第9話~実戦、そして紛失~
廊下で第一王女と遭遇してから半月ほど経過しただろうか。
あれ以降も俺の生活サイクルは変わらない。的になりますか?と言われて、はいなりますと言って行く俺ではない。というか誰だって的になる為に行きたくはないだろう。行くとしたらマゾヒストくらいだろうか、そんなことはどうでもいいな。
滅多に会うことのなくなったハーレム組は、時々会うのだが会っても前の世界と変わらない言葉。改心しろ、お前が悪い、他の人に危害を加えているに違いない、この世界に来てまでそれを繰り返すのかといったものだ。一体何をもってデマを真実だと断じているのか、一度じっくりと聞いてみたいものだ。
変わったのは兵士達と貴族達の態度だろうか。貴族は悪く、兵士は良くという違いはあるが。
貴族達の場合は、召喚者達、特にこの場合は天ヶ上率いるハーレム組の言葉を信じて俺を悪だと言う人が増えたようだ。貴族のすべてがすべてかと言われたら分からない。俺だってどこの貴族が話を信じて、あの貴族は信じてないなどわかっていないからな。これはまぁ、貴族と交流を持つ時間が少ないので特にこだわる必要は無いだろう。少し気に留めておくだけでいい。
一方の兵士は、アキトラさん達が話しかけてきたのをきっかけに少しずつ他の兵士達も話しかけてきた。今では、訓練の際俺が他の兵士に近づいても近づくなといった雰囲気にはならない。
話しかけてくれるのは嬉しいのだが、ほとんどの人が「お前いつも眠そうだな」と言うのは悲しい。別に好きでこの目に生まれたわけではないんですけどね……。言われるたびに誤解が無いよう、この目つきは生まれつきで普通の状態なのだと言っておくとなるほどと納得してくれた。
アキトラさん、ミルア、クロルとは休憩の間に気軽に喋るような仲になったし、ガイゼルさんもその中に混じるようになってきた。といってもそばで微笑みながら様子を見ているだけなのだが。
城で過ごすよりも旧訓練場で過ごす方が楽なのだが、きちんと城にも味方はいる。もちろん、兵士以外で。
「本日もお疲れ様です、神楽嶋様。それではお部屋へ案内します」
「ありがとうございます、ミレイアさん」
時刻は夕方。夕日が橙色へと染め上げた廊下を俺とミレイアさんは並んで歩いていた。訓練を終え、食堂で夕食を食べ終えた俺は食堂の外で待っていたミレイアさんとともに部屋へと向かう途中である。ミレイアさんはこの城で兵士以外での味方と呼べる人だ。
彼女はいつも食堂の外で俺が出てくるのを待ってくれている。他の召喚者達を見るとメイドや執事が中で召喚者の傍に控えているのを見ると、同行は許可されているのだろうが、以前一緒に入りませんかと聞いたところ自分が一緒になど……と言われた。別に俺は気にしないのだが、本人は気にするのだろうから誘うのはあきらめた。それに俺と一緒だとデマに巻き込まれかねない。
二人で近況を話しながら廊下を歩いていると、目の前から天ヶ上率いるハーレム組が現れた。こいつらに出くわすとは……テンションが本当に下がる。夕食の際見なかったからおそらくこれから夕食なのか、それとももうすでに食べ終えているのだろう。どちらにしろ、今日は絡まれずに部屋に帰れると思っていたのに。
「あぁ、神楽嶋じゃないか。何度も言っているのに改心しないのかい?」
「あんた変わらないわね、勇気があんなに言っているのに」
天ヶ上と橘が出会い頭にいきなり改心してないと言ってきた。失敬な、お前たちが信じているのはすべてデマだ。少しは疑うということをしろ。
二人の言葉に不快感を感じていると天ヶ上の言葉にのせるように残りの三人、小峰、緋之宮、樹沢が罵ってくる。
「勇気さんの言うことを聞かないなんて……存在価値ないです」
「あなたって本当にろくでもないわね」
「お前は悪なんだよ!だから勇気が改心させようとしてあげてるのに、それでも直そうとしないのかよ!」
なるほど、お前達が言うには天ヶ上のいうことを聞かない奴は問答無用で悪ということか、そうなのか。いや、おかしいだろ。何その天ヶ上至上主義、少しは疑うとかしようぜ?言っても無駄なんでしょうけど。
そんなことを考えている間にもハーレム組は俺へありもしないデマについて反省しろだのと言ってきている。というか、新しいデマが追加されているぞおい。何だ城の女性ににやけながら絡んだだの兵士達に立場を利用して暴力を振るっているだの、そんなことしたことないよ!
