71.タジキスタンの宵闇2
「確かに俗にマインドハックと呼ばれるものを使える、かもしれない。しかし恐らく私には通用しません」
「へえ。帝石や魔石を知らないのに?」
「人間のそれとはかなり異なります。グーシー殿を警戒し追い出したのは阻止されるやもしれない。或いは見切られるかもしれない。この線も考えられます」
なるほどありそうだ。当の本人は接吻されはしゃいでいたというのだから救いがない。
国樹は改めて充希を見つめていた。こいつ相当踏み込み発言してくる。こちらの思考や心理を読み取っているかのようだ。だが、軍用機はやはり軍事的存在である。
彼女は基本、理由を問わない。結果が全てだ。なぜ信用したのかと掘り下げてこない。こちらはそうもいかない。納得するため国樹は再度確認する。
「君は配属先を明示出来ない」
「はい、仰る通りです」
充希はこくりと頷いた。
「君はアナログハックを使うのか?」
「当方は軍用機です」
「答えになってないな」
国樹は笑みを浮かべ、グーシーからどれだけ情報提供を受けたか確認する。充希は大まかに、と答えた。それならば、と国樹は一席ぶつ。グーシーと対話したあの会話を、手短に再現していく。
「――トランスペアレントダーク。これが人類の謎に迫る鍵ではないかと俺達は考えている」
演説を締めると、
「"俺達"というからには複数による活動なのですか」
当然の疑問が飛んできた。しかし数ある中で、真っ先に勢力図を意識するのは実に個性的だ。国樹は率直に答える。
「いや全く。俺に教えた古い知り合いがどこでどうしてるのか、さっぱり分からない」
「個人による活動?」
「ただの道楽かもな。そういう人だよ。俺も正直変わらない」
「お名前はなんと仰るのです」
「配属先」
「お答え出来かねます」
互いに目が細くなる。想定された問答だ。
「アナログハックは使うのか?」
繰り返し尋ねると充希は珍しく溜め息染みたものを吐いた。そうして苦笑いを浮かべる。
「当方信用されるのはとても心地よいのです」
「そう。気持ちよくなったついでに聞かせて下さると嬉しい」
少し煽ると嫌な顔をしてみせる。女子学生が嫌悪する存在に向ける、あの目だ。今回は迷惑という程度か。
「致し方ありません。情報提供はギブアンドテイク、相互信頼関係により成り立ちます」
ああと頷き国樹は耳を傾ける。
「わたしめの対応は基本指示命令です。それは威圧であり威嚇であり、脅迫と言って差し支えありません」
腕組み受け止める。さすがは軍用機、ヨシカとかなり違う。
「出来なくはありません。しかしやりません。後はご想像にお任せします」
目を伏し小さく一礼、充希なりに譲歩したと国樹は解釈した。
目の前にいる女は、精一杯無理して見た目女子大生。しかし今の日本に大学は存在しない。なら専門学校生。なるほど首から上しか見えないがデザイン系に通ってそうだ。
しかし軍用機であり軍機に強く縛られている。この点はグーシーやヨシカと変わらない。ただし軍機はそれと次元が違う。
また恐らく、彼女は軍事機密の塊だ。
存在自体が軍機なのだ。
だからこそ生き残りに全力を尽くす。
それこそ捕獲鹵獲されては敵わない、という事実も含め。
「君の口を割るのは相当難しい。というか事実上無理だな」
諦観に包まれ吐露するよう呟くと、
「さあ、愛でて下されば案外ころりと転がるかもしれません」
つくり笑顔を向けてきた。それはとてもあどけなく、だからこそ実に計算高く見える。手を挙げ馬鹿馬鹿しいとはねつける。
「嘘つけ、俺で遊ぶな。ま、言えるのに言わないってのは辛いんだろうけどよ」
「はい。どうせ皆さん陰で私の悪口を並べているのです。それと同じぐらいは辛いですね」
充希は腕組みし首を振っている。誠に遺憾、というように。
「グーシーとヨシカか? それはないな」
「国樹さんはいかがです?」
水を向けられまさかと否定する。
「しかし当方見るに国樹さんはヨシカさんに夢中です」
「おい」
素早く制すが充希は止まらなかった。
「すっかり骨抜きにされているのではないですか」
「そうかもしれないが、いや違う。舐めるな見極めぐらいしてる」
「そうですね、実際は逆かもしれません。私も感じているのです。国樹さんはとても知的な色気を持っていますから」
なんだそれは、と国樹は笑った。
「世辞にしてもどうなんだ。んなこと初めて言われたよ」
肩を竦めると、
「そうでしょう」
充希は頷く。完全にからかわれてる。
「充希、お前酔ってんのか?」
「私ぐらいの眼を持たないと理解出来ぬという奴です」
もういいよと国樹は首を振る。しかし充希は更に言葉を紡いだ。
「国樹さんがどうして信頼して下さったか、よく理解しています」
「そうかい。状況の把握が素早いな。ほんと頼りにしてるよ」
「はい。多賀朗さんの色気にもう、私は心奪われていますので」
こいつマジ……下の名前で呼ぶとか、ほんとに酔ってるのか? 国樹が背を向けると、威勢よく声をかけられた。
「これが私のアナログハック」
そうして素早く国樹の隣に並び立つと、
「効果覿面。顔が赤いですね」
こちらの顔を覗き込み勝利の笑みを浮かべている。
いやあの、下手過ぎるだろう。
俺はそこまでちょろくない。




