第75話~天ヶ上、そして勇者~
天ヶ上がいたのは町の外周部だった。俺たちが来た箇所と同じく外壁はただの瓦礫となり、その機能を果たすことができない姿になっていた。
崩れた外壁、燃える町並み。それらを背景に天ヶ上は動くことなくぽつんと立つ。何か策があってのことではないだろうということは、炎に照らされた彼の表情を見てすぐ察した。
自信がなさげで、逃げたそうに町の外をちらちらと見ている。天ヶ上に魔獣が近づけばすぐさま手に持つ長剣を振るうのに、走れば間に合う距離にいる町に入ろうとしている狼型の魔獣には目もくれない。
俺の知っている天ヶ上勇気は、いつも自分に自信があり、自分の行動を正しいと信じ、そしてそれを覆させることはない人間だった。その自己への肯定から派生したのか、自分は大丈夫という謎の自信をもってこちらの世界に来ても力を振るっていた。
こうして振り返ってみると、彼が自信なさそうにしている姿を見たことがなかった。
けれど今の彼は、その見たことがない姿を曝け出している。
それは樹沢が変化したように、天ヶ上もこの世界で時を経て変わったが故の結果だろうか。そう思いつつ、≪魔銃・ヴォルカス≫をアイテムボックスから引き抜きざま侵入しようとした狼型の魔獣を撃つ。
狙い過たず頭部に弾丸が命中し、ドッと大きな音を立てて魔獣は倒れた。
銃声か魔獣の倒れ伏した音か。思いのほか大きく響いた音に天ヶ上も気づいたようだった。ゆらりと警戒するようにこちらを向き、そしてその目を見開く。「お、お……」と言葉にもならない音を発しながら、わなわなと震える指先をこちらへと向けてきた。
「お前、神楽嶋! どうしてここに!?」
「勇者に用があってな」
天ヶ上の問いに、意図せずして言葉短く答える。見たことのない彼の自信のない姿に、思いのほか俺も動揺してしまったのだろう。
しかし、天ヶ上はそんなことなど気にもせず笑みを浮かべた。一体何なのだろうか。
「もしかして援軍か? あぁ、よかった! それならば僕は撤退してもいいだろう?」
今度は俺がぽかんとする番だった。こいつは何を言っているのか。
「理沙の仇を取りに来ただけなのにこんなことになるなんて……。藤二もいることだし、ここは君たちに任せて僕は王都に戻るつもりさ」
話していくにつれて天ヶ上の表情は明るくなっていく。活路を見出したように変わっていく彼の表情とは反対に、俺は自分の表情が曇っていくのを自覚した。傍にいるロルさえ、小さく唸り声を漏らしている。
周囲の反応をよそに、満面の笑みを浮かべた彼は締めくくった。
「それが、正しいに決まってるだろ?」
本当に何を言っているのだろうと思う。笑顔で彼は何を宣っているのだろうか。
死ぬのが怖い、痛いのは嫌だ、そういった感情は理解できる。俺だってそうだ。でも、これはあんまりだ。
あれほど勇者であることを誇示していたお前が、どうしてそんなことを言えるんだ。
胸が熱くなる。勢いのまま考えもせずに鋭い言葉を投げかけそうになるものの、どうにか飲み込んだ。ゴクリと飲み込んだはずの唾が、まるで棘でも生えているかのようにちくちくしているように感じた。
落ち着け、落ち着け、天ヶ上が死んでしまっては元も子もないのは事実だ。彼は勇者なんだ。落ち着け。なにより連れてくると先ほど約束しただろう。
「……そう言うな。一度話し合うためにも樹沢たちのところに合流しよう。単独行動は危険だ」
「町に戻るなんて、僕に危険を冒せというのか? 僕が逃げた方がいいと判断したんだから、逃げた方がいいに決まってる。町の人なんて助ける必要がどこにある?」
憎々し気に吐き捨てた言葉に、歯ぎしりが聞こえそうなほど奥歯を噛み締める。
一方の天ヶ上はこちらの反応なんて気にもしておらず、あり得ないといわんばかりだ。
しかし、次第にその表情に嫌悪の色が混ざっていく。いつもの彼だ。従わないなら嫌悪と共に非難する。しかしその行動に隠し切れない動揺が見て取れた。
「藤二も、お前も、どうして正しい僕の言うことを聞かない……!」
こちらを睨みつけながら天ヶ上は呟く。
手に持ったままの長剣の切っ先が、ゆっくりとこちらに向けられる。
「いいだろう、前の世界の時のように教えてやる。僕の判断が、僕のすることが、僕が正しいと!」
天ヶ上はそう叫ぶと、地面を蹴ってこちらに剣を振り下ろしてきた。怪我をさせるわけにもいかないからと≪魔銃・ヴォルカス≫を≪駿影≫に持ち替えつつ、バックステップで避ける。
「グルルル」
俺が攻撃された瞬間、ロルが唸り声を上げる。横目で確認すれば、姿勢を低くして今にも飛び掛からんとしていた。
敵意がどうも抑えきれていない。これでは間違えて天ヶ上を傷つけてしまう。
「ロル、ストップだ。手を出すな」
言葉少なく制止すれば、渋々といった様子で唸るのを止める。それでも姿勢が変わらないあたり、警戒は続けているのだろう。
