96.マンダレー会議
ガンゴーを出たのは午前十時過ぎ。アジアハイウェイ一号線を走りミャンマー第二の都市マンダレーへと向かう。道中国樹の微妙な変化に気づいたのか、ヨシカの口数は少なかった。充希も口を閉ざし、空気の重たさにゼスが不満を漏らす。
「なんだよみんな、なんで話さないの。ミャンマーなんて滅多に来られないよ。帰ったら島国だよ、僕は帰るわけじゃないけど」
そう素直に楽しめたらいいのだが……というか誰のせいだと思ってんだ。
「俺は何度か来てる。仏教国家はこっちも変わらん。そりゃ随分違うが寺院とか仏像はもう見飽きてんだ」
致し方なく口を開くと、
「なんでさ、可愛い女の子がいるかもしれないじゃん」
ゼスはじとりとした目を向けてきた。
いや、それ今一番触れられたくないんだけど……こいつもマジ……。
ヨシカはさり気なくこちらを一瞥し、後部座席の充希は少しだけ反応している。グーシーだけが全く意に返していなかった。
マンダレーに着く頃には午後六時を回っていた。この国における第二の都市、人通りは多くさすがの賑わいだ。皆久しぶりの活気を味わい眺めている。まずは今晩の宿、ホテルを探さなければならない。
諸事情を鑑みシティホテルを選んだ。手続きは一部を除きスムーズに終わり、受付け係は充希やグーシーに注目することもない。
都市マンダレーの一角、四階にある手狭な部屋から賑わう通りを見下ろす。
「充希連中いるか」
「はい。随分気の良い人間を気取っておりましたが、こちらを疑っているのは明白。まあ対策は済ませました、ご心配なく」
相変わらずだが、充希の自信はどこからくるのだ。ともかくと、国樹は状況を整理する。
「みんなお疲れ。今日はここで一泊。ただしつけられてる」
マンダレーへの道すがら、地元連中に何度かバギーを止められた。彼らは手配書と一行を比較していたが、確信が持てなかったらしい。その手配書にはジープと日本人と記されていた。罪状はやはり強盗。およそ百万円の懸賞首だ。
確かに日本人ではあるが微妙に違う。最後に声をかけてきた男はこう言った。
「勘違いしてほんとすまない。日本人は珍しいから仕方ないよね。もしこいつ見かけたらさ、教えて欲しいんだ。同胞を売れってわけじゃないよ。悪人は悪人だよね」
そいつは複数の手配書を持っていた。そしてその中に、今までと異なる内容のものが含まれていた。ゼスについての記載だ。白人の子供と明記されていた。
彼はそれを知りながらも見逃した。わざわざこちらに手配書を手渡して。
ひとつ息を吐き国樹は皆を見回す。
「数を集めるつもりかもしれん。バギー奪われたら俺らは足を失う。それだけは阻止したい」
「ごもっとも。手を出せば相応の報いを受けるでしょう」
充希はグーシーと目を合わせ、それからこちらを見た。どうもトラップの類を仕掛けたらしい。バギーが吹っ飛んだら意味ないのだが……。
「部屋を襲撃されたら迎え撃つ。バギーに手を出したらあちらの車をいただく。本当はこのままタイに入りたかったが、ぶっ通しってわけにもいかない」
状況はゼスを除く全員が理解している。
問題は今夜とこの先だ。
国樹は安物のベッドに腰を下ろし頭を悩ませた。
手配書にゼスの記載が追加されている。狙い撃ちされたらかなり面倒だ。この先ゼスはグーシーの中に仕舞うか? 加え、蹉跌の塔での情報も漏れている可能性が出てきた。となればグーシーがばれるのも時間の問題。どうする?
思案していると、窓際に立つ充希が声をかけてきた。
「国樹殿、彼らは消えました。もう誰も見張っていません」
「へ?」
思わず間抜けな声を出すと、充希は頷いて事実だと伝えてくる。思わず視線を巡らせると、ヨシカもグーシーも怪訝な表情を浮かべていた。
「ああ、そうかありそうだ」
思わず呟くと皆の注目が集まった。
「端から捕まえる気なんてないんだ。情報を売りに行ったかもう売った。国内なら電話は繋がる。やる気があるなら人は残すだろう」
『オビガルムの一件を知っていれば簡単に手は出さない』
「ではもっと人を集めてくるということでしょうか」
ヨシカは緊張の面持ちでこちらを見ている。お互い街中でやり合う気はないと思うが、判断に苦しむ。
「報酬が上がっていればリスク覚悟で襲い来るやもしれません」
充希はまるで他人事のように言い放ち、カーテンを隙間なく閉めた。国樹はその様子見つめながら、全く違うことを考えていた。
「それもあるが、どちらかと言えば情報屋みたいなものだろう。たぶん俺らの居場所と構成を、双方に売りつけるつもりだ」
「双方?」ヨシカが訊き返すよう呟くので、
「奴隷商人とインド軍関係だよ。彼らが賞金稼ぎとは限らない。俺らの無謀を見張る役割で、人が送られてるかもしれん」
説明するとヨシカは思案するよう首を傾げ、それから納得するよう頷いた。
国境警備隊の若い兵士は、わざわざ「隊長は南下した」と教えてくれた。アッサムに入ったと知ればお灸をすえに来る……かもしれない。まさかサポートしてはくれないだろう。
とすると、短時間だが空白の安全が出来たかもしれない。罠でなければ、という条件つきだが。
「ヨシカ、街を見たいだろう。夜のマンダレー楽しむなら付き合うぞ」
「いえ、国樹さんはお疲れです。私のわがままにお付き合いいただく必要はありません。それは、見たいのは見たいですけど……」
ヨシカはそうして俯いた。グーシーに視線を送ると充希が反応した。
「吾輩が護衛致しましょう。なんなら朝まで付き合います。都市にあるべきものがあるか確認せねばなりません。ちなみにこの部屋にはなにもないのでご安心を」
ヨシカは戸惑う素振りを見せたが、最後には受け入れていた。




