75.得体が知れない
全員参加で入口の自動ドアを開きエントランスに入る。ロビーは広く吹き抜けのフロアになっていた。
上に視線を移すと屋内照明が複数備え付けられ、凝った白いカバーは蚕の繭のようだった。
視線を戻すとロビーは些か南国な雰囲気で、インテリアもそこそこ値が張りそうである。ここは超高地の入口、南国ではないのだが……。
フロントを確かめるが誰もいない。ロビーにも人気はなく、そもそも町自体人が少なかった。これじゃゴーストホテルだ。
「どうする。客もホテルマンもいない」
雰囲気に呑まれ呟くと、
「フロントで聞いてみます! 誰もいないということはないでしょうし」
ヨシカが率先し動き始めた。サポートしてくれるのは嬉しいが、なんかはしゃいでないか。
「あの、すみません! 受付はこちらでよろしいですか?」
ヨシカははっきり通る声で確かめた。しかし返事はない。冗談、国樹は懐に手を入れ拳銃を握っていた。そして周囲を見渡す。
ホテルの外観でもそれとは限らない。もし厄介者の巣窟ならいかにも迂闊。そもそもこんな場所で商売が成立するのか? もっと慎重に行動し――、
「お待たせ致しました。お部屋はすぐご用意出来ます。何泊のご予定でしょうか」
声の先、浅黒いタジク人スタッフがフロントに立っていた。
フロント係は当初ヨシカに笑みを向けていた。しかし全員の視線が国樹に向けられると、すぐ誰と話すべきか理解したらしい。こちらににこりと笑みを浮かべている。
「あ、いや一泊」
「分かりました。お部屋はいかがいたしましょう。四名様ならスイートもご用意出来ます」
スイート? カモるつもりか? いやそれ以前に、
「いや待ってくれ、ここホントにホテル?」
怪訝な顔で尋ねると怪訝な顔が返ってきた。少しの間を置き、
「もちろんでございます。歴史と由緒ある当ホテルを選んでいただき光栄です」
フロント係は気を取り直したのか丁寧な対応を見せる。だが国樹は気を抜かない。
「今客何人いる」
「シーズンを外しており、お客様方のみとなります」
「シーズンはいつよ。もう七月だぜ?」
「……八月や九月は沢山のお客様で賑わいます」
「じゃあシーズン外れてるわけだ」
「はい、そうなります」
「スイート一泊いくらだ」
「日本円をご利用でしょうか?」
「いや、ソモニで頼む。待った、なんで日本人だと思った」
「職業柄皆様の国籍はなんとなく判別出来ます。失礼がありましたでしょうか?」
そういうものか。皆を確かめるが特に意見はないらしい。フロント係も微笑みを崩さない。
「ソモニでいくらだ」
「スイートは一万ソモニになります」
日本円で十万。ヨシカが稼いだ分を除けば手持ちが吹っ飛ぶ計算だ。
「シーズンじゃないんだよな。いくらに出来る」
「そうですね、九千ではいかかでしょう?」
「五千だ」
「……八千五百で。これ以上はちょっと……」
「分かった七千。これで手を打とう」
「畏まりました。七千ソモニでスイート一泊、ご利用ありがとうございます」
「どうも。デポジットは?」
「当ホテルでは必要ありません。シーズンから外れておりますので」
そう、と国樹は納得した。
振り返り皆を見回すと、ヨシカだけ嬉しそうに胸の前で両手を組んでいた。
「では四名様スイート一泊。お部屋までお荷物お運びします」
そうしてフロント係が奥へ回ろうとする。
「ちょっと待った。もしかしてだけど、スタッフ君だけ?」
「はあ、まあ。どうぞお気になさらず」
そういう問題じゃない。おかしい、まだ油断してはならない。
「じゃあルームサービスとかレストランとかどうなってんの?」
「申し訳ございません。当ホテルは――」
「宿泊専用」
「はい。シーズンから外れておりますので」
フロント係は変わらぬ笑みを浮かべ同じ台詞を繰り返した。
荷物は自分達で運ぶと断った。部屋の番号を聞き、アンティークなエレベーターに乗り込む。手動で蛇腹式、時代がちぐはぐだ。フェンスのような扉が閉められ、フロント係がお辞儀で見送ってくれた。
「趣深いですなあ。どうも理解に苦しみますが」
「不思議です。でも、こんな豪華なホテルに泊まれるなんて思いもしませんでした」
充希とヨシカの会話を国樹は聞き流していた。頭にあるのは、まだなにかあるかもしれないという警戒だ。そして宿泊専用ならもっと値切れたのでは? という後悔に苛まれていた。
ホテルは実際に存在するそうです。作中のものは架空のホテル。




