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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第四章
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第74話~合流、そして発見~

 会議を終え、自室で通信手段などを改めて用意をしていれば、ノックの音が室内に響く。


「秋人様、今よろしいでしょうか」

「どうぞ」


 続けざまに扉の向こうから聞こえたジェラルドさんの声に答える。「失礼いたします」と入ってきた彼を見れば、どうにも急いでいるようだった。


「秋人様、勇者殿の居場所が判明しました」

「本当ですか!?」


 先ほどの会議からそこまで時間は経っていない。樹沢はどうか分からないが、天ヶ上はそこまで隠れて行動するとは思えないからすぐ見つけることができたのだろうか。


 思わず準備の手を止めた俺に、ジェラルドさんは苦笑した。


「どうにも渦中のカリオ内にいたようでして、すぐに見つけることができました」

「それは何とも運が良いというべきか……。救援でいたのか、それとも独断なのか。いや、今はいい。カリオのどこか分かりますか?」


 俺の問いにジェラルドさんは一つ頷き、手に持っていた紙を差し出した。受け取って見てみれば、エルフの里周辺の地図のようである。エルフの里から少し離れた位置にある町に赤い点が描かれていた。

 

「この赤い点の町に勇者が?」

「はい、そのようです」

「わかった、準備もちょうど終わったしすぐに出立しよう」


 そう言いつつ無言でロルの方を見れば、察したように「ピニョ!」と鳴いて傍へと近寄る。転移するならばロルの力が一番だ。よろしく頼むという意味を込めて頭を撫でれば、気持ちよさそうにロルは目を細めた。


 さて、さすがにロルと俺だけで行くわけにはいかない。人探しということ、ある程度は天ヶ上の顔を知っていることを踏まえたら……オルブフがいいだろうか。実力としても申し分がなく、かつ索敵もできる彼は頼りになる。

 

「ジェラルドさん、オルブフも連れていきたいので呼んできてください。そのまま揃い次第向かうことにします」

「かしこまりました、直ちに」


 優雅にお辞儀をしたジェラルドさんは、言葉も短く返答して部屋を出て行った。

 

 勇者の捜索かそれとも遊技場での仕事か、どちらにせよオルブフを呼ぶのは少しかかるだろうか。その間にアイテムボックスに入れた物の再チェックとかしておこうか。あぁ、その前にこの後の行動を再確認してもいいかもしれない。


 ジェラルドさんから貰った地図を開き、目的地である町の周辺を確認する。カリオ魔国内は何が起こるか分からない以上、安全地帯から出発した方がいいのではなかろうか。そう考えるとエルフの里なのだが、転移しても大丈夫だろうか。怪しまれたりしないだろうか。

 内外からの襲撃に対応するため、里の内部はもちろん里の外周にも警戒の目はあるはずだ。それは目的地である町も同じこと。魔獣側ではないにしても、変な誤解を与えることは避けたい。


「失礼いたします、オルブフを連れてまいりました」

 

 やはり少々離れた町の外から出発した方が早いか。そう考えていると扉がノックされる。入ってきたのはジェラルドさん、そしてオルブフだった。

 これでメンバーは揃った、早速向かうとしようか。

 

 先ほど決めた転移先のことも踏まえて簡単な打ち合わせを済ませ、早々にアトレナスへと転移する。オルブフにも用意が必要かと思ったが、部屋に来る前に済ませていたとのことだった。

 時刻はすでに夜、妙に周囲が静かだった。

 

「……気を付けて下さいっす」


 到着した瞬間、オルブフが険しい表情でそう呟く。スンスンと匂いを嗅ぎ、耳を動かしながら彼は周囲を警戒していた。

 彼だけではない。ロルも唸り声をあげている。

 すぐさま開いた<レーダー>を確認すれば、彼らが何を警戒しているか分かった。


「血と何か焼ける匂い、金属がぶつかる音、それに悲鳴……。ずいぶんと遠いけど、ここまで匂ってきてるっす」

「ピギュルルルルル」

「あぁ、どうやら余談を許さない状況らしい。急ぐぞ。ロル、申し訳ないが町の入り口前まで再度転移の霧を」

「ピニョ!」


 声かけに応じてロルが眼前に霧を生み出す。第五遊技場に存在する白亜の壁の力を、霧を用いた転移という形でロルは使用することができる。続けざまの使用になるのは申し訳ないが、ロルの様子を見ると気にしているようではなかった。

 霧を潜りながらも再度<レーダー>を確認する。少しばかり先の位置、目的地である町を真っ赤に埋め尽くすほどの赤い点が表示されていた。

 魔獣が町を襲っているのだ。


 □    □


 駆けつけた時にはもう遅かった。

 立ち上る炎で赤く照らされた町は、血の匂いが濃く漂っている。静かで穏やかな夜の時間は消え、悲鳴と雄たけびが鼓膜を震わせた。町へと歩みを進めていれば、こつりとつま先に瓦礫が当たる。どうやら防壁はその役目を果たしきれなかったようだった。


