第77話~水晶、そして次の地~
街からエルフの里まで戻ってくるのに、それほど時間は要しなかった。
というのも、先の襲撃でアキトラさんが叫んでいたように、転移を使える魔法職の兵が数名いたからだ。重傷者を里へと転移させていた彼らに里まで転移で送ってもらえることになったのである。もっとも、残る住民の転移を終えてからの話ではあるが。
広場に集めた住民の転移を見守りつつ、最後に樹沢たちと共に転移する。一瞬視界が白く染まるも、すぐさま白さは薄れ、一度は見たはずのエルフの里が視界に広がるはずだった。
しかし、その予想は外れた。
勇者たちや王国兵の転移に便乗してエルフの里に戻ってみれば、以前見た光景から様変わりしていた。
「これまた異様っすね……」
「ピニョ」
「そうだな」
小声でオルブフ達と話し合う。
右を見れば王国兵、左を見ればカリオ魔国の兵、正面にはオブリナント大帝国の兵、後ろを向けばホラビル神聖国の兵。以前は見なかった兵士が、エルフの里のそこらにいた。彼ら兵士の衣装は統一されていない。というのも、どうやら様々な国からやってきているようだった。
彼らの表情は厳しく、まとう空気もひりついている。それだけでどれほど逼迫した状況なのかを察せられるほどだ。
「兵士だけじゃないみたいっすよ。ほら、あれ」
オルブフの言葉に、彼が示す先を見た。質の良い武具防具を装備し、3人から4人で行動する集団が目に入る。あぁ、なるほど。
「冒険者か」
「国だけでなくギルドも対処にあたるって感じっすね」
「カリオ魔国にも冒険者ギルドはあったはずだし、納得はするな」
そんな話をしていれば、共に転移で戻ってきた樹沢がきょろきょろと何かを探すような素振りを見せ始めた。周囲が物珍しい……というわけでも無さそうだ。となると誰か探しているのだろうか。
「誰か探しているのか?」
俺の問いに、樹沢は探しながらも答える。
「ほら、さっき言ったシェルマ王女とメイドのミレイアさん。こっちに先に戻ってきてるって俺も聞いてたんだけど、姿が近くにないなって」
「あの二人のことだから、どうせどっかの屋内で待ってるだろ」
「う、うーん……。でも勇気が戻ってくるのに待たないなんてことも考えられないんだよなぁ」
「あぁ、確かに」
樹沢の言葉に納得する。天ヶ上にベタ惚れだった二人のことだ。戻ってくるという情報をすぐさま掴んでいてもおかしくはないし、彼を出迎える姿の方が想像しやすい。
それならば一体どこにと不思議に思っていれば、アキトラさんが苦笑を浮かべた。
「お二人でしたら別行動です。里の中のどこかか、もしかしたら呼び戻されて王国にいるかもしれませんね」
苦笑のままのアキトラさんに、こちらも同じく苦笑を浮かべる。何といえばいいのか困り、ただ「あー……」と意味のない言葉しか出ない。
おおよそこの場にいた人間の誰もが察したのだろう。勇者たちや他の兵士たちの誰もが似たような表情を浮かべていた。
どうにも彼らにとって想像の範囲内のことのようである。
「合流は難しいと思われますので、一旦王国に割り当てられた臨時拠点の宿屋に――」
「失礼いたします!」
アキトラさんの提案を遮るように声がかけられる。声のした方を見れば、王国の兵が2名、こちらに向かって駆け足で近寄ってきていた。
「お話し中のところ申し訳ありません。王子より伝言を預かっております」
近寄ってきた勢いとは裏腹に、落ち着いたひそやかな声で兵の一人が告げる。王子からの伝言という言葉にスッとアキトラさんの目が細められ、続きを促すように「内容は?」と告げた。
「はっ! ホイット王子から今後のことに関して至急連絡を取りたいとのことです。皆さまが戻り次第、臨時拠点の宿屋の一室へ案内するようにと。すでに連絡用水晶の準備を整えておりますので、そちらへ」
「分かりました……って、あ」
王国の兵の言葉にすぐさま返事をした樹沢がピタリと動きを止める。
一体どうしたのだろうか。そう疑問に思って彼を見れば、視線がぶつかった。
「神楽嶋はどうする?」
「同席してもいいなら、ぜひ」
遠慮がちな彼の言葉にすぐさま返事をする。想定はしていなかったが、情報を得られるせっかくの機会なんだ。同席できるならさせてほしいところである。
その意図を読んだのか、樹沢は大きく頷くと視線を王国の兵へと戻した。
「ということなんで、彼らも同席してもらいます」
「え、彼、第五の主……えっと、何が起きていたのか分かりませんが、かしこまりました。ご案内いたします」
こちらを見て混乱する王国の兵が、それでも職務を全うしようと案内を開始する。そうか、確かに彼らからしたら驚くか。これまで俺は協力的だったわけではないし。
少しだけ申し訳なく思いつつ、樹沢たちと共に目的地へと向かう。臨時拠点の宿屋の前には王国の兵が二人、そして傍には王国の旗が掲げられている。どこの国の拠点なのか、臨時とはいえ分かりやすくしておいた方がいいからだろう。
