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Transparent Dark  作者: 文字塚
陸:境界の在り処。アジアハイウェイ
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88.ヒマラヤ越え

 アルナーチャル・プラデーシュ州はインド、中国の領土紛争地域であり、かつてはインドが実効支配していた。問題は今どうなっているのか、そして一日でインドを突っ切れるかだ。

 ツォナでの夜、ルート確認のため手に入れた地図を見ながらグーシーは言った。


『多賀朗、高地移動というより山越えだ。山向こうのタワンまで十時間、アルナーチャルを出るのに一日かかるかもしれない。ヒマラヤ山脈を越えるのだ』

「っても境界は標高4000メートルないだろう? もう慣れたよ。道が舗装されてりゃそんなにかからない」


 高地は嫌というほど経験したし。そうさらり言い切ったが見込みは甘く、道は舗装されていなかった。

 恐らくだが、チベットからプラデーシュ州に行く者がそもそも少ない。もしくはいない。というかツォナは村落以下のレベルで人気がない。誰にも話を聞けなかった。

 なによりヒマラヤ越えだ。高低差はともかく甘く見ていた。


「思ってたより時間かかるな。今日はタワンってとこで休もう」

「運転代わります」


 ヨシカの申し出を国樹は受け取らなかった。もし検問所があったら面倒だ。いくら凍えようと自分が運転すべきだろう。

 アルプス越えならぬヒマラヤ越え。一度目は覚えていないが成功し、二度目は失敗。三度目を成功させるためハンドルを握り続ける。


 境界にはなにもなかった。下りは危険なのでタワンまでの道のりはノロノロと走る。ただし、アルナーチャル・プラデーシュ州を出れば平野が続く。少しの我慢だ。

 日も暮れた頃、想定外の事態が重たく重なった。ツォナは寂れ過ぎ、国境に検問所はなく、ここタワンは無人だった。


「誰もいない……どうしよう」


 バギーを停止させ思わず零すと、充希は夜空を見上げ口を開いた。


「民家すらありませんな。晴れていれば見晴らしのいい自然保護地区です」

『多賀朗、隣のブータン国境沿いはサックテン鳥獣保護区だ』

「自然や動物の保護区が続きますね。自然を慈しむ気持ちが伝わってきます。それにヒマラヤ越えは私、少し興奮してしまいました」


 暗いので表情は見えないが、確かにヨシカは楽しんでいた。いやかなり。検問所がないと分かった途端彼女は身を乗り出し撮影を始めた――


「凄い! 私達ヒマラヤを越えてしまいました! 皆さん景色が素晴らしいですよ! 空も空気も澄み切ってます! 空が近い、雲が掴めそうです!」


 アルナーチャル・プラデーシュに入ってからも、


「大自然を感じます。夕暮れと湖がとても素敵です。こんな幻想的な世界が本当にあるんですね」


 うっとりするヨシカの横顔が夕陽に染まり、国樹もまた同じような気持ちだった。惚れ惚れするね、と。

 充希の外装も夕陽に照らされていたが、ふと気づくとてかりも消えていた。どういう機能だ。

 とにかく事実、グーシーの中にいたら外は観られない。そりゃまあ気持ちは分かるが――。

 大自然は見飽きたのか終始黙っていたゼスが、


「ねえタガロ、ここホントにインドなの?」


 呆れた声を上げた。


「いや分からん。ラサじゃ誰も教えてくれなかった。知識というより興味がないんだろう。ツォナはほぼ無人だし、ここは本当に誰もいない。野生の王国だ」

「野鳥にでも話聞く?」

「出来るならそうしたいぐらいだ」

「僕は無理だから自分でやんなよ」


 自称天使に突き放され国樹は肩を落とした。


 ゼス、グーシー、充希に周囲を警戒させこの日は車中泊となった。ならず者より獰猛(どうもう)な獣が怖い。なんでこんなとこ来たんだろう。虫にも刺されるし気分は最悪だった。


 明朝、いきなりスコールの襲来を受けた。頼りないソフトトップを取り出し一応の屋根代わりとする。作業を終えると手伝ったゼスが不満げに零した。


「このカバーさ、もうちょっとなんとかなんないの?」

「天使は汚れないんだろ。文句言うなよ」

「天使でも濡れるんだよ。横とかスカスカじゃん」


 確かにこれでは(ほろ)だ。馬車じゃあるまいし。


「これ馬車となにが違うのさ。タガロはお金の使い方とか計画性が足りないんだよ」


 なんでこいつにそこまで言われなきゃならんのだ……いや自分でもそう思うけど。


『この時期は雨が多い。止むまで待ってもいいだろう』

「いえのんびり進みましょう。確かに道はぬかるんでいますがなんとかなります。なあに河川の増水や崩落に気をつければいいだけです」


 後部座席に陣取る充希の呑気さが気に入らない。このルート提案してきたのお前だろう。責任取って対応しろ。それか雨止ませろ。


「あの、私が運転しましょうか?」


 ヨシカはおずおずと振る舞うが、その実は違うだろう。

 舗装されてない悪路で雨中の山下り。確かに怖いがだからって女に任せられるか。


「いいよ、何事も経験だ。なんかあったら災害支援機が対応するから」

「お任せあれ。ちなみにわたくしめは軍用機です」


 知るかよ、と内心で独り言つ。

 本当にゆっくり走らせていると、ヨシカは雨空を眺めながら呟いた。


「私、本場のスコールを体験出来ると思いませんでした」


 だよね。そっちが本音だろうと思ってた。誰も俺の気持ちを(おもんばか)ろうとしない。こいつらマジ、全員電源落としてやりたい。

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