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Transparent Dark  作者: 文字塚
肆:素晴らしき世界、新しい仲間
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70.タジキスタンの宵闇

 盛り上がり過ぎだ。

 国樹は苦笑しながら晩餐を振り返った。

 ネリーの料理はパーティーさながらで、とにかく量が多かった。まともに食べるのは自分だけだ。いざ征かん、明日は胃痛か腹痛か。もはや覚悟を決めるしかない。果たしてひとりでどこまで平らげられるだろう。


 結局はグーシーが無理をしてくれ、珍しくゼスも頑張っていた。酔ったネリーに抱き着かれ「出立明後日にしようよー」「お腹きついよー無理しなくてよくない?」「いや、よく考えたら来年でいいじゃんね!」と無茶を言われた。その時別れる寂しさはこの比ではないだろうに。


 思い出すとまた、苦笑と寂しさが生まれてくる。

 国樹も少しだけ酒を(たしな)んだ。

 心地よく舌も滑らかになり、ついシンガポールでの話をし過ぎた。マリーとの話を姉であるネリーは顔を赤くして聞いていた。時折声を出し笑い、時折露骨に舌打ちした。「押しが弱い、弱いな国樹は!」と叱られたがバギーの購入は褒められた。


 しかしまあすげなく振られた話なのに、なんで自分も笑っていたのだろう。

 酔いを醒ますため、宵闇過ぎたドゥシャンベに出た。外を歩くとふわっと酔いを感じる。思わず笑みが零れまた少しだけふらついた。

 整備工場の周囲をぐるりと一周、戻ってくると玄関前に充希が腰掛けていた。


「いやはや、よい気分ですな」

「んー申し訳ない。色々申し訳なくて開き直るしかない」

「酔われておりますな。当方も少し頂きました」

「へーアルコールいけるんか」

「まあ、体内でうまく」


 便利な身体だ。感心していると、


「少し話ましょう。あちらの建物無人だそうで、立ち入り自由だそうです」


 気持ち遠い、向かい側の小さな雑居ビルを指差している。

 気楽に応じ二人で建物へと向かう。

 人気はなく、まだ零時を回っていないのに無人街のようだ。

 みんな歓楽街に行ってるのだろうか。


 件の建物は真っ暗で少し不気味だったが、充希は躊躇いなく入口を潜った。国樹はというと、やはり暗くてよく見えない。ライトが照らされ「どうぞ」と中へ招かれる。「どうも」と応じ階段を上がった。

 三階建ての雑居ビル、その屋上へと向かうらしい。恐らく普段誰も来ないのだろう、屋上の扉は音を立て開いた。


 実質四階なのでやや低いが、首都ドゥシャンベを眺める。

 灯りはまばらで賑やかさ華やかさは感じられない。

 まあこんなものだろう。最初の印象と変わらない。

 充希はライトを消し柵のない屋上の端へと歩を進める。


「実に心地よく、吾輩ああなるほど確かにここにいるのだと実感しています」

「そりゃなにより。俺もしばらく酔っていたいよ」


 もしネリーがまだ飲むというなら、付き合ってもいい。明日のこともあるが最後の夜だ。彼女と心ゆくまで語り合いたい。またふっと笑みが零れ、それからぬっとなにか分厚いものが視界に入った。


「おいなんだよ」


 思わず声にすると、


「お水です。酔いをお醒ましあれ」


 水筒持参……実に合理的配慮。なにか用事があるらしい。それはそうか、用もなく誘ったりしない。



 ぐいと飲み酔った頭を無理やり醒ます。大きく息を吐き出し国樹は頷く。


「いいぜ、用向きお聞きしよう」


 少し真似してまたひと息ついた。充希は「では」と断ってから話し始める。


「今回は信頼の栄に(よく)し、感謝の念に()えません」


 慇懃(いんぎん)さは相変わらずで、大仰(おおぎょう)この上ない。仕様の問題か、腰から曲げ少し頭を下げている。


「いえいえこちらこそ。期待通りだった」


 こちらは気楽に両手を広げてみせた。


「ご不足ありませんか」


 充希は冷静に問うてくる。揚げ足取るなら言いたいことはあった。しかし協調性に欠けるのはご愛嬌(あいきょう)と受け入れるべきだろう。


「あるようで。ご指摘頂けると幸いです」


 バレバレのようだ。苦笑いと共に仕方なくひとつだけ注意する。


「議論相手を怒らせず、協調性を持って接してくれるととても嬉しい」

「承りました。鋭意努力致します」


 たぶんやる気ないな、これ。この軍用機はとことんマイペースを貫く気らしい。国樹は苦笑しそれを受け入れた。


 夜風が通り過ぎる。星空も近く空は透き通っていた。

 国樹も充希も夜空をひとつ眺め、彼女が先に口を開いた。


「私のお礼はそこではないのです。国樹さんは私を最初から信頼して下さっていました」


 気持ち砕けた口調で充希は話す。


「昨夜の会議、私を除き行ってもよかったはずです。しかしあなたはそうしなかった」


 確かに、国樹は首を縦に振る。


「契約と登録は些か強引に過ぎました。にも関わらず私を話し合いの場に置いた。如何(いか)なる理由か私は愚考しました。そうしてああ、私は期待されているのだなと結論付けたのです」


 充希の視線は冷静そのもので遊びがない。国樹も真摯に向き合う。


「恐らくその役割は、果断に発言し異なった解釈を提供すること」


 酔いの醒める話だ。国樹は水をもう一口追加する。


「お二人と接し、かなり慎重派であることは感じていました。実際お二方は国樹さんの想定を超えた発言はしない。実態はトラブルと制約を抱え、やりたくても出来ないというところでしょう」


 その制約をこいつは軽々と超えてきた。充希は少し上を向き滔々(とうとう)と語る。


「正誤を問題としないなら、踏み込んだ発言は可能です。しかし実際のところは分かりません。役割は心得ました。最も確実なのは観測、捕獲鹵獲。しかし、次の相手はそうはいきますまい」


 人の頭をいじくり回した、シヴァと呼ばれた女。次を見越し、飛燕充希は既に備えている。

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