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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第四章
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第76話~橘、そして決心~

 勇者が消えた。

 呆然とした様子で呟かれた天ヶ上の言葉に、思わず頬が引き攣ってしまう。ただならぬ様子だと察したのか、落ち着かせるようにロルが足元に擦り寄ってきた。

 いつもなら撫でてやりたいところだが、今はとてもではないがそれどころではない。


「勇者って、ジョブの?」


 恐る恐る問うてみれば、天ヶ上は黙したまま頷いた。

 ジョブの喪失というのは決してあり得ない話ではない。アトレナスさんとの会話で行動によって獲得することができるという話をしていたのだから、その逆だってあり得る話だ。

 ただ、今回の言動だけで勇者を失ったわけではないだろう。それならば来たばかりの頃に失っていてもおかしくはない。これまでの天ヶ上の行動が積み重なり、そして今日のことが決め手となった。そういったところだろうか。


「どうしてだよ……どうして、僕を否定するんだよ……」


 そこからはもう「うぅ……」と唸りながら、天ヶ上は地面にうずくまってしまった。泣いているのか顔が見えないので分からないが、少しばかり鼻声混じりなのだから察してしまう。

 しかしこのままにしておくこともできない。一体どう声を掛けたものか。


「勇気!?」


 悩んでいると、天ヶ上の名前を呼ぶ声が聞こえた。聞き覚えのある声に気付き、そちらへと視線をやれば崩れている建物の傍に橘が立っていた。

 驚きで目をまん丸にしていた彼女だが、すぐさま険しい表情をするとこちらに駆け寄ってくる。

 天ヶ上に話しかけようと彼女は口を開いた。しかしとても話ができる状況ではないと判断したのだろう、キュッと口を引き結び、こちらへゆるりと視線を投げかけてくる。


「……何かあったの?」


 感情を抑え込むような声音で橘が問いかけてくる。

 説明がなんとも難しいことだが、どうにか順を追って説明するしかない。チラリと天ヶ上を見やるも正気に戻ったようには見えないから、彼に説明を任せることなんてできやしない。

 言葉を選びつつ、順を追って橘に説明していく。

 話を聞く彼女の様子は、当初疑心を隠していないものだった。しかしいつものように攻撃的な言葉は飛んでこない。彼女はただ静かに俺の言葉を聞きながら、その視線はずっと天ヶ上へと注がれていた。


「……と、まぁ、こんな感じだな」

「そう」


 俺の説明を受けても、橘はただ短く返しただけだった。天ヶ上に思うところがあるのだろうかと思うも、何も言わない彼女に聞くのはどこか憚られた。

 スッと目を瞑り、橘は思案するような素振りを見せる。しかし、それはほんの一瞬のことだった。


「勇気、とりあえず皆と合流しよう」

「……」

「ほら、肩貸すから」

「……あぁ」


 橘がグイッと天ヶ上の腕を掴み、そのまま自身の肩にかけさせる。天ヶ上はただ返事するだけでされるがままだった。

 こちらが声を掛けるまでもなく町の中心部へと向かい始める彼女たちに、思わず口を開きかけた。


「……」


 それでも喉から音は出ず、ただ無意味に開かれた口を閉じるしかない。

 心配そうにこちらを見るロルに、無言でそっと笑みを浮かべてみせ、首を横に振る。声を出すのもはばかられ、静かに二人の後を追いかけ始めた。ロルもそれに倣い、静かに俺の後ろからついてくる。


 町の中は静かだ。思えば先ほどから侵攻してくる魔獣の姿を見かけない。天ヶ上との戦闘前に倒した一体で侵攻は終わったのだろうか。今のうちに確認した方がいいだろう。

 町中から聞こえていた戦闘音は、どれだけ耳を澄ましても聞こえない。そっと<レーダー>で確認しても、魔獣の反応は見られなかった。<レーダー>の範囲を広げても、潜んでいる魔獣は表示されていない。