ざり、と土を踏みしめる音が鼓膜を震わせた。そちらに視線を向ければ、睨みつけてくる天ヶ上と目が合う。引き結ばれた唇、怒らせた肩、どれもがこちらへの敵意を感じさせ、同時に対話が不可能であると分かるものだった。
しかし一応聞いた方がいいだろう。≪駿影≫を構え、短く問いかける。
「対話は?」
「できると思うか?」
「無理だろうな」
短い問答の結果は分かりきっていたものだった。天ヶ上は再度、ゆらりと直剣を構えなおす。
説得が無理ならば仕方がないと、こちらも≪駿影≫を構えた。
「行くぞ!」
彼は律儀に声を掛け、地を蹴り迫ってくる。
直剣を上段に振り上げ、小手先無しで突っ込んでくるのはあまりにも素直すぎる攻撃だろう。胴を狙えと言わんばかりではないか。
それでも強い部類に分けられるのは、魔法によるものではない純粋な身体能力によるその速さだ。勇者だからか、それとも元からか。確かに見てきた中では一般的な冒険者や他に転移してきた人たちと比べて強いといえるのかもしれない。
でもそれは、あくまで「一般的には強い部類」と言えるだけのものだ。
「ハァッ!」
愚直にまっすぐ振り下ろされた剣を、こちらも小手先の小技無しに純粋に受け止める。
「随分と余裕そうだな……!」
「……」
憎々し気に呟かれる彼の言葉に、こちらはなんと返せばいいのか困ってしまう。
押し付けてくる直剣が震えていることも、柄を握る手に血管が浮き出ていることも、天ヶ上が全力でこちらを斬ろうとしていることを伝えてくる。確かに彼は全力なのだろう。
ふと、こちらに来た最初の頃、ガイゼルさんやアキトラさんとの日々を思い出した。
スペックが高いだけの身体能力でごり押さないこと。そして別れ際に伝えられた驕らない、見誤らないこと。
今の自分ができているかなんて分からない。けれど天ヶ上はそのことを学ばないまま、ここまで来たのかもしれない。
「あぁ、本当に、腹が立つ!」
再度剣を振り上げ、天ヶ上は声と共に振り下ろす。
まるでチャンバラのような攻撃を、彼は必死に繰り出してくる。でたらめで変化もない攻撃をただ受け止めていくほど、天ヶ上は表情を歪ませた。
「僕は、正しい! 正しい僕に従ってれば大丈夫なんだよ! 問題ないんだよ!」
ガンガンと直剣がぶつけられる。吐き出される言葉と共に、静かにそれを受け止める。
余計に腹を立てたのか、天ヶ上が両手で直剣の柄を握ったかと思えば、体重をかけて真上から叩き斬ろうとしてきた。
一際大きな音を立てて刃同士がぶつかり合う。
「問題なかった、のに! 大丈夫だったのに!」
天ヶ上は叫びながら、刃を合わせたまま体重をかけてきた。打ち合いではなく、こちらの体勢を崩すなりなんなりしたいのか。
それでも微動だにしない俺に、彼はさらに目尻を吊り上げ、叫ぶ。
叫べば叫ぶほど、彼の感情が言葉に乗っていった。
「それなのに! どんどん、崩れてく! 先輩も! 理沙も! 皆!」
怒りと不安。ぶつけられる言葉から感じられるその感情に、俺はそっと眉間の皺を深くした。
一体何が大丈夫だというのか。
思わず彼が直剣をぶつけてきたタイミングに合わせ、受け流すようにして直剣の攻撃をそらす。受け流されると思っていなかった天ヶ上は、目を見開きながらも前につんのめった。そのまま彼は踏ん張ることなく、ドサリと地面に前から倒れこむ。
「なんで、なんでだよ……。まるで僕が悪いみたいだろ……」
「……」
起き上がることなく、地面に突っ伏したまま天ヶ上はブツブツと呟く。
怖いのかとか、不安なのかとか、言葉を掛けようか戸惑った。戸惑って、結局無言のまま彼を見下ろすことしかできなかった。
彼は変わっていない。揺らぎはしたけれど、それも天ヶ上を変えるものにはならなかった。
どう声を掛ければいいものかと迷っていると、彼の呟きが耳に届く。
「僕は正しい、僕は悪くない……! だから勇者にもなれたんだ。それなのに逆らうなら、そんな奴いっそ……!」
それ以上は言うな!
カッと血が上った中、そう叫ぼうとした。正しければ相手がどうなってもいいのか、それは勇者として以前の問題だろう。
けれど、言葉が吐き出されることはなかった。
天ヶ上がハッとしたように体を起こした。目は見開かれ、信じられないという表情で「ステータス」と小声で呟く。その様子はただ事ではなく、ブツブツと「嘘だ」と現実逃避しようと言葉を紡ぐも、視線は固定化されている。
まさかと、一つの予想が頭に浮かんだ。
アトレナスさんは職業が一朝一夕で入手できるものではないと言っていた。それ相応の行動をしたうえで獲得できるならば、その逆もあり得るのではなかろうか。
そう、例えばその職業にふさわしくない言動をした場合とか。
「勇者が、消えた……?」
呆然とした彼の呟きは、俺の予想を肯定するものだった。




