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Transparent Dark  作者: 文字塚
参:蜘蛛の糸
52/160

51.悪夢に終幕を

 そいつが誰だかはどうでもよかった。

 若い白人の女に、今日だけで二度出くわすのは強運か凶運か知らないが、今はそこじゃない。周囲に視線を巡らせ、


「ゼスどこだ」


 声をかけるが返事がない。


「多賀朗?」


 女の疑問を、国樹は無視する。


「どこだゼス! 返事しろ!」


 大声を出しても反応がない。

 まずい、あいつ沈んだまま浮かんできてないのか?

 いや、渓谷に流された?

 冗談だろ、もしかしてあいつ、


「泳げないのか……溺れてるんじゃないだろうな!?」

「うん? 泳げると思うよ」

「そうか。それならいいが、誰だお前は?」


 いい加減ムカついて、ドスの利いた声を向けていた。さっきからこの女、馴れ馴れし過ぎる。視線に、だから誰だテメーは、と憤りを込める。

 女はなぜか困惑して、こちらを覗き込んでいた。


「え、いやあの、私、というか僕だよ」

「男か? いやどうでもいいそんなこと。ゼス捜せ、白人のチビだ。お前も白人なら捜す義務がある。俺の法ではそうなってる」

「うん、僕はここだよ多賀朗」


 なにを言ってるんだ。頭がどうかしてるのか?

 国樹は呆れ、もう相手にしないことにした。

 もし、流されているだけなら下流で見つけられる。しかし沈んだままだったら? どうする、日が暮れては対応のしようが――。


「多賀朗、無視は酷いよ」


 川面を揺らし、若い白人が袖を掴む。


「僕らは助かった。天使の大勝利だ!」


 ああ、こいつもそっち系。違う、なんか違う。というかあれだ、俺は酷い勘違いを――そんな馬鹿なと思うが、


「お前、ゼス、なのか……」


 躊躇いがちに尋ねると、


「そう言ってるじゃない」


 きょとんとした顔は、確かにゼスのそれに似て……ない気がする。



 性別も判然としない、自分より若い白人。

 白いワンピースは水に濡れ、肌に張り付いている。

 女性らしい、男性らしい身体的特徴、どちらも見受けられず……いや、なんかちょっと胸元が怪しい。どちらかと言えば、女性の特徴が見て取れる。違う、どちらかは、はっきりしていた。

 腕を振りほどき、


「ふざけんなゼスは男だ! そうでないと困る!」


 指差し言い募ると、


「そんな多賀朗の都合押し付けられても……」


 そいつは目を細め、うんざり顔を向けてきた。


「お前がゼスなら、元のゼスはどこだよ! おかしいだろ!」

「元の僕はここだよ。おかしいのはそうかもしれないけど、気がついたらこうなってた」


 言い回しや仕草のそれが、なんか凄くゼスっぽい。どうしよう。


「な、なんでワンピースなんて着てる! ジャケット羽織れ男なら!」


 もはや言いがかり染みてはいるが、


「次からそうする……でも好きで着替えたわけじゃないんだよ?」


 そうして、


「助かったのに、それ重要?」


 付け足された。


 どう見繕っても瑞々しい女が、呆れ果て溜め息をついている。

 肌に張り付く白いそれが、今は暗くてよく見えない。

 妙に生々しく、国樹は思わず「勘弁してくれ……」と零していた。



 恐らくだが、自分は失神したのだろう。

 そう告げると、隣を歩く自称ゼスも頷いた。


「多賀朗声出さないし、返事しないから大丈夫かな? とは思ってた」


 渓流を離れ木陰に入る。アナスタシアの追撃があれば、こいつはともかく、国樹の頭頂部に穴が開く。

 上空約6000メートルからの対地長距離射撃。ないと思うが、パラシュートはしてやられた。


「場所分かるか?」


 確かめると、


「塔からちょっと離れてる。道は分かるよ。公園の入口まで歩こう」


 自称ゼスが先導を買い、前を歩く。万が一を考え、ライトは使えないので足元も覚束ない。国樹が遅れると先往くそいつが振り返り、


「手握ろうか?」


 細く女性的な手を差し伸ばす。

 爪がやたら整っている、手のモデルみたいだ。


「似たようなこと言われた記憶がある」


 それから、ゼスは夜目が利く事実も思い返す。


「ああ、蹉跌の塔だね。地下が真っ暗で、多賀朗だけ見えなかった」


 そう、そうだった。

 国樹は内心で首肯し、確かに、こいつはゼスなのだと理解した。

 受け入れるのに時間がかかりそうだ。

 何度目だ、こう思うのは。

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