「勇者がいるのはここ、なんすよね?」

「あぁ、目的も大切だが話が変わった。魔獣から住民を守りつつ勇者を探してくれ。行動は各自で」

「了解っす! あ、でもロルは秋人様と一緒がいいっすね。何かあるといけないんで」


 オルブフの提案にロルも元気よく頷く。

 話が決まれば行動に移すのは早く、オルブフはすぐさま町の中へと駈け出していった。俺もあとに続かなくては。


「ロル、行こう」

「ピニョ!」


 声を駆け、オルブフとは違う方向に走り出す。

 時期が時期だけに冒険者や衛兵も備えていたのか、通りには頬に血を付けたまま避難を促す彼らがいた。指示に従って避難する人々は、誰もが恐怖で顔を引き攣らせている。

 もちろんいるのは彼らだけではない。魔獣だっている。冒険者や衛兵と戦闘を繰り広げている魔獣はもちろんのこと、大通りから隙を狙う魔獣もいた。あまりにも数が多いから、冒険者や衛兵に声をかけることもできない。もう<レーダー>で赤い点として表示された魔獣は見かけ次第倒していくしかなかった。

 魔獣を倒しつつ、勇者も探す。けれど姿はどこにもない。路地裏にでもいるのだろうか。


「うおっ!?」


 つま先を路地裏に向けようとした矢先、突然連絡が入る。オルブフからだ。


『秋人様! 勇者を見つけたっす!』

「本当か!?」

『はい! 場所は――』


 オルブフから告げられた場所は町の中央。彼曰く勇者の他にも数名兵士が同伴しているとのことだった。


「町の中央に向かうぞ」

「ピニョ!」

『俺もそちらに合流するっすね』


 通信を切り、町の中央へと走りだす。この騒動に魔王がいないとも限らないのだ。すぐにでも伝えた方がいい。

 町の中央まではもうすぐというところまで来ていたようで、数分もしないうちに辿り着いた。

 石畳のこじんまりとした広場はいつもならば穏やかだったのだろう。外周の花壇に花は植えられ、設置されたベンチで住民が休憩していたはずだ。

 けれど今では残されたものから「こうだったのだろう」と推測するしかない。

 ベンチはへし折れ、崩れた花壇からこぼれ出た土や踏み荒らされた花が石畳を汚していた。

 悲惨な光景ながら魔獣の姿が無いのは広場の中央で避難民を魔獣から守っている勇者、樹沢と彼の仲間がいるからだろう。


「早くこちらへ! 重傷者から順次転移で里へ送ります! こちらへ!」


 王国の兵士が声を張り上げる。肩口で切り揃えられた真紅の髪もさることながら、それ以上に目立つのはドラゴンの翼と尾だ。

 あまりにも懐かしい顔である。アキトラさんじゃないか!

 しかし今は再会に喜んでいる暇はない。どうにか樹沢と会話をしたいが、彼は今魔獣に対処している。ロルにでも代わってもらおうか。

 そう考えている矢先、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「秋人様!」


 広場に飛び出し、俺の名前を呼んだのはオルブフだった。ちょうどいいところに!


「オルブフ、すまないが勇者の代わりに魔獣を蹴散らせるか!」

「もちろんすよ!」


 駆け寄るオルブフに俺が声をかければ、彼は笑顔と共に頷いてみせた。

 そのままこちらを素通りし、オルブフは樹沢の元へと駆け寄る。樹沢も聞いていたのか、応戦していた狼型の魔獣を討伐するとこちらに駆け寄ってきた。気付けば住民の救助に参加していた少女もいる。彼女の顔はホラビルで見たことがあった。前回も樹沢の隣にいたあたり、彼と行動を共にしている仲間なのだろう。

 どちらの表情からも驚きが見て取れる。それでも蓄積した疲労は紛れることはなく、わずかばかり滲み出ていた。

 そんな表情で最初に口を開いたのは樹沢だった。


「まさか神楽嶋がいるなんて……どうかしたのか」

「樹沢、お前を探していたんだよ」

「え、あ、俺を!? その、悪いけど、神楽嶋が俺を探すなんて想像できなくて……」


 俺の言葉に樹沢はまん丸にしていた目をさらに見開いた。それもそうだろう。最後に会った時のことを思えば、俺から接触してくるなんて考えづらい。

 

