52.悪夢に終幕を2
夜道は月明りに照らされ、目も慣れてきた。
身体の冷えも、夏の夜の暑さには敵わなかったらしい。
服の乾きこそ遅いが、冷えは問題なく、むしろ汗が流れる。
一体なにがあったのか? シンプルな問いにゼスが答えた。
「パラシュート撃たれて、予備を開こうとしたけど間に合わなかったんだ」
だろうな。そもそも、元のパラシュートを切り離せなかった。
「"うわこれまずい"って丁度50メートルぐらいの高さかなあ、そう思った」
まずいどころの話じゃない、ほぼ詰んでる。
「で、気がつくとこの通り」
ゼスは明るい笑みを見せるが、どの通りだよ、と口に出さず心で思う。
俯き、どういう理屈だ、とやはり内心で吐き捨てた。
ゼスが、あのゼスが女になってしまった。
もう、今までみたいに接するのは難しいだろう。
「そうだ!」
急に立ち止まり大声を出すので、素直に驚いた。滅入りそうな気持は小休止することとなり、国樹は顔を上げていた。
「翼だよ多賀朗、翼は元々あったんだ!」
「へえ」
そういやそんなこと気にしてたな。確かに、翼でもない限り飛べやしない。ホバリングみたいなことしたわけだ。
「でなきゃ飛べないからね。そうだよ、あったんだおかしいと思ってた」
「俺はてっきり、お前をエアバッグ代わりに助かったのかと思ったよ」
「ああうん、それは私も、僕も考えた。でもたぶん大怪我するよね」
さっきから自称が安定してない。元々のゼスは自分を「わたし」と呼ぶのだろうか。
「ふふーん、もう翼がないとは言わせないからね」
「見てないけどな。翼今どこだよ」
「……下りたら消えちゃった」
ゼスの首が横に倒れる。
そうして見える首筋が、うなじが気になって仕方ない。
まあでも、嘘ではないだろう。必要な時だけ現れる翼。いいじゃないか、むしろ好都合だ。常時翼の生えた存在と、世界を旅するのはごめんだ。
「それでいいんじゃない。普段は目立つからやめてくれ」
「そっか、そうだね。なるほどだよ」
「輪っかは」
「ああー急いでたし、自分では確認出来ないんだよ、あれ。触れないし」
言われてみれば、そうかもしれない。とりあえず今は乗っかってない。鏡や写真があれば、確認出来るのに。自分にはどうでもいいが、本人的には無念だろう。
国樹はリュックとジャケットを確認し、ほっと息をついた。
「俺のシーカーズベストはどうなった」
「ご、ごめんどっか行っちゃった……」
白いワンピースはすっかり乾き、女性らしいシルエットも弱くなった。しかし、どうして衣服が消えたのだ。そう高価なものではないが、不思議でならない。
「いいよ、もう似合わないだろうし」
口では言えても、戸惑いは治まらない。
「多賀朗はどこまで覚えてるの?」
そうね、と一言零し、国樹は記憶をたどった。
白い閃光、記憶があるのはそこまでだ。
思考が真っ白に染まったあの瞬間、意識を失った。
「たぶん、地上50メートルの前に意識は途切れてる。思考が真っ白に染まった」
「真っ白? 光った?」
「さあね。ああ、そうかフラッシュバンのお返し。まさか、それは難しいだろう」
あの速度で落下する我々に、報復する手段としては不向きだ。相当な使い手、いやないな。
「でも光ったのは本当なんだ」
「そうなのか。知らんよ」
失神した事実は、実にみっともない。傷口に塩を塗りたくられているようだ。
「あれはさ、僕じゃないから、多賀朗の石だと思う」
つい、思わず笑ってしまった。なんだ、ゼスは発光することもあるのか、と。違う、そうではない。
「石? どれ?」
手持ちにそんな石あったか?
「いつも首からぶら提げてるの」
ゼスは自らの首をトントン、と叩いてそれを表した。
「なんでかは知らないけど、それが白く光ってた。眩しかったよ。あれさ、意味あったのかな?」
リズム良く跳ねるよう、ゼスはスピードを上げた。どうやらシルケント自然歴史公園の入口が見えたらしい。
国樹は胸元を触り、確かにいつも掛けている欠片を手に取った。こいつは、古い知り合いに譲ってもらったものだ。その人がいなければ、自分がこの旅に出ることはなかったろう。
しかしこれは濃い黄色、白く光るとは思いもよらなかった。
「多賀朗、すぐそこだ! 帰ろう!」
前を往き、指差すゼスは、どこまでも美しい女性だった。
乾いた金色の髪が、よく似合う。
明るければ、見惚れても仕方ない。
離れていてよかった。
とんでもない話だ、ゼスに見惚れるなど、到底受け入れられない。
世が世なら、侍らしく舌縫って自決するべきだ。
侍の家系ではないだろうし、時代が違うのでやらないが。
国樹は改めて、欠片を摘まんだ。
古い知人はこう言っていた。
「どうしても強く疑問を感じたのなら、行動に移せ。その時のためにこいつをくれてやる。お守り? 違う。きっとなにかが起きる、なにかは知らないが」
白く光ったってさ、久野さん。
ついでに知り合いのガキが、少年から女になっちまった。
まさか、この欠片のせいじゃないだろうな。
そうして国樹は言葉にする。
「譲ってもらった時も思ったんだけど、なにが起きるか分からんもん渡すなよ。なに考えてんだ、あんた」
「タガロー、ヒッチハイクする?」
自然歴史公園の入口はすぐそこだ。
歩みを早め、国樹達は帰路へと向かう。
長い一日を、悪夢を終わらせるために。
前半戦終了と相成ります。後編もお付き合いただけるよう努力します。
読了ありがとうございました。心よりお礼申し上げます。




