81.夜道2
「このバギーは特別な仕様になっていると、ネリーさんは仰っていました」
充希が反応する。
「どの辺がでしょう」
「少しわがままにつくられている、とお話しされていました」
「わがまま。作り手のですか?」
「はい。丈夫ですが整備し辛くしてある。誠心誠意とても丹念に、と」
「何故?」
嫌な予感がしてきた。ひとつ間を置いてヨシカは言葉を紡ぐ。
「戻ってきて欲しい。そんな気持ちだったのではないかと、ネリーさんは仰っていました」
「それはマリーという方の元にですか?」
沈黙が降りてきた。続きは聞かずとも分かる、分かるだけに聞きたくなかった。
「このバギーには抑えがたい相反する気持ちが込められている。そんな気がする、だそうです」
「そうでしたか……国樹殿、だそうです」
充希のとどめを知らぬ振りしてやり過ごす。
確かにマリーはそういう女性だった。
――デートのお誘いは断るわ。でもメカニックとしてなら一緒に行ってあげてもいいわよ。
艶やかな髪が思い出される。明るい笑顔と整った容姿。彼女は美しかった。だから真に受けなかった。
あの時もし彼女の申し出を受けていたらきっと後悔したろう。守り切れない、足手まといだ。帰ってくれ、シンガポールに。どこかでそう告げることになった。
運がいいのか悪いのか、バギーを購入し手持ちも少なくなった。そして奴隷船襲撃に参加した。もしマリーがいたら奴隷船など無視しただろう。そうするとゼスを助けられなかった。さらわれた人々、子供達を解放出来なかった。
いいんだこれで。あの時俺はその程度だった。マリーには、彼女には都市が良く似合う。洗練された彼女には都市国家こそ相応しい。
マリーの真意は分からない。それでも当て所ない旅に連れていく訳にはいかないのだ。大体男と女が旅をして理性を保てる訳がない。向こうだってそんなことぐらい――
「おい」
「はい、なんでしょう」
「どうかされましたか?」
二人はいやに素早く反応した。
「自棄になって奴隷船襲ったわけじゃないからな。それだけだ」
むきになりいらんこと言ってしまった。すぐに後悔してしまう。別に言わずともいいことなのに。
「はい、私はよく理解しています」
「ご主張確かに承りました」
ヨシカめいらん話を……充希も事実なんだから素直に受け入れろよ。そもそもネリーはなんでこんな話したんだ。恨むからな。
内心で愚痴っているとゼスが口を開いた。
「タガロ自棄っぱちだったの? ダメだなあ、よくないよそういうの。昼間から酒飲んでる奴とか嫌いでしょ? 人生投げたらなにも変えられないよ」
お前が言うのか。
こいつ、返しに行こうかな。金払ってでも引き取ってもらいたい。
灯りを点けるわけにもいかない。グーシーに確かめると零時に近いらしい。
後部座席を占有し横になるがどうも寝つきが悪い。これでは明日の運転に差し障る。
「周囲はなにもなく、共通語も聴こえません。朝まで見張っています。どうかゆっくり休んで下さい」
充希はそう言って睡眠を促してくる。恐らく全員起きている。安心して眠れるはずだが、昨日との落差だろうか。
「眠れないのでしたらお話し致しますか」
「そうね。途中で寝るかもだが」
適当に振ると、
「ではひとつ。私もヨシカさんも、グーシーさんも恐らく疑問に思っているでしょう。なぜ統一言語があるのに、統一通貨は存在しないのか」
結構深刻な話題を持ってきた。
「国樹さんの仰る通り、統一言語は創るのも広めるのも簡単ではありません。言語の統一は元の文化を抑え込む、帝国主義的手法ともとれます。一方、統一通貨は比較的容易い。ヨシカさんはどう思われます」
水を向けられヨシカが応じる。
「そうですね、通貨同盟は実際存在しました。順番が逆に思えます」
恐らくユーロ圏の話をしているのだろう。充希が先を拾う。
「とはいえそもそもの経済圏が存在しない。物流があるのなら資源は流通しているようですが、経済的繋がりは薄い。となれば統一通貨はそもそも必要ない」
「そうかもしれません。ではどうして言葉のみ統一したのでしょう」
それが分かれば苦労はしない。




