45.天空の中2
「タガロ、この娘たぶん人間じゃないよ」
「知ってる。この塔をまともな人間が昇るわけない」
そもそも論で、この建造物は普通見つけられない。
見つけたとして昇ろうと思わない。
思ったとしてもまず昇れない。
昇ったとしてルビーを使う箇所で詰む。
でもって、
「あのくそ女の連れが真っ当な人間であるはずない」
言い切ると、少女の顔から血の気が失せていくのが見て取れた。
「質問を変えよう。あの女は人間か?」
「さすがに話した方がいいよ。僕、もう責任持てないからね」
国樹はわざとらしく、ベレッタM92の弾倉を確認した。
「痛いよ、僕も撃たれたことはある。チクってする」
ゼスのありえない実体験が、とどめとなった。びくりとし、少女は覚悟のほどを決めたらしい。
「あの人は人間です、はい」
痛みに弱いのか、少女の形をしたなにか、は朴訥と話し始めた。
「何人だ?」
「知らないです」
「ロシア系だろう?」
「そうかもしれません」
「お前は下でなにしてた」
「情報収集です。見て来いと言われました」
情報? 国樹は自然ゼスと視線が合い、首を捻った。
「なにを見るんだ」
「下の様子です」
「なんて報告するつもりだった」
「"コンサートは楽しかった"と」
なに言ってんだこいつ。
「あと観劇もしました。役者さんが素敵で、私もあんな風に演じられたら、どんなに幸せだろうって。最初は端役でもいいんです、いつか真ん中に立てたら。そう思いました」
へえ……と妙に感心してしまい、沈黙が場を支配しかける。
「うん、そう。そうね。いつもそんなことしてんの?」
切り抜け、なんとか続ける。
「はい。いつもです」
「それいつも怒られない?」
「たまに怒られます」
少女の首が下に傾く。落ち込んでいるらしい、演技とは思えない。
「実際求められてるのは、世情視察だよな」
「そう思います。誘惑には勝てません。ごめんなさい」
ダメだこいつ、たぶんガチだ。
「君は何者だ? タジク人っぽい形をしているが、実際どうなんだ」
「それはちょっと言えないです。言っても信用してもらえないだろうし」
なんでだ、そんなひた隠しにすることか? 不思議に思うと、
「タガロ、僕が訊いてもいい?」
ゼスが落ち着いた眼差しを向けてきた。かなり真剣そうだ。
「ああ、どうぞ」
「じゃあ。あのさ"君、どこの天界の住人なの?"」
その一言で、少女はハッと顔を上げた。
まじまじとゼスを見つめ、硬直している。
いや観察か?
国樹もまた驚いていた。天界の住人だと……しかも「どこ」と言いやがった。
「あなたはもしかして、天界の方?」
少女の表情は驚きに満ち、自然ゼスに近づこうとしている。止めるべきか迷ったが、
「僕は天使だ。天界に帰りたいけど、宇宙に用はないんだよね」
ゼスは冷静そのものだった。
「わ、私もそのつもりだったんです。だけど、どうしたらいいか分からなくて」
「敬語やめなよ、丁寧語か。なんとなくそんな気はしてた。けど、たぶんご近所さんじゃないよね」
「そうなんですか? どうしよう、私初めて同じ境遇の方と会いました!」
少女は感激の面持ちで、アイドルの出待ちに成功した輩のようになっている。
なんかもう、ちょっとついていけない。
頭がくらくらとしかけたが、ゼスはそれを察したらしい。
「タガロ、この娘に名前はたぶんないんだ。あったとしても、人には教えられない」
「天使同士なら、問題ありません!」
「じゃあ教えて」
「はい! ザドキエといいます! よろしくお願いします!
趣味はコンサート。あ、当然観る方です。
観劇も好きです! 読書は苦手で、集中力が持たなくて。
食べ物は和食がいいです!
身体を使うことは得意ではありませんが、努力で補うがモットーです!」
ザドキエと名乗った少女は爛々と目を輝かせ、ゼスに自己紹介をすませた。凄いなこいつ、基本情報全て吐かせやがった。俺もいるのに。
「タガロ、名前は忘れてあげて。理由は後で話すよ」
ザドキエは現実に立ち戻り、呟く。
「あ……この人間のこと忘れてた」
心の声が漏れてるぞ。と言いたいところだが、少女に死体蹴りする趣味はない。
「ザド、便宜上こう呼ぶ。お前が天使だとは思えないが、ゼスが言うんだ、ある程度は信じてやる。その代わり、知ってること吐け。全部だ、次からは容赦しない」
人間というものは実に浅ましい。
他者を利用し、弱みにつけ込み、口を滑らせ、味方だと思わせ、油断させてから突き落とす。
この国樹多賀朗、子供の形をしていようと容赦はしない。
次「言えません」と発した瞬間、ベレッタをぶち込む。
ゼスと同じ仕様なんだろう? なら、痛いだけだ。




