39.天空の先、それはバベルかラピュタ4
犯行現場は奥の一室だ。
現場検証を終え、国樹は呆れまじりで口を開く。
「被害者はアナスタシア、性別は女性。頭部を殴打されている。凶器は花瓶。いかにも高そうだ。
死亡推定時刻は十分ほど前だろう。犯人は自称天使のゼス。取り調べに対し被疑者は"むしゃくしゃしてやった。かなりすっきりした"と開き直っており――」
「開き直ってないよ! 言ってないそんなこと!」
カメラに録画する素材だが、ゼスは必死に抗弁している。
「分かってる。大丈夫死んじゃいない」
頭に手を乗せると、ほっとしたのか力が抜けたようだ。
アナスタシアはうつ伏せで倒れていた。周囲には花瓶の破片が飛び散って、確かに殴打したのだと分かる。
ゼスに知らされすぐ奥へと向かい、状況を把握したがさすがに焦った。幸い脈はあり、流血もなく気絶しているだけと判明し、安堵した。
恐らく大丈夫、という素人の見立てに不安は残るが、呼吸はしている。一応仰向けにし、気道を確保しておく。
「なんでこんなことした」
国樹は呆れ、ゼスに冷たい視線を送ったがすぐに外した。本命は別にある。
「おかしいんだ、タガロ。この女も部屋もおかしいと思わない?」
ゼスの声色に後悔は滲むが、正当性を主張しているらしい。「部屋ねえ」と呟き、国樹は周囲を観察する。
こちらも先の部屋と変わらず簡素だった。特段飾り立てるものはなく、無駄は徹底的に排除されている。
ただし、
「例えばさ、これとか絶対おかしいよ」
ゼスが指差したものは確かに話が違う。
大きな壁のようなものが斜めに傾き、座席から扱いやすくなっている。
それは画面であり、なにかの装置と計器だ。
すぐコンピューター的なものだと理解した。
恐らく大型化したパーソナルコンピューターかコントロールパネル、モニターだろう。
国樹は、失神したアナスタシアを冷たく一瞥してから確かめる。
「奴はこれを操作してたのか?」
「うん。なんか僕が登録されてるはずだとか言ってた」
「登録されてたのか?」
ゼスは大きくかぶりを振る。
「そんなことありえないよって言ったんだ。でも全然聞いてくんなくて"大丈夫大抵登録されてるものよ"とか言ってた」
アナスタシアの声色を真似するが似ていない。画面に触れていいか迷ったが、意を決し指先で触れる。だが反応はなかった。
「指紋か生体認証という奴だな」
「タガロは使えない?」
「そうだろう。で、なんで殴りつけた」
操作出来ない無念を抑え、肝心の話に戻すと、
「こいつ怪しいんだ。最初からおかしいとは思ってたけど……」
ゼスの言葉に"シヴァと呼ばれた像の女"を語ったあの時と、同じ嫌悪を感じた。
「そういやお前、最初から警戒してたな」
「うん。喋り方もおかしいし、詐欺師みたいだったから」
そうだった。こいつは一度奴隷船にさらわれている。経験が生きたか。ゼスに甘い言葉は通用しない。やるじゃないか、と思うがノコノコついて行ったのは……いや、警戒して紅茶の種類を確認する振りをした。自分がいるから、と納得しておこう。
「どこで揉めた。なんで殴ると決めたんだ」
国樹は彼女と、まだまともに話していない。さすがに気絶させてしまうのは困る。困惑を浮かべると、
「タガロ違うよ、こいつはタガロと話す気なんてない」
珍しく、ゼスは強い眼差しを向けてきた。
「なんでそう思う」
「こいつが、そうはっきり言ったからだ」
思いもしない台詞に、国樹の目が細くなる。
「この女はタガロに用なんてない」
畳みかけるよう、ゼスは言った。ゼスが「こいつ」や「この女」なんて表現することはなかなかない。先ほどから、話し方がゼスらしくない。
「そう言ったのか。なぜか、まで話してたか」
「僕に相応しくないからだって」
「なんだそりゃ」
脊髄反射で零し、少し笑ってしまった。ゼスに相応しいかどうかなんて考えたこともない。救出して保護までした自分が相応しくない。なら、誰なら相応しい――そこまで考え、
「自分は相応しいと、このアマは抜かしやがったわけだ」
国樹が言い切ると、ゼスははっきり首肯した。
なるほど、この女の考えは分かった。
もう一つ分かっていることがある。
分からないことはそれ以上に多いが……。
国樹は敵意の視線でアナスタシアを見下し、それから再び部屋を見回した。
「ここがコントロールタワーなら、この世界の謎は半分以上解けたと言っていい」