「まぁ、俺も色々思うところがあって、そして決めたんだ。事態が事態だから省くが」

「そうか。……いや、分かった。大丈夫だ」


 俺の言葉に、一瞬樹沢は遠い目をする。思うところがあるという言葉に反応しているあたり、彼にも似たことがあったのだろう。

 しかしその話題で盛り上がることはできない。今は最優先すべきことがある。


「実は伝えておきたいことがあってな。今のこの状況、魔獣の騒動についてなんだが――」


 そこからアトレナスさんとの会話の内容を共有していく。

 魔王が現れたこと、魔獣の異常な行動は魔王が現れたことによるものであること、そして何より魔王は勇者の手でしか倒せないこと。

 話している間、樹沢と少女は静かに聞いていた。どちらの表情も険しく、同時に青ざめた顔もしている。その表情を見ているとこちらも嫌な予感がするというものだ。魔王と対峙した際、気になることを言っていたがことが頭をよぎる。


「以上が伝えたかったことだ。他との情報共有は任せる」

「……あぁ、分かった」

「その表情、もしかして何かあったか」


 樹沢の落ち込んだような声音に、思わず俺が問いかける。彼は視線を一瞬迷わせたが、決心したようにこちらへと向けた。


「小峰が死んだ、と思う。多量の出血痕を魔法で鑑定したら小峰のものだったんだ。あの量はどう見たって致死量だから無事とは思えないし、無事なら俺はさておいて勇気に合流してるだろうから……。それに第四の主とも連絡が取れない。勇気たちとそもそもそこに行ったのは、ホラビルからの要請があってのことなんだ。けど第四の主はいなかった」


 樹沢の言葉に、俺は思わず顔をしかめてしまう。


「魔王と対峙したとき、誰かを捕食したような発言をしていた。自分たちの方が優位なはずなのに、それが覆った瞬間に怯える姿を君も見せてくれるか、ってな」

「それはつまり、小峰を魔王が?」

「その場面を見ていないから何とも言えない。ホラビルの要請で現地に行ったのは、エルフの里の襲撃の前か?」


 俺の問いに樹沢は頷いた。明確にそうだとは言えないが、どうにも嫌な予感は当たっていたらしい。

 魔王によって小峰が殺されたかもしれない。

 その推測に樹沢や少女も思い当たったのだろう。少女は恐怖で顔を引き攣らせ、樹沢は悔しげに顔を歪ませていた。

 しかしそのままではいられない。気持ちを切り替えるように樹沢は軽く首を横に振ると、こちらをまっすぐに見つめて口を開いた。


「これ以上勇者を減らすわけにはいかない。俺たちがここに来たのは、小峰の仇討ちと言ってこっちに来たであろう勇気を連れ戻しに来たんだ。移動はしていないと思うから――」


 ドォンと大きな爆発音がして樹沢の言葉を遮る。

 同時に俺たちは音のした方に視線を向けた。赤い炎の中でも目立つ程白い一筋の光が、細くまっすぐに天へと上り消えようとしている。距離からして広場近くではなく、どちらかといえば外周部に近いように思える。

 一体何の光だろうか。そう疑問を口に出す前に、樹沢が答えを出す。


「あれ、勇気の技だ。間違いない!」


 これまで行動を共にしてきた彼が言うのであれば間違いはないのだろう。

 すぐさま天ヶ上に合流しようと走り出そうとした樹沢を「少し待て」と言って止めた。こちらを振り返った彼の表情には、ありありと疑問が浮かんでいる。


「俺が行こう。勇者をこれ以上減らすわけにいかないなら、せめて王国の兵士が助太刀に入れるこの場を離れない方がいい。それにまだ救助活動があるだろう」

「それもそうだが……大丈夫か?」


 どうにも賛成しきらない樹沢に、俺は小さくため息を吐いた。


「大丈夫だ。問答無用でここに連れてくる。言っただろう、もう決めたって」


 彼の態度は、俺と天ヶ上との確執を考えてのことだろう。この世界に来る前、そして来てからのことを考えても、俺だって彼の立場であれば心配してしまう。しかしこちらはもう振り切ったし、うじうじなんてするつもりはないのだ。

 樹沢はしばらく無言だったが、少しして深く一つ頷いた。


「わかった。頼む」

「あぁ、任された。オルブフはこちらの救助の援助を続けさせる。俺からも伝えておくから、住民の避難を頼んだぞ」

「もちろんだ、勇者だからな」


 ドンと胸を叩き、「勇者だから」と笑顔で言葉にする樹沢。その姿がどこかまぶしくて、確かに「勇者」という言葉が似合っていると思ってしまうほどだった。


 しかし感傷に浸っている暇はなく、すぐさま行動に移す。

 オルブフに一声かけ、了承を得てロルと共に光の方へと向かう。後ろから「お気をつけてっす!」とオルブフの元気な声がかけられた。

 小さく手を上げることで返しながら、路地を進んでいく。右に左、時には上へと大きく跳び、道なんて知ったことかとまっすぐに突き進んだ。

 目的地に到着するまでは案外時間はかからなかった。天ヶ上がもし移動でもしたらどうしようかと思ったが、そんな心配はする必要がなかったらしい。


 最も、怯え逃げ惑う住民を前に立ち尽くす天ヶ上を見たかったかと言われたら、話は別なのだが。

 


 

 

 


 

 



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