 魔獣の侵攻が終わったのだ。


 侵攻の終了にホッと一息つくのと同時、天ヶ上のポソリとした声が届く。


「なぁ、真由」

「どしたの」

「……僕は、もう、勇者じゃない……」

「……」


 絞り出すように改めて告げられた言葉に、橘は何も返さなかった。二人は視線を交えることはなく、橘はただ前を向いて肩を貸し、天ヶ上は下を向いたまま半ば引きずられるように進んでいく。

 数拍の沈黙の後、静寂を破ったのは天ヶ上だった。


「正しくない……勇者じゃない僕から、離れるか……?」

「ねぇ」

「離れるよな、樹沢もそうだった。……正しいと、僕は正しいと思ってたのに。真由も離れ――」

「勇気」


 歩くのを止めないまま、橘は天ヶ上の言葉を遮った。


「多分、離れる人が出ると思う。勇者じゃなくなったなら、特に」

「……恨む人も出るかもしれないな」

「えぇ、そうね。……それでも、あたしは勇気と一緒」


 その言葉に天ヶ上は橘の方を見る。後ろからでははっきりと分からないが、橘の方もわずかに彼の方へと顔を向けているのだから、きっと二人の視線が合ったのだろう。


「愚かだと言われても、馬鹿だって言われても、あたしの気持ちは変わらない。あたしは”勇者”の勇気を好きになったんじゃないの。勇気のことが好きなの」


 しみじみとした橘の言葉に、天ヶ上は返答する様子を見せない。

 一拍おいて、「あ」と橘が小さく言葉を漏らした。


「……あたしも、勇気と同じになった」

「消えたのか」

「うん」


 二人の会話を聞いていても詳細は出てこない。ただ話の内容から察するに、橘も勇者ではなくなったのだろう。

 本来ならば焦らなければいけない展開だ。勇者でなければ魔王を倒せないのだから、勇者が減ることはデメリットしかない。天ヶ上と戦う前ならば、表には出さないまでも心の中で悪態をついていた。


 けれどそれができない。


 前を歩くボロボロの二人の、穏やかな空気を前にできなかった。

 

 静かに二人の後ろを歩いていれば、しばらくして広場へとたどり着く。先程までの緊迫感は失せているものの、安全確認に怪我をした住民の手当てと忙しそうであった。

 最初にこちらに気付いたのは、兵と共に住民の手当てをしていた樹沢だった。いくらか兵士に言葉を交わしたかと思えば、こちらに集合したときも傍にいた少女と共にこちらへと走り寄ってくる。一拍遅れてオルブフもこちらに駆け寄ってきた。

 

「無事だったか!」

「……無事、と言えるかしら」


 樹沢の言葉に橘が静かに答えた。どういうことかと樹沢と少女の視線がこちらに向けられる。

 

「手短に説明するが――」


 樹沢たちに何が起こったかを説明していく。天ヶ上が勇者ではなくなったこと、橘も同様であること。途中から魔獣が襲撃する様子を見られなかったと締めくくれば、場が静かになる。

 俺も彼らと同様に押し黙ってしまう。何と切り出せばよいのか、少しだけ躊躇してしまうのだ。

 対する樹沢は、二人が勇者ではなくなったと知った時は驚いた様子を一瞬見せたが、すぐさま何やら考えるように眉間に皺を寄せた。

 さすがに誰かが話を切り出した方がいいか。


「あ~……、そっちはこの後どうする流れなんだ?」


 話し出すきっかけになればと、樹沢たちに向けて話しかける。

 結果はさておいて、天ヶ上たちを連れ戻しに来たのであれば、そのあとの行動も何か予定しているのではないか。そう考えたが故の問いだった。

 チラリと樹沢は横目で天ヶ上と橘を見るも、すぐにこちらへと視線を戻す。


「エルフの里は知っているか? 一応、そちらに戻る予定になってはいるんだ。この場が落ち着いたら、住民と一緒に里に行くことになるだろう」

「他の面子、王女とかメイドの姿が無いけど?」

「もう二人はすでに見つけて保護しているよ。今この場にいないけど」


 苦笑交じりの樹沢に、傍で肩を竦める少女。まぁ、見つけた時に色々といざこざでもあったのだろう。王女とメイドの性格を考えると、むしろ何もない方がおかしいだろうな。命令するなとか、色々言ってくる姿の方が簡単に想像できてしまう。

