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Transparent Dark  作者: 文字塚
壱:蹉跌の塔
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7.所有者

 一人と一体が大広間を探索する間、国樹は頭を悩ませ続けていた。

 ゼスはそれほど厄介な存在ではない。

 人を傷つけることはまずありえないだろう。

 傷つけられることもまずない。

 百害ないし一理ぐらいはある存在だ。

 でなければとっととどこぞに捨て置いている。


 だがグーシーはそうはいかない。接し方次第では箱の淵に見える刃が皮膚を切り裂くだろう。なにせ実績がある。話が通じればいいのだが、それにはゼスの通訳が必要になる。


 どうする? と国樹は自問した。ここで起こったことは仕方ない、済んでしまったものはどうにもならない。しかし、この先はどうなんだ。グーシーの奴、随分とゼスになついている。ゼスに至っては名付け親になってしまった。この二つが揃うのは良くない。だとすれば、


「ここでお別れだな……あれといたら、目立って仕方ない」


 身の危険もある。興味深い存在だが……それはこの旅の目的ではないのだ。あーだこーだと議論して、探索を続ける二人がそれを打ち切れば、国樹は決断せねばならない。まだゼスに、なにもしてやれていないというのに。

 国樹は、心痛める自分を見つけていた。


「タガローダメだー分からないよー」


 ゼスが分かりやすく肩を落とし、国樹の元へと戻ってきた。とすると収穫はなしか。仕方ない、いやこれでいい。盗掘紛いなんぞせずにすんだと思えばいいではないか。


「残念だけど仕方ないな。大して時間も浪費してない、ルビーもあるし気にすんなよ」


 国樹はそう言って、ルビーはゼスに返すべきだなと、胸のポケットに手を伸ばした。問題はその先だが、さてどう切り出すべきか。


「なんでかなあ、僕の勘は当たるはずなんだよ。ううん、勘じゃないんだ多分確定なんだよ。だけどないんだ、どう思う?」


 既に切り替えている国樹とは対照的に、ゼスはまだ諦めきれないらしい。ゼスの感覚による「多分確定」なんてもの、国樹に理解出来るわけもないのに。

 国樹は苦笑いを浮かべ「お前に分からないものは俺にも分からないよ」と、諦めを促すよう返す。しかしゼスはなんとも思わないのか、やはり諦めがつかないのか、難しい表情をつくり宙を見上げていた。


 国樹はしばらく、ゼスをじっと見つめてみる。

 見た目はどう見てもガキだ。

 思考パターンも知能も子供と言って違いない。

 それ以下かもしれない。


 けれど、こいつは確実に人間ではない。どうして自分は、こいつと出会ったりしたのだろう。奴隷船を襲撃したから? 一義的には間違いなくそうだ。しかしこの偶然が、グーシーとの出会いまで引き出してしまった。

 国樹は、部屋の隅をガリガリと移動するグーシーを一瞥してから、ゆっくりとした口調でゼスに話しかけた。


「それよりゼス、グーシーのことなんだが、お前はどうするつもりなんだ?」


 国樹にしてみれば重い問いかけである。しかしその問いに返ってきたのはきょとんとした表情と、


「ん? 知らないよ、タガロが決めるんじゃないの?」


 なんとも呆気ない返答だった。これは意外だ。まさかこちらにボールが飛んでくるとは。


「いいのか、俺が決めて?」

「ううん、そうじゃないよ」

「は? 今そう言ったろう?」

「そうじゃなくて、グーシーの所有者はタガロだから僕には決められないじゃん」


 なに言ってんだこいつ、と国樹は眉をひそめる。


「いつから俺が所有者になったんだ? 名付け親はお前だろう?」

「でも僕の名付け親はタガロじゃん」

「それとこれとは違うだろう?」

「ああ、うんそうだね違うよ。けどグーシーがそう言ってたんだ。"自分は所有者を求めている"って。面倒みてやんなよ、僕も手伝うし」


 所有者だと? 国樹は驚き、またグーシーに視線を送った。つまりあの箱には元々所有者がいたということなのか? いや、そういうものなのか? だとしても、その所有者は自分でいいのか?


 なぜだか、状況はさらに妙な方向へと向かっていた。

 グーシーは所有者を求めている、これはいい。

 だがそれなら別にゼスでもいいじゃないか?

 どうして国樹なのだ?

 自分とは会話も通じないじゃないか。

 彼は想定しない事態に多少の動揺を覚えながら、今一度ゼスに尋ねた。


「本当に所有者と言ったのか? "食料"と間違えてないか? それに、その所有者は俺でないとダメなのか?」

「あ、うんどうだろ。所有者がとは言ってたけど誰とは言ってなかったかも。それよりさタガロ……あの天井の絵はなに?」

「ん?」


 気がつくとゼスはまた宙を、いや一階広間の天井に描かれた壁画を見ていた。ゼスがこんなものに興味持つとは。不思議な感覚を抱えながら、国樹もまた視線を高く上げた。


「あれは……見たままだが天井画とでも言うのかな、壁画だよ」


 そこには、この文明圏には相応しくない、写実的な壁画が存在した。


 背景は黒く、人物は白く輝くよう描かれた珍しい壁画だ。

 描かれているのは三人の人物、男性が二人、女性が一人だ。


 国樹はそれを眺めながら、改めて自分が旅人であることに感謝した。

 この美麗な壁画は、誰でもない人の手で描かれたものだ。

 自然と頬が緩む。


 人を知りたい、世界を知りたい。

 それこそ国樹が旅に出た理由なのだから。

 しかしまあ、連れはどんどん人間離れしているわけだが……。

お久しぶりです。連載再開となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大変興味深く拝読させていただきました。 ハードな展開とともに、重みのある描写ですっかり前のめりになって読ませていただきました。セリフに頼ろうとせず、描写で描き切ろうとする硬派なところも好みで…
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