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Transparent Dark  作者: 文字塚
伍:中央行路
79/160

78.得体が知れない4

 目が慣れてくると、部屋の一角に充希が座り込んでいるのが見えた。ベッドどころかソファも使わずなんとも勿体ない。

 そっと近づくと、


「どうかされましたか?」


 とヘルメットを上げた。囁くよう確認する。


「いやキングベッドは君が使うと聞いたか?」

「はい。ですがこの有り様ですから、不要なのです」

「金払うんだ。使ってくれないと困る」


 気持ち顔をしかめ希望を伝えると、充希は太い腕を持ち上げ顎を触った。


「了承しました。ご下命とあらば仕方ありません。当方身体まんまるなので、落ちていたら責任を持って元に戻しておいて下さい」

「落ちないでくれ」

「鋭意努力します」


 寝ろと言っているのに……。

 駆動音も立てず、充希はキングベッドへと向かいそっと寝そべった。ベッドがかなり沈んでいるので重量のほどは結構あるようだ。

 改めて見回すとゼス、グーシーの姿が見えない。二人共寝るつもりないな……いや、グーシーは付き合わされているだけか。


 グラスに水を注ぎ、ガラス戸を開けバルコニーに出る。外は灯りもなにもあったものではない。ホテルだけが光を放ち周囲は真っ暗闇だ。


「すぐそこにアフガニスタンが見えるリゾートホテルでグラスに水。俺はなにをしてるんだ?」


 独り言つと、


「眠れませんか」


 背後から声をかけられた。バスローブ姿のヨシカがガラス戸に寄りかかっている。

 なんとも艶のある姿態(したい)だ。一瞬固まりかけたが、


「どうも予定と違い過ぎる。こんなとこ泊まったことないし」


 率直に返した。ヨシカはすっと態勢を整え隣へ来る。


「私もこんな素晴らしいホテルに泊まれるなんて、思いもしませんでした」

「喜んでいただけたようでよかったよ」

「ありがとうございます。あの、ここに決めたのは……私の為、ですか?」


 隣を見るとヨシカは俯き、それから窺うようこちらを見て、それからまた視線を下に落とす。心に刺さる仕草だった。だがあざとい、卑怯過ぎる。思わず「全部君の為だ」と言いかけたが気合いで呑み込む。


「それもある。けど興味もあった。成立すんのかね、この商売」

「どうなのでしょう……シーズンには賑わうそうですが」

「ありゃ嘘だ」


 言い切るとヨシカは目を丸くして、それから微笑んだ。


「そう、なんですね。いえそうでしょう」

「シーズンがあるとしたら暖かい今しかない。月が替わったからどうだと言うんだ。恐らくパミール高原を訪れる客を目当てに造られた。けど実態はこれだ。誰かが無理やり成立させているとしか思えない」


 それが誰なのかはさっぱり分からないが。

 ヨシカはなにも言わなかった。

 ただ二人、静かな世界で佇んでいる。

 風は心地よく、隣を見るとヨシカの髪がなびいていた。

 髪なら罪はあるまい。見惚れていると、


「国樹さん、アザゼルという名前をご存じですか」


 唐突に問いかけられた。ひと思案したが出て来ない。国樹はかぶりを振った。


「ザドキエルと同一視されることもある天使です。実際は逆でしょうか。アザゼルは堕天使としても有名で、色々な作品に登場します。旧約聖書などに記される存在です」


 へえ、知らなかった。しかし言いたいことは伝わった。


「ザドキエ、というのはそこから来ていると」

「はい、グーシーさんはご存じでした。ゼスさんも聞いたことがあるかも、と仰っていました」


 そうなのか、しかしなんの冗談だ。ザドキエが堕天使? 旧約聖書? 馬鹿な、あれはただの観劇オタクだ。


「ゼスさんが言っていた"本当の名前を教えてはいけない"ということから、私は彼女が咄嗟に嘘をついたと思いました。ゼスさんに確かめたのですが、ありそうだとお答えになりました」


 ザドキエルから一文字削りザドキエ。言われてみれば不自然な名前だ。あのガキ、あんな状況でも演じていたのか。やりやがる。

 ゼスの考えに過ぎないが、もしかするといっぱい食わされた。まあ実際手落ちは多かった。思わず笑みを浮かべるとヨシカが続けた。


「アナスタシアと名乗った女性が怒った理由ははっきりとは分かりかねます。でもひとつだけ、なんとなく彼女の気持ちは理解出来るかもしれません」


 ん、失礼な野郎と言っていたのになんだ。続きを待ったがヨシカはなにも言わなかった。仕方なく国樹が口を開く。


「ザドキエは通称というとこか。まあもう会えなくてもいいよ。アナスタシアは、奴には話がなくもない」

「宇宙船を見てこの世界が分からなくなりました。国樹さんの仰る通り不自然過ぎて私には分かりません」


 ヨシカはそう言うと伏し目がちに口を閉じた。整った横顔にまた見惚れて、国樹もひとつ話題を提供する。


「俺からもひとつ言いたいことがある」

「はい、なんでしょう」


 ヨシカはゆっくりとした動作で身体ごとこちらを向いた。


「寝返りを打つ時に声にならない声出すだろう。俺が言うと変だが"んっ"みたいに」

「はあ、皆さんされるかもしれません」


 ヨシカは小首を傾げこちらを見つめている。


「あれは男の本能を刺激し過ぎるから気をつけた方がいいかな」


 男は自分しかいない。意味は分かるだろう。ほんの少し間はあったが、ヨシカは顔を赤くし強張らせ、露骨に視線を逸らした。


「ついでに言うと成人してるのに愛らしいであろう寝顔も反則過ぎる。禁止してもいいぐらいだ。けど事実上無理なので、言わないでおくよ」


 今さっき起きた事実、抱いた感想を率直に述べ国樹は口を閉じる。


「え、いやそ、それはその……えと、あの……」


 分かりやすくヨシカがドギマギしている。そしてアンドロイドは汗を掻かない。彼女が毎日風呂に入りたがる理由は正直分からない。しかしなんだ、なんかもう本音を伝えるのにも慣れてきた。

 明日は早いから戻ろう。声をかけると寝間着の袖を掴まれた。


「あの、不意を打つのはやめて欲しいです……」


 振り向くとヨシカは上目遣いでこちらを見ている。そして長く視線が絡むと、俯いてしまった。

 これはなんか色々オーケーをもらった気がする。

 いや不意に変なこと言うな、か?

 だとしたら凄く残念だ。

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