68.タジキスタンの夕暮れ2
事情を理解するのは難しいだろう。首都圏が陸の孤島だと知っているのは自分だけだ。しかし事実だ。だから曲げられない。
沈黙に覆われた僅かな時間を裂いたのは充希だった。
「私と国樹様だけで参ります。皆々様へ迷惑はおかけしません」
「それは認められません。あなたの行いは必ずしも信用に足るものではないのです」
「確かに。ですが国樹殿曰く"博打"だそうですので、当方以外に適任者はおりませぬ」
ヨシカは最初、強い視線を向けてきた。博打という表現が気にいらないのだろう。しかし視線が合うと一転、寂しげな表情を浮かべた。
「記憶を失って人格まで奪われた。ああいうのをマインドハックというんだろう? させない、という強い意思表示が必要だ」
加え軍用機で無理なら恐らく防ぐ手段はない。帝石も魔石も、まだ使いこなすどころか解析も出来ていない。
「グーシー不満があれば今頼む」
『私は参加するつもりだ、仕方ない』
「グーシーさん……」
ヨシカは弱々しく俯いた。
『今となればこちらも聞きたいことがある。危険はあるが、避けて通るを良しとするなら多賀朗はそもそもここにいない』
決定打だ。確かに避けて通るを良しとはしない。ちょいと無茶をし過ぎかもしれないが。
再びヨシカと視線が合う。受け入れるよう頷くと、ヨシカも渋々頷いてくれた。
翻りネリーの元へ戻る。ネリーは変わらずバギーの下に潜っていた。
「近いうちに出ることになりました。整備が終わって装備品を揃えたら、我々は出立します」
「そう、寂しくなるね」
「残念です。費用はヨシカが上手くやってくれました。足りなければ言って下さい」
「そんな吹っ掛けないわよ。それにもう受け取ってるわ」
思わず妙な声が出た。ヨシカが払ったのか? 確かめると、
「違うわよ。グーシー君と取引したの。いざとなったらマリーを頼るつもりだったんでしょう?」
そうだった。物を捌いて渡航費に充てろと言い含んだ。つまり金ではなく物品を受け取ったのか。
「あなた凄い旅してるわね。パラシュートで飛んだり、地下に落とされたり」
「はあまあ。我ながらなんでこんなことに、と毎日思ってます」
「空に女、地下に女。整備するのも女なら、バギーを設計したのも女で私の妹。楽しそう、私も男に生まれたかった」
それは一緒に行きたいということだろうか。そんなこと出来るわけが……しかし、男なら話は変わる。
本気か、好きにすればいい、頼りにする。
きっとそう言えた。
だが女性を連れれば責任が発生する。命懸けで守ると言えないなら、きっぱり断るべきだ。
「ネリーさん」
「私は行かないわよ。やだよ、仕事あるし。無茶するだけの男なんてごめんだね」
「そうですね。それより、ご迷惑かけることになるかもしれません。以前お話したオビガルム近くで襲撃された件。それと、俺は逆に奴隷船を襲撃しています。蹉跌の塔じゃグーシーを持ち去りました。シルケントの塔でもトラブルを起こしています。誰にも俺の話をしない方がいい」
「マリーにも?」
頷くが見えているだろうか。
「はい。もしネリーさんに迷惑おかけしたら詫びようもありません。警察や軍に知り合いはいますか?」
「さあ、どうだったかな。いると思うよ」
「彼らは頼りになりますか?」
ネリーは背に引く寝板を転がし、汗ばんだ顔を覗かせた。
「頼りにするなら、情報かお金掴ませないとダメだね」
「分かります。それで、その支払いもしたいのです。なにも起きなければいいのですが、迷惑料と考えて下さい」
「迷惑持ち込むねー君、何様だい?」
笑みを浮かべネリーは工具を突きつける。そうして身体を起こした。
「いいよ受け取る。次いつ来るか分かんないもんね」
悲しいが現実だ。タジキスタンは遠過ぎる。飛行機も飛ばないこの世界ではもう二度と来ないかもしれない。
「あのさ、私は詳しく聞いてないし知らない方がいいんだろうけど、空の女は何者だったの?」
「分かりません。白人の女としか言えません」
「何人? 何系か分かる?」
「この近くではないかと。ロシア系と見ますが断定は出来ません」
「塔の女は?」
そういえば人種を確認していない。そこそこイケてる女としか認識していなかった。
「ゼス! 蹉跌の塔の地下の女、お前顔見てるよな?」
リビングに向け大声で尋ねるとのんびりとした声が返ってきた。
「見てるよ。そう言ったじゃん」
「そいつは何系だ?」
「さあ、嫌な奴だったし文系かな」
……喧嘩売ってんのか。学業の方向性など聞いてない。というかなぜ文系だと嫌な奴になるんだ。
『ガルゴル、ギザツ!』
「グーシーが南とか中央アジア系だって言ってる。年は二十歳から三十前半だって」
なるほど、グーシーなら確かな情報だ。伝えると、
「了解。気をつけるわ。まさかここに来やしないと思うけど」
ネリーはまた車体に潜り込み作業を再開した。




