのだろう。ならばとった手段はさておき、納得はできる。俺も同じ立場なら圧はかけていたことだろう。だから全て水に流すというわけにはいかないが。
お互いに変わった。世界のこと、国のこと、背負うものが変わって、相手との関わり方も変わった。きっと考えも。
彼の立場に自分がいたら同じことをしないかと問われたら、すぐに返答することはできないぐらいには変わった。
「とりあえず、直面している事態にどう対処するかです」
「あぁ、その通りだ」
そこからはただ無言だった。けれど最初の緊張感は少し薄れた。会って話したからか、それは分からない。
明日の会議は有意義なものにしたいものだ。そんなことを考えながら、日も沈み街灯が照らす学園都市を進んでいった。
□ □
翌朝、朝食を済ませた俺たちは学園内の廊下を歩いていた。部屋はもちろん朝食も、確かに岩久良先生の言う通り宿屋よりも良いものだったとだけつ加えておこう。
しかし意識はすでにそちらにはない。目の前を行く男性職員が案内する先は今回の会議の会場だ。
密かに聞くのとは違い、正式に会議に初めて参加する。緊張するなという方が無理な話である。
「大丈夫っすか」
緊張に気付いたのだろう。オルブフがこちらを気遣うように見ながら聞いてきた。
「大丈夫」
そう言って大きく深呼吸をする。
心を落ち着ける。
そう、大丈夫。――大丈夫だ。
自身を落ち着かせるように言い聞かせていれば、先導していた男性職員が扉の前で止まった。
「到着いたしました。すでに皆さん集まっております」
案内された男性職員はそう告げると、扉をゆっくりと開けた。
窓から差し込む光で明るい会議室の中央にはドーナツ型のテーブルが設置され、席も参加者分用意されていた。
光で思わず眇めた視界の中で、既に到着していた面々の顔がこちらに向ける。見知った顔は主、見知らぬ顔は主の付き添いだろう。
その中でつい昨日会った岩久良校長が、周囲を見渡しながら口を開いた。
「参加者が揃ったようだし、定刻より少し早いが会議を始めようか」
彼の言葉を皮切りにそれぞれが席へと向かう。
いよいよ会議の開催である。