王国兵が同行しているからか、臨時拠点に入る際には特にもめごともなく通ることができた。少しだけ好奇心混じりの視線を向けられたが。
案内されるまま拠点の中を進んでいけば、1階突き当りの一室へと通される。部屋備え付けの机の上には連絡用の水晶が置かれていた。
王国兵の「用意はよろしいですか?」という問いに、その場にいる全員が頷く。
「勇者様、携帯用と同じく魔力を込めていただければ」
「あぁ、分かった」
兵の言葉に従って樹沢は水晶に手をかざす。一拍置いてボワリと水晶が光った。
『――あぁ、よかった。連絡を心待ちにしていたんですよ』
水晶越しに理知的な声が、言葉に安堵をにじませる。
「すみません、ホイット王子。連絡が遅れてしまいました」
『構いません。大まかな話は兵より既に聞いております。戻られたばかりとのことですが、まずは詳細な話を聞きたいですね』
「分かりました」
樹沢が説明するにつれ、相槌を打つホイット王子の声音も低くなっていく。説明を終えたころには、小さく「ハァ」とため息を吐く声が漏れていた。
『これで現在の勇者はトウジ殿のみ。今回の騒動を起こしている魔王を倒せるのが勇者のみとなれば、慎重に行動しなければなりません』
そこで言葉を切ると、『……失礼ながら』とホイット王子は話を切り替えた。
『第五の主殿がそこにいるというのは、本当なのですか』
「……はい。初めまして、ホイット王子」
『えぇ、初めまして第五の主、シュウト殿。まずはこちらの世界に来てからの妹や他の者たちの非礼、まことに申し訳ありませんでした』
「確かに思うところはありますし、同じようなことがあればまた抵抗すると思います。けれど、今はその謝罪を受け入れましょう」
『ありがとうございます。それならば勇者殿以外にも第五の主殿に相談することがあるのですが、まずは勇者殿から要件を』
呼ばれた樹沢が一歩踏み出す。一方で天ヶ上と橘は動かない。
『先程の話を踏まえると、カリオ魔国の首都奪還作戦もとい魔王討伐作戦を練り直さねばなりません。話はこの後私の方から通しておきますので、連合作戦司令部に向かっていただきたい』
「分かりました。場所の案内は頼めますか? それとも特徴的な建物だったらこっちで探すことができますけど」
『いいえ、兵に案内させます』
「お願いします」
『さて、勇者殿の要件はここまで。……次は橘殿、そして天ヶ上殿に関してです』
ホイット王子に名前を呼ばれ、ピクリと二人が反応を示す。水晶に近づくことのない二人は、ただまっすぐ水晶を見つめていた。
『勇者ではなくなったお二人にこちらが用意できる道は二つです。王国兵となるか、それとも王城を出て自分の力で生きていくか。どちらも転移された方が今まで選んだことのある道ですから、お二人ならばどちらを選んでも生活するという点ではやっていけるということでしょう』
ホイット王子は淡々と言葉を紡ぐ。そうか、俺は早々に王城を去ったけれど、あの後も王城を出る人がいたのか。
そんな場違いなことに気付きつつも、含みのある言葉だとも思う。生活するだけならば大丈夫だろう。ただ、彼らの今までの行動を考えれば、周囲がどういった目で彼らを見るのかは想像に難くない。
しばらく押し黙っていた二人だが、先に口を開いたのは天ヶ上だった。
「……勝手ですが、王城を出ます」
『よろしいのですか?』
「はい。今はただ、考える時間が欲しい……」
絞り出すように言う天ヶ上に対して、少しの沈黙を挟んで『分かりました』とホイット王子が返す。
続くようにして橘が口を開いた。
「私は勇気に同行します」
「……いいのか?」
「当たり前でしょ」
短いやり取りだ。それでも天ヶ上は橘の決心を悟ったのか、小さく頷いた。
『……いいでしょう。では、次に第五の主殿』
とうとう俺の番か。相手の顔色も伺えないが、水晶をじっと見つめる。
『国とは別に、各主が集って会議をするという話が出ています。第四の主の件も含め、色々話し合いたいとのこと。参加されますか』
少しばかり固いホイット王子の声音に、それもそうかと一人心のうちで納得する。俺は今まで会議に不参加だったうえに、決して良い関係を築いてきたわけではない。むしろその逆だ。断られるのではないかと思うのも当然だ。
しかし、この機会を逃すわけにはいかない。
魔王のこと、第四の主のこと、勇者のこと。話すことなんてたくさんある。どう対処するのか、今の状況はこのエルフの里以外ではどうなのか。知りたいことなんて山ほどある。
そして魔王をどうにかしたいという意思も。
「参加します」
まっすぐ水晶を見つめ、力強く答える。水晶からかすかに息を呑む音が聞こえた気がした。
『それならば会議の詳細をお伝えしましょう。日付は明日、いかんせん素早い対応が求められるためご容赦いただきたい』
「それは構いませんよ。それで、開催場所はどこです?」
そう尋ねれば、ホイット王子は一拍置いて再び口を開いた。
『五大祭が開かれた地――オーライト魔法学園独立国です』