第一王女の発言で俺は旧訓練場での訓練になったから城で兵士とミレイアさん以外の人と深く関わることなどなかった。それに兵士に暴力などしていない。していたらガイゼルさんはじめアキトラさんやミルア、クロル、他の兵士達と今のような関係を築けているわけがない。ハーレム組は完璧にデマを疑うことなく鵜呑みにしているようである。本当にこいつらは……。
呆れていると、ハーレム組の目の前にメイドさん――ミレイアさんが立つ。一体どうしたのだろうか?
「皆さん、神楽嶋さんを責めるのはやめてください」
「あなた、神楽嶋をかばうのですか?やめたほうがいい」
ミレイアさんの言葉に天ヶ上が驚きながらも諌めるように言う。しかし、ミレイアさんは一歩も引かない。
「あなた!そんなクズを庇うのやめたほうがいいわよ!勇気の言葉を無視するような人なんだから!」
「そう……ですよ」
橘と小峰がミレイアさんを説得するように言うもミレイアさんは退かず、さらに拒否するように首を横に振った。
その後もハーレム組はミレイアさんを説得するように言うもミレイアさんは庇うように俺の前に立ったまま退かない。その様子を見ていた天ヶ上がいまだに説得を続けていた四人を後ろに下がらせ、ミレイアさんに近づく。
「どうしても、退かないのですか?」
天ヶ上の言葉にミレイアさんが何かをつぶやく。その言葉は天ヶ上に向けられたもののようで、天ヶ上よりもミレイアさんから遠い位置にいた俺には何を言っているのかわからない。しかし、天ヶ上が驚くようなことを言ったのだろう、天ヶ上の目は驚きで見開かれすぐさま俺のほうをにらんできた。一体なんだというのか?俺のほうを睨んだまま天ヶ上はすれ違うように食堂のほうへと向かう。
「これだけは覚えていてください。僕はあなたの味方です。では」
ミレイアさんとすれ違う際にそう言い、俺の横を通るときは侮蔑の目でこちらを睨んできた。天ヶ上の突然の行動に残りの四人が慌ててついていく。後ろの方で天ヶ上へと説明を求める声が聞こえた。
しかし、とりあえず今はミレイアさんに礼を言わなければ。第一王女のときだけでなく今回も俺の味方をしてくれたのだ。ハーレム組は勇者でありこの城の人物はほとんどが彼らを気に入っている。そんな相手に逆らったとしたら第一王女をはじめ、様々な人から陰口を言われるのは目に見えている。それを恐れずに俺の味方をしてくれたのだから、礼を言わねば失礼だろう。
「ミレイアさん、ありがとうございます。第一王女のときだけでなく、今回まで……」
そう言うとミレイアさんがふわりと微笑む。まるで花が咲くような美しい笑みだ。夕日に照らされ、その美しさが際立っている。
「いえ……、私は神楽嶋様の傍に長くいたので神楽嶋様のことがよくわかっております。勇者様方が言っていたことが正しくないのだろうとも思っています。私はお慕いしているのです、神楽嶋様を」
「本当に……ありがとうございます」
微笑みをたたえたミレイアさんに再び感謝の言葉を口にする。
俺のことを理解して、味方をしてくれる人。そんな人は前の世界ではなかなか見つからなかった。特に生徒にいたっては皆無である。だからこそ、俺の傍に俺を理解してくれている人がいると思うとうれしかった。ミレイアさんだけではない、兵士達だっている。
『第五遊技場』の主とばれて面倒ごとに巻き込まれるのはいやだ。しかし、俺の味方となってくれる人が、俺を慕ってくれるミレイアさんがいるのなら……。
俺とミレイアさんを照らしていた夕日は沈み、あたりは薄暗くなっていった。
召喚されてから二ヶ月半が経った。実は俺以外の生徒達はこの世界について詳しく習う講習などに参加していたこととか、俺は邪魔だからと誘われなかった事実が明らかになったが俺の生活は召喚された後からずっと変わらない。誘われなかったことには少し悲しみを覚えたが……。
旧訓練場で訓練をし、ガイゼルさんやアキトラさんたちと談笑。城に戻るとハーレム組や第一王女からデマのことで責められる。変わったことといえば、以前よりも貴族や生徒達の陰口が酷くなったくらいだろうか。確か使用人、しかも王女つきの人までも脅しているというのだったか。脅してないし、誰だよ王女つきの使用人って。ミレイアさんに聞いても苦笑いでお答えできませんと言われた。メイドか執事かわからないが、何で会ってもない人との陰口をたたかれるのか。
しかし陰口がひどくなっても、俺の傍にはミレイアさんがいた。食堂の中まで随伴、とまではいけないがデマを第一王女やハーレム組から聞かされても俺の味方でいてくれている。ハーレム組達の訓練でも見に行かないのかと以前聞いてみると、俺のことを悪く言う人の訓練は見たくないと言った。ハーレム組達がよほど嫌いなのか。