 少しばかり空気が緩んだ中、樹沢は少し聞きづらそうな様子を見せながら再び口を開いた。


「神楽嶋はどうする? ついてくるか? 俺たちはもちろん、各国がどう動くかを知ることができるけど」


 樹沢の提案に、心中で納得する。

 確かに彼らについていけば情報を得ることができる。でも、それは今まで避けてきた国や下手をすれば主たちと接触することも指す。


 この世界に召喚されたばかりの俺を嵌めた王女やメイド、オルブフ達を使っておびき出した各世界の主、思い返せばろくな思い出がない。


 無言で考え込んでいれば、こちらを伺うようにロルとオルブフが視線を向けていた。

 きっと彼らは俺がついていかないと決めたら、その意見に賛同してくれるだろう。情報を集めるように動けば、その手助けをしてくれるだろう。


 いつも通り、誰にもばれず、ひっそりと。


 ふっと息を吐く。ほんの僅かな時間でも、一呼吸入れることで勢いがつく。


「構わないなら、同行してもいいか?」


 苦笑交じりにそう言えば、樹沢は目を見開き、そして笑顔を浮かべながら「もちろん!」と頷く。こちらに意識を向けていたオルブフやロルも、横目で確認すれば笑顔を浮かべていた。

 過去から踏み出したんだ。仲間だっている。

 

 もう、怖いものなんてない。


 □  □


 それでは早速出発という流れになることはなく、少しばかりの休憩時間が設けられた。これまで戦っていた兵士たちへの休息の意味も込めた、出立の準備時間である。

 さて、それならば何をして時間を潰そうか。特段することもないのだが。

 そんなことを考えていれば、誰かがこちらへと近づく気配を感じ取る。そちらに視線を向けると見知った顔――アキトラさんだった。

 真紅の髪と尾を揺らしながら近づいてきた彼女は、「やぁ」とこれまた軽く言葉を投げかけた。


「久しぶりだね。もう何年も会ってないように思うよ」

「そうですね。本当に色々とありましたから」

「あぁ、そうだね」


 しみじみと答えるアキトラさんの言葉に、今までのことが思い出される。

 訓練の時のこと、城を抜け出す手伝いをしてもらったこと、そしてそれからのこと。あまりにも色々起こりすぎて、確かに彼女の言う通り何年も経ったような気がしてくる。


「この後もちょいと用事があったんだけど、せっかく久々に会えたんだ。声を掛けたくてね」

「ありがとうございます。俺も声を掛けようと思ってたんです。忙しそうにしてらしたんで、ちょっと声かけられませんでしたけど」

「あはは! 確かにね!」


 朗らかに笑いながら賛同するアキトラさんは、不意にこちらから視線を逸らした。その視線の先を辿ってみれば、他と同じように休んでいるオルブフとロルの姿がある。


「仲間ができたんだね」


 慈しむような声音に、思わず彼女の顔を見てしまう。その表情は声と同じものだった。


「あたしはね、嬉しいんだよ。シュウトが無事だったことも、何よりこうして信じることのできる仲間ができたことも」


 彼女はそこまで言うと、フイッとこちらに視線を向けた。


「本当に、本当に良かった」


慈しむように、優しい声音で言葉が紡がれる。そんな言葉に俺は、


「……ありがとう、ございます」


 滲んだ視界の中、そう返すことしかできなかった。

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