44.天空の中
大広間中央まで、少女を誘導し移動する。時計を確認し、夜更けまでまだ余裕があることも頭に入れる。
船内から消え去る瞬間浮かべた、あの女の苦々しい表情が脳裏から離れない。ざまあない、人をコケにするからだ。あちらの方が圧倒的有利だったろうに、実際はこれだ。
階下への移動が始まった刹那、俗に言うフラッシュバン、スタングレネードと似た性質の石を投げつけてやった。上手くいけば今頃目と耳にダメージを負い、最悪失神しているはずだ。なにせ加減が分からない。
ルビーでは下手を打ったが「石を使える人間」と思わせられれば儲けもの。憂さ晴らしも含め、出来る限りのことはした。
つくづく俗人だな、と国樹は自嘲した。
しかしそれでいいのだ。少女に銃を突きつけ、ゼスを盾に使う。自分はどこまでも俗人であり、なんなら悪人でいい。人生を悟るには若過ぎる。
この間国樹はゼスを一瞥し、気持ち頷いて見せた。伝わるといいのだが。可能なら、北風と太陽の役割分担もこなして欲しい。さすがに期待し過ぎだろうか。
周囲に水路が張り巡らされる中、中央だけはスペースがあった。
「止まれ」
「はい。あの、私どうすれば許してもらえるんですか?」
直立不動の少女は、涙声で震えていた。ゼスは窺うようにこちらを見ている。
「名前」
突き放すよう言葉を切ると、
「そ、それは出来ないんです……」
「死にたい?」
また短く伝えると、ゼスが少し首を振って見せた。なんだ?
「いいかい、名前言わないとこのお兄さん凄く怒るよ」
「それは分かるんですけど、出来ないです……」
少女はこの期に及んで頑なだ。上等じゃないか、なんなら落ちるとこまで落ちてやろうか。腕の一本や二本、いや指の方が、いや出来れば怪我はさせたくないんだが……。
「別に敬語使わなくていいよ。もっと気楽に話そう」
ゼスはそう言うと、またこちらを見た。気づいた、やらせてみるか。
「はあ、でもその……」
「いいんだ、気楽に全部話せよ。名前訊いてるだろ? 君とあの女の名前を僕とタガロが訊いてるんだ。わざわざ貴重な時間割いてまで」
ほう、と国樹は素直に感心していた。ゼスがこんな口の利き方するとは、俺の影響か? 視線と空気に、もう少し迫力があればいいのだが、年が年だけに無理な相談だ。
「分かります……でもとても深刻な理由があって……」
少女の沈む空気とは対照的に、ゼスの纏う空気はがらりと変わる。
「知らんがな。言えや」
なんだこの謎の関西弁は。ゼス、お前になにが起きた?
ふんぞり返り、ゼスは続ける。
「ええか姉ちゃん、こっちも遊びで来たんと違うんや。ガキの使いやあるまいし、宇宙観光しに来たわけとちゃう」
イントネーションが結構出来てる、お上手過ぎて引いてしまう。が、嬢ちゃんの方が適切だろう。拍手と共に、指導したい気分になったが、肝心の嬢ちゃんが口を閉ざしてしまった。
出番かな、と国樹は気持ちを切り替える。まさか太陽役をこなすことになるとは。しかし、
「そう……まさかあの"地獄めぐり百選"をここで披露することになるとは、僕も思わなかった」
ゼスが言うと、説得力がふわふわしてしまう。お前自称天使だろ。なんだその日本的なあの世観は。けれど、少女はそう受け取らなかった。
「え……あ、あのその、地獄めぐりだけは嫌です! 待って、お願い、お願いします!」
なんでー。
君タジク人だろう? 君も日本通なのか!?
二人のやり取りは止まらず、ゼスは腕組みし、少女は直利不動で対面している。
「鉛のサラダを味わいたくなかったら、吐くんだ」
「なにそれ怖い、怖いです!」
「なら、さっさと話せよイケヤボーイ」
ガールな。あと「ヤ」ではなく「ア」だと思う。いつもの如く、なんでこいつ、そんなことまで知ってるんだ。
国樹は感心するが、少女はついにへたり込み泣き出してしまった。大泣きだ。嗚咽と泣き声が広間に響く。
自然ゼスもしゅんとしてしまい、困り果てた顔でこちらを見ている。どうやら選手交代らしい。
「なあ、泣くな。悪かったよ、冗談だ冗談」
「あふっ、あぐっ! ごめ、ごめんなさいっ!」
少女の反応は凄まじい。何度も何度も何度も、謝罪の言葉を繰り返す。とても気の毒で、見ていられない。
だから国樹は、
「大丈夫、いいんだ気にするな」
大人の優しさを示す。
「"とにかくウソ泣きはやめて話せ。マジで殴るぞ"」
瞬間、少女の泣き声はピタリと止み、恐る恐る、とてもぎこちない動作でこちらを振り返った。