そんなミレイアさんを見ていると、俺が『第五遊技場』の主だと隠しているのが半月前から後ろめたく感じていた。いや、他のやつらだったらそんなことは感じない。しかし、ミレイアさんは俺のことを慕っていると言ってくれたのだ。そして今でも俺の味方でいる。そんな彼女を騙していていいのかと最近自問しているのだ。
隠していることのメリットは政治関連などのごたごたにつき合わされずに済むこと。巻き込まれるか巻き込まれないかで言えば巻き込まれないほうが断然気が楽だ。しかし、ミレイアさんやガイゼルさん達を騙しているという良心の呵責がある。
話すか話さないか、悩んでいた俺に契機が訪れた。俺達生徒の初の実戦である。
これまで城(俺は旧訓練場だが)で訓練を積み重ね、二ヶ月が経った為実戦を経験してみようという話が出たのだ。ちなみに提案を出したのは第一王女である。
まぁ、そんなことはどうでもいい。これは俺にとって良い機会だ。
ここ二ヶ月であらかたの武器の扱いをガイゼルさんから教えてもらった。今では武器を扱う際の違和感は消え、スムーズに動かせるようになっている。武器の経験が知識と体のスペックに追いついたのだ。これで神様を簡単にあしらう際に違和感に襲われて負ける、ということはなくなる。不安だから鍛錬は続けるが。真剣に教わろうと思ったのもあるがガイゼルさんの教え方の上手さがほとんどだろう。ありがたやありがたや。
今回の実戦にてオーバーキルにならないよう力を抑えながらの戦闘にも慣れることができる。ちなみに敵というのは魔物である。スライムやゴブリンといった存在がいるのだ。
そしてこの実戦を終えた次の日にまずはミレイアさんに俺が『第五遊技場』の主だと告げようと決めた。まずは慕っていると言ってくれたミレイアさん、次にガイゼルさんたちである。なぜ実戦の日にしないのかといえば、実戦は実戦で集中したいのだ。もしその日に言うとしたらどのタイミングで言おうかと気にしてしまい実戦に集中できないかもしれない。それだけは避けたいのである。
まだ言わないほうがいいのではないかという思いにかられながら、俺は初の実践までの日をいつも通りに過ごしていった。
実戦初日、俺、ガイゼルさん、アキトラさん、ミルア、クロル、ミレイアさんは今アグレナス王国の王都のすぐそばにある森、アグレナス森林にて戦闘を行っている。
この世界に存在するギルドに登録したばかりの成り立て冒険者が経験を積むために訪れるアグレナス森林なのだが、入り口近くまでは初心者向け、薄暗くなりはじめると中級者向けとなる。今回は初の実戦ということなので薄暗くなり始める一歩手前辺りまで行く。しかし、ギルドとかあったんだな。FSGにもギルドはあったがここ『アトレナス』はFSGと異なる部分があり、断言ができなかった。
そんなことはさておき、最初入り口近くに集まりパーティー分け(俺は生徒が組んでくれるわけがなかったのでガイゼルさん達と組んだ)を行い、できたパーティーから森へと入っていった。俺はすぐさまパーティーを組むことができたのでとっとと森の中に入り実戦を行う。
出てくるのはスライムとゴブリンのみ。まさしく初心者向けだな。正直言ってこのパーティーメンバーではこれぐらいの敵などてこずるわけでもないので戦闘なんぞいちいち説明しない。しいて言うなら……雑草を刈るかのごとくがしっくりくるな。実際、武器を振り敵に当てれば一発で倒れる。余談だが倒した魔物はゲームのようには消えない。必要な素材があればギルドに持ち寄ったりその場で剥ぎ取り、あとは放置である。放置されたものは別の肉食系の魔物のえさとなるそうだ。
あまりにもあっさりと倒れるのでこれは実戦の経験を得ているのだろうかと少し不安になった。 不安に苛まれている俺の耳にドガンと爆音が届く。先ほどから聞こえているのだが他の生徒達のものだろう。個人的にはハーレム組というのが有力だ。
「それにしても……神楽嶋様もそこそこできるのですね」
後ろからついてきていたミレイアさんが少し驚いたように言う。ミレイアさんは非戦闘員のため俺達に囲まれるようにしてついてきている。やめたほうがいいと止めたのだが、「お傍にいさせてください!」と今まで見たことがないほど必死に頼み込んできた為つれてきた。
「あはは……俺だって訓練してきましたからね」
「そうだな……最初を思えば見違えるようになった」
俺が苦笑を浮かべながら答えるとガイゼルさんも俺をほめてくる。や、やめてくれ、恥ずかしい。人にほめられる耐性がない為恥ずかしくなってくる。
恥ずかしさで苦笑を浮かべていると再び爆音、おまけにこちらから見えるほど白い強烈な光が見えた。
「さっきのはなんでしょうね」
「天ヶ上様の攻撃の際のものですね」
「なるほど。……?」
つぶやくように言った俺に答えるミレイアさん。しかし、他のハーレム組のメンバーかと考えもせず天ヶ上のものだとなぜ断言できたのだろうか。確か前、訓練は見たくないといったようなことを言っていたはずだったが?
