38.天空の先、それはバベルかラピュタ3
部屋にひとり取り残された。
国樹は改めて周囲を確認する。
やはり最も気がかりなのはあれだ、と目星をつけ歩を進めようとした。すると、奥からゼスが小走りで戻ってくるのが見えた。
「タガロ、紅茶でいいんだよね」
「それ聞きにきたのか?」
「ううん違う、僕喋り過ぎたかな?」
言葉に詰まり、国樹は顔をしかめた。
「いや、もういい仕方ない。ひとつ、下での話はするな。特に仲間の話だ。天使がどうとかは好きにしていい」
小声で告げると、
「分かった、ダージリンだね! 探してみるよ!」
ゼスは大袈裟に言って、また奥へと小走りで駆けていく。
国樹は素直に驚いていた。ちぐはぐな面もあるが、ここまで気が利くとは思わなかった。ゼスへの評価を根本的に見直すべきかもしれない。
国樹が一通り確認し終える頃、アナスタシアと名乗った女がようやく戻ってきた。テーブルにひとつだけ、高価そうなティーカップが置かれる。
「アールグレイしかなかったの、いいかしら?」
「全く」
国樹はテーブルに向かい、湯気の立つカップを手に取った。一口つける素振りをして、
「凄まじいですね。どういうことです、これは」
上目遣いで窺うと、アナスタシアは少しだけ肩を竦めた。
「そう? お話は後でいいかしら?」
言っておきながら、身体はもう奥へ戻ろうとしている。一体奥でなにをしているのか。確認したくもあったが、国樹は止めなかった。
流れのまま、アナスタシアは戻るのかと思われたが、
「あなた一体何者?」
カップを見つめていた国樹の視線が上がる。アナスタシアはこちらを向いており、胸の下で腕を組んでいた。
「わざわざこんな所まで、あの子を連れて来た理由が聞きたいわ」
成り行き、というのが事実だが素直に吐く気はしなかった。言葉を選び応ずる。
「私の方もあなたを知りたい」
「お互い様よね。お名前は?」
「国樹です、国樹多賀朗。そこらにいる日本人ですよ」
「そう日本から。よく来れたわね」
「そりゃゼスに言って下さい」
「そうね。後で詳しく聞かせて」
気持ち柔和な表情を浮かべ、アナスタシアは立ち去ろうとする。
「失礼ひとつ」
国樹は言葉を切って、
「姓はなんと仰るんです、アナスタシアさん」
背中に問いかけた。アナスタシアは振り返らず、
「後で話しましょう」
と言い残し再び奥へと消えた。
手持無沙汰になった。
この一室には物が少ない。奥は分からないが、照明が酷く明るい割に簡素だ。彼女はミニマリストなのだろうか。
本でもあれば、と思うがなにもない。
カップからは湯気が消え、時間の経過を示していた。
やることもないので、カメラを取り出す。
葉書のように薄いそれに、データは残っていない。それでも一応中身はコピーしてある。グーシーは解析してみると言っていたが、期待していいのかも分からない。ここに来るまではそう考えていた。
この部屋の撮影は終えている。写真も動画も、国樹の感想も含め残しておいた。このカメラはかなり大容量だそうだ。もう少し撮っていいかもしれない。
頭にそんなことを浮かべていると、ガシャンと陶器が割れるような音が耳に届いた。奥からだろう。カップでも落としたか、と気に留めることなくアールグレイをいただく。
冷めているのは当然として、茶葉の違いが分からなかった。種類が豊富なのは知識としてあるが、拘りがなければ意味もない。
ふっと小さな溜め息をつく。思うのは長いな、ということとなぜ国樹だけ取り残されたのか、という点だ。ゼスの様子から察するに、奥で特別なものと対面したようには見えない。気になればさっき一言あっただろう。
俯きまた溜め息をつく。それからすぐ気配を察した。
顔を上げると、呼吸を乱したゼスが立っている。
「どうした。音がしたけど、なんか割ったか」
息上がるゼスは珍しい。こいつに呼吸器系があるとは新しい発見だ。真っ先に思ったのはそんなつまらないことだったが、
「わ……割っちゃった」
「そうか、仕方ない。高価そうだが謝ったのか?」
ゼスは小さく首を振った。
「おい、非常識だろ」
「でも割ったんだよ、どうしよう」
「そんなに怒ってるのか?」
意外に思い尋ねると、
「違うんだタガロ……」
「なにが」
「あの女の頭をカチ割ったんだ」
ちょっとなに言ってんのか分からない。




