90.第一の襲撃者
アッサムを出たのは午後六時。そしてあのインパールまで大よそ七時間かかり、国境の町モレまで更に約二時間。およそ九時間ぶっ飛ばせばミャンマーに入れる算段だ。
パミールやチベットに比べれば平地が続く。国樹が起きたのはモレ近く、日付も変わり深夜三時になっていた。周囲は真っ暗闇だ。
「国樹さん、検問所が近いそうです」
「了解。みんなグーシーの中に頼む」
「こんな時間に開いているでしょうか?」
「物流止めないなら開いてるよ。大丈夫」
経験上知ってはいたが検問所がやたら多い。そのくせ国境は曖昧、ホントどうなってんだ。寝ぼけた頭を叩き起こし気合いを入れ直す。時間が時間、不審がられたら面倒だ。
久方ぶりにハンドルを握り検問所に近づくと、無人だった。
「おい」
車を止め思わず呟くと、しばらくして詰所から人が出てきた。どうやら夜勤担当者がさぼっていたらしい。検問所のスタッフは旅券を雑にチェックすると、
「こんな時間に仕事させんな」
そう吐き捨て詰所に戻った。
気分は悪いがついている。トラブルなしでインドを出られた。それに、向こうの気持ちも分からなくない。時間が悪過ぎた。
アジアハイウェイ一号線を通り、南南東に進路をとりミャンマー第二の都市マンダレーを目指す。約十二時間の道のり、多くの国を見たいというオーダーを頂いているのでその点を説明する。
国樹が眠っていた間に話し合い、皆了解していたようですんなりと行き先は決まった。マンダレー以降はタイを目指す。
「なにか見つけたら教えてくれ」
些か投げやりに言うと、ヨシカ拗ねるよう少し口を尖らせた。そんな顔されても、インドシナは散々見た。シンガポールにだって行ってる。全て見たとは言わないが、なにもないというのが国樹の見立てだ。
「僕も見つけたら言うよ」
ゼスが真面目な顔でこちらを見ていた。こっちは天界的な厄介事だろう。今回は見つけても無視だ。だから答えずにおいた。
二時間近く走り空が白み始めた頃、充希が唐突に口を開いた。
「国樹さん誰か追ってきます。恐らく追いつかれますね」
抑揚ない言葉に驚き、国樹は思わず吐き捨てる。
「嘘だろおい、だからインドに入りたくなかったんだ」
サイドミラーにはなにも映っていない。どうやって確認したのだ。しかし充希には確信があるらしい。グーシーに確かめると、時間を置き充希に同調した。
『ガル、グギギ!』
「向こうの方が速いって」
事実か……バギーで撒くのは無理がある。どうする?
「まだ見えないぞ、台数と武装は? 人気もあんまない。やるならここで迎え撃つ。これ以上明るくなってからやり合うのはごめんだ」
自然ハンドルを持つ手に力が入った。緊張感を高めると、
「いえ、恐らくひとり。軽武装です」
のんびりとした声が返ってきた。どういうことだ?
時間が経ち、サイドミラーに車体が映り込む。デカいオープンカー、まず警察や軍の車両ではない。それは速度を上げ追走している。明らかに追いつこうとしていた。
しばらくして、
「おい前の車止まれ! 撃ち殺すぞ!」
なんともガラが悪く、威勢のいい声が飛んできた。仕方なく速度を落とし路肩へと近づく。他の車は見えない。単独で一台、他に通行する車もなしか。
左ハンドルのドデカイ車を横づけされ、国樹はバギーを止めた。
「よーしよしよし、素直でいいね。好きだよ俺そういうの。えっと、ちょっと待て動くなよ。今確認するからな……」
銃を突きつける男は地元民に見えた。そうしてグローブボックスを開けている。なにか探し物があるらしい。仕方なく、
「ゼス、相手してやれ。全力出していいぞ」
「ん? 仕方ないなあもう……いいの? 僕やっちゃうよ?」
決め顔のゼスに向け頷くと、
「おいなに勝手に話してんだ。こいつが見えねーのか。おっとこれだこれ、ちょっと待て……」
銃を遊ばせ男はそう言ったが、ゼスは国樹を飛び越し車両の間に並び立った。
「なんだあクソガキ、おめえに用はねえぞ」
「申し訳ないけど本気でいかせてもらうよ……」
「あ?」
ゼスは腕を奇妙に動かし、それから両腕を腰の位置で揃えポーズを決めている。空手の型のようだ。そして、
「あの世で後悔するといい、天使――万裂拳!!」
いきなり男を殴り始めた。それはもう遮二無二。
「うらうらうらうらうらうらあぁぁー!」
「おいこらちょっ、なにすんだ!」
男の戸惑いも無視して殴り続ける。と言っても自称天使のそれは十歳のものだ。最初は型こそ決めフォームも整っていたが、今は猫パンチを連打している。男はゼスの手を抑え掴もうと苦心していた。
「やめ、やめろって! いい加減にしろこのくそガキ! いきなりなんだ、あぶねーだろ!」
男がゼスの手を掴み制御したその時、
「兄さん、銃置いて両手上。アクセル踏むなよ、撃ち殺すぞ」
国樹は既に車体の反対側に回り、ベレッタを男の後頭部に突きつけていた。