少し疑問に思っていると目の前の森が目にわかるようにふっと薄暗くなる。どうやら森の奥に入りかけたようだ。とりあえずはここまでで、魔物を倒しながら入り口まで引き返す。実戦は経験できたのでいいか。敵が手ごたえがないものばっかりだったが。
「それじゃ、戻りましょうか……って何だこれ?」
俺は引き返そうと後ろを振り向こうとすると、ふと足元で草が光っているのを見つけた。場所はちょうど薄暗くなっているところで、あたりが明るければ見落としそうな淡い緑の光を放っている。何だ、この草?光っているし、ただの草ではないと思うが。
そう思いながらその光っている草を摘み取り、どうしたと寄ってきたガイゼルさんに見せる。
「これ、光っているようなんですけど。何ですか、この草」
「これは……おそらく緑光草だと思うが。どうだろうか」
「間違いないですね、これは緑光草です」
ガイゼルさんが他の人に見せると、ミレイアさんがうなずきながら答える。アキトラさん達もうなずいた。それにしても緑の光の草と書いて緑光草とは、安直である。
「緑光草で作られた体力回復のポーションは普通の薬草で作られたポーションよりも効力が桁違いに高いのです。見つけづらいというのもあいまって、相場で普通の薬草の千倍はする値段だと。」
……なんとえらいもんを拾ってしまったんだ、俺は。驚きながら握っている緑光草を見る。どうしようかと迷っているとガイゼルさんが話しかけてきた。
「それは今回の実戦で得た戦利品だ。所有権はお前にあるから持っておくといい」
「そうだよ、それはあなたのもの!」
「そうだぜ!」
ミルアとクロルが賛同するように言い、アキトラさんもうなずいていた。ミレイアさんは……何かを言い出そうとしていたのか口を少しあけた状態だったが、すぐさまその方がいいですと賛成してくれた。
そうか、これがこの世界に来て初めての戦利品……。感慨深いものを感じながら、俺は緑光草を見つめた。
「疲れた……」
実戦から戻り、部屋のベッドへと飛び込む。帰りも行きと同じく、雑草を刈るように魔物を倒し無事入り口へとついた。入り口に着くと何人かの生徒とハーレム組も戻っており、皆笑顔で城へと戻っていった。
俺もそれについて城に戻り部屋に帰ったのだが……力では疲れたとは言い難いからおそらく精神面で疲れたのだろう。初めての実戦と言うこともあり、緊張をしていたのかもしれない。
「これが……初の戦利品か」
少しにやけながらも寝そべったまま手に握った緑光草を見つめる。初めて得た品と言うのは、なんともうれしいものだ。緑光草というのは、FSGにおいて確かに存在していた薬草だ。といっても、FSGでは文字だけだったのでレアだとしても特に何も感じなかった。しかし、実物を見ると別だ。いまだに顔がにやけてしまう。
「大切に……しないとな……」
明日は緑光草を入れるための袋を探そう。そんなことを考えながらも押し寄せる睡魔に負け、俺は緑光草を握ったまま寝息を立て始めた。
「ん……」
朝の日差しで目が覚める。俺はあのまま眠ってしまって……あれ?
「たしか、あのまま寝たんだよな、俺」
そう、確かにあのまま寝たはずだ、そのはずなのだ。だったらなぜ?疑問に思いながらも部屋中を探し回る。しかしない。隅々まで探したのに……。
「緑光草が……ない!」
握っていたはずの緑光草が忽然と姿を消したのだ